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世紀末世界のストレンジャー
スティングはさながら百鬼夜行
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不死身の男、喋る短剣、異世界のオーガ、それから犬。
そんな顔ぶれでここまで来た俺は荒野から這い上がってきた特別な存在だと思っていた。
だが違った、この『スティング』でそんなやつらに注目する人間はいないのだ。
実際、あちこち歩き回って見渡せばいろいろなやつがいた。
文明の名残に住み着く人、道端の物乞いたち、外部からの旅人、巡回する兵士。
今まで目にしてきたコミュニティのように統一感はなかった。
戦後になって無秩序に開発された街の姿には、ウェイストランドからかき集めた様々な人種が集っている。
俺たちもその中に組み込まれていた、吸い込まれたと言った方がいいかもしれない。
シェルター居住者を示す黒いジャンプスーツも、オーガの大きな体も、ここではたいして特別なものじゃない。
「……こんなに人がいたんだな、この世界」
俺はぼろぼろの市街地を走る道路を見た。
様々な人間がまばらに歩いている。
武器を包み隠さず携帯するやつだっているが、かといって治安は悪くない。
その理由はすぐに向こうからやってきた。
大きな通りをアースカラーの戦闘服を着た男たちが巡回していて、
「――おい、ライヒランドの噂は聞いたか?」
「ああ、聞いた聞いた。あいつら、最近動きがおかしいらしいな」
俺たちなんかに目もくれずに通り過ぎて行った。
見た目は『ガーデン』の連中に似ているがあんまり緊張感がない。
装備はそこそこだ。錆びていないちゃんとした小銃や短機関銃を持ってる。
「つい先日、向こうからうちの市長あてにお手紙が届いたそうだぞ」
「ほーう、それでなんて書いてたんだ? シド・レンジャーズに報復するから通過させろってか?」
「あいつらの土地で市民を襲撃したミュータントがいて、この街がそいつを匿ってるから引き渡せ、応じなきゃ殺してでも引き取りに行く、だとさ」
「……それマジで言ってんのか?」
「さあ? そもそも本当にいたかどうかすら怪しいんだぞ。他にもグレイブランドと戦争するからさっさと同盟解消しろとかあったらしい」
「おいおい、まるでこっちに攻め込んでくるみたいな――冗談だろ?」
男たちはゆるい雰囲気で物騒な話をしたまま遠ざかっていく。
ここは自警団か何かが治安を維持しているみたいだ。
勤務態度はともかく、だが。
『いまの人たちの会話……なんだか穏やかじゃなかったよね』
そんな姿を目で追ってると、肩に取り付けたミコがぼそっと言った。
この世界の情勢はあまり分からないが、よろしくはなさそうだ。
「もしかしたら最悪なタイミングで来ちまったかもな、ツイてない」
『……わたしたちがどこかへ行くたびに何かしら起きてる気がするよ』
「くそっ、こんなんだったらもっと運を上げとくべきだった」
『い、いちクンのステータスの問題じゃないと思うよ……?』
「じゃあなんだ、俺の『PERK』か? もしかして『過酷な旅路』ってのは道行く先に不幸でもまき散らす呪いなのか?」
……この状況が俺によって引き起こされたものじゃないと願いたい。
不吉な知らせが続く中、ノルベルトはにやっと笑っていた。
「つまり戦が始まるということか。ならば加勢すればよいだけのことよ」
「一応聞いとこう、どっちにだ?」
「世のためになるほうだ」
「かっこいい発言だ、同じ質問されたら今のセリフ使わせてもらうぞ」
こいつはやる気だが、正直に言うと俺は微妙なところだ。
スティングでの用が済んだらさっさと先へ進みたいというのもある。
が、何が一番面倒かっていうと、戦争だのなんだのに巻き込まれることだ。
今まではレイダーやらミリティアに襲われてる現場にたまたま、不運に、偶然が重なって足を踏み入れるだけだった。
ところが今度はようやくたどり着いたところで偶然にも、運悪く、レアケースで面倒くさそうな連中が攻め込んでくるという噂だ。
しかもそれはもしかしたらこのストレンジャーがもたらした影響に起因するかもしれないのだからタチが悪い。
