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世紀末世界のストレンジャー
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人食い一家にトドメを刺して「はいおわり」なんてわけがない。
お持ち帰りした顔つきの本をグスタボさんに読ませたら町中大混乱だ。
美食の街で人食い文化があったなんて知ったらそりゃパニックにもなる。
「なあ、一体何をどうしたらこんな有様になるんだ?」
そんな慌ただしい中、俺はまたあの屋敷の前で立っていた。
目の前にはオーガの暴虐の前に屈してしまった人食いの家がある。
壁は崩れ、窓は破れ、死体だらけでまるで爆撃でも受けたようだ。
こりゃリフォームは無理だろうな。できたとしても史上最強の事故物件だ、買い手もつかず心霊スポットにでもなるのがお似合いだ。
「すまん、やりすぎた」
犯人のノルベルトが籠手を磨きながら答えてくれた。
ちょうど俺たちの視線の先ではこの町のガードたちが屋敷の捜索中だ。
「いや、これくらいがちょうどいい。あの中を見りゃそう思うさ」
「あそこで一体何があったのだ?」
「人食いだよ。どうも人間を材料に飯から道具まで自給自足してたみたいだ、それもかなり前から。おかげで最悪な目にあった」
「なんと……では、まさか行方不明になった人間というのは――」
「ああ、そういうことだ。まあ推理するまでもなかったわけだ、スタート直後に事件のど真ん中に突っ込んだわけだからな」
「……よくぞ無事に戻ってきたな、イチよ。怪我はないか?」
「治りかけた脳にダメージ入った、それから足に穴開けられた。今回の経験でどうして人類から菜食主義者が生まれるのか少し分かった気がする」
痛む太ももを押さえながらあたりを見回した。
どこかで見たような牛の顔がレモンの木に引っ掛かっていた。
これは牛くんのマスクだ。彼は無事に逃げ出せたんだろうか。
「……すまない、イチよ」
壊れた屋敷を眺めていると急にノルベルトが謝ってくる。
本当に落ち込んだ顔をしていた、あいつらしくない部類の。
「どうした? 急に謝るなんて」
「俺様としたことが油断してしまった。ああなるまでやつらの本性を見抜けなかった挙句、こうして皆を危険にさらしてしまったのだ」
硬い表情のままそう口にするが、低い声はいつものような張りがない。
すると「何が強きものだ」と付け足してから、オーガはあろうことか頭を下げてくる。
「騙された上にこの体たらくだ。本当にすまない」
そうは言われるが別にそこまで気にしちゃいなかった。
あいつらは尋常じゃなくイカれていた、ただそれだけなのだから。
「いいんだ、あいつらのほうが俺たちの何百倍もイカれてたんだ。それに俺だって気づけなかったんだしお互い様だろ。まあミコは気づいてたらしいけど」
『あの……ノルベルト君。わたしも、気にしなくていいと思うよ。あんな人たちだったら仕方ないよ……』
「ワンッ」
俺は「気にするな」と背中を叩いた。装甲車のような手触りだ。
本人はどうにか納得したように小さくうなずいている。
落ち着いてくると腹も減ってきたが、体中の腐臭のせいで食欲が「こんなとこいられるか」と逃げてしまった。
とりあえずスティムを出して傷に打った。しみるがマシになった。
「……なあ余所者さん」
血まみれの包帯を『分解』していると急に後ろから男の声がした。
振り向けば申し訳なさそうな顔の宿の親父さんがいた、だが生気がある。
「親父さん、もう大丈夫か?」
「さっきはすまなかった、それに失礼なことを言ってしまった。どう詫びればいいのか」
「気にするな。全部あいつらのせいだろ?」
俺はぼろぼろになった屋敷の姿に親指を向けた。
自殺する気が失せた相手はため息をついてから、
「ありがとう、余所者さん。もう二度とあいつらにあえないと思ってたのに、あんたのおかげでまた会うことができたんだ。本当にありがとう」
