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世紀末世界のストレンジャー
クビ(なし)になったメイドさん
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軽い食事が終わった後、クリューサにあることを尋ねることにした。
言うまでもないがデイビッド・ダムへの道のりのことだ。
「――なに? 北へ行きたいだと?」
「ああ、わけあってデイビッド・ダムに行かなくちゃいけない。でも橋を渡ろうとしたらガリガリいいだしてな」
「残念だがスティングの北側は汚染地域、それもミュータントの生息地だ。行かないほうが身も心も健康でいられるぞ」
「そこはなんとかならないのか? 放射能を防ぐ防護服とか……」
「防護服? 戦前のちゃんとしたものならともかく、今市場に出回ってるハンドメイド品じゃあの放射線量には耐えられないぞ。あったとしても相当値が張るだろうな」
……だそうだ。つまり橋の向こうへ渡るには汚染地帯を突破するための何かが必要だ。
しかし放射線に対抗できる防護服とやらが貴重品だったときた。
人間の俺だけならともかくニクやノルベルトはどうすればいいんだ?
オーガ用のフリーサイズなんて絶対にないだろう、あったとしても値段もビッグサイズにちなんでいるに違いない。
「じゃあどうしろと?」
よって俺が発せられる言葉はこれだけだった。
そんなクソ情けない一言に、クリューサはテーブルの上に地図を広げ始める。
「大人しくスティングから続く道を南東に降りて『アリゾナ・ブリッジ』に向かえ。そのすぐ傍らに北へ続く道がある」
皮手袋の指先は俺たちに道を示してくれた。
干からびたクロラド川を下へなぞると、かなり南東の方にある橋へ到着。
そばにある北への道路を辿れば、いくつかのロケーションを横切る形で迂回することができそうだ。
まっすぐ進むよりけっこうな遠回りになるが。
「むーん……では、このクロラド川に沿って北へ進むのはどうだろうか?」
他に抜け道はないか探していると、ノルベルトが疑問を挟んできた。
逆にクロラド川を北に辿れば、特に障害に当たることなくスムーズに進めそうだ。
西側には山が、そのまままっすぐ進めば『アヴィベース』と書かれた場所が、さらに進めばガーデンズ横の汚染地帯が――だめだこれ。
「そっちはだめだ、汚染地帯で行き止まりだ。せいぜいレンジャーの拠点があるぐらいだぞ」
しかもシド・レンジャーズの皆様の土地だったらしい。
ただし北と西には山、東の川の向こうが汚染地帯、俺の先輩たちはずいぶんとんでもないところに拠点を構えてるようだ。
『……あの人たち、すごいところにいるんだね』
「あの面々ならなんだか納得できるな、放射能ぐらい「かえって免疫がつく」とかで済ませそうだ」
「その様子からして、お前たちはやつらと知り合いなのか?」
「ああ、シエラ部隊の先輩がたと一緒に戦った。元気な人たちだったよ」
よく分かった。現実的なのは、大人しく橋を目指すことだ。
「で、快適な旅がしたきゃ遠回りしろっていうのか?」
「ああ、東側へ進めば進むほど危険は増すがな。お前たちなら大丈夫だろう」
「嘘とかついておられない?」
「お前が敵だったら砂糖でも渡して『この薬を飲めば大丈夫だ、橋の向こうへ渡れるぞ』といっていたかもな」
「その時はそこら辺のレイダー捕まえて『ちょっと試して来いよ』っていってただろうな、そのあとぶちのめしにいく」
「プレッパータウンの人間を敵に回さなくて正解だったようだな」
それにしても俺の旅は遠回りばかりだ。
戦前の人類は一生恨むとして、それでも遠回りだったからこそ得るものはあった。
これからもそうなんだろう。もう仕方がないと受け入れるしかない。
「しかし疑問なんだが、いったいどうしてデイビッド・ダムに向かうんだ? あの周辺には『ファクトリー』ぐらいしかないんだが……」
戦後の地図を目に次の目的地を吟味していると、男に問われた。
さてどう答えるべきか、思わずノルベルトやミコと顔を合わせて悩んだものの。
『元の世界……というか、異世界に行くためです』
「……異世界? どういうことだ?」
『なんていえばいいのかな……わたしの故郷、みたいなところなんですけど』
肩の短剣が代わりに答えてくれた。
しかし褐色エルフの長い耳がぴくっと反応したようだ。
「おい、短剣の精霊よ。まさか帰る手段があるのか? 詳しく話せ」
『え、えっと……マスターリッチさん、っていう人がフランメリアへ戻りたかったらデイビッド・ダムへ向かえって教えてくれて……』
「あのじめっとした街の長がここにいるのか……ということは本当なのかもな、あいつは怠惰の塊だが嘘はつかない魔物だ」
クラウディアはなにやら考え込んでいる。
反応から見るにダムへ向かうことは間違いではなさそうだ。
少しの間考えると、ダークエルフのお姉さんは「そうか」とうなずいて。
「……なら話は早い。クリューサ、私たちもあちらの世界へ行くぞ」
旅の相棒を前にとんでもないことを決めてしまった。
さすがの元カルトレイダーも急なカミングアウトに戸惑っている。
「…………待て、いきなり何を言っているんだお前は」
「ん? 一緒に異世界へ行こうという話だが?」
「いや、しかしだな……」
「心配するな、フランメリアはよいところだぞ。それとも私と一緒じゃ不満か?」
「待ってくれ、クラウディア。頼むから話を聞け、唐突に異世界とか言われても困るんだが。そもそもどういう場所なんだそこは」
「お前らが『ミュータント』と呼んでいる連中の故郷だ。まあいってみれば剣と魔法の良き世界だ、きっとお前も気にいるはずだぞ。そうと決まれば旅の支度をしなければな」
