魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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世紀末世界のストレンジャー

白紙は絵本を羨んだ

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 また夢を見ていた。

 クソガキが温かいリビングで縮こまっている。
 顔立ちや容姿は前より大人びてるものの、絶望の表情だ。
 やはりそいつは二人のヒトモドキに挟まれていて、

『友人もいない、趣味もない、どうしてこんなつまらない人間に育ったんだお前は? 情けないと思わないのか? 親に申し訳ないと思わないのか? お前が生きてる価値は何なのかよく考えてみろ』
『この子はね、前世の行いが悪かったのよ! 神がこの子に与えた試練なの! それをあなたが邪魔したからこんな出来損ないになったの!』
『黙って聞いてれば神だの前世だの胡散臭いことばっかり言いやがって! お前はもう少し現実を見ろ!』
『教祖様を侮辱するっていうの!? あなたの理想を押し付けなければあの子は幸せだったのに、おかげでもうこの子はもう楽園にいけないじゃない! 地獄に落ちる運命しか残されてないのよ!?』
『黙れ電波女! クソ宗教のこと以外なにもできない役立たずのくせに生意気言いやがって! だいたいお前の上納金だって俺が汗水流して――』

 言い争う二人を背に、クソガキは耳を塞ぎながらこっちに近づく。
 目が合った。すべてをあきらめたような瞳は真っ赤に乾いている。

「お願い、殺して」

 もうどうにでもなってしまえ、とばかりにそいつは笑った。
 腹が立つ顔だ。でもどうしてか他人ごとではない気がする。
 一目見て思った、こいつは死にかけの獲物だ。
 中途半端な傷をつけられて、生かさず殺さずの合間にずっと縫い留められたかわいそうな生き物だ。

「いいんだな?」

 楽にしてやりたい気持ちがわいた、背中から散弾銃を抜いた。
 すると汚い言葉を向け合う二人をバックに、

「うん。ごめんなさい」

 クソガキはうなずいた。謝罪の言葉を込めて。
 しかしどうしてこいつは謝らないといけないんだろうか?

「お前を殺す前に聞かせてくれ。どうして謝るんだ?」

 銃口を向けてから、少し間を置いて尋ねた。

「おれが悪いから」
「何が悪いって?」
「おれが生きてると周りのみんなが不幸になるって」
「……もう一つ質問だ、いったい誰がそう決めたんだ?」
「父さんと母さんにそういわれた」

 死を覚悟した子供は後ろにいるヒトモドキを親指で示した。
 二人はいまだにお互いの理想をぶつけあい、罵りあっている。

「本当にそう思うか? 自分でそう考えてたどり着いたのか?」

 念のため問いかけた。
 子供は少し悩んだあと、しぶしぶ首を縦に振った。

「おれのせいだ」
「そうか。じゃあお前を殺す、いいな?」
「お願いします、ごめんなさい」
「気にするな」

 最後に見たのは潔く死を受け入れるような顔つきだった。
 それでいてこの世に深い未練があるような、誰よりも強い後悔が残るような、死ぬ人間がしちゃいけない表情だ。
 眉間に銃口を押し付けて、トリガに指を添え――

『散弾の洗礼をぶちまける前に教えてくれんか、聖なる者よ。お前さん、いったいどうして泣いておるのだ?』

 引き絞ろうとした直後、後ろからずいぶん懐かしい声がした。
 指先に暖かくてごつごつとした手の感触も伝わった。
 『感覚』が正常なら、銃の左側面、トリガ上にあるセーフティがかけられるのも感じた。

「――あんたは」

 振り向こうとした。

*いちクン、大丈夫だよ。わたしがついてるから、泣かないで*

 背後の誰かを知る前に優しい女の子の声がして、夢が途絶えた。
 そこでようやく感じ取れた、頬のあたりが生暖かい。

「…………!」

 体を起こそうとした、ところが起き上がらない。
 代わりに目が開いた。まぶた一杯に熱がこもって、痛みと共に涙があふれ出てくるのを感じた。
 これはきっと、痛いからだ、悲しんでなんていない。

「……ほんとに化け物ね、生きてるなんて信じられないわ」

 さっそく視界に飛び込んで来たのは白衣姿の白人の姉ちゃんだ。
 第一声が化け物というのもひどい話だ、それでも口ぶりからしてかなりヤバイ状態だったのかもしれない。

「なあ、ちょっと質問。初対面の人間を化け物呼ばわりするお医者さんって信用していいの?」

 周りの状況を感じ取りながら質問した。

「患者に嘘をつけないタイプのお医者さんは信用に値すると思うわ」
「それもそうか。で、あんたは?」
「説明するのは面倒だしこれ見てくれる?」

 目だけで周りを見ていると、鼻先にタグがぶら下げられた。
 『メディック』とある。そうか、同郷の人間か。

「あんたもプレッパータウンの人間か」
「そういうこと。ここにはあそこの人間が結構いるのよ。よろしくね、ストレンジャー」
「よろしくメディック。んで――」

 さて悪いニュースだ、いま自分がいるのは手術台の上だ。
 ここが医療施設的な場所なのは分かったが、とても最悪なことに手足が全然動かない。
 つまりあれだ、麻痺してるって言えばいいのか。