そういってお礼を言ってきた。
その後ろから――あの二人もやってくる。金髪の親子だ。
ニコという子は母親の姿に隠れながらこっちに手を振っている。
「俺だけの手柄じゃないさ」
少し間を置いて、俺はそう答えた。
「わたしからもお礼を言わせてちょうだい、さっきはありがとう。なんだか魔法みたいに治してくれたみたいだけど……」
やがてたくましい母親もこっちに来てお礼を伝えに来た。
「魔法みたいっていうか魔法だ。なあミコ?」
『あ、こ、こんにちは……ミセリコルデっていいます』
そこでミコを紹介すると親子そろって固まってしまった、驚愕で。
しかしあんな凄惨な光景よかすんなり受け入れられるのか、
「……えーと、喋る短剣さん? あなたが治してくれたのかしら?」
しゃがんで目線を合わせて声をかけてきた。
『は、はい。えっと、キュアっていう解毒魔法で毒を分解したあと、回復魔法で治療したんですけど……お腹は大丈夫ですか?』
「よく分からないけどおかげさまでもう平気よ。ありがとう、ミセリコルデ」
『……どういたしまして、レミンさん』
猟師の奥さんは平気そうに笑っている。
その後ろで「ありがとう」と子供が口にしていた、二人はもう元気だ。
「それからそこのミュータント……ええと、なんて名前かしら?」
「こいつの名前はノルベルトだ」
「ノルベルトさん、見事な一撃だったわ。あなたのおかげで気分がすっきりした。これで悪夢を見る必要はなくなりそうね、ありがとう」
「ご息女ともどもご無事でなによりだ、ご婦人」
それからオーガにもお礼を言った。こんな状況か本人は少し戸惑ってる。
ついでに彼女は黒い犬も撫でた。
「そこのアタックドッグもね」
「ワンッ」
そう話していると屋敷の方からクリンのガードたちがぞろぞろ戻ってきた。
ただし顔色はかなり悪い、というかレモン畑にめがけて吐き出している。
あの様子からして見てしまったんだろう。
「……おい、君……あれはなんだ? あんなのがこの世にあっていいのか!?」
地獄を見たであろう集団の一人がこっちにきた。
よほど精神にきたのか死体のごとく青ざめた顔だ。
「そのまんまだ。ひどかっただろ?」
「……あそこは地獄だ……お前ら、もっと装備と人員を増やしてまた潜るぞ。遺体の回収はかなり過酷になるから覚悟しろ」
そいつは仲間を連れて戻っていった。
たぶん生き残りはいないだろう、いたらまた降りてぶち殺してやる。
「――ああ、ああ、皆さま」
戻っていくガードの姿を目で追っていると、そこにグスタボさんの姿が。
かなり悩ましそうな顔だ。そりゃそうか、あんな本を読んだ後じゃ。
「なんと、なんと申し上げればいいのか……まさかこのクリンにあのような真実が眠っていたとは……この町は終わりだ……!」
かなり混乱している、とりあえず太ったお腹をぽんと叩いた。
『ちょっ……いちクン!? 何してるの!?」
「おい、落ち着け。あの本は確かに中二病ノート以上の破壊力はあるけど、まだ別にこの町の終わりを意味する預言書じゃないんだぞ?」
「ええ、ええ、分かっております、しかしまさか……こんな歴史が、こんな事実が私の足元にあるなどとは思わなかったのです。美食の街で食人が行われていただなんて世に広まってしまったら、私は一体どうすれば良いのか……」
「なあ……俺はつい最近、遠くを見て『これからどうするか』って考える方が大事だって教わったんだ。その通りにしてみたらどうだ?」
『いちクン!? お腹叩いちゃダメだってば!』
面倒くさいのでそれだけいってもう一度ぽんと叩いた。
残念だけどこんな町の面倒ごとに付き合わされるつもりはない。
それに当初の依頼も果たした、行方不明者の原因を暴いたのだ。
「……私が、私がですか? 彼らに利用されていただけなのに?」
「あんたの頼み通り行方不明事件はこれでおしまいだ、あとは頑張ってくれ」
丸い顔にそれだけ伝えて俺たちは歩きだした。ただし屋敷の方に。