ダークエルフは相棒を連れて帰る気満々だ。すでに九割確定している。
まあ別にどうだっていいが、それより俺たちはこれからどうするべきか。
また三人で悩んでいると、異世界行きが決定したクリューサが話に戻って。
「どのみち、南東の橋を越えた先からも汚染地域を何度か目にすることになるだろうな。そのためには放射線から身を守る薬があったほうがいい」
そう教えてくれた。後ろではクラウディアがウキウキしている。
「そんなもんあるのか?」
「ああ、なんだったら作れるが」
「作れるのかよ」
「メドゥーサ教団は戦前の医者や科学者の子孫だったからな。それくらいのものなら毒を作るより容易いことだ」
「毒と薬は紙一重って言いたそうな顔してるな」
「それを言うなら毒を以て毒を制すだ。毒と向き合い毒を知れば何も恐れることはない、覚えておくといい」
「どうしようもできない毒もこの世にはあるけどな」
「理不尽な毒は触れずに手放すのも一つの選択肢だ」
「だったら俺の選択肢は間違っちゃいなかったわけだ」
「どういうことだ? 新種の毒でも見つけたのか?」
「いや、気にすんな。あんたの専門外の毒の話だ」
言うにはこの世界には放射線に効くお薬があるようだ。
しかもそれを作ることのできる調剤技師がちょうどここにいるわけだ。
それから毒の専門家でも毒親は対象外らしい。
「もし必要なら作ってやるが……そうだな」
クリューサは紙切れを取り出すと何かをさらさらと書き始めた。
一通り書き終えるとこっちに手渡してきて、
「変異したリュウゼツランとビーツ、きれいな飲用水、漂白剤、火薬、スポーツドリンクの粉末をもってこい、あとの材料はなんとかしてやる。商売上、製法は秘密だからな」
材料リストを受け取った。作り方は知らないほうが幸せになれそうだ。
「……また火薬か」
「お前が食ってたマカロニアンドチーズに入ってるだろ?」
「本当に万能だなこの火薬」
「いや特に効果があるわけじゃないんだが、固めて錠剤を作るときに重宝している」
「じゃあこの漂白剤は?」
「殺菌するだけだ、それ以上知る必要はない」
「ああそうだな。これ以上知ったら飲むのに時間がかかりそうだ」
俺は深いことは考えずにこのお使いリストをコンプすることにした。自腹で。
「……ってわけでお昼休みは終わりだ、また買い出しに行くぞ」
足元でくつろいでいたニクを撫でて「いくぞ」と起こした。
それに合わせてノルベルトもゆっくり立ち上がった。
「むーん、放射線とやらはそんなに脅威となりえるのか? 逆にどれほど俺様に効くのか興味がわいてきたのだが……」
「お前が頑丈なのは分かるけどな、死なれたらすごく困るし、もし変異でもされたらあっちの世界でお前のご両親に「息子さんは放射能を浴びて立派なスーパーオーガに成長しました」って説明するはめになるんだぞ」
『……怪獣じゃないんだから』
昼飯も食ったし泊まる場所も確保した、ストレンジャーズ再出撃だ。
ママとビーンに「いってきます」と残していこうとすると。
「そうだ、こいつを持っていけ」
クリューサが鞄をごそごそ探って、何かを取り出した。
皮手袋はジャムの瓶――の中に青白い液体を注いだものを掴んでいる。
色合い的にまさかと思ったが、肩の物いう短剣もすぐに気づいたようだ。
『……これってまさか、マナポーションですか?』
「ああ、まさにマナポーションとかいうやつだ。自分なりにアレンジはくわえたが、クラウディアから作り方を教わってな」
やっぱりマナポーションか。とうとう異世界の品を作るやつが現れるとは。
「効果は私で試してあるぞ。心配せず飲むといい」
自家製ポーションを受け取ると、ダークエルフが自信たっぷりに補足してきた。
「そうか、本場のエルフお墨付きなら安心だな。ありがとう」
『ありがとうございます! マナポーション作っちゃうなんてすごいなぁ……』
「なに、作り方は複雑そうだが一つずつ読み解けば毒より楽だ。材料の調達が面倒なだけで基本はただの薬と何も変わらない」
新しい人生を進み始めた男はミコに褒められて少しだけ誇らしげだ。
ポーションをしまってその場を後にしようとすると、
「イチ」
背中に越しに呼ばれた。だいぶ穏やかな声だ。
振り向くと、クリューサはまたあのマスクをかぶっていた。
「なんだ? リストに記入漏れでもあったのか?」
「ありがとう。それだけだ」
くぐもった声だが、そいつの言葉はただそれだけだった。
俺は手短に「ああ」とだけ答えて宿を出た。
いつぞや誰かが言っていたようにメドゥーサは死んだ。
けれども残された男は奇妙で、それでいて充実した日々を過ごしている。
◇
さすがはスティング、市場に行けばだいたい揃った。防護服を除けばだが。
「……あとはきれいな水だけだな」
最後はきれいな水だ。
こっちは妙に高かったり品質的に信用できないので別の手段で調達することにした。
どうやら市場から南に離れたところに給水所があるようだ。有料だが。
そこで空のボトルだけを買って水を汲みに行く、これで材料がそろう。
「やはり妙だな」
荷物を背負って給水所を目指していると、途中でノルベルトが言った。
「何が妙だって?」
「この街のことだ。どう見ても賊としか思えない者たちがこれほどみられるというのに、ここの衛兵どもは一体どうして手を出せないように見えるのだ」
「確かにな。あいつらいい武器もってるくせにただ見てるだけだ」
「それに賊どもを目の当たりにして納得のゆかないような顔つきだっただろう? 仕方がなく見逃しているようなものだった」