今までのトラブルも元をたどればイレギュラーな存在がもたらした結果なのだから。
【清濁併せ吞む自由な街『スティング』へようこそ!】
途中、崩れかけたビルにお手製の大きな看板が張り付けてあった。
言うには『ようこそスティングへ、訳アリの方も歓迎します』だそうだ。
◇
ここからずっと北、ハーバーシェルターの近くから続くクロラド川がある。
干上がってしまった川だが『デイビッド・ダム』を通過し、ウェイストランドを南に降りていくように作られていた。
その川が南東に向かい始める途中、スティングはあった。
この街は言うならば中間地点だ。
市街地を斜めに貫く道路は西と東をつなぎ、ここはある種の境界線になっていた。
ゆえに、ここには東西から様々な人が次々やってくる。
一癖強い俺たちがこうして平然と受け入れられるのも、そういう土地柄なのかもしれない――なんて思っていた。
「……なあ、これって一体どうなってんだ?」
そんなスティングの中心部はかなり奇妙なことになってた。
場所はさっきのガソリンスタンドのそば、その近くにあった倉庫だ。
そこは大勢の人々が出入りしていて、中を覗けばひどく匂うバザーが開いていた。
汚れた人間の臭い、漏れた燃料の臭気、焼き肉の香り、何もかもが滅茶苦茶に混ざり合っている。
この街で一番人が集まっている場所だが――問題はそこじゃない。
「――おい! このカラクリが買い取れないってどういうことだ!?」
「た、確かに動くんだけどその……鍵がかかってて使えないんだよ」
「ロック!? だったらこじ開ければいいだろ!? 馬鹿かオメーは!?」
「違う、違う! 物理的な意味じゃないんだ! パスワードって分かるか? 電源はついてもこのままじゃ機能が……」
入ってすぐに見えたのは、戦前の電子機器を売買している小さな店の中だった。
そこには眼鏡をかけた気弱そうな店主と――巨大な牛の怪物が対峙している。
「訳の分からねえこというな! つまりこのままじゃ使えないってことだな!?」
「そうだ、そうなんだよ! だから怒鳴るな! 駄目なもんはだめだからな!」
そいつは一目で分かった、この世界の者じゃないと。
オーガよりもう一回り大きい身の丈、筋肉質な蹄付きの下半身、そして見事に割れまくった腹筋に牛の頭――ミノタウロスだ。
ファンタジーな見てくれだが、身体は世紀末調の衣装に身を包んでいる。
そんな彼は傷一つないタブレット端末を売りつけようとしていたようだが。
「……くそっ、ならいい。邪魔したな」
売れないと分かれば不服そうにその場を去ろうとしていく。
あんな見てくれだが意外にも物分かりがいい――なんて思っていると。
「人間。このキノコはいくらだ?」
「ああ? この青いキノコか? 食ってもまずいしまとめて500チップでどうだ?」
「買おう。全部くれ」
「毎度。なあエルフの嬢ちゃん、まさかこいつの使い道を知ってたりしないか?」
「ふふ、どうだろうな。まあ食わないのは確かだ」
すぐ隣では褐色肌で白髪の――エルフのお姉さんが買い物をしていた。
やっぱり世紀末慣れした格好だが、それでも尖った耳は目立っている。
「失礼、このカタログをいただけますか?」
「戦前の服のカタログなんて何に使うんだ? まあ焚き火ぐらいにゃ使えるか、200チップでいいよ」
「では全部ください」
「……余計なお世話かもしれないがかさばるだけだぞ、嬢ちゃん」
「いいんです、私たちには価値が分かりますから」
その反対側では、戦前の本やらを売る店の前に立つラフな姿の黒髪の女性。
この世界にしちゃずいぶんおしゃれだ――それに肌色も俺と同じである。
明らかにこの世界の人間じゃないことは、この魑魅魍魎のごとき群れの中に自然と居混ざり合ってるからだと思う。
『……あっちの世界の人たちが、いっぱいいる……!?』
見渡して、ようやく口にしたのはミコだった。
この人だかりの中に、どう見てもウェイストランドにふさわしくない姿がちらちら見えるのだ。
ドッグマンみたいなやつ、髭と筋肉が目立つちっちゃいおっさん、二本足で立つトカゲ、異世界のやつら。
間違いない、これは間違いないぞ、向こうの世界の人間が集まってやがる。
「おお……あちらの世界の者たちがこんなにも!