まだこの下には犠牲者が眠っている。彼らは地上に帰りたがってるはずだ。
「その代わり……後片付けを手伝わせてくれ。みんな、外に出してやらないと」
相手の顔を見てそう伝えた。
するとちょうどいいタイミングで後ろからぞろぞろと人がやってきた、手製の防護服を着たガードたちだ。
その背中が地獄へと向かっていく中、
「…………分かりました、どうかよろしくお願いします」
グスタボさんはまるで観念したように頭を下げてきた。
そのまま町の中へと戻っていくかと思いきや、彼は屋敷へ向かう一人を捕まえて。
「……おい君、私にも装備をくれ!」
「はっ!? グスタボさん、いきなりどうしたんですか!?」
「私も行くぞ! いいや、私だからこそ行かねばならないのだ!」
「お、落ち着いてください! あなたが行く必要はありませんよ!」
「ならいい! 勝手に持っていくぞ!」
回収作業の準備をしに戻ってしまった。生き急いでいるが、たぶんあの惨状を見たら吐くだろうな。
俺も行こうかと思っていると。
「行かないと。あんなとこにみんなをほっとくわけにはいかない」
「私もついていくわ、もう無関係じゃないもの」
宿の親父さんと奥さんもついてきた。
ノルベルトは俺を見て無言でうなずいた、やる気だ。
さあもう一仕事だ。物いう短剣を外してニクに渡してから。
「ミコ、ニク、お前らはその子と一緒にいてやってくれ」
『……うん』
「ワンッ」
後ろで心配そうに見ている女の子に付き添うように頼んだ。
数多の遺体が眠る屋敷の中へと俺たちはまた潜っていった。
◇
シェルターに残された遺体や記録を回収する作業はしばらく続いた。
あそこはまさに『叩けば埃が出る』を極めたような場所だった。
町に潜む人食いのリストは出てくるわ、至る場所から死体が出てくるわ、犠牲者から集めた大量の物資は出るわ散々だ。
さらに悪いニュースだ、『シドレンジャーズ』や『ホームガード』の遺体まで出てきた。
町では人食い狩りが行れ、殺された奴は吊るし首に。
回収された遺体は丁重に埋められた。
クリンの真実はあっという間にウェイストランド中に広まったという。
そのあとは?
そこからはグスタボさんの仕事だった。
回収した大量のチップや物資はどうするか、被害にあった人間のことをどう伝えるか、屋敷をどうするか、あとは彼次第だ。
そんなこんなで二日が経った頃。
「……やっと終わったな」
町の姿を見て一言漏らした。誰もかれもが疲れ果ててる。
割と早く終わったが、あまりのひどさにトラウマを発症するやつが多発。
グスタボさんはノイローゼ、宿の親父さんは鬱、俺に至っては頭痛がまだ収まらない。
おまけに死肉の香りで「もう肉食えない」とか言い出すやつも多数だ。
美食の町のカロリー摂取量はしばらく9割ぐらいカットされるだろうな。
『……みんなぼろぼろだね』
「ああ、身も心もな。お前は大丈夫か?」
『うん……食欲ないけど』
「俺もだよ、今だけヴィーガンの気持ちがよく分かる」
元気なのは向こうで子供と遊んでいるニクとノルベルトぐらいだ。
ノルベルトもそうだが、あのニコっていう子も中々に逞しいもんだ。
あんな惨状、まして殺人鬼だらけの環境をずっと見てきたはずだろう。
それなのにこうして元気に笑って遊んでいるのだから、強い子だと思う
願わくば、あの惨劇がこの子の人生に暗いものを落とさないでほしい。
「オーガさんすごい! 重くないの?」
「フーッハッハッハ! オーガだからな! 犬と子供ぐらい容易いぞ!」
「ワウン」
オーガに担がれる女の子と犬があっちこっちに行く姿を見てると、急に町の外から車の音がした。
ごつくて機銃のついた装甲車両だ、記憶を辿ればその姿には覚えがある。
黒い軍用車両が停まると中から知ってる連中がぞろぞろ出てきた。
「ストレンジャー! それにイージス! また会ったな!」
攻撃的で無骨なアーマーを着た――シド・レンジャーズのやつらだ。
もっといえば先頭のブーニーハットを被った姿は確実に覚えがある。