「その『仕方がなく』のせいでママのところにあんな厄介な客が来てたわけだ。理由がどうであれ気に食わないな」
俺は街の中心部へ目を向けた。
スティングはにぎやかだが、時折見えるならず者のせいでどうも落ち着けない。
「俺様もだ。この街は良き場所だが、実にもやもやするな」
「まったくだ。こういう雰囲気はどうも好きじゃない」
「もしあの時のような不埒な輩が襲ってきたらぶちのめして構わんな?」
「ああ、次は遠慮なくぶちのめしていいぞ。なんだったら背骨引きずり出せ」
『あ、あんまりやりすぎちゃだめだよ……?』
しかし不運なことに、レイダーどもの嫌いなボルターの怪がここにいるわけだ。
さらに頼れるシェパード犬にオーガもいる、襲われたって返り討ちにしてやる。
「それよりどう先へ進もうか。結構な遠回りになりそうだし、物資もそれなりに必要になるぞ」
「むーん、そうだな……俺様思うんだが『くるま』とやらを手に入れるのはどうだ? ただ歩くよりは早く進むことができるだろう?」
「それはまあ俺も少しは考えてた。問題はマウスとキーボードでしか運転したことがないってことだな」
『……いちクン、それゲームの話だよね?』
「おいミコ、なんだったら免許すら持ってないんだぞ? それとも自動車教習所でも探せっていうのか?」
『無免許運転になっちゃうのは仕方ない気がするけど……でも移動手段があった方がいいと思うよ。かなりの長旅になりそうだし』
三人であれやこれやと話し合いながら進むと、その給水所とやらは見えてきた。
空いた土地に無理やりぶち込んだような真っ白な豪邸がそこにあった。
なんとも、眺めてるだけでここだけ150年前にさかのぼったような気分になる。
「……なんだこれ、戦前の建物?」
「ずいぶん立派な構えの屋敷ではないか。この街には貴族でもいるのだろうか?」
『なんだかお城みたいなお家だね、どんな人が住んでるんだろう……?』
金持ちが札束とノリで生み出したようなそこは警備兵がしっかり居座っていた。
そんな立派な住まいのそばに、割と最近作られたような手押しポンプが設置してある。
屋敷と比べるとしょぼいがちゃんと給水所として機能しているようだ。
「ケチなやつだな、なんだって水にチップが必要なんだ?」
「水なんていくらでも出るんだろ? 少しぐらいタダでいいじゃねーか」
「お前らの言いたいことは分かるがこいつはうちらの所有物だ。金が払えないならここでの給水はおすすめしないぞ。余所者」
「おい……独占は良くないぜ? 公正にいこうぜ、兄ちゃん」
「観光客価格でタダで飲ませてくれよ、たかだか水だろ?」
「言い方を変えようか。俺が値上げする前にさっさと失せろ賊ども、次ふざけたこといったら対価はお前たちの命にするぞ」
……ただしトラブルが先客として待っていたが。
アウトドアな格好の男が、荒野からやってきたようなつぎはぎだらけの格好のレイダー二人に絡まれていた。
「早速不埒な輩がいるが、どうする?」
そんな姿を見ているとノルベルトがさっそく食いつきそうになったが――
「さくっと終わらせる、まあ見てろ」
俺はそれより早く前に出て、怒鳴り散らすレイダーの肩をぽんと叩いた。
一瞬相手は攻撃的な目をぎらっとこっちに向けてきたが、視線が合うと「ひっ」と縮こまってしまった。
「おいっす! いまから言うことは二つ、「早くしろ」と「どけ」だ。三つに増える前に黙れ、いいな?」
「お前たちは一体何を騒いでいるのだ? そんなに水が欲しければチップを払えばよいではないか」
オーガのむすっとした声も挟まって、レイダー二名は水のことなんてどうでも良くなったみたいだ。
「……お、おい、帰るぞ……」
「あ、ああ……くそっ、なんなんだこいつら……」
邪魔者は消えた。不満そうな言葉を残して。
厄介な先客が消えると、ポンプを守っている男は訝しげに俺たちを見た。
「その格好……噂の最後の擲弾兵様か、何しにきやがった?」
「なにってただ水を汲みにきただけだ、ついでに悪者退治」
「はっ、そうやってスコア稼ぎでもしてるのか? だが残念だったな、礼は言うが余所者にゃタダじゃ使わせないぜ。これも街の秩序のためだ」
「俺がさっきみたいなケチな男に見えるか?」
「いいや、街のために貢献してくれそうないい男に見える」
「だったら街のために支払わないとな。1ガロンボトルと水筒でいくらだ?」
相手は余所者よりチップを信頼するタイプみたいだ。
空のボトルと水筒を見せると、ポンプ男は俺たちを用心深く見張りながら。
「全部で500だ。チップを弾んでくれれば俺が汲んでやってもいいが」
手を差し出して来た。なんだったら心付けも与えていいらしい。
俺は言われた通りの金額をそっと渡した。おまけで300チップも。
「じゃあ頼む。ついでにこいつで機嫌を良くしてくれないか?」
余分な金額を添えられた男は一瞬、思いがけない臨時収入に驚いたようだ。
けれどもようやくご機嫌になったのか、納得したように笑った。
「どうやら俺の勘違いだったようだ。あんたは良いウェイストランド人だな」
「そうでもない、ただの面倒な訳あり品だ」
「まあそういうな。待ってろ、満杯にしてやるよ」
男はすっかり気を許してくれたみたいだ。
空の容器を渡すと水を汲みだし始めた、アルゴ神父の教会で見たときと同じように。
「さっきは災難だったな、あんな出来の悪い観光客に絡まれるなんてひどい話だ」
水がたまるまでの間、ちょっとだけ話してみることにした。
「ありゃどう見てもレイダーだよな。あんなやつらが我が物顔でスティングを歩いてるなんて気持ちが悪いな」
「不満そうだな」
「そりゃそうだ。市長が余所者にうかつに手を出すなとか妙なルールを決めやがったんだよ。おかげで自警団の連中は銃持って散歩するだけの集まりになっちまった」