あんまりにもぶっ飛んだ光景に目を奪われてると、ノルベルトが行ってしまった。
……さっきの不機嫌そうな牛頭の獣人の方に。
「失礼、そこのお方。さては向こうの世界の方かな?」
一体あいつはどういう神経してるんだろう。
どう見たって怒らせたらこの辺一帯を血の海にしてしまいそうな化け物へ近づいて、ものすごく自然に挨拶をしている。
すると今にも手にしたタブレットを握り潰しそうな牛の怪物は――
「オメー……まさかローゼンベルガーのとこの坊主か!?」
ノルベルトの姿を見るなり驚いていた。ものすごく嬉しそうに。
「む? 俺様を知っているのか?」
「当り前だ、オメーはあの有名なローゼンベルガー家のやつだろ!? そうか坊主も来てたのか!」
「うむ。だいぶ前からこの世界に来てしまったが、オーガの力を存分にふるうことができて良き世界よ!」
「そうか……鬼が暴れてるって噂を聞いたが坊主のことだったんだな。良い面構えになったじゃねえか」
「フハハハ、そうだろう? ここに来るまで数々の戦士を屠ったからな!」
「へへ、ここはいいトコだ。暴れても徳を積んでも誰も咎めやしねえ。ミノタウロス原種の血が騒ぐってもんよ」
二人は暑苦しく握手をしている。
胸筋の距離感がすさまじく近い、ミノタウロスに至ってはもう重厚すぎて――そうだ!
「よう、そこの……牛の人? ちょっといいか」
そんな異世界からのゲストを目の当たりにして、俺は勇気を出して声をかけた。
後ろで「クゥン」とニクが怯えている。怖がってるが我慢してもらう。
「誰が牛の人だ、俺はミノタウロスだこの野郎」
牛のおっさんは親し気な表情を一変させて、不機嫌そうにこっちを見てきた。
だが臆するものか。手に握っているタブレットを指で示して。
「そいつのロックとやらを解除してやるっていったらどうする?」
さっきお悩みだったブツをどうにかしてやる、と申し出た。
牛の怪物は意外そうに関心したものの、すぐに目つきを鋭くして。
「そりゃありがてえ……が、そっちの望む見返りによるな」
「胸触らせて!」
『いちクン!? 初対面の人になんてこといってるの!?』
訝しまれたがここぞとばかりに即答した。ミコが『えっ』と引き気味だ。
相手は手元の端末と自分の胸を見比べて困惑している、引き気味に。
「……オメー、頭大丈夫か?」
「いや、俺の使命なんだ。ちょっとだけでいいから、ねっ?」
「こやつは強き戦士の胸を触るのが好きなのだ、触らせてやったらいかがか?」
さすがに断られると思ったがノルベルトがうまく取り入ってくれた。
「変な趣味だな。まあそれだったら頼むぜ――」
「よしきた」
俺は相手からタブレットを分捕った。次に視界に浮かぶ『ハッキング』を起動。
PDAの画面上で解析と解除が終わった。速攻で差し出すと。
「……オメーどんだけ人の胸触りたいんだよ」
「さあ、約束を守ってもらおうか」
結果、ミノタウロスは嫌そうに胸を突き出してきた。オーガよ良くやった。
そんなわけで胸筋を迷わず触った。手のひらを広げて思いきり。
「おお……カッチカチ……防弾仕様……」
『……やめよう?』
これは、あれだ、加熱しすぎてカチカチになった牛肉の塊だ。
確かに鉄みたいに硬いが柔らかさもある、これが牛の肉か。
衆人環視の中堂々と胸に触れていると、牛人間の不愉快そうなため息が聞こえた。
「おいそこの短剣の嬢ちゃん。こいつ変態か?」
『あの、えっと、ちょっと頭を傷つけられちゃって……許してあげてください』
「なんだ、こんな若さで頭をやられたのか? そいつは気の毒に……」
どうやらミコの存在が分かるらしい。
肩に向かって同情するような声を残すと、相手は離れていって。
「まあ、キモいやつだが礼を言うぜ、ちっちゃい人間。一つ借りだな」
牛の怪物は人の流れをぐいぐいかき分けながら消えてしまった。引き気味に。
だが満足した。これでしばらくは頑張れそうだ。
『いちクン、あの人すごく気味悪がってたよ……?』
「――ああいう反応されるとちょっと興奮する」
『……どうしよう、いちクンがもっと変態さんになっちゃった……』
「クゥン」
「ふっ、よいではないか。お前もあのような筋肉を得るために精進するがよい」
