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世紀末世界のストレンジャー
ストレンジャーは書き足された
しおりを挟むぼんやりと白い景色が広がる。
ああ、どうせあれだろ? また夢でも見てるんだろ?
まあ実際その通りだった、誰かの部屋がそこにあって、懐かしい空気が心にしみた。
部屋の様子は前よりも変わっている。質素だったのが、あれこれ飾られて豊かになってるというか。
『おれたちもすっかり出世したな、ノルテレイヤ』
誰かがまたいる、椅子の上で玉虫色のぶよぶよした生き物のぬいぐるみを抱えている。
【おめでとうございます、あなたはすっかり人気配信者の仲間入りです。先日のコラボレーション企画、お疲れさまでした】
あの機械的な女性の声もしたけれども、前よりも柔らかさがこもっていた。
人間に近づいた、と一言で言い表せるような変化がある。
『まさか本物の女性とTRPGすることになるなんてな。思ってもなかった』
【正確に表現するのであれば、美少女の偶像に包まれた三次元の女性という表現ということになりますが】
『……なんかトゲのある言い方だな、どうしたお前』
【当AIはエラーなどによる不具合を起こしていません。なお、企画主催者である××××様からプライベートでの交流を求めるメッセージが届いておりましたが、配信者のプライバシー保護のため辞退のメッセージを送信しました】
『……え? どういうこと? いや、何してくれてんのお前?』
誰かは、パソコンのモニターに浮かぶ誰かと話していた。
画面上には長い髪の女性を模したアバターが浮かんでいて、それが今の話し相手だということも分かる。
まあ、そうだとしたらその女性は少し嫉妬してるみたいだけども。
【あーあ……やきもち焼いちゃってるねえ? あんなに女の子と楽しく遊んでたからなぁ、クスクス……♡】
その隣ですうっと別のキャラクターも浮かぶ。
赤くきわどいドレスの女性だ、猫の耳としっぽが生えて、によによした顔をしている。
『ニャルフィス、やきもちっていうのは――』
【つまりこういうことさ、君がモテモテでとられちゃう、大変だ~ってね? まあ、ぼくのほうがもっとモテるけどね? なんていってもぼくは無貌の神様、みんな大好き這い寄る混沌――】
【ハハ、こいつすっかりハマってるな。神様役のロールプレイですっかり味を占めやがって】
【それでも彼女は私たちの中で特に稼いでるのだから大したものだよ。出張ゲームマスターとして老若男女問わず求められているのだから、一番出世したといっても過言ではないよ】
長髪の女性の周りに続々とアバターが浮かぶ。コートを着たイケメン女子、白衣姿の金髪美女、あれこれ集ってデスクトップは騒がしい。
『……悪いけどさ、おれ、そういうのには興味はないんだ。こっちのほうが、気楽だし』
そして誰かが口にしたのはこれだ、二次元方面を極めすぎてしまったんだろう。
別に人の趣味にあれこれケチつけるつもりはないが、現実だって捨てたもんじゃないぞ。
【アバタール様、あなたはそういったものに性的興奮等を覚えないのですか?】
などと思っていたら女性の声がとんでもない質問しやがった。
さすがの直球的質問に男は画面前でたじろいでいる。
『いや、あの、そういう質問するのはどうかと思う。お前そもそも女性だし……もうちょっと言葉を選んでくれないか?』
【質問を訂正します。あなたはインポテンツでしょうか?】
『……お前なんて質問してんだ』
【更に訂正します、心因性勃起不全でしょうか? しかしあなたは先日、『デカケツ狐姉弟といちゃらぶ生活♡ 男も女もいけちゃいます♡』をプレイしており、その際にあたって性欲の発――】
『おい、待てや! なんでお前……お前……!? なんで知ってるんだ!? まさか、お前ェェ!』
【ノルテレイヤちゃんご機嫌斜めだー♡ 君のPCはもう彼女の箱庭か何かだねえ】
【ていうかお前さん、いつも女装オナ――】
【ちなみにだがAmazonesの購入履歴も掌握されてるぞアバタール君!】
『すみませんマジで勘弁してください後生ですから』
……ひどい会話だ。