「ほんとに妙な話だ。いつからそうなったんだ?」
「最近さ。近頃は外からいろいろなやつらが流れ込んでチップを落としてくれるんだ、きっとそいつらに悪印象を与えたくないからだろうよ。実際、人が増えてからこの街はかなり潤ってるわけだが……」
水がいい感じに溜まってきたが男はまだまだ喋りそうだ。
少し振り向けば、ノルベルトは「むーん」と口を閉じて考え込んでいる。
「ってことはなんだ、前は割と怪しい奴には容赦しなかったのか?」
「そりゃそうだぞ。いつもは普通に撃ってるんだぞ? 怪しい動きがあれば街の建物から狙撃手がヘッドショット、あんなレイダーなんか即射殺だ」
「うわー怖い、そりゃ自警団の連中が暇そうにうろついてるわけだ」
「あいつらだけじゃないさ、俺らのご主人のガレットさんだって退屈してる」
「ガレットさん? 誰だそいつ」
ボトルがいっぱいになったところで、聞きなれない名前が出てきた。
水筒と交換して注いでもらうと、男はポンプを動かしながら屋敷の方を見て。
「そこの屋敷の持ち主さ、この給水所を管理してる。あの人はさっきみたいな手合いのやつをぶっ殺すのが楽しみでね」
そう説明してくれた。あの派手な屋敷の主のことらしい。
こんな世界であんな邸宅に住んでるなんてさぞ素晴らしい趣味をしてるんだな、と思ったが。
「そして俺たちはその人の私兵だ。っていっても悪いことはしてないさ、こうして貴重な水の管理とか、街の運営を手伝ってる。スティング思いのいいやつだ」
屋敷の私兵は水を注ぎながら柔らかく語ってくれた。
声の調子からして、そのガレットとやらへの純粋な信頼感を感じ取った。
こうして話を聞く限りは悪い人間じゃなさそうに聞こえるが……。
とにかく素材は揃ったわけだし一度宿に戻るかと考えたところで。
「――そうだ、擲弾兵。良かったら俺から頼みがあるんだが」
実に絶妙なタイミングでそう声をかけられてしまった。
ポンプを動かして一汗かいて「受けてくれるよな?」と俺を信用するような顔つきだ。
「なんだ? さっきのレイダーぶっ殺せばいいのか?」
「違う、そいつは是非ともお願いしたいところだが。もっと面倒なことだ」
「世界を救えばりに面倒なことだったら断ってもいい?」
「屋敷の小さなトラブルだよ、ガレットさんの悩みの種を一つ解消してほしい」
つまりちょっとした人助けをしてほしいらしい。
そういってポンプ男は屋敷の方を一度見た後、
「あの人は使用人を雇っててな、ここ最近また新入りが増えたわけなんだが……」
どう説明すればいいか困った様子で話し始めた。
視界の片隅で、玄関あたりから誰かがふらふら出てくるのが見えた。
「その、新入りメイドの首が行方不明なんだ」
「なんだって? それってクビにしたってことか?」
「違う、そのまんまだ。待ってろ、どう説明すればお前に分かってくれるか――」
一体こいつは何を言ってるんだろう。
ポンプ男は実に悩ましい様子で言葉に詰まってるが、ふと何かに気づいたようで。
「……いや、その必要はなさそうだ。ご本人がちょうどいいところにいやがった」
多少戸惑った様子で「あいつだ」と指をさした。
ちょうど、ついさっき屋敷の中から出てきた何かに適用されると思う。
それなりに良い体格をした、きれいな白黒のメイド服に身を包んだ女性がゆらっとその辺をさまよっていた。
この世界にはふさわしくない格好のメイドさんだ。
あれは間違いなく異世界出身だ――ただし、あるべき頭部がないのだが。
「…………首が行方不明って物理的な意味か?」
「分かってもらえたか? あの通りなんだ」
「いや…………メインカメラ失ってない?」
「メインカメラっていうか何もかもだな」
過酷なウェイストランドの生活により脳がバグったのかと思った。
目も擦った。しかしメイドさんには、首から上、つまり人間であれば『なきゃ死ぬほど困る』パーツがない。
つまり……首無しメイドってことだ。
『待って……あの人、もしかして……!』
てっきりミコが悲鳴でも上げそうかと思ったが、そんな姿を目の当たりにして何か言いたげだ。
「む? あれはもしやデュラハンの女性か? 首はどうしたのだ?」
ノルベルトに至っては良く理解してるみたいだ。
つまり向こうの世界の住人で間違いない、しかし頭がないのにどうやって生きてるんだか。
「なあ、あの屋敷は仕事で失敗したやつは首から上ケジメしないといけないのか? だとしたらひどい職場だ」
「んなわけねーだろ、ガレットさんは変わり者だが女性に対しては紳士的だ。それに金払いだっていいホワイトな職場だぞ」
「じゃあなんで首から上が行方不明なんだ」
「知るか、本人に聞いてみろ」
屋敷の悩みの種とやらは、何かを探し求めてあたりをふらふらしている。
果たして意思疎通できるかどうかすら怪しいレベルだが、とりあえず近づいて尋ねてみることにした。
「あー、もしもし。ひょっとして落とし物とか探してる? 生首とか」
首無しメイドさんに声をかけると、相手はこっちの声に反応したみたいだ。
近づいてきて手で『これ』と首を強調してきた。やっぱり頭を探してるらしい。
話が通じるなら生首探しを手伝ってやろうかと思ったが、
『あの……もしかして、ですけど……ヒロインの方ですか?』
そんな奇妙な光景に、肩の短剣が緊張した声を挟んできた。
するとどうだろう。首無しメイドはぴくっと反応、興奮気味に『そうです』とジェスチャーで伝え始める。
間違いない、こいつはいま『ヒロイン』という単語に反応した。
ってことは――なんてこった。まさかこいつ、ミコと同じヒロインなのか?