「そうだな、まずは食生活から見直したほうがいいか?」
犬にすら心配されながらも、俺は異種族の混じる市場の奥に踏み込んでいった。
途中、遠くでさっきの黒髪の女性がこっちを見つめていたが……今は気にしないでおくことにした。
◇
そんな顔ぶれでここまで来た俺は荒野から這い上がってきた特別な存在だと思っていた。
だが違った、この『スティング』でそんなやつらに注目する人間はいないのだ。
実際、あちこち歩き回って見渡せばいろいろなやつがいた。
文明の名残に住み着く人、道端の物乞いたち、外部からの旅人、巡回する兵士。
今まで目にしてきたコミュニティのように統一感はなかった。
戦後になって無秩序に開発された街の姿には、ウェイストランドからかき集めた様々な人種が集っている。
俺たちもその中に組み込まれていた、吸い込まれたと言った方がいいかもしれない。
シェルター居住者を示す黒いジャンプスーツも、オーガの大きな体も、ここではたいして特別なものじゃない。
「……こんなに人がいたんだな、この世界」
俺はぼろぼろの市街地を走る道路を見た。
様々な人間がまばらに歩いている。
武器を包み隠さず携帯するやつだっているが、かといって治安は悪くない。
その理由はすぐに向こうからやってきた。
大きな通りをアースカラーの戦闘服を着た男たちが巡回していて、
「――おい、ライヒランドの噂は聞いたか?」
「ああ、聞いた聞いた。あいつら、最近動きがおかしいらしいな」
俺たちなんかに目もくれずに通り過ぎて行った。
見た目は『ガーデン』の連中に似ているがあんまり緊張感がない。
装備はそこそこだ。錆びていないちゃんとした小銃や短機関銃を持ってる。
「つい先日、向こうからうちの市長あてにお手紙が届いたそうだぞ」
「ほーう、それでなんて書いてたんだ? シド・レンジャーズに報復するから通過させろってか?」
「あいつらの土地で市民を襲撃したミュータントがいて、この街がそいつを匿ってるから引き渡せ、応じなきゃ殺してでも引き取りに行く、だとさ」
「……それマジで言ってんのか?」
「さあ? そもそも本当にいたかどうかすら怪しいんだぞ。他にもグレイブランドと戦争するからさっさと同盟解消しろとかあったらしい」
「おいおい、まるでこっちに攻め込んでくるみたいな――冗談だろ?」
男たちはゆるい雰囲気で物騒な話をしたまま遠ざかっていく。
ここは自警団か何かが治安を維持しているみたいだ。
勤務態度はともかく、だが。
『いまの人たちの会話……なんだか穏やかじゃなかったよね』
そんな姿を目で追ってると、肩に取り付けたミコがぼそっと言った。
この世界の情勢はあまり分からないが、よろしくはなさそうだ。
「もしかしたら最悪なタイミングで来ちまったかもな、ツイてない」
『……わたしたちがどこかへ行くたびに何かしら起きてる気がするよ』
「くそっ、こんなんだったらもっと運を上げとくべきだった」
『い、いちクンのステータスの問題じゃないと思うよ……?』
「じゃあなんだ、俺の『PERK』か? もしかして『過酷な旅路』ってのは道行く先に不幸でもまき散らす呪いなのか?」
……この状況が俺によって引き起こされたものじゃないと願いたい。
不吉な知らせが続く中、ノルベルトはにやっと笑っていた。
「つまり戦が始まるということか。ならば加勢すればよいだけのことよ」
「一応聞いとこう、どっちにだ?」
「世のためになるほうだ」
「かっこいい発言だ、同じ質問されたら今のセリフ使わせてもらうぞ」
こいつはやる気だが、正直に言うと俺は微妙なところだ。
スティングでの用が済んだらさっさと先へ進みたいというのもある。
が、何が一番面倒かっていうと、戦争だのなんだのに巻き込まれることだ。
今まではレイダーやらミリティアに襲われてる現場にたまたま、不運に、偶然が重なって足を踏み入れるだけだった。
ところが今度はようやくたどり着いたところで偶然にも、運悪く、レアケースで面倒くさそうな連中が攻め込んでくるという噂だ。
しかもそれはもしかしたらこのストレンジャーがもたらした影響に起因するかもしれないのだからタチが悪い。