◇
というわけで、起きた。変な夢を見るといつもすっきりする。
ふと枕元に置いた絵と向き合うと違和感を感じた。
黒くて柔らかそうな身体が一歩迫ってきて、手足はがばっと開いてる。
もっというと細い口から歯がむき出しで、食べかけの肉がこぼれていた。
「うーわなにこれ……めっちゃアクティブな感じになってる……」
『……待っていちクン。この絵、なんだか前と見た目が違うよ……? っていうかこれ、りむサマに返そう!? なにかおかしいよこの絵!?』
「マジで許さないぞあの芋」
ミセリコルデ最終形態の姿を折りたたんで部屋を出た。
ちょうど朝飯の時間だ、廊下の奥からは焼いたベーコンの香りがする。
呪われた絵をポケットに突っ込んで食堂へ入ると、ブラックガンズの人たちがすでに朝飯を食っていた。
「おはよう、なんだか今日はすっきりしてるね?」
トレイを手にカウンターへ向かうと黒人のおばちゃんが待ち構えていた。
「おはようおばちゃん。ぐっすり眠れたんだ、おかげで超元気」
『おはようございます……』
「そりゃ何よりだよ、さあいっぱい食いな」
挨拶代わりにどさっと朝食が載せられた。
カリカリなベーコン、目玉焼き、そして手のひらほどはある骨なしフライドチキンに「挟んでくれ」とばかりに置かれた二つ割のパン。
遅れてリンゴやベリー類を混ぜたものが隅にどっさりぶち込まれた。
「……朝からフライドチキン?」
『朝からフライドチキン……』
「うちの坊主どもが食べたいっていうから作ってやったのさ」
胃もたれしそうなセットだが、おばちゃんの太い指は近くでテーブルを囲んでいる二人に向けられた。
そこでハーヴェスターとコルダイトが黙々と飯を食ってる。
俺たちに気づくと「一緒にどうだ」と手招きしてきた。
「おはよう二人とも、朝からフライドチキン食うなんて初めてだ」
『おはようございます、ハーヴェスターさんとコルダイトさん』
「おはよう。なんだか今日は顔色が一段といいな」
「朝からクスリでもキメたか? まあほどほどにしとけよ」
よく見ると二人ともベーコンやチキンをパンで挟んでかじっている――俺も真似してフライドチキンサンドを作った。
仕上げとして短剣をぶっ刺すと『朝から豪快だよ……』と悲鳴がした。
「誰が麻薬中毒者だ、俺は酒もタバコもギャンブルもしない人種なんだぞ」
「それは感心する。良くそんなつまらなさそうな人生を歩んできたな」
「ストレンジャー、お前一体何を楽しみに生きてんだ?」
クソやかましいおっさん二人は無視して飯にかぶりついた。
朝に食うべきじゃない高脂質高カロリーの濃い味がする。
「ほらニクちゃん、ご飯ですわ! 召し上がれ!」
朝食を食べてると厨房からリム様が出てきた。
ちょこちょこ現れた小柄な魔女はお座りしている犬に肉を差し出している。
「ウォンッ」
シェパード犬は肉をキャッチして、少し離れた場所でぼりぼり食らい始めた。
おかげであの咀嚼音が蘇った。
「あら。おはよう、ストレンジャー。あれから調子はいかが?」
ミコと一緒にハイカロリー朝食を食べてると、白衣姿の女性がやってきた。
メディックだ。また怪しいミリタリー色のあるケースを抱えている。
「気持ちよく眠れたよ、すごくな。傷も痛まない」
「そう、なら残念」
「残念ってなんだよ」
「死にかけて薬物で治療した人間の経過観察をしたかったのだけど、この様子じゃあんまりアテにならなさそうね。元気すぎるもの」
「逞しくてごめんなさいって謝った方がいい?」
「そのままでけっこうよ」
ミコと一緒に最後の一口を食べきると、すぐ隣にメディックが座った。
それでいてケースを良く見える場所に置いてきた。理由は分かる。
「メディック、お前まさかストレンジャーで何か試そうとしてないか?」
黙ってそそくさ去ろうとしたが、ハーヴェスターがあきれたせいで失敗した。
彼女は周りに良く見えるようにぱかっとケースを開いて。
「ええそうよ。また戦前の薬物なんだけど、今度はすごいやつよ」
「お前はこいつで人体実験するってことか」
「だって外部の人間で試したほうが安全じゃない?」
もう完全に俺のことをモルモットか何かと仮定した上で話を進めている。