◇
言うまでもないがデイビッド・ダムへの道のりのことだ。
「――なに? 北へ行きたいだと?」
「ああ、わけあってデイビッド・ダムに行かなくちゃいけない。でも橋を渡ろうとしたらガリガリいいだしてな」
「残念だがスティングの北側は汚染地域、それもミュータントの生息地だ。行かないほうが身も心も健康でいられるぞ」
「そこはなんとかならないのか? 放射能を防ぐ防護服とか……」
「防護服? 戦前のちゃんとしたものならともかく、今市場に出回ってるハンドメイド品じゃあの放射線量には耐えられないぞ。あったとしても相当値が張るだろうな」
……だそうだ。つまり橋の向こうへ渡るには汚染地帯を突破するための何かが必要だ。
しかし放射線に対抗できる防護服とやらが貴重品だったときた。
人間の俺だけならともかくニクやノルベルトはどうすればいいんだ?
オーガ用のフリーサイズなんて絶対にないだろう、あったとしても値段もビッグサイズにちなんでいるに違いない。
「じゃあどうしろと?」
よって俺が発せられる言葉はこれだけだった。
そんなクソ情けない一言に、クリューサはテーブルの上に地図を広げ始める。
「大人しくスティングから続く道を南東に降りて『アリゾナ・ブリッジ』に向かえ。そのすぐ傍らに北へ続く道がある」
皮手袋の指先は俺たちに道を示してくれた。
干からびたクロラド川を下へなぞると、かなり南東の方にある橋へ到着。
そばにある北への道路を辿れば、いくつかのロケーションを横切る形で迂回することができそうだ。
まっすぐ進むよりけっこうな遠回りになるが。
「むーん……では、このクロラド川に沿って北へ進むのはどうだろうか?」
他に抜け道はないか探していると、ノルベルトが疑問を挟んできた。
逆にクロラド川を北に辿れば、特に障害に当たることなくスムーズに進めそうだ。
西側には山が、そのまままっすぐ進めば『アヴィベース』と書かれた場所が、さらに進めばガーデンズ横の汚染地帯が――だめだこれ。
「そっちはだめだ、汚染地帯で行き止まりだ。せいぜいレンジャーの拠点があるぐらいだぞ」
しかもシド・レンジャーズの皆様の土地だったらしい。
ただし北と西には山、東の川の向こうが汚染地帯、俺の先輩たちはずいぶんとんでもないところに拠点を構えてるようだ。
『……あの人たち、すごいところにいるんだね』
「あの面々ならなんだか納得できるな、放射能ぐらい「かえって免疫がつく」とかで済ませそうだ」
「その様子からして、お前たちはやつらと知り合いなのか?」
「ああ、シエラ部隊の先輩がたと一緒に戦った。元気な人たちだったよ」
よく分かった。現実的なのは、大人しく橋を目指すことだ。
「で、快適な旅がしたきゃ遠回りしろっていうのか?」
「ああ、東側へ進めば進むほど危険は増すがな。お前たちなら大丈夫だろう」
「嘘とかついておられない?」
「お前が敵だったら砂糖でも渡して『この薬を飲めば大丈夫だ、橋の向こうへ渡れるぞ』といっていたかもな」
「その時はそこら辺のレイダー捕まえて『ちょっと試して来いよ』っていってただろうな、そのあとぶちのめしにいく」
「プレッパータウンの人間を敵に回さなくて正解だったようだな」
それにしても俺の旅は遠回りばかりだ。
戦前の人類は一生恨むとして、それでも遠回りだったからこそ得るものはあった。
これからもそうなんだろう。もう仕方がないと受け入れるしかない。
「しかし疑問なんだが、いったいどうしてデイビッド・ダムに向かうんだ? あの周辺には『ファクトリー』ぐらいしかないんだが……」
戦後の地図を目に次の目的地を吟味していると、男に問われた。
さてどう答えるべきか、思わずノルベルトやミコと顔を合わせて悩んだものの。
『元の世界……というか、異世界に行くためです』
「……異世界? どういうことだ?」
『なんていえばいいのかな……わたしの故郷、みたいなところなんですけど』
肩の短剣が代わりに答えてくれた。
しかし褐色エルフの長い耳がぴくっと反応したようだ。
「おい、短剣の精霊よ。まさか帰る手段があるのか? 詳しく話せ」
『え、えっと……マスターリッチさん、っていう人がフランメリアへ戻りたかったらデイビッド・ダムへ向かえって教えてくれて……』
「あのじめっとした街の長がここにいるのか……ということは本当なのかもな、あいつは怠惰の塊だが嘘はつかない魔物だ」
クラウディアはなにやら考え込んでいる。
反応から見るにダムへ向かうことは間違いではなさそうだ。
少しの間考えると、ダークエルフのお姉さんは「そうか」とうなずいて。
「……なら話は早い。クリューサ、私たちもあちらの世界へ行くぞ」
旅の相棒を前にとんでもないことを決めてしまった。
さすがの元カルトレイダーも急なカミングアウトに戸惑っている。
「…………待て、いきなり何を言っているんだお前は」
「ん? 一緒に異世界へ行こうという話だが?」
「いや、しかしだな……」
「心配するな、フランメリアはよいところだぞ。それとも私と一緒じゃ不満か?」
「待ってくれ、クラウディア。頼むから話を聞け、唐突に異世界とか言われても困るんだが。そもそもどういう場所なんだそこは」
「お前らが『ミュータント』と呼んでいる連中の故郷だ。まあいってみれば剣と魔法の良き世界だ、きっとお前も気にいるはずだぞ。そうと決まれば旅の支度をしなければな」
ダークエルフは相棒を連れて帰る気満々だ。すでに九割確定している。
まあ別にどうだっていいが、それより俺たちはこれからどうするべきか。
また三人で悩んでいると、異世界行きが決定したクリューサが話に戻って。
