魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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世紀末世界のストレンジャー

死したメドゥーサは転生した

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 元メドゥーサ教団の男は話してくれた。

 聞けば、はるか北西にあるヴェガスはひどい有様になっていたようだ。
 ボスを失ってしまった人食いカルト、再びまとまりがなくなったレイダー、この二つが生んだ混乱はウェイストランド中に広まった。
 歯止めが効かなくなったレイダーが各地に散らばれば、それに乗じてミリティアどもが動き出す。

 そんな混沌とした世界をさまよっていたところ、旅の相棒ができてこのスティングにやってきたらしい。

「――あれから自分なりにできることがないかと探した結果がこれだ。いまは母なるメドゥーサの教えを生かして、医者の真似事をやっている」

 共にテーブルを囲むそいつはレトロな手提げ鞄を広げてくれた。
 かぱっと開いたその中には薬や錠剤、医療器具がきれいに収められている。
 ……ちゃっかり『メドゥーサスピット』と書かれた瓶もあるが。

「いいんじゃないか? 再就職先にしちゃ安泰な方だ。儲かってるか?」
「そこそこな。少なくとも食うには困らない旅をしているさ」
「そうか、あんたも歩き続けてたんだな。そういえばあの首は……」
「我が母なら彼女の故郷の地に埋めてきた、今は眠っている」

 俺は新しい人生を歩み始めたそいつを見て、素直に感心してしまった。
 ビンに入ったいい思い出のない毒については都合よく忘れよう。

「ワンッ」

 二人で話していると、足元で黒いシェパード犬が鳴いた。
 親しみのある声だ。眠そうな目は落ち着いた様子でマスク姿を見上げている。
 
「お前のアタック・ドッグも元気そうだな」
「あんたのおかげだ、俺もこいつもこうして生きてる。感謝してるよ」

 ニクに男の手が伸びるが、特に嫌がることもなく受け入れたようだ。
 皮手袋越しに頭を撫でられると「ワゥン」と黒い尻尾がぱたぱた揺れた。

「そっちの噂は道中いろいろ聞いたぞ。ボルターの亡霊が弱きものを虐げるレイダーどもを殺しまわっていると、ウェイストランド中に広まっているそうだ」
「今度は幽霊扱いかよ、俺のことなんだと思ってるんだ」
『進めば進むほど、どんどん人外扱いされてるね、いちクン……』
「……しかも噂通り、ナイフが喋っているとはな」
『あ、こ、こんにちは……わたしのこと、覚えてますか?』
「声だけはな。お前のおかげで命拾いしたのだから忘れるものか」

 確かにレイダーにはロクな思い出なんてないが、亡霊呼ばわりはないだろ。

「フハハハ、よいではないか。お前も良き戦士として名高くなってるな!」

 そんなことを教えられると、隣に座っていたノルベルトが不敵に笑った。

「さっきのリアクションからしてほぼ化け物かなんかと思われてそうだな」
「なにも問題はなかろう? 化け物と呼ばれるほど強くなったということよ」
「もうちょっとカッコいい名の広まり方が良かった。ウェイストランドの英雄とか人類最後の希望とか……」
「ふっ、もっと強くなれということだ。精進せよ」
「がんばる」

