魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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世紀末世界のストレンジャー

世の中捨てたもんじゃない

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 あれからサンドマンは教えてくれた。
 ナイフは手の延長であり、勇気をもって手を伸ばすのがコツだと。
 ほかにも学ぶことは山ほどあった
 野外で生きるための知恵と技、獲物の生態を読み取る追跡術、体力も知力を使う本物のスキルだ。

 そんな充実した訓練をミコと一緒に受けてだいぶ経った。

「敵の背後から殺害する際は短い動作で手早くやれ。だが敵は必ず抵抗しお前たちの手から逃れるものだと思え。そのためには相手を縫い留める必要がある」

 その日は農場スタッフたちのトレーニングに参加させてもらった。
 サンドマン――ここの人たちが『教官』と呼ぶ彼は、武装した敵を制圧する初歩的な方法を実践している。

「ナイフをいきなり急所へ刺したところで抵抗されて手間取るだけだ。確実にやりたければ相手の抵抗を奪ったうえで致命的なダメージを何度か与える」

 そういって教官はナイフを手にお手本を見せてくれた。
 標的を務めてくれているのは散弾銃を手に背を向けたままのスタッフだ。
 ゴムの得物を逆手に握ると、身体の力を抜いたままその背後に迫り。

「例えば小火器を手にしていた場合、まず武器を持っている腕を解く。この時、腕を敵の首に絡めるか、スリングがあれば引っ張ってバランスを崩せ」

 標的の首に左腕をからめて、曲がった右肘の内側へ刃を差し込んだ。
 ナイフで無理やり右腕を開かせると、同時に絡み取った首を手繰り寄せる。
 仮想敵となってくれたスタッフはぐらっと左後ろに崩れ始め。

「引きずり倒すと同時に心臓を突け。このとき追撃も忘れるな、刺突のあと大腿動脈を切る、脇腹を突く、防御されたら腕を切り裂くか貫け」

 俺たちが分かりやすいようにゆっくりと、崩れた人間の心臓を突いた。
 その勢いのまま、さかさまに握った得物で太腿の付け根あたりを掻き切る。
 相手を地面に叩き落として、防げないよう腕を抑え込みながら脇腹に一突き。
 恐ろしい突きだ、これで確実に死んだ。サンドマンは仮想敵と一緒に起き上がり。

「ストレンジャー、いまのはできるな?」
「やらせてくれ」

 都合のいい場所にいた俺へと、ナイフを投げ渡してきた。
 受け取った。銃を持ったスタッフが背を向けてくれる。

「まずはゆっくり確実にやれ。抑え込みと武装解除は同時にやれ、もし防御されたら左腕で解くか別の致命的部位を狙うかすぐに判断しろ」

 手のひらでくるりと回転、逆手に持ったナイフと一緒に接近。
 左腕をぎゅるっと相手の首に絡め、刃先を武器を持つ腕の間へ。
 ゴム刃で肘の内側をざりっとなぞり、相手を左後ろに引っ張り落とす。

「そうだ、バランスを崩す間に突け。脆弱な部位を刺してショックを与えろ。内臓、動脈、関節、人体の急所の数を忘れるな」

 教わったことはすべて叩き込んである。
 人間にはちょっと切り裂かれただけでも致命傷になる部分が山ほどあると。
 倒した敵の胸に刃先をヒット、勢いを殺さぬまま太股付け根に刃を叩きつけて、身体を押さえて脇腹を突く。

「よろしい、ではもっと早く。勢いをつけて実戦らしく切り貫くように」

 少しぎくしゃくしてるが成功した。教官はもっと早いのをご希望のようだ。
 いわれた通り持ち直した相手に接近、首を押さえて引き倒し、腕を切り解いてテイクダウン、胸を突いて腰上の横を刺突。
 打ち倒そうとすると腕で上半身をガードされた――押しのけて横っ腹を突く。