間違いない、ラムダ部隊の隊長だ。
『こんにちは、隊長サン。傷の調子はどうですか?』
「よう喋る短剣さん、あんたのおかげで今日も元気にレンジャー活動中さ」
「あんたか。お久しぶりだな」
「お前ひどくやつれてるな、元気か? ここでトラブルがあったそうだが」
「お肉食えないけど元気。つい二日前までは地獄そのものだったぞ」
「かなりひどかったらしいな。で、遺体を回収しにきたんだが……」
どうして来たのかは分かる、レンジャーを引き取りに来ただけだ。
「屋敷の中に安置してある。地下には行くなよ」
俺は不安交じりの固い顔で見てくる相手に、屋敷の方を指で紹介した。
「……戦友の死体の状態はどうなってる?」
「タグが頼りだ」
「…………そうか。犯人はどうした?」
「中のやつは全員ぶっ殺した。何人か外に吊るしてあるだろ?」
それだけ答えると、ラムダの部隊長はやり切れない顔を浮かべた。
後ろにいる部下たちもそうだ。怒ってるのか悲しんでるのか分からないぐらい複雑だ。
それから彼らは意を決すると。
「協力感謝する。シド将軍がお前に礼を言いたいそうだ、聞いてやってくれ」
屋敷の方へ向かった。
その姿を見送ろうとしたが。
「――あいつらに言われてると思うが、シドレンジャーズに入らないか? お前の力ならきっと最高のレンジャーになれるぞ」
そう伝えて行ってしまう。
屋敷はぼろぼろだが、その下で苦しむものは誰もいなくなった。
ああそういえばレベルが上がったはずだ、PDAを開くと。
【特殊PERKを習得!】
と通知が来ていた。PERK画面には【恐るべき怪物】とあって。
【あなたは地獄のような光景から生還して学びました、世の中にいるイカれた人間は「狂った自分つえー!」と思っていると。ならばすべきことは簡単です、必要に応じて向こうよりもっとイカれてやりましょう! 相手がすごくゾッとするぐらいに! 永続的に筋力と耐久力が1増加します。ただし脳へのダメージで知力が1下がってしまいましたが……お大事に】
だそうだ。実際に筋力と耐久力が1増えてた、知力が下がったが。
おめでとう、俺も化け物だ。もっとも人は食いたくないが。
◇
お持ち帰りした顔つきの本をグスタボさんに読ませたら町中大混乱だ。
美食の街で人食い文化があったなんて知ったらそりゃパニックにもなる。
「なあ、一体何をどうしたらこんな有様になるんだ?」
そんな慌ただしい中、俺はまたあの屋敷の前で立っていた。
目の前にはオーガの暴虐の前に屈してしまった人食いの家がある。
壁は崩れ、窓は破れ、死体だらけでまるで爆撃でも受けたようだ。
こりゃリフォームは無理だろうな。できたとしても史上最強の事故物件だ、買い手もつかず心霊スポットにでもなるのがお似合いだ。
「すまん、やりすぎた」
犯人のノルベルトが籠手を磨きながら答えてくれた。
ちょうど俺たちの視線の先ではこの町のガードたちが屋敷の捜索中だ。
「いや、これくらいがちょうどいい。あの中を見りゃそう思うさ」
「あそこで一体何があったのだ?」
「人食いだよ。どうも人間を材料に飯から道具まで自給自足してたみたいだ、それもかなり前から。おかげで最悪な目にあった」
「なんと……では、まさか行方不明になった人間というのは――」
「ああ、そういうことだ。まあ推理するまでもなかったわけだ、スタート直後に事件のど真ん中に突っ込んだわけだからな」
「……よくぞ無事に戻ってきたな、イチよ。怪我はないか?」
「治りかけた脳にダメージ入った、それから足に穴開けられた。今回の経験でどうして人類から菜食主義者が生まれるのか少し分かった気がする」
痛む太ももを押さえながらあたりを見回した。
どこかで見たような牛の顔がレモンの木に引っ掛かっていた。
これは牛くんのマスクだ。彼は無事に逃げ出せたんだろうか。
「……すまない、イチよ」
壊れた屋敷を眺めていると急にノルベルトが謝ってくる。
本当に落ち込んだ顔をしていた、あいつらしくない部類の。