「どのみち、南東の橋を越えた先からも汚染地域を何度か目にすることになるだろうな。そのためには放射線から身を守る薬があったほうがいい」
そう教えてくれた。後ろではクラウディアがウキウキしている。
「そんなもんあるのか?」
「ああ、なんだったら作れるが」
「作れるのかよ」
「メドゥーサ教団は戦前の医者や科学者の子孫だったからな。それくらいのものなら毒を作るより容易いことだ」
「毒と薬は紙一重って言いたそうな顔してるな」
「それを言うなら毒を以て毒を制すだ。毒と向き合い毒を知れば何も恐れることはない、覚えておくといい」
「どうしようもできない毒もこの世にはあるけどな」
「理不尽な毒は触れずに手放すのも一つの選択肢だ」
「だったら俺の選択肢は間違っちゃいなかったわけだ」
「どういうことだ? 新種の毒でも見つけたのか?」
「いや、気にすんな。あんたの専門外の毒の話だ」
言うにはこの世界には放射線に効くお薬があるようだ。
しかもそれを作ることのできる調剤技師がちょうどここにいるわけだ。
それから毒の専門家でも毒親は対象外らしい。
「もし必要なら作ってやるが……そうだな」
クリューサは紙切れを取り出すと何かをさらさらと書き始めた。
一通り書き終えるとこっちに手渡してきて、
「変異したリュウゼツランとビーツ、きれいな飲用水、漂白剤、火薬、スポーツドリンクの粉末をもってこい、あとの材料はなんとかしてやる。商売上、製法は秘密だからな」
材料リストを受け取った。作り方は知らないほうが幸せになれそうだ。
「……また火薬か」
「お前が食ってたマカロニアンドチーズに入ってるだろ?」
「本当に万能だなこの火薬」
「いや特に効果があるわけじゃないんだが、固めて錠剤を作るときに重宝している」
「じゃあこの漂白剤は?」
「殺菌するだけだ、それ以上知る必要はない」
「ああそうだな。これ以上知ったら飲むのに時間がかかりそうだ」
俺は深いことは考えずにこのお使いリストをコンプすることにした。自腹で。
「……ってわけでお昼休みは終わりだ、また買い出しに行くぞ」
足元でくつろいでいたニクを撫でて「いくぞ」と起こした。
それに合わせてノルベルトもゆっくり立ち上がった。
「むーん、放射線とやらはそんなに脅威となりえるのか? 逆にどれほど俺様に効くのか興味がわいてきたのだが……」
「お前が頑丈なのは分かるけどな、死なれたらすごく困るし、もし変異でもされたらあっちの世界でお前のご両親に「息子さんは放射能を浴びて立派なスーパーオーガに成長しました」って説明するはめになるんだぞ」
『……怪獣じゃないんだから』
昼飯も食ったし泊まる場所も確保した、ストレンジャーズ再出撃だ。
ママとビーンに「いってきます」と残していこうとすると。
「そうだ、こいつを持っていけ」
クリューサが鞄をごそごそ探って、何かを取り出した。
皮手袋はジャムの瓶――の中に青白い液体を注いだものを掴んでいる。
色合い的にまさかと思ったが、肩の物いう短剣もすぐに気づいたようだ。
『……これってまさか、マナポーションですか?』
「ああ、まさにマナポーションとかいうやつだ。自分なりにアレンジはくわえたが、クラウディアから作り方を教わってな」
やっぱりマナポーションか。とうとう異世界の品を作るやつが現れるとは。
「効果は私で試してあるぞ。心配せず飲むといい」
自家製ポーションを受け取ると、ダークエルフが自信たっぷりに補足してきた。
「そうか、本場のエルフお墨付きなら安心だな。ありがとう」
『ありがとうございます! マナポーション作っちゃうなんてすごいなぁ……』
「なに、作り方は複雑そうだが一つずつ読み解けば毒より楽だ。材料の調達が面倒なだけで基本はただの薬と何も変わらない」
新しい人生を進み始めた男はミコに褒められて少しだけ誇らしげだ。
ポーションをしまってその場を後にしようとすると、
「イチ」
背中に越しに呼ばれた。だいぶ穏やかな声だ。
振り向くと、クリューサはまたあのマスクをかぶっていた。
「なんだ? リストに記入漏れでもあったのか?」
「ありがとう。それだけだ」
くぐもった声だが、そいつの言葉はただそれだけだった。
俺は手短に「ああ」とだけ答えて宿を出た。
いつぞや誰かが言っていたようにメドゥーサは死んだ。
けれども残された男は奇妙で、それでいて充実した日々を過ごしている。
◇
さすがはスティング、市場に行けばだいたい揃った。防護服を除けばだが。
「……あとはきれいな水だけだな」
最後はきれいな水だ。
こっちは妙に高かったり品質的に信用できないので別の手段で調達することにした。
どうやら市場から南に離れたところに給水所があるようだ。有料だが。
そこで空のボトルだけを買って水を汲みに行く、これで材料がそろう。
「やはり妙だな」
荷物を背負って給水所を目指していると、途中でノルベルトが言った。
「何が妙だって?」
「この街のことだ。どう見ても賊としか思えない者たちがこれほどみられるというのに、ここの衛兵どもは一体どうして手を出せないように見えるのだ」
「確かにな。あいつらいい武器もってるくせにただ見てるだけだ」
「それに賊どもを目の当たりにして納得のゆかないような顔つきだっただろう? 仕方がなく見逃しているようなものだった」
「その『仕方がなく』のせいでママのところにあんな厄介な客が来てたわけだ。理由がどうであれ気に食わないな」
俺は街の中心部へ目を向けた。
スティングはにぎやかだが、時折見えるならず者のせいでどうも落ち着けない。
「俺様もだ。この街は良き場所だが、実にもやもやするな」