「……前より動きが良くなってるじゃないか、ストレンジャー」

 倒した相手を起こすと、ゴムナイフで串刺しにされたそいつは褒めてくれた。
 そりゃそうだ、ここ最近ずっと農場のスタッフたちと訓練してたわけだし。

「動きが鈍いって言われて傷ついたからな」
「って言ってるぜ、教官殿。謝ったほうがいいんじゃないか?」
「それくらいで立ち直った気になるのは早いぞ。次だ」

 サンドマンは相変わらず厳しい物言いだったが、顔を見ればすぐに分かった。
 少し成長したストレンジャーを見てちょっと満足そうだったからだ。

「ストレンジャー、そんなにいうなら腕を確かめてやる。二人と戦ってみろ」

 ……まあ、容赦もしてくれないが。
 「誰かやるか?」とスタッフたちを見ると、適当な二人が来た。

「はじめる前に一言、どうかお手柔らかに」
「残念だけど手は抜けないぞ」
「大丈夫だ、教わったことをお前なりに組み立てろ。いくぞ」

 始まった。目の前に敵として現れた二人に構える。
 教わったことを思い出した。
 まず身体を斜めに構えて姿勢を倒す、片足は前に出してつま先に力を。

「……やっぱお手柔らかにってのはなしだ!」

 身体の力を抜いたのち、俺は足に力を込めて二人に迫った。
 相手だってただの的じゃない、こっちにあわせてどちらも動き出す。
 二人も接近、いつでも左右に分散できるように固まったまま迫ってくるが。

「――いくぞ!」

 考えた結果、挟まれる前に前に決着をつけることにした。
 相手の左側を狙うように右へステップ、素早く回り込んだ。
 間合いに入る。片方の意識がこっちへ、もう片方が側面を狙ってくる。

 構わず先頭の一人に詰め寄る、握ったナイフをわざと後ろに引いた。
 その隙を見逃さなかったようだ、反射的に相手が動く。
 とっさに左腕で守ろうとすると手首に切りかかってくるが――狙い通り。
 盾代わりにしたそれをひっこめて、ナイフの柄で相手の手首を叩き払った。

 ――もらった。
 武器を手にした左半身を使って肘を抱え込み、ぐるりと地面に押し倒す。
 すかさず腹、心臓をこつこつ小突く。ダメ押しにもう一発刺してワンキル。

「あっ……くそっ……!」

 よし。相手はあっさり負けを認めてくれたようだ。
 そこへ舌打ちが聞こえたかと思うと、もう一人もやってくる。
 とどめを刺した相手から離れればひゅん、と横に一閃、引いて回避。

「ふっ!」

 相手は容赦なく切り込んできた。
 まっすぐ刺突される。手首を手のひらではじいて防いだ。
 続けざまに下から振り上げるような一突き。後退しつ腕を押さえて阻止。
 するとブロックを抜けて胸を切り裂かれる、ジャンプスーツにかすった。
 
 あとに引こうとすると相手が突きの体制に――いまだ。
 ゴムナイフを持った腕そのものを左手で払う。
 攻撃をそらすタイミングで踏み込み、相手の肩に腕を通して絡める。

「もーらい」

 まず心臓を刺す、次に引き寄せて地面めがけて叩きつけた。
 そこへ逆手に持ち直した刃物で後頭部に一突き、地面にキスしたまま終了。
 これでツーキルだ。
 倒れた二人の前でサンドマンの顔をうかがっていると、

「……胸を切られたがまあいいだろう。それ以外はノーミスだ、よくやった」

 まあまあ合格だったみたいだ。
 及第点をくれた教官はそこそこ満足した様子でほめてくれた。

「まあ、手は抜かなかったがまだ本気じゃないんだ。おめでとう」
「やり始めてからそんな経ってないだろ? 覚えが早いじゃねえか」
「ここの教官の教え方がいいからさ」

 倒した二名からもお褒めの言葉が飛んでくる、めっちゃ頑張った。
 しかし訓練はまだまだ続く、気は抜けないぞ――と思っていると。

「そういえばだが、その喋る短剣はどうした? ずっと静かだが」

 サンドマンは今朝の訓練の初めからずっと静かな短剣に疑問を投げてきた。
 いわれて気づいた俺は指でこんこん突くが。

『……し、視線がぐるぐる動いて、きもちわるいです……』

 もし実態があれば少しのきっかけで吐いてしまいそうな低い声がした。

「酔ってるってさ」
「……悪いことは言わんから今度から彼女を外しておけ」

 ……次からミコを外しておこう。ごめんなミコ。



 こんな感じでいろいろな訓練を織り交ぜる毎日が続いた。
 もちろんスキルを磨くことだけがここでの俺の存在意義じゃない。
 作物の収穫を、料理の下ごしらえ、ニクと一緒に害獣駆除だってやる。

 こうしていろいろやってると、ニルソンの日々を強く思い出す。
 最初は不安だったけれども、あそこでの暮らしは俺たちの力となってくれた。
 ……まあ、尻に矢食らったり無断精子チェックされたりで散々だったが。

「……なんかここでの生活も慣れちゃったよな」
『うん……でも、楽しいよね。毎日刺激的で』
「ワンッ」

 今日もやるべきことを終えた俺たちは、なんとなく外の空気を吸っていた。
 ウェイストランドは綺麗な夕日で染まりはじめている。
 なんとなく、北の方を見た――ボスは今頃元気だろうか?