「どうした? 急に謝るなんて」
「俺様としたことが油断してしまった。ああなるまでやつらの本性を見抜けなかった挙句、こうして皆を危険にさらしてしまったのだ」
硬い表情のままそう口にするが、低い声はいつものような張りがない。
すると「何が強きものだ」と付け足してから、オーガはあろうことか頭を下げてくる。
「騙された上にこの体たらくだ。本当にすまない」
そうは言われるが別にそこまで気にしちゃいなかった。
あいつらは尋常じゃなくイカれていた、ただそれだけなのだから。
「いいんだ、あいつらのほうが俺たちの何百倍もイカれてたんだ。それに俺だって気づけなかったんだしお互い様だろ。まあミコは気づいてたらしいけど」
『あの……ノルベルト君。わたしも、気にしなくていいと思うよ。あんな人たちだったら仕方ないよ……』
「ワンッ」
俺は「気にするな」と背中を叩いた。装甲車のような手触りだ。
本人はどうにか納得したように小さくうなずいている。
落ち着いてくると腹も減ってきたが、体中の腐臭のせいで食欲が「こんなとこいられるか」と逃げてしまった。
とりあえずスティムを出して傷に打った。しみるがマシになった。
「……なあ余所者さん」
血まみれの包帯を『分解』していると急に後ろから男の声がした。
振り向けば申し訳なさそうな顔の宿の親父さんがいた、だが生気がある。
「親父さん、もう大丈夫か?」
「さっきはすまなかった、それに失礼なことを言ってしまった。どう詫びればいいのか」
「気にするな。全部あいつらのせいだろ?」
俺はぼろぼろになった屋敷の姿に親指を向けた。
自殺する気が失せた相手はため息をついてから、
「ありがとう、余所者さん。もう二度とあいつらにあえないと思ってたのに、あんたのおかげでまた会うことができたんだ。本当にありがとう」
そういってお礼を言ってきた。
その後ろから――あの二人もやってくる。金髪の親子だ。
ニコという子は母親の姿に隠れながらこっちに手を振っている。
「俺だけの手柄じゃないさ」
少し間を置いて、俺はそう答えた。
「わたしからもお礼を言わせてちょうだい、さっきはありがとう。なんだか魔法みたいに治してくれたみたいだけど……」
やがてたくましい母親もこっちに来てお礼を伝えに来た。
「魔法みたいっていうか魔法だ。なあミコ?」
『あ、こ、こんにちは……ミセリコルデっていいます』
そこでミコを紹介すると親子そろって固まってしまった、驚愕で。
しかしあんな凄惨な光景よかすんなり受け入れられるのか、
「……えーと、喋る短剣さん? あなたが治してくれたのかしら?」
しゃがんで目線を合わせて声をかけてきた。
『は、はい。えっと、キュアっていう解毒魔法で毒を分解したあと、回復魔法で治療したんですけど……お腹は大丈夫ですか?』
「よく分からないけどおかげさまでもう平気よ。ありがとう、ミセリコルデ」
『……どういたしまして、レミンさん』
猟師の奥さんは平気そうに笑っている。
その後ろで「ありがとう」と子供が口にしていた、二人はもう元気だ。
「それからそこのミュータント……ええと、なんて名前かしら?」
「こいつの名前はノルベルトだ」
「ノルベルトさん、見事な一撃だったわ。あなたのおかげで気分がすっきりした。これで悪夢を見る必要はなくなりそうね、ありがとう」
「ご息女ともどもご無事でなによりだ、ご婦人」
それからオーガにもお礼を言った。こんな状況か本人は少し戸惑ってる。
ついでに彼女は黒い犬も撫でた。
「そこのアタックドッグもね」
「ワンッ」
そう話していると屋敷の方からクリンのガードたちがぞろぞろ戻ってきた。
ただし顔色はかなり悪い、というかレモン畑にめがけて吐き出している。
あの様子からして見てしまったんだろう。
「……おい、君……あれはなんだ? あんなのがこの世にあっていいのか!?」
地獄を見たであろう集団の一人がこっちにきた。
よほど精神にきたのか死体のごとく青ざめた顔だ。