今までのトラブルも元をたどればイレギュラーな存在がもたらした結果なのだから。
【清濁併せ吞む自由な街『スティング』へようこそ!】
途中、崩れかけたビルにお手製の大きな看板が張り付けてあった。
言うには『ようこそスティングへ、訳アリの方も歓迎します』だそうだ。
◇
ここからずっと北、ハーバーシェルターの近くから続くクロラド川がある。
干上がってしまった川だが『デイビッド・ダム』を通過し、ウェイストランドを南に降りていくように作られていた。
その川が南東に向かい始める途中、スティングはあった。
この街は言うならば中間地点だ。
市街地を斜めに貫く道路は西と東をつなぎ、ここはある種の境界線になっていた。
ゆえに、ここには東西から様々な人が次々やってくる。
一癖強い俺たちがこうして平然と受け入れられるのも、そういう土地柄なのかもしれない――なんて思っていた。
「……なあ、これって一体どうなってんだ?」
そんなスティングの中心部はかなり奇妙なことになってた。
場所はさっきのガソリンスタンドのそば、その近くにあった倉庫だ。
そこは大勢の人々が出入りしていて、中を覗けばひどく匂うバザーが開いていた。
汚れた人間の臭い、漏れた燃料の臭気、焼き肉の香り、何もかもが滅茶苦茶に混ざり合っている。
この街で一番人が集まっている場所だが――問題はそこじゃない。
「――おい! このカラクリが買い取れないってどういうことだ!?」
「た、確かに動くんだけどその……鍵がかかってて使えないんだよ」
「ロック!? だったらこじ開ければいいだろ!? 馬鹿かオメーは!?」
「違う、違う! 物理的な意味じゃないんだ! パスワードって分かるか? 電源はついてもこのままじゃ機能が……」
入ってすぐに見えたのは、戦前の電子機器を売買している小さな店の中だった。
そこには眼鏡をかけた気弱そうな店主と――巨大な牛の怪物が対峙している。
「訳の分からねえこというな! つまりこのままじゃ使えないってことだな!?」
「そうだ、そうなんだよ! だから怒鳴るな! 駄目なもんはだめだからな!」
そいつは一目で分かった、この世界の者じゃないと。
オーガよりもう一回り大きい身の丈、筋肉質な蹄付きの下半身、そして見事に割れまくった腹筋に牛の頭――ミノタウロスだ。
ファンタジーな見てくれだが、身体は世紀末調の衣装に身を包んでいる。
そんな彼は傷一つないタブレット端末を売りつけようとしていたようだが。
「……くそっ、ならいい。邪魔したな」
売れないと分かれば不服そうにその場を去ろうとしていく。
あんな見てくれだが意外にも物分かりがいい――なんて思っていると。
「人間。このキノコはいくらだ?」
「ああ? この青いキノコか? 食ってもまずいしまとめて500チップでどうだ?」
「買おう。全部くれ」
「毎度。なあエルフの嬢ちゃん、まさかこいつの使い道を知ってたりしないか?」
「ふふ、どうだろうな。まあ食わないのは確かだ」
すぐ隣では褐色肌で白髪の――エルフのお姉さんが買い物をしていた。
やっぱり世紀末慣れした格好だが、それでも尖った耳は目立っている。
「失礼、このカタログをいただけますか?」
「戦前の服のカタログなんて何に使うんだ? まあ焚き火ぐらいにゃ使えるか、200チップでいいよ」
「では全部ください」
「……余計なお世話かもしれないがかさばるだけだぞ、嬢ちゃん」
「いいんです、私たちには価値が分かりますから」
その反対側では、戦前の本やらを売る店の前に立つラフな姿の黒髪の女性。
この世界にしちゃずいぶんおしゃれだ――それに肌色も俺と同じである。
明らかにこの世界の人間じゃないことは、この魑魅魍魎のごとき群れの中に自然と居混ざり合ってるからだと思う。
『……あっちの世界の人たちが、いっぱいいる……!?』
見渡して、ようやく口にしたのはミコだった。
この人だかりの中に、どう見てもウェイストランドにふさわしくない姿がちらちら見えるのだ。
ドッグマンみたいなやつ、髭と筋肉が目立つちっちゃいおっさん、二本足で立つトカゲ、異世界のやつら。
間違いない、これは間違いないぞ、向こうの世界の人間が集まってやがる。
「おお……あちらの世界の者たちがこんなにも!