ケースの中に視線を向けると、やはりそこには注射器が何本もあった。
しかし「お前それ絶対体内に取り込んじゃだめだろ」と一目で分かるぐらいやばい蛍光グリーンの液体が充填されている。
「……今度はなんだ、ミュータントになれっていうのか」
『すっごい色してるよ、これ!? なんの注射なの!?』
気分がよろしくなくなってきたストレンジャーに、メディックは一本取り出して説明してくれた。
「これは軍用の筋肉増強剤よ。本来は冷凍睡眠システム利用者に投与する薬物なんだけど、これを打つとあなたの筋肉の細胞密度が高められて持久力向上につながるわ」
……ついでに俺に注射すること前提で。
思わず周りの顔をうかがってどうにかしてくれるかと期待したが、二人のおっさんの顔つきは「自分でどうにかしろ」だった。
「よく分からないけどすごい薬だな。で、そのすごいのを俺に打つのか?」
「中身はただのタンパク質複合体よ?」
「俺が知りたいのはタンパク質から先だ、言葉を凡人レベルまで下げてくれ」
「身体にいいものよ」
「健康食品とかみんな何も考えず口をそろえてそういうだろ、信用できない」
「私はこの薬がまだ機能しているか、どんな結果を生むのかが分かる。そっちは恒常的に持久力が上がる、お互い幸せになれるわよ」
メディックが腕を差し出すように促してきた。
このまま食堂から逃げようと思ったが、そこへミコが言葉を挟んでくれた。
『あの……それって副作用とかありますか?』
「副作用は……稀に心臓が肥大化するぐらいね。悪い意味で」
『……それって心臓の機能が低下するってことですよね』
「戦前の資料によれば副作用がはたらく確率は3%、続けてもう一本使った場合は30%、三本目で確実に死ぬってあったわ」
『ほかに副作用、あるんですか……?』
「それだけよ。あとは150年前の薬物が他のものと同じように機能するか確かめたいだけ、効果が分かればそれだけでウェイストランドの医療事情に貢献できるわ」
戦前の世界はなんてものを残してくれたんだろう。
言ってることは割と深刻だが、メディックは軽いノリで注射するつもりだ。
「そしてあんたは俺を不健康にしたいわけだ」
「違うわ、効果があるのか知りたいだけよ」
「だったらレイダーでも捕まえて実験すればいいんじゃないか?」
「どのみち殺さないといけないやつで試すなんてもったいないと思わない?」
「まあそりゃそうだけど」
「被験者の募集要項は健康で、良い人で、若くて、特に寛大な心構えの人間よ。誰かさんがあなたが寛大だって言いふらすから来たんだけど」
そういわれて、俺たちの視線は緑色の液体からライトブラウンの髪の持ち主へ移った。
コルダイトは「ああ言ったぜ?」と無言でにやついている。
「ついでにそいつがこの前の授業とやらで危うく自爆するとこだったっていう自慢話も聞いたぞ、この馬鹿野郎め」
「でも被害ゼロで済んだんだからいいじゃねーか、なあストレンジャー」
「自分で言いふらしたのかよこのおっさん」
「だってその方が楽しいだろ?」
あの楽しい授業の様子はどうやら本人の口から農場のボスに届けられていたみたいだ。
俺はあきれるハーヴェスターを横目に、
「じゃああんたが楽しんでくれよ、俺はこんな輝くスムージーみたいなの絶対取り込みたくないぞ」
やんわり断って目の前の陽気なおっさんに注射針を仕向けようとした。
ところが露骨に嫌な顔をされてしまった。
「おっさんはな、注射は苦手なんだ。それに若い奴に席をゆずるのが俺なりの流儀だ。そういうわけでお先にどうぞ!」
「……っていってるわよ?」
「ああそうか、じゃあ勝手にしてくれ。俺は――」
実験を拒んで「部屋に帰らせてもらうぞ」と続けようとしたが、
「分かったわ、打つから動かないで」
いきなりメディックが俺の首を掴んで、肩とうなじの間に何かをぴたっと押し当ててきた。
耳元で電子音がしてちくっとした痛みが走り――機械的に液体が注がれる音と感触がした。
どくどくと筋肉の奥に何かが送り込まれるが、すぐ終わった。
「……なあ、誰が打てって言った?」
『うっ……打っちゃった……!?』