 がんばってボルターの怪とかいうお化けみたいな名前から脱却しよう――いや、向こうの世界に行くのが本当の目的だけど。
 しょうもない目標を立てていると、

「……それで疑問なんだが、その隣にいるミュータントは一体なんだ? クラウディアと同郷の者みたいだが」

 メドゥーサの男がようやく疑問をぶつけてきた。隣のオーガにだが。
 すると向こうに座っていた褐色肌のエルフがこっちを見て。

「そいつはミュータントではなく、れっきとした向こうの世界の住人だ。戦いの才に長けたオーガと呼ばれる種族で、しかも名家の息子だぞ」

 良く存じているようなことを口にした。
 そんなことを耳に挟まれた男はマスクのフィルター越しにため息をついた。

「……エルフといい、オーガといい、この街の様子といい、まるでファンタジーな世界から飛び出てきたようだな。一体どうなってしまったんだこの世界は」

 俺が原因だと知ったら頭痛すら覚えてしまいそうだ、言わないでおこう。

「私だって驚いているぞ。見知らぬ世界へ迷い込んだ挙句、この街に来てみれば同郷の者がこうして集まっているのだからな」

 それに比べて褐色肌のエルフのお姉さんはすっかりこの世界に馴染んでるようだ。
 世紀末にあるまじき美顔に、上半身の曲線がきれいに浮かぶタンクトップを着ている。今までで一番の肌の露出だ。

「そうだ、自己紹介がまだだったな。私はダークエルフのクラウディアだ、色白エルフどもとは一緒にしないようにな」

 そんな彼女を見ていると、向こうは遅れて自己紹介をしてくれた。

「俺も名乗らせてもらおう。元メドゥーサ教団の一人、クリューサだ。さっき話した通り、今はちょっとした医者として旅をしている」

 俺たちも元メドゥーサ――もといクリューサたちに自己紹介することにした。

「俺はイチだ。コードネームはストレンジャー、好物はマカロニアンドチーズ」
『わたしは短剣の精霊のミセリコルデっていいます。コードネームはイージスです』
「俺様はオーガのノルベルトだ、よろしく頼むぞ」
「んでこっちが俺らのわんこ、ニクだ。コードネームはヴェアヴォルフ」
「ワンッ」
「変わった顔ぶれだな、お前たち。それに二つ名があるということは……」
「ああ、ボスに認められた。タグ見るか? わんこにもついてるぞ」

 人間に犬に喋る短剣にオーガと個性豊かな集まりだが、そこに元カルトレイダーとダークエルフが加わるとなんともカオスだ。

「なんだい、あなたたち知り合いだったの?」

 お互い名乗り終えると、カウンター越しに宿のおばさんが尋ねてきた。

「まあな。な関係だったっていうか」
「ウェイストランドは広いようで狭いからね。ずっと前にすれ違った人間とまたすれ違うことなんてよくあることよ」

 まあ確かにそのとおりだ、現に牛くんもここにいるわけだし。
 なんだか変わった顔ぶれだなと思っていると、ダークエルフのお姉さんは急にカウンターに向かって。

「ママ、食事をもらえるだろうか? ドッグマンバーガーを二つくれ、ポテト付きだ」
「はいはい、今すぐ作るわね。お代は800チップだよ」
「だそうだ、支払いを頼んだぞ相棒」
「……また俺が払うのか。ご婦人、こっちにも何か適当に軽い食事を頼む」

 この世界の食事を注文し始めた。ただし支払いは相棒持ちで。 
 クリューサはカルトレイダーから医者もどき兼財布に転職してしまったようだ。
 ついでだ、俺も何か食っちまおう。

「ママ、俺も何か頼んでいいか?」
「いいわよ、今日のおすすめはドッグマンバーガーだけど」
「マカロニアンドチーズはある?」
「ええ、もちろん。150年モノだけどね」
「じゃあ二つくれ。二箱分だ、愛情たっぷりで。ついでに犬のご飯も」
「二つも食べるなんて食いしん坊な子だね。500チップよ」
「俺様もよろしいかな? ドッグマンバーガーとやらを五つほど頂きたいのだが」
「今日は大繁盛ね、五つで1500チップだよ。ちょっと待っててね!」

 俺たちもカウンターでチップを払った、会計は別々で。
 大量注文がやって来るとママは忙しそうに料理を始めた。
 その後ろで牛くんは倉庫から食材や水の入ったボトルを運んでいる、食人一家の面影は全く残っていない。