あんまりにもぶっ飛んだ光景に目を奪われてると、ノルベルトが行ってしまった。
……さっきの不機嫌そうな牛頭の獣人の方に。
「失礼、そこのお方。さては向こうの世界の方かな?」
一体あいつはどういう神経してるんだろう。
どう見たって怒らせたらこの辺一帯を血の海にしてしまいそうな化け物へ近づいて、ものすごく自然に挨拶をしている。
すると今にも手にしたタブレットを握り潰しそうな牛の怪物は――
「オメー……まさかローゼンベルガーのとこの坊主か!?」
ノルベルトの姿を見るなり驚いていた。ものすごく嬉しそうに。
「む? 俺様を知っているのか?」
「当り前だ、オメーはあの有名なローゼンベルガー家のやつだろ!? そうか坊主も来てたのか!」
「うむ。だいぶ前からこの世界に来てしまったが、オーガの力を存分にふるうことができて良き世界よ!」
「そうか……鬼が暴れてるって噂を聞いたが坊主のことだったんだな。良い面構えになったじゃねえか」
「フハハハ、そうだろう? ここに来るまで数々の戦士を屠ったからな!」
「へへ、ここはいいトコだ。暴れても徳を積んでも誰も咎めやしねえ。ミノタウロス原種の血が騒ぐってもんよ」
二人は暑苦しく握手をしている。
胸筋の距離感がすさまじく近い、ミノタウロスに至ってはもう重厚すぎて――そうだ!
「よう、そこの……牛の人? ちょっといいか」
そんな異世界からのゲストを目の当たりにして、俺は勇気を出して声をかけた。
後ろで「クゥン」とニクが怯えている。怖がってるが我慢してもらう。
「誰が牛の人だ、俺はミノタウロスだこの野郎」
牛のおっさんは親し気な表情を一変させて、不機嫌そうにこっちを見てきた。
だが臆するものか。手に握っているタブレットを指で示して。
「そいつのロックとやらを解除してやるっていったらどうする?」
さっきお悩みだったブツをどうにかしてやる、と申し出た。
牛の怪物は意外そうに関心したものの、すぐに目つきを鋭くして。
「そりゃありがてえ……が、そっちの望む見返りによるな」
「胸触らせて!」
『いちクン!? 初対面の人になんてこといってるの!?』
訝しまれたがここぞとばかりに即答した。ミコが『えっ』と引き気味だ。
相手は手元の端末と自分の胸を見比べて困惑している、引き気味に。
「……オメー、頭大丈夫か?」
「いや、俺の使命なんだ。ちょっとだけでいいから、ねっ?」
「こやつは強き戦士の胸を触るのが好きなのだ、触らせてやったらいかがか?」
さすがに断られると思ったがノルベルトがうまく取り入ってくれた。
「変な趣味だな。まあそれだったら頼むぜ――」
「よしきた」
俺は相手からタブレットを分捕った。次に視界に浮かぶ『ハッキング』を起動。
PDAの画面上で解析と解除が終わった。速攻で差し出すと。
「……オメーどんだけ人の胸触りたいんだよ」
「さあ、約束を守ってもらおうか」
結果、ミノタウロスは嫌そうに胸を突き出してきた。オーガよ良くやった。
そんなわけで胸筋を迷わず触った。手のひらを広げて思いきり。
「おお……カッチカチ……防弾仕様……」
『……やめよう?』
これは、あれだ、加熱しすぎてカチカチになった牛肉の塊だ。
確かに鉄みたいに硬いが柔らかさもある、これが牛の肉か。
衆人環視の中堂々と胸に触れていると、牛人間の不愉快そうなため息が聞こえた。
「おいそこの短剣の嬢ちゃん。こいつ変態か?」
『あの、えっと、ちょっと頭を傷つけられちゃって……許してあげてください』
「なんだ、こんな若さで頭をやられたのか? そいつは気の毒に……」
どうやらミコの存在が分かるらしい。
肩に向かって同情するような声を残すと、相手は離れていって。
「まあ、キモいやつだが礼を言うぜ、ちっちゃい人間。一つ借りだな」
牛の怪物は人の流れをぐいぐいかき分けながら消えてしまった。引き気味に。
だが満足した。これでしばらくは頑張れそうだ。
『いちクン、あの人すごく気味悪がってたよ……?』
「――ああいう反応されるとちょっと興奮する」
『……どうしよう、いちクンがもっと変態さんになっちゃった……』
「クゥン」
「ふっ、よいではないか。お前もあのような筋肉を得るために精進するがよい」
「そうだな、まずは食生活から見直したほうがいいか?」
犬にすら心配されながらも、俺は異種族の混じる市場の奥に踏み込んでいった。
途中、遠くでさっきの黒髪の女性がこっちを見つめていたが……今は気にしないでおくことにした。
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