「まったくだ。こういう雰囲気はどうも好きじゃない」
「もしあの時のような不埒な輩が襲ってきたらぶちのめして構わんな?」
「ああ、次は遠慮なくぶちのめしていいぞ。なんだったら背骨引きずり出せ」
『あ、あんまりやりすぎちゃだめだよ……?』
しかし不運なことに、レイダーどもの嫌いなボルターの怪がここにいるわけだ。
さらに頼れるシェパード犬にオーガもいる、襲われたって返り討ちにしてやる。
「それよりどう先へ進もうか。結構な遠回りになりそうだし、物資もそれなりに必要になるぞ」
「むーん、そうだな……俺様思うんだが『くるま』とやらを手に入れるのはどうだ? ただ歩くよりは早く進むことができるだろう?」
「それはまあ俺も少しは考えてた。問題はマウスとキーボードでしか運転したことがないってことだな」
『……いちクン、それゲームの話だよね?』
「おいミコ、なんだったら免許すら持ってないんだぞ? それとも自動車教習所でも探せっていうのか?」
『無免許運転になっちゃうのは仕方ない気がするけど……でも移動手段があった方がいいと思うよ。かなりの長旅になりそうだし』
三人であれやこれやと話し合いながら進むと、その給水所とやらは見えてきた。
空いた土地に無理やりぶち込んだような真っ白な豪邸がそこにあった。
なんとも、眺めてるだけでここだけ150年前にさかのぼったような気分になる。
「……なんだこれ、戦前の建物?」
「ずいぶん立派な構えの屋敷ではないか。この街には貴族でもいるのだろうか?」
『なんだかお城みたいなお家だね、どんな人が住んでるんだろう……?』
金持ちが札束とノリで生み出したようなそこは警備兵がしっかり居座っていた。
そんな立派な住まいのそばに、割と最近作られたような手押しポンプが設置してある。
屋敷と比べるとしょぼいがちゃんと給水所として機能しているようだ。
「ケチなやつだな、なんだって水にチップが必要なんだ?」
「水なんていくらでも出るんだろ? 少しぐらいタダでいいじゃねーか」
「お前らの言いたいことは分かるがこいつはうちらの所有物だ。金が払えないならここでの給水はおすすめしないぞ。余所者」
「おい……独占は良くないぜ? 公正にいこうぜ、兄ちゃん」
「観光客価格でタダで飲ませてくれよ、たかだか水だろ?」
「言い方を変えようか。俺が値上げする前にさっさと失せろ賊ども、次ふざけたこといったら対価はお前たちの命にするぞ」
……ただしトラブルが先客として待っていたが。
アウトドアな格好の男が、荒野からやってきたようなつぎはぎだらけの格好のレイダー二人に絡まれていた。
「早速不埒な輩がいるが、どうする?」
そんな姿を見ているとノルベルトがさっそく食いつきそうになったが――
「さくっと終わらせる、まあ見てろ」
俺はそれより早く前に出て、怒鳴り散らすレイダーの肩をぽんと叩いた。
一瞬相手は攻撃的な目をぎらっとこっちに向けてきたが、視線が合うと「ひっ」と縮こまってしまった。
「おいっす! いまから言うことは二つ、「早くしろ」と「どけ」だ。三つに増える前に黙れ、いいな?」
「お前たちは一体何を騒いでいるのだ? そんなに水が欲しければチップを払えばよいではないか」
オーガのむすっとした声も挟まって、レイダー二名は水のことなんてどうでも良くなったみたいだ。
「……お、おい、帰るぞ……」
「あ、ああ……くそっ、なんなんだこいつら……」
邪魔者は消えた。不満そうな言葉を残して。
厄介な先客が消えると、ポンプを守っている男は訝しげに俺たちを見た。
「その格好……噂の最後の擲弾兵様か、何しにきやがった?」
「なにってただ水を汲みにきただけだ、ついでに悪者退治」
「はっ、そうやってスコア稼ぎでもしてるのか? だが残念だったな、礼は言うが余所者にゃタダじゃ使わせないぜ。これも街の秩序のためだ」
「俺がさっきみたいなケチな男に見えるか?」
「いいや、街のために貢献してくれそうないい男に見える」
「だったら街のために支払わないとな。1ガロンボトルと水筒でいくらだ?」
相手は余所者よりチップを信頼するタイプみたいだ。
空のボトルと水筒を見せると、ポンプ男は俺たちを用心深く見張りながら。
「全部で500だ。チップを弾んでくれれば俺が汲んでやってもいいが」
手を差し出して来た。なんだったら心付けも与えていいらしい。
俺は言われた通りの金額をそっと渡した。おまけで300チップも。
「じゃあ頼む。ついでにこいつで機嫌を良くしてくれないか?」
余分な金額を添えられた男は一瞬、思いがけない臨時収入に驚いたようだ。
けれどもようやくご機嫌になったのか、納得したように笑った。
「どうやら俺の勘違いだったようだ。あんたは良いウェイストランド人だな」
「そうでもない、ただの面倒な訳あり品だ」
「まあそういうな。待ってろ、満杯にしてやるよ」
男はすっかり気を許してくれたみたいだ。
空の容器を渡すと水を汲みだし始めた、アルゴ神父の教会で見たときと同じように。
「さっきは災難だったな、あんな出来の悪い観光客に絡まれるなんてひどい話だ」
水がたまるまでの間、ちょっとだけ話してみることにした。
「ありゃどう見てもレイダーだよな。あんなやつらが我が物顔でスティングを歩いてるなんて気持ちが悪いな」
「不満そうだな」
「そりゃそうだ。市長が余所者にうかつに手を出すなとか妙なルールを決めやがったんだよ。おかげで自警団の連中は銃持って散歩するだけの集まりになっちまった」
「ほんとに妙な話だ。いつからそうなったんだ?」