「お互い、いろいろあったようだな。俺は見ての通り彼女と共に歩んでいてな、頼もしい相棒だよ」

 目の前にいる元メドゥーサ教団のやつだってそうだ、マスクつけっぱだが。
 そこに「意気投合というやつだ」と褐色エルフの得意げな声が挟まれる。

「クリューサは賢い男だぞ、フランメリアの魔女どもすら知らないような知識をいっぱい持っているんだ。それにこいつは顔だっていい、ほら」
「おいやめろクラウディア」

 異世界のダークエルフはちょっと早口に、がばっと相棒のマスクを剥いでしまった。
 呆気なく素顔がさらされるわけだが、なんというかイメージ通りだった。
 嫌なものを目の当たりにしたように「いーっ」とゆるく閉じた歯、不健康そうで疲れた顔、それでいて目の周りはどんよりと曇っているというか。

「かわいげがないがそこがいいんだ。それに私と髪の色がお揃いだ、ほら」
「おいやめ」

 さらに迫撃、フードもめくられて白いオールバックの髪も出てくる。
 なんてこった、仮面の下は不健康そうで気だるそうな男だ。怖い。

「うっわこわっ……医者の顔じゃないだろそれ」
『いちクン、さすがにそれは失礼だからね!?』
「……お前に言われるとなんだか腹が立つな」
「フハハ、男は見た目より中身よ! だから前向きに行くのだぞ」
「こっちの大男に至っては俺を馬鹿にしてるのか? なんなんだお前らは」

 俺とノルベルトの感想に続いて、ママからも「もっといっぱい食べて元気つけなさい」とコメントがやってきた。さんざんな言われようだ。
 そこへ物いう短剣が申し訳なさそうに声を上げる。

『ごめんなさい、この人、頭を撃たれたりしてから歯に衣着せぬようになっちゃったっていうか……』
「……撃たれた? そういえばお前、こめかみのあたりに傷があるが……」

 そう言われて、クリューサはまじまじとこっちを見つめてきた。
 俺は良く分かるように左こめかみ、9㎜弾を食らったところに親指を向けた。

「脳に弾丸お見舞いされたり拷問されたり二度ほど死にかけた」
「…………頭を撃たれたのにどうして生きているんだ、お前は」
「しかも眠ってる間、勝手に精子検査されて子供が作れないことが判明した。事実上の玉無しだ」
「どういうことだ? メドゥーサスピットには遺伝子を破壊するような効力はないはずだが……」
「いや、あの毒のせいじゃないと思う。強いて言えば運命的なもんだ」

 相手は信じられないといった様子だ、せっかくなので証拠も突き出してみよう。

「ほら、これ見てみろよ」

 バックパックからおしゃれなキャベツの漬物の容器を取り出した、今日も元気に肉片と金属片がぷかぷかしてる。
 クリューサはすぐに正体に気づいたようだ、人食い族の惨劇でも目にしたように顔をしかめた。

「この脳の破片はなんだ? いや待て……弾丸も入っていないか?」
「これなんだと思う? これね、俺の脳みそ。それと弾丸」
「……けっこうな量をえぐり取られていないか?」
「俺を殺したかったら45口径ぐらいじゃないとダメらしいな。記念にやるよ、医療の発展に役立ててくれ」
「いや押し付けようとしないでくれ、こんなものを持っていると呪われそうだ。というかお前が本当に人間なのか疑問に思えてきたぞ」
『……だからなんで捨てようとするのこの人……』

 押し付けようとしたが呪われた脳みそは返ってきてしまった。
 すかさず隣の褐色エルフの姉ちゃんに見せてみると、生ごみでも見るような目をされた。

「……どうしてお前は漬物用の容器に自分の脳みそ入れて携帯しているんだ? この世界の住人は悪趣味なやつばかりだな」
「脳みそと銃弾を一緒くたにして記念品にした医者にも言ってやってくれ。それからこの容器は俺のじゃなくリーリムとかいう魔女様のもんだ、自分の脳みそでピクルス作るほど困っちゃいない」