『……いちクン、どうしたの? ぼーっとしてるけど……具合、悪いの?』

 オレンジ色の地をどことなくみてると、ミコが声をかけてきた。
 ニクもこっちを見て首をかくっと傾けている、顎を撫でてあげた。

「北を見てるんだ。今まで進んで来た道を見直してるっていうか」
『……そっか。そういえば、そうだったね』

 旅の相棒はすぐに理解してくれたみたいだ。
 今や俺一人じゃなく、彼女にとっての思い出も向こうにある。
 それから……この愛くるしいシェパード犬にも。

『おばあちゃんたち、元気にしてるかなー?』

 思い出が詰まった北を二人と一匹で見てると、肩からそんな言葉がした。
 俺は空の青と雲の白さが混ぜ込まれた夕焼けを見た――
 遠くの山々に、小銃片手に賊を容赦なくぶち殺すボスの姿が重なる。

「……持て余しまくってみんなと一緒にレイダー狩りしてるだろうな」
『……その可能性が否定できないよ……』

 あそこはレイダーどもの地域に近い場所だ、的には困らないだろう。
 ニクを撫でながら北に顔を向けてると、不意に背後から足音が伝わった。

「そのボスのことだが、噂だと北西のレイダーどもと毎日にぎやかに戦っているらしい。元気なご老人だ」

 歳を取った男性の落ち着いた声――サンドマンだ。
 振り返ると予想通りの人物が立っていた。
 意外だった、こんな風に自分から声をかけてくるような奴じゃないからだ。

「……なんだ、サンドマン先生か」
「その先生というのはよせ。私はそういう呼ばれ方をされるほどの人じゃない」

 本格的な老いを迎え始めた男はそれだけいって、北の方へ歩き出してしまう。
 別にそのまま見送っても良かったけれども――なんとなく気になった。

「なあ、どこいくんだ?」

 本当に好奇心でそう尋ねてしまった。
 相手は少しの空白を置いてから静かに答える。

「教え子のところだ」
「あんたに教え子がいるのか?」
「……気になるならついてこい」

 この余所者の好奇心にわざわざ答えてくれたサンドマンは歩き出した。
 俺たちも続くが、その教え子やらの姿は割とすぐ近くにあった。
 なぜなら墓だったからだ。
 宿から離れた場所で、誰かが一から作った十字架が荒れ地に刺さっている。

「なあ、これって……」
『……お墓……ですよね』
「見れば分かるだろう。これが私の教え子だ」

 ものすごく気まずかった。
 黙って墓と向き合うサンドマンを見て、申し訳なく思いつつ隣に立った。

「――二人とも、この墓を見てどう思う?」

 いきなりそう尋ねられた。横目で相手を見ると墓に顔を向けたままだ。
 『集中』して墓を見たが、その中身まではさっぱり分からない。

「……誰かがわざわざ作ってくれた墓にしか見えないな」
『……サンドマンさんが作ったんですか?』

 俺たちの答えは果たしてあっていたんだろうか。
 思い思いの考えを伝えると、隣で安心したようなため息が聞こえた。

「もしもこの中にウェイストランドを騒がせた恐るべき殺人鬼がいるといったら、この墓はお前たちにはどう見える?」

 ……そこから放たれた一言はあまりにも重すぎると思う。
 思わず横を向けば、老いた顔にはひどく複雑なものが絡みついていた。
 けれども二人して何も答えられなかった。ここに殺人鬼が眠ってるなんて。
 しばらく沈黙していると、代わりに答えてくれた。

「……私の教え子は輝かしいレンジャーだった」
「レンジャーっていうと、シド・レンジャーズのことか?」
「そうだ。その昔、私はシド将軍のもとで教官を務めていたんだ」