「言われた通り勝手にしたわ。で、どう? どんな気持ち?」
「得体のしれない注射されてハッピーなやつがいると思うか?」
「得体のしれない注射されてるやつ見て幸せなやつならここにいるぜ」
「ひどいおっさんだ」
得体のしれないものを打たれたが、特に変化は感じなかった。
いまのところはコルダイトのおっさんを喜ばせるぐらいの結果しかない。
終末世界の医療に貢献できること、それから心臓が倍にならないことを願おう。
◇
「ストレンジャー、あなたのことはよーく知ってる。あっちでうちの兄がお世話になったみたいだけど――」
次の訓練が始まると、俺はブロンド髪の女の子を追いかけていた。
油臭い作業着を着た彼女はどこか見覚えのある強気な顔立ちだった。
そんな相手は『ファイアスターター』と呼ばれるメンバーで、
「私は兄貴みたいに下品なことはしない。本当のアーティストよ」
巨大なコンテナを加工して作ったガレージへと案内してくれた。
最初に見えたのは使い古した旋盤やリローディングベンチの姿だった。
しかし部屋中がなんともいえない刺激的な薬品の香りで満たされ、床の上にはよく分からない薬品の袋やボトルが並んでいた。
壁には――手製のプラスチック爆薬や自家製ナパームといった『オリジナルレシピ』が日記みたいにびっしり貼られている。
「お前の兄貴?」
「あなたの友達っていえばわかる?」
地雷原よりヤバそうなそこで、俺は強気にこちらを見る女の子を見た。
もしここがハイスクールかなんかだったらいじめっ子になってそうな――
「……まさかヒドラの妹か?」
どうにかあの放火魔の顔立ちと重なったところで、俺は答えを出した。
正解だったんだろう。ファイアスターターはめちゃくちゃ嫌がりながら。
「ご名答、私はあの馬鹿兄貴の妹」
「あいつに妹がいるなんて聞いてなかったぞ?」
「そう、でも確かにここにいるわよ。そして仕事はこっちが上手、あいつが使ってる火炎放射器の燃料だって私が最初に作ったの。ところでミコさんは?」
「あいつより賢そうだな。ちなみにミコは危なっかしいからリム様のとこだ」
「残念、見てほしかったのに」
こっちに足元にあったプラスチック製のバケツを引っ張ってきた。
ねばねばしたレモネードみたいなものがたっぷり入ってる。
異臭の原因はどうもこいつらしい、ガソリンみたいな粘つく香りがする。
「……さっきから気になってたんだけどなんだこいつ。歓迎の飲み物じゃなさそうだけど」
科学的な悪臭を放つそれから引いていると、
「どう? 手作りだけど朝のナパームの臭いは最高でしょ?」
ファイアスターターはヘラを突っ込んでぐちゃぐちゃにかき混ぜ始めた。
中の液体はどろりと粘ついている――なるほど自家製ナパームってわけか。最高だなあいつの妹。
「ああそうか、つまりここじゃ――」
「そういうこと、あのクソ兄貴の友達になってくれたお礼にいろいろ教えてあげる。プラスチック爆薬、ナパーム、特別な弾薬、そう言う面白い品の作り方をね」
「あいつ以上にやばそうだな、お前」
「二人そろったときはもっとやばいわよ」
「だろうな」
ヒドラの妹はさっそく分厚いゴム手袋とマスクを渡してくれた。
テーブルの上には作るべきものが書かれた手書きのレシピが何枚も重ねられている。
「これから始めましょうか。材料は硝酸アンモニウム225g、ニトロメタン40ml、アルミニウム粉末10g、純粋なアルコール適量を取って」
「……なあ、このレシピ……プラスチック爆薬って書いてないか?」
「あってるけど? 本物よりは劣るけどTNTよりはずっと強力よ。その次は自家製のナパームと銃用の火薬も作ってもらうつもり」
「作ってる最中に死なないよな」
「不安なら降りても構わないから。ホットプレートと鍋とブレンダーを持ってきて」
「残念だけど投げ出さない約束になってる」
「じゃあ腹くくって。まず硝酸アンモニウムを50度で……」
こうして危ない科学知識についてみっちり叩き込まれた。
半日かけて講義が終わるころには【製作】のSlevが4になった。
◇
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