「そのまんまだ。ひどかっただろ?」
「……あそこは地獄だ……お前ら、もっと装備と人員を増やしてまた潜るぞ。遺体の回収はかなり過酷になるから覚悟しろ」
そいつは仲間を連れて戻っていった。
たぶん生き残りはいないだろう、いたらまた降りてぶち殺してやる。
「――ああ、ああ、皆さま」
戻っていくガードの姿を目で追っていると、そこにグスタボさんの姿が。
かなり悩ましそうな顔だ。そりゃそうか、あんな本を読んだ後じゃ。
「なんと、なんと申し上げればいいのか……まさかこのクリンにあのような真実が眠っていたとは……この町は終わりだ……!」
かなり混乱している、とりあえず太ったお腹をぽんと叩いた。
『ちょっ……いちクン!? 何してるの!?」
「おい、落ち着け。あの本は確かに中二病ノート以上の破壊力はあるけど、まだ別にこの町の終わりを意味する預言書じゃないんだぞ?」
「ええ、ええ、分かっております、しかしまさか……こんな歴史が、こんな事実が私の足元にあるなどとは思わなかったのです。美食の街で食人が行われていただなんて世に広まってしまったら、私は一体どうすれば良いのか……」
「なあ……俺はつい最近、遠くを見て『これからどうするか』って考える方が大事だって教わったんだ。その通りにしてみたらどうだ?」
『いちクン!? お腹叩いちゃダメだってば!』
面倒くさいのでそれだけいってもう一度ぽんと叩いた。
残念だけどこんな町の面倒ごとに付き合わされるつもりはない。
それに当初の依頼も果たした、行方不明者の原因を暴いたのだ。
「……私が、私がですか? 彼らに利用されていただけなのに?」
「あんたの頼み通り行方不明事件はこれでおしまいだ、あとは頑張ってくれ」
丸い顔にそれだけ伝えて俺たちは歩きだした。ただし屋敷の方に。
まだこの下には犠牲者が眠っている。彼らは地上に帰りたがってるはずだ。
「その代わり……後片付けを手伝わせてくれ。みんな、外に出してやらないと」
相手の顔を見てそう伝えた。
するとちょうどいいタイミングで後ろからぞろぞろと人がやってきた、手製の防護服を着たガードたちだ。
その背中が地獄へと向かっていく中、
「…………分かりました、どうかよろしくお願いします」
グスタボさんはまるで観念したように頭を下げてきた。
そのまま町の中へと戻っていくかと思いきや、彼は屋敷へ向かう一人を捕まえて。
「……おい君、私にも装備をくれ!」
「はっ!? グスタボさん、いきなりどうしたんですか!?」
「私も行くぞ! いいや、私だからこそ行かねばならないのだ!」
「お、落ち着いてください! あなたが行く必要はありませんよ!」
「ならいい! 勝手に持っていくぞ!」
回収作業の準備をしに戻ってしまった。生き急いでいるが、たぶんあの惨状を見たら吐くだろうな。
俺も行こうかと思っていると。
「行かないと。あんなとこにみんなをほっとくわけにはいかない」
「私もついていくわ、もう無関係じゃないもの」
宿の親父さんと奥さんもついてきた。
ノルベルトは俺を見て無言でうなずいた、やる気だ。
さあもう一仕事だ。物いう短剣を外してニクに渡してから。
「ミコ、ニク、お前らはその子と一緒にいてやってくれ」
『……うん』
「ワンッ」
後ろで心配そうに見ている女の子に付き添うように頼んだ。
数多の遺体が眠る屋敷の中へと俺たちはまた潜っていった。
◇
シェルターに残された遺体や記録を回収する作業はしばらく続いた。
あそこはまさに『叩けば埃が出る』を極めたような場所だった。
町に潜む人食いのリストは出てくるわ、至る場所から死体が出てくるわ、犠牲者から集めた大量の物資は出るわ散々だ。
さらに悪いニュースだ、『シドレンジャーズ』や『ホームガード』の遺体まで出てきた。
町では人食い狩りが行れ、殺された奴は吊るし首に。
回収された遺体は丁重に埋められた。
クリンの真実はあっという間にウェイストランド中に広まったという。
そのあとは?