 驚いた、まさかこの人があのシド・レンジャーズの人間だったなんて。
 だが本人は忌まわしそうになにかを思い出している。

「じゃあ、これはあんたの……」
「そうさ、教え子だ。当時はウェイストランドが一際荒立っている時期でな、軍さながらに動く巨大なレイダーどもがいた。お前のいうボスがまだレンジャーの一員だったころの話だ」
「ってことはボスの知り合いだったのか?」
「ああ。よく一緒に任務についたものだ、教え子を連れてな」

 さらにボスのことを良く知っている人物だったみたいだ。
 彼は我が子のように墓を撫でた。

「私は自分の持つすべてを教えた、追跡術、生存術、そして人を確実に殺す術だ。優秀なやつだったよ」

 それだけ口にして、サンドマンと呼ばれる男は離れていく。
 墓への挨拶はそれだけだ。でも感覚は言葉に重たい続きがあると感じた。

「なんで死んだかまでは、聞かないほうがいいか?」

 自分の力をあてに、俺は思わず尋ねる。
 当たっていたんだろうか、立ち止まって、不安そうに深く呼吸をして。

「……聞いてくれないか?」

 振りぬかぬまま告げた。

「聞くよ、俺も付き合わせてくれ」

 俺はこのサンドマンの持つ物語を聞くことにした。

「あの頃はウェイストランドの各地で戦いがあってな。あるとき私の教え子はその優秀さを買われて敵の支配領域に忍び込んで、そこの指揮官を殺害する任務を与えられた。こともあろうに、彼を推薦したのはこの私だ」
「……うまくいかなかったのか、その任務」
「いいや、成功した。必ず成功するとは思っていたさ、だがそれが間違いだった」

 三人と一匹で宿の方へと戻りながら、話は続いた。

「彼は確かに優れたレンジャーだった。だが敵地で行われたレイダーたちの暴虐を毎日のように目の当たりにして、まともでいられるほど心が強くなかったのだ」

 サンドマンは立ち止まった。
 悔しそうな目だ。かつて俺も浮かべたはずの「あの時こうしてれば」の顔だ。

「あの時、私は教え子の外側しか見てなかった。彼がその身ではなく心すらもズタズタにされて戻ってきて初めて知ったんだ。私のもとに帰ってきたときも、ずっとあの光景がよみがえると言っていた」
『……トラウマ、でしょうか?』
「そうだ。彼は次第に人とのつながりを断って、いつのまにかいなくなって、気が付けば東部に逃げ隠れてしまった」

 ……そのあとのことは、あの墓が証明している。

「じゃあ、さっき言ってた殺人鬼っていうのは――」
「……ひどいものだったな。彼は無差別に人を襲い、その肉を食らう食物連鎖の頂点に立つ捕食者と化していた。それでも救いを求めていた、この私に」

 改めてサンドマンの姿形を目で感じると、ようやく気付いた。
 太い首の根元に肩めがけて落ちていくような傷跡が残ってる、刃物によるものだ。 
 なんだろう。

「……そういうことか」
「……そういうことだ」

 オチを理解してしまったところで、お話は終わった。
 俺にはそいつがどんな奴か分からないが、ずっと寂しかったんだろう。教えの親に殺されたっていいぐらいに。
 だが他人事とは思えない、俺だってきっかけ次第では化け物になる運命だったかもしれないから。

「ストレンジャー、教えてくれ。お前は確かに強くなっている、その内側に他の誰かとは違う特別な何かさえあると私は感じている。そのうえでお前はこれから、一体何を成し遂げようとしているんだ?」

 宿の前にたどり着いたところで、サンドマンに問いかけられた。
 ずっと通ってきた道のりの方をふと見てから、肩の物いう短剣にそっと触れて。

「そうだな。人助けでもして、そこにいる誰かに『世の中まだ捨てたもんじゃないな』って思わせたいな」

 堂々とそう伝えた。
 こんな世界ウェイストランドも捨てたもんじゃないなと思ったことがあった。
 大勢の人がまでつないでくれたからだ。だから俺も、同じ分だけ誰かに返そう。
 何もかもぶっ飛んだイカれた世界だが、今じゃけっこう気に入ってるから。

「その言葉を、こいつにも聞かせてやりたかったな」

 答えに満足したのかは分からないが、彼はそれだけ残して戻ってしまった。

「……俺だって、きっかけさえ違えば人じゃなくなってたかもしれないさ」

 誰もいなくなったところで、誰かさんの墓に向かってそう言った。
 その日の夕食はたっぷりのステーキだった。

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