「最近さ。近頃は外からいろいろなやつらが流れ込んでチップを落としてくれるんだ、きっとそいつらに悪印象を与えたくないからだろうよ。実際、人が増えてからこの街はかなり潤ってるわけだが……」
水がいい感じに溜まってきたが男はまだまだ喋りそうだ。
少し振り向けば、ノルベルトは「むーん」と口を閉じて考え込んでいる。
「ってことはなんだ、前は割と怪しい奴には容赦しなかったのか?」
「そりゃそうだぞ。いつもは普通に撃ってるんだぞ? 怪しい動きがあれば街の建物から狙撃手がヘッドショット、あんなレイダーなんか即射殺だ」
「うわー怖い、そりゃ自警団の連中が暇そうにうろついてるわけだ」
「あいつらだけじゃないさ、俺らのご主人のガレットさんだって退屈してる」
「ガレットさん? 誰だそいつ」
ボトルがいっぱいになったところで、聞きなれない名前が出てきた。
水筒と交換して注いでもらうと、男はポンプを動かしながら屋敷の方を見て。
「そこの屋敷の持ち主さ、この給水所を管理してる。あの人はさっきみたいな手合いのやつをぶっ殺すのが楽しみでね」
そう説明してくれた。あの派手な屋敷の主のことらしい。
こんな世界であんな邸宅に住んでるなんてさぞ素晴らしい趣味をしてるんだな、と思ったが。
「そして俺たちはその人の私兵だ。っていっても悪いことはしてないさ、こうして貴重な水の管理とか、街の運営を手伝ってる。スティング思いのいいやつだ」
屋敷の私兵は水を注ぎながら柔らかく語ってくれた。
声の調子からして、そのガレットとやらへの純粋な信頼感を感じ取った。
こうして話を聞く限りは悪い人間じゃなさそうに聞こえるが……。
とにかく素材は揃ったわけだし一度宿に戻るかと考えたところで。
「――そうだ、擲弾兵。良かったら俺から頼みがあるんだが」
実に絶妙なタイミングでそう声をかけられてしまった。
ポンプを動かして一汗かいて「受けてくれるよな?」と俺を信用するような顔つきだ。
「なんだ? さっきのレイダーぶっ殺せばいいのか?」
「違う、そいつは是非ともお願いしたいところだが。もっと面倒なことだ」
「世界を救えばりに面倒なことだったら断ってもいい?」
「屋敷の小さなトラブルだよ、ガレットさんの悩みの種を一つ解消してほしい」
つまりちょっとした人助けをしてほしいらしい。
そういってポンプ男は屋敷の方を一度見た後、
「あの人は使用人を雇っててな、ここ最近また新入りが増えたわけなんだが……」
どう説明すればいいか困った様子で話し始めた。
視界の片隅で、玄関あたりから誰かがふらふら出てくるのが見えた。
「その、新入りメイドの首が行方不明なんだ」
「なんだって? それってクビにしたってことか?」
「違う、そのまんまだ。待ってろ、どう説明すればお前に分かってくれるか――」
一体こいつは何を言ってるんだろう。
ポンプ男は実に悩ましい様子で言葉に詰まってるが、ふと何かに気づいたようで。
「……いや、その必要はなさそうだ。ご本人がちょうどいいところにいやがった」
多少戸惑った様子で「あいつだ」と指をさした。
ちょうど、ついさっき屋敷の中から出てきた何かに適用されると思う。
それなりに良い体格をした、きれいな白黒のメイド服に身を包んだ女性がゆらっとその辺をさまよっていた。
この世界にはふさわしくない格好のメイドさんだ。
あれは間違いなく異世界出身だ――ただし、あるべき頭部がないのだが。
「…………首が行方不明って物理的な意味か?」
「分かってもらえたか? あの通りなんだ」
「いや…………メインカメラ失ってない?」
「メインカメラっていうか何もかもだな」
過酷なウェイストランドの生活により脳がバグったのかと思った。
目も擦った。しかしメイドさんには、首から上、つまり人間であれば『なきゃ死ぬほど困る』パーツがない。
つまり……首無しメイドってことだ。
『待って……あの人、もしかして……!』
てっきりミコが悲鳴でも上げそうかと思ったが、そんな姿を目の当たりにして何か言いたげだ。
「む? あれはもしやデュラハンの女性か? 首はどうしたのだ?」
ノルベルトに至っては良く理解してるみたいだ。
つまり向こうの世界の住人で間違いない、しかし頭がないのにどうやって生きてるんだか。
「なあ、あの屋敷は仕事で失敗したやつは首から上ケジメしないといけないのか? だとしたらひどい職場だ」
「んなわけねーだろ、ガレットさんは変わり者だが女性に対しては紳士的だ。それに金払いだっていいホワイトな職場だぞ」
「じゃあなんで首から上が行方不明なんだ」
「知るか、本人に聞いてみろ」
屋敷の悩みの種とやらは、何かを探し求めてあたりをふらふらしている。
果たして意思疎通できるかどうかすら怪しいレベルだが、とりあえず近づいて尋ねてみることにした。
「あー、もしもし。ひょっとして落とし物とか探してる? 生首とか」
首無しメイドさんに声をかけると、相手はこっちの声に反応したみたいだ。
近づいてきて手で『これ』と首を強調してきた。やっぱり頭を探してるらしい。
話が通じるなら生首探しを手伝ってやろうかと思ったが、
『あの……もしかして、ですけど……ヒロインの方ですか?』
そんな奇妙な光景に、肩の短剣が緊張した声を挟んできた。
するとどうだろう。首無しメイドはぴくっと反応、興奮気味に『そうです』とジェスチャーで伝え始める。
間違いない、こいつはいま『ヒロイン』という単語に反応した。
ってことは――なんてこった。まさかこいつ、ミコと同じヒロインなのか?
◇
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