魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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世紀末世界のストレンジャー

女神さまはずっと見ていた

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 訓練の終わりが近づくころ、俺はなぜか厨房に立たされた。
 飯ぐらい自分で作ってみろということでその日の昼飯を作るハメになったからだ。
 といっても【料理】スキルも上がり始めた俺には楽勝だった。

「いい感じですわ! さあ、カリカリに焼いたベーコンの上に卵を落としたら、フライパンの油をすくって黄身に何度もかけるのです!」
「こうか? でもなんでかける必要があるんだ?」
「熱した油をかけることで全体をおいしく焼けますの」
「へー」

 ……ただしリム様に教えてもらいながら。
 言われるがままフライパンを傾けて、熱々の油をすくって目玉焼きにかけた。
 すると透明だった部分がみるみるうちに白く焼きあがっていく。理想のベーコンエッグの姿がそこにある。

「よし、卵完成」
「上手に焼けましたわ! 次はバターを入れてパンをこんがりと! フライ返しで軽く押し付けながら焼きましょう!」

 今にも食べたくなるほどうまく焼けた卵をいったん皿の上に退避させた。
 お次はバターを投入、そこに自家製チーズを挟んだパンを乗せて両面カリカリに焼く。

「リム様リム様、これってどれくらい焼けばいいんだ?」
「色はきつね色の一歩手前、表面がカリっとしてて中のチーズが溶けていれば完璧な状態です! 絶対に焦がさないこと!」
「じゃあこれでいいか」

 フライ返しで両面がいい感じにカリカリに、中を少しめくるとオレンジ色のチーズがねっとりとろけていた。
 焼きあがったグリルドチーズサンドを皿の上に広げて、中にさっき作った完璧なベーコンエッグを挟んで完成。

「できた。料理名は『選ばれしイチChosenOne』だ」

 こういうまともな料理をするのは初めてだが、無事に成功したようだ。
 カリっと焼き上げられたパンの中にチーズたっぷり、半熟のベーコンエッグが入った記念すべき最初の料理だ。
 思わずPDAのカメラで撮影しようとしたが、

「なんだい、けっきょくお嬢ちゃんに教えてもらいながら作っただけじゃないか」

 ふとましい黒人のおばちゃんは呆れながらトッピングもしてくれた。
 カットした新鮮なきゅうりとトマトだ。この世界にもきゅうりがあったのか。

「でも初めてやったんだぞこういうの、けっこういいスタートじゃないか?」
「ほんとに初めてだっていうならかなりいい方だね。いい主夫になりそうだよ」
「主夫……?」
「ここにきてからイっちゃんにはお料理のお手伝いをさせてましたからね……立派に成長してお母さん嬉しいですわ!」
「どこ撫でてるんだお前は」

 厨房を手早く片付けて料理を運ぶことにした。リム様に尻を撫でられながら。
 ついでにおばちゃんがバターとコーヒーを混ぜたものをぶち込んだマグカップを差し出してきた。

「ほら、あんたのブラックガンズ・バターコーヒーだよ。メスキートだけどね」
「ありがとうおばちゃん。砂糖ある?」
「そのまま飲みな、きっと気に入るはずだよ」

 カップには『BlackGunsCoffeeCompany』と書かれてある。
 立派な昼食を手にテーブル席へ凱旋すると、そこでは――

「さて、なにが入ってるか分かるか?」
『えーと……にんにく、玉ねぎ、トマト、酢漬けのハラペーニョ……粗みじん切りにした牛肉に……ブラウンシュガーも入ってるかな』
「……具材はすべて当たってるな。じゃあ――」
『オールスパイス、クミン、乾燥させて粉末にしたパプリカも入ってますか?』
「…………スパイスも正解だ。だが隠し味もあるぞ」

 豆と牛肉のチリに埋もれるミコと、料理の材料に関するなぞかけをしているハーヴェスターがいる。
 クラッカーと一緒に沈んだ短剣は最後の謎に「うーん」と悩ましそうに唸って。

『……ウィスキー、でしょうか?』
「……なんでそう思う?」
『カウンターの後ろにいっぱいあるから……』

 導き出されたミコの言葉に、一人軍隊が似合う白人は苦しそうに振り返る。
 ちょうどカウンターの裏には自家製のウィスキーが入った瓶がたっぷり並んでいて……そういうことなんだろう。

「……ああそうだ、正解だよ」
「あーあ、答え置いちゃってるようなもんだろ。クイズにすらなってねえ」
「うるせえ、酒の趣味に文句をつけたらわかってるな?」
「見たかニク、ああみえてアイツはドジなんだ。笑っちゃうよなぁ」

 そんなハーヴェスターの姿を教科書がわりに、コルダイトのおっさんは人の犬になにか吹き込んでいた。
 困ったようなニクから視線を離すと、そんな食堂の姿を描くオーガが一人。