 この脳みそとはいつになったらお別れできるんだろうか。
 仕方がないので引っ込めようとすると、

「……なに!? リーリムだと!? あの芋女がここにいるのか!?」

 クラウディアがいきなり立ち上がった。それもかなり恨みがこもった様子で。
 そうか、まさかリム様を知っているのか。
 しかしこの様子だと"かなり"いい思い出はなさそうだが。

「その物言いだとリム様またなんかやらかした系?」
「ああ、大いにありだ! あの魔女は我らダークエルフ族の土地にジャガイモを勝手に植えたんだぞ!」
「まあちょっとぐらいはいいだろ? 食えるだけマシだ」
「……一個や二個じゃない、数十種類の品種だ。おまけに訳の分からん品種改良された芋が異常繁殖しているんだぞ? おかげで肌白エルフどもに芋の産地だとか馬鹿にされている始末だ」
「気合入れすぎだろあの芋」
『わたしたちのクランハウスにも毎日じゃがいも押し付けてたからね……』

 なにやってるんだあの芋女。
 一瞬、脳裏に夜な夜な人の土地に忍び込んで「オラッ!孕めッ!」とかいいながら種付けを行うリム様の姿が浮かんだ。

「はい、お待たせ! ビーン、あちらに料理を運んでちょうだい!」
「うん、わかった」

 そうこう話してるうちに料理ができたようだ。
 忙しそうなママが作った注文の品がのろのろと、色黒エルフに慎重に運ばれてきた。
 スパイシーな香りがする肉をがっつり挟んだハンバーガーが皿の上で陣形を組んでいる。肉は恐らく犬のミュータントだ。

「マカロニアンドチーズはもうちょっと待ってね!」

 それからやっと俺の好物の調理が始まったようだ。
 150年前の箱から取り出したマカロニをお湯に入れて、水分がなくなるとチーズの粉とバターの粉、それから――
 弾頭を外した22口径の薬莢から、クリーム色の粉をさーっと注いだ。

「……ママ、ちょっと待ってくれ」
「あら、どうかした?」
「今何入れた? ひょっとしてそれが愛情ってやつ?」
「味の決め手の万能火薬よ。大丈夫、大昔の火薬みたいに毒性はないからね」

 客の目の前で火薬をぶち込むという所業についていろいろ考えたが、まあいいやという結論に落ち着いた。
 料理はすぐに完成して、ビーンがこっちに持ってきてくれた。のろのろと。

「そうか、じゃあいただきます」
『待っていちクン、それでいいの!? もうちょっと踏みとどまろうよ!?』

 さて、黄色味の強い濃厚なチーズの香りがするマカロニにがっつく――前に。
 
「おい牛く……ビーン!」 

 立ち去ろうとする巨体を呼び止めた。
 相手は子供っぽさの残る顔をくるっとこっちに向けてきて、

「なあに?」
「ほら、チップだ」

 振り向きざまのところに『1000』と表示されたカジノチップを手渡した。
 俺からのほんの気持ちだが、当の本人はというと。

「な、なににつかえばいいんだろう……」

 とても困惑していた。しまった、そこまで純真すぎたか。
 このまま渡してもいいことにはならないだろう、なので適当に使い道も教えてやることにした。

「本でも買うといい。賢くなれるし強くなれるし一石二鳥だ」

 そう伝えるとビーンは大事に受け取って、にっこり笑ってくれた。
 仕上げだ。俺はエプロンから浮かぶ立派な胸のラインに狙いを定める。

「ありがとう、おにいちゃん、だいじにつかうね」
「ああ、その代わり、その……触らせてほしいところが」
『だめだよいちクン』
「はい」

 そしてナチュラルに胸に触るはずが失敗した。まだまだあきらめるものか。
 足元で何かの肉を骨ごとばりっと食らう犬にあわせて、俺も飯を食うことにした。

「……うまいなこれ!!!」
『……あれっ、おいしい……?』

 また一つ分かったことがある、意外なことに万能火薬入りの熱々のマカロニアンドチーズは妙にうまいってことだ。

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