「俺の状態は? 一言で表現してくれ」
「全身麻痺ね、原因は脳にダメージいきすぎ」
「……マジか」

 本当に麻痺だった、それも全身。
 いわれてみれば首すら動かない。つまり詰みってことだ。
 かなりひどいことを教えられたはずだが、取り乱そうにも手足の感覚がないから不思議と落ち着いている。

「どうしてそうなったか専門的用語と医療的な見解を含めて説明してあげましょうか?」
「患者だから優しく、簡単にしてくれ」
「じゃあ労わってあげるわ。左脳の傷が開いた上に、また新しい脳の傷ができてる。髪の生え際あたりの頭蓋骨が砕けてたっていえば分かる?」

 あきれるような女性の視線を受けてそれはもう痛感した。
 どう考えてもドリル野郎の仕業だ、もっといたぶってやればよかった。

「思い当たるフシがめっちゃある」
「何があったのか話してくれるかしら?」
「人食いドリル男に角材で何度もぶん殴られた」
「……あーうん、イカれてるわね。そのあとは?」
「エナドリきめて全滅するまで暴れまわった」
「……その飲み物の名前は?」
「スワッター・エナジードリンク」
「脳にダメージが残ってるのにあんな強烈なのきめて激しい運動するとか、ひょっとしてあなたって馬鹿? それとも天才?」
「返す言葉がございません、先生」

 申し訳なく顔をそむけたくなったが、首が動かない。
 仕方がないので目を横にそらすと……机の上に見慣れた短剣があった。
 ミコだ。こっちに刀身を向けたままくたっとしている。

「……ミコは……」

 思わず手を伸ばそうとするが指一つ動かない。
 代わりに視線に気づいてくれたんだろう、メディックは彼女を見ると。

「あの子なら泣き疲れて眠ってるところ。ずっと泣いてたのよ?」

 俺の疑問に答えてくれた。
 泣かせちまったのか、ボスが知ったらぶん殴られそうだ。

「この子、あなたのことが好きなのね」

 もう届かなくなってしまった手をあきらめていると、白人の姉ちゃんはそっと刀身を撫でてくれた。
 いやまて、ミコが……俺を? まあ、こんな状況だとそれどころじゃないんだが。

「あー、なんだって?」
「もう一度言わせる気? そのまんまよ、彼女はあなたのことが大好きなの。愛してるって言ったほうが脳みそに入りやすい?」
「……それより泣かせちまって死ぬほどショックだよ、俺」
「でしょうね、必ず治してあげるから後でちゃんと謝りなさい」
「……分かった」

 ため息をついていると、こんな余所者に付き合わされている女医は背を向け始めた。

「質問させてもらうけど、最初に脳にダメージを負ってから何か後遺症的なものはあった?」
「よく性格が変わったとかいわれた。それからわんこと、男のおっぱい見ると興奮する」
「重症ね。ご愁傷さま」
「墓にはジンジャーエールとトルティーヤチップス供えといて」
「だめよ、当分は栄養食だからね」

 目で背中を追跡していると、棚からごそっと何かを取り出すのが見えた。
 軍隊色の強いモスグリーンの小箱だ。
 金具をかちっと開放すると中から緑色のペンのようなものを取って。

「ストレンジャー、いま私の手元にあるが見える?」

 遠目にみれば文房具にしか思えないそれを近づけてきた。
 表面に穏やかじゃない注意書きがあったり、後部にボタンらしきものも見える。

「患者の顔に落書きするのか? それともおまじないとか描いちゃう系のお医者さんだった?」
「残念、これは貴重な戦前の軍用治療薬よ。自己治癒力を爆発的に高めるもので、それはもうドン引きするほど再生を促すの。だけど――」
「だけど?」
「150年前のものでも正常に機能するかテストしたいところだったの。何がいいたいか分かる?」
「使ってやる代わりに感想聞かせてってやつ?」
「そういうこと」
「じゃあやってくれ」
「話が早くて助かるわ、じゃあ打つわよ」

 どうせそれしか選択がないんだろう。
 そういうわけで受け入れると、メディックはカバーをぱかっと抜いた。
 ペン型のそれから注射というにはあまりに大きすぎるというか、人に刺したら凶器になりそうな針が出てくる。

「ちなみに副作用がヤバいから、体力を死ぬほど消耗するけど別に構わないわよね?」

 そして首の裏、耳の下あたりに極太の針が斜めに刺さる感触がした。
 ……やる前に伝えてほしかった言葉と共に。

「そういうの先に言わない?」
「聞かなかったやつが悪いの。おやすみなさい」
「あんたマジ最高だな、死んだら恨むぞ」
「恨むために頑張って生きなさい、ご武運を」
「がんばる」

 すぐに全身にぴりっと感覚が走った。
 まるで一瞬だけ電流を流されたようというか、とりあえず気持ちのいいものじゃないのは確かだ。
 するとまた意識がぼんやりしてきた、倦怠感もやってくる。

「――ほんっっと……情けねえ」

 最後に隣で横たわったままの短剣を見て、思わずそう口にした。

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