「……すごいわ、オーガ。どうしたらそんな写真みたいな絵が描けるの?」
「フッ……これでも俺様は幼き頃、画家になるのが夢だったのだ。というより、あの頃はそれしか打ち込むものがなくてな」
「いろいろあったみたいだけど、趣味にとどめておくにはもったいないスキルよ」
「残念だが俺様にはオーガとしての務めがあるのだ。だがもしもこの世界に来ていなければ、芸術家でも目指していただろうな」
「じゃあ戦う芸術家ってのはどう? 戦いも一つの芸術じゃない?」
「戦う芸術家……良いではないか。そうか、それもありだな」

 ノルベルトは貰い物のスケッチブックと鉛筆でここの様子を描いてるようだ。
 すぐ近くでファイアスターターはコーヒー片手に感心している、そう言えば彼女の兄貴ヒドラも芸術がどうこう言ってたな。
 席についてナイフとフォークを手にグリルドチーズサンドに挑もうとすると、

「まったく。あなたたちが来てからすっかり賑やかね……」

 バターコーヒー片手にメディックがやってきた。薬は持ってない。

「でもそろそろ訓練も終わりだ、行かなくちゃいけない」

 俺はパンをぶったぎった。中からチーズと黄身があふれてくる。
 一口食べようとすると白人のお姉さんは「あ」と口を開けてきた。
 記念すべき一口目は恩人に進呈することにした。

「……そうね、あなたたちには行くべき場所があるんだってね?」
「ああ、こういう表現をするのはどうかと思うけど『異世界』ってところだ」
「夢のある言い方ね。でも、このウェイストランドの有様を見たら本当に別の世界が存在してると認めざるを得ないわ」
「もっと言えば、本来俺が行くべき場所だったかもしれないところさ」
「手違いでここに来たっていうの? それは災難ね。ところでちょっと塩味がきついわこれ、健康に悪そう」
「最初は災難だと思ってたよ。こいつの味については大目に見てくれ」

 俺もざっくり切って食べてみた、脂っこくて濃い味が奇跡的にまとまっている。
 それからバターコーヒーを一口。とろっとしていて、とてもマイルドなお味。

「おいストレンジャー! ニンジツ見せてくれよ!」

 一人遅れて優雅な昼食を楽しんでいると、向こう側のテーブルから農場スタッフが声をかけてくる。
 食い終わってからにしろと口から出かけたが、まわりから期待感あふれる視線を受けてやるしかなかった。
 俺はPDAを立ち上げて『即席ナイフ』をクラフトして、

「今飯食ってるんだぞ。ちょっと待ってろ」

 ぎとっとした口周りをぬぐって起立。一歩進んでよく見える場所に立つと。

「よし見てろ。これがニンジャ・バニッシュだ!」

 足元にクラフトした得物をたたきつけた。
 粗末な刃物がぱんっと弾けて姿が消える。周囲から驚きの声が上がった。

「マジで消えたぞこいつ……」
「ニルソンの連中が言ってたニンジツってまじだったんだな……」
「おい、どこだストレンジャー! 消えちまったぞ!」

 驚くスタッフたちを横目に、姿を消した俺は少し歩き回る。
 みんなきょろきょろしている。ニクだけはなんとなく俺の方を見てるが。
 そして効果が切れると、ちょっとした一発芸が効いたのか拍手が飛んできた。

「マジで消えやがった! それなら食堂でつまみ食いもし放題だな!」

 特にコルダイトのおっさんは楽しそうだ、この人が姿を消せたらろくでもないことに使ったに違いない。
 昼飯が置かれた場所に戻ると、カウンター越しにウォートホグが鼻で笑っていた。

「安心しなコルダイト坊や、つまみ食いできないようにしこたま食わせてやるよ」

 自信たっぷりにそれだけ言って引っ込んでしまった、目はマジだ。

「だとよ、ストレンジャー。お前さん食べ盛りだからちょうどいいじゃねえか」
「ひょっとして俺を太らせて食うつもりなのか、あのおばちゃん」

 俺はにぎやかな人たちに包まれながら、手作りの昼飯を平らげた。
 口直しにトマトをかじっていると――

「HONK!」

 厨房の奥から真っ白なガチョウがぺたぺたやってくる、リム様の使い魔だ。
 皿の上に残ったキュウリをつまむと、ものすごく欲しそうに見上げてきた。
 口に運ぼうと思った異世界からの作物の変死体を差し出してやると。

「honk!」

 黄色いくちばしでがりがり貪り食ってしまった。
 一瞬で食べ終えると感謝を示すように羽を広げたあと、その場でぺたっと座ってくつろぎはじめた。

「……ところでずっと疑問だったんだが、そのガチョウはなんなんだ? あの魔女のお嬢ちゃんが『使い魔』と呼んでるのは分かるんだが」

 そんなふてぶてしさのあるガチョウに、ハーベスターはふと疑問を抱いたようだ。
 魔女の使い魔は「Honk!」と人の言葉に対して答えるだけだった。

「アイペスちゃんは私の使い魔、ただそれだけですわ!」

 そこへリム様もやってきた。ガチョウはどうでも良さそうだが。

「その使い魔というのがなんなのかよく分からないんだが」
「使い魔は魔女のアシスト役ですわ。私たち魔女はそれぞれユニークな動物を飼ってますの。牛とか羊とか山羊とか……」
「……ほかにもいるのか。別に俺の宿にペットを持ち込もうが勝手だが、呪いだとかそういうものはごめんだからな」
「アイペスちゃんは人畜無害ですから! ねっ!?」
「honk!」

 最後に謎のガチョウは短く鳴いた。こいつは本当にガチョウなんだろうか?

「……ほんとにぎやかだな、ここって」

 ともあれ――間もなく訓練は終わる。この楽しい生活もそろそろお別れだ。
 そう考えると少し寂しい気がするが、それでも俺はいつだって前に進める。
 ブラックガンズの農場にはニルソンほどの濃さはないが、自分にまた別の生き方を示してくれたのだから。



 その日もやることが終わって――なんとなく、みんなで外に出た。
 荒廃した世界は夕焼けの空に覆われていた。
 柵の中でぬくぬくと暮らす牛の怪物が「モー」と退屈そうな声を上げている。

「そうか、そういえば二週間と決めていたな。ということはそろそろここから旅立たないといけない日が来たというわけか」

 オレンジ色の荒野を見ていると、隣に座ったノルベルトが言った。
 なごり惜しそうだ。ここで何かと楽しくやっていたそうだし。

『……なんだかすごく濃厚な日々だったよね。いちクンが倒れたり、農場のお手伝いしたり、訓練したり』
「うむ。イチが倒れたときは実にごたごたとしていたが、こうして元気になった上に顔つきも変わるほど成長するとは。やはりお前は良き戦士よ」
「お騒がせしてすみませんっていえばいいのか? まあこうして元気に成長できたのもみんなのおかげだ。感謝してる」

 脳をまたやられて詰みかけた俺はこうして強く立ち直った。
 人間は骨折から回復するとより強固な骨を得るというが、それと似たようなものだろう。
 今の自分は身も心も強くなってウェイストランドに蘇った、いつだって旅路を再開できる状態だ。

「……私も本当に心配しましたのよ? もうあんな無茶はしてはいけませんからね? よしよし……」

 夕焼けの荒廃世界を見ているとリム様が背中に飛びついてきた。
 頭に乗っかってきた顎の感触めがけて尋ねることにした。

「もう大丈夫だ。ところでリム様はこれからどうすんだ?」
「私はたまたまここに流れ着いただけでしたけれど、居心地がよくてつい長居してしまいましたわ。イっちゃんがいくなら私もいい加減行かねば……!」

 異世界の魔女は背後で羽をぱたぱたさせてる。今にも飛び立ちそうだ。
 両手で頭上の健康的な丸い頬をむにむにすると尻尾が手に絡んできた。

「そういえばリム様、調査はどうだった? 他にあっちの世界から来たものとか見かけたりしたか?」
「ええ、いっぱいありました! いろいろ発見はあったのですけれど、やはりあれが一番ですわね!」
「あれ?」
「あれあれ! あの像ですわ! 何を隠そうこの農場に来たのはあの姿がきっかけだったのです!」

 柔らかい顔を揉んでるとリム様は俺の頭をぐりっと回した。南の方へ。
 されるがままに振り向けば、そこには石造りの女神が小さく見えていた。

『そういえばあの大きな像、あっちの世界のもので間違いないよね……りむサマ、何か知ってるのかな?』

 その姿の正体に対する疑問は、肩に取り付けた短剣がぶつけてくれた。
 すると異世界の魔女が頭をぎゅっと抱きしめながら、

「あれはあっちの世界を生み出した創造主を表現した巨像ですの! 古代の人々が何十年という年月を経て作り上げた伝説の女神像なのです! 所在地は永遠の謎でしたけれど、まさかこんなところでお目にかかれるなんて思いませんでしたわ」

 俺たちが目にした像の正体はただものじゃなかったようだ。
 つまりそんなものをこの世界の何かと交換しちまったわけだ、俺の死は。

「……とんでもないの持ってきちゃったみたいだな俺」
『で、伝説の女神像……? なんかスケールがすごいよ……』
「おお……伝説の女神像だと!? なるほどそれゆえあんな神々しい姿をしておられるのだな! して、彼女の名はなんというのだ?」
「あれは女神ノルテレイヤですわ。詳しいことは分かりませんが、ただ『世界を作った』とだけ知られてますの」

 しかしリム様は人の頭に顎を乗せたまま、振動と共にそう伝えてきたのだった。

 ノルテレイヤ。
 ……待て、今なんていった?
 ノルテレイヤ? それって――

「ノルテ……レイヤ?」
『……ノルテレイヤ、って……あの会社の名前だよね?』

 その名前に引っ掛かるやつは俺とミコぐらいだろう。
 いやそんな馬鹿な、あの求人出してたゲーム用AIの会社の名前と一致してるぞ。
 さらに言えばMGOともかかわりがあった場所だ、一体どういうこった。

「って……どうしましたの? お二人とも何か悩ましそうですけれども……」
「……いや、えーと……気にしないでくれ」
『……な、なんでもないです』
 
 ……くそ、何かきな臭いことになってるぞ。
 肩につけた物いう短剣に目でそう伝えて、ひとまずあの像を忘れることにした。

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