そこからはグスタボさんの仕事だった。
回収した大量のチップや物資はどうするか、被害にあった人間のことをどう伝えるか、屋敷をどうするか、あとは彼次第だ。
そんなこんなで二日が経った頃。
「……やっと終わったな」
町の姿を見て一言漏らした。誰もかれもが疲れ果ててる。
割と早く終わったが、あまりのひどさにトラウマを発症するやつが多発。
グスタボさんはノイローゼ、宿の親父さんは鬱、俺に至っては頭痛がまだ収まらない。
おまけに死肉の香りで「もう肉食えない」とか言い出すやつも多数だ。
美食の町のカロリー摂取量はしばらく9割ぐらいカットされるだろうな。
『……みんなぼろぼろだね』
「ああ、身も心もな。お前は大丈夫か?」
『うん……食欲ないけど』
「俺もだよ、今だけヴィーガンの気持ちがよく分かる」
元気なのは向こうで子供と遊んでいるニクとノルベルトぐらいだ。
ノルベルトもそうだが、あのニコっていう子も中々に逞しいもんだ。
あんな惨状、まして殺人鬼だらけの環境をずっと見てきたはずだろう。
それなのにこうして元気に笑って遊んでいるのだから、強い子だと思う
願わくば、あの惨劇がこの子の人生に暗いものを落とさないでほしい。
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「フーッハッハッハ! オーガだからな! 犬と子供ぐらい容易いぞ!」
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攻撃的で無骨なアーマーを着た――シド・レンジャーズのやつらだ。
もっといえば先頭のブーニーハットを被った姿は確実に覚えがある。
間違いない、ラムダ部隊の隊長だ。
『こんにちは、隊長サン。傷の調子はどうですか?』
「よう喋る短剣さん、あんたのおかげで今日も元気にレンジャー活動中さ」
「あんたか。お久しぶりだな」
「お前ひどくやつれてるな、元気か? ここでトラブルがあったそうだが」
「お肉食えないけど元気。つい二日前までは地獄そのものだったぞ」
「かなりひどかったらしいな。で、遺体を回収しにきたんだが……」
どうして来たのかは分かる、レンジャーを引き取りに来ただけだ。
「屋敷の中に安置してある。地下には行くなよ」
俺は不安交じりの固い顔で見てくる相手に、屋敷の方を指で紹介した。
「……戦友の死体の状態はどうなってる?」
「タグが頼りだ」
「…………そうか。犯人はどうした?」
「中のやつは全員ぶっ殺した。何人か外に吊るしてあるだろ?」
それだけ答えると、ラムダの部隊長はやり切れない顔を浮かべた。
後ろにいる部下たちもそうだ。怒ってるのか悲しんでるのか分からないぐらい複雑だ。
それから彼らは意を決すると。
「協力感謝する。シド将軍がお前に礼を言いたいそうだ、聞いてやってくれ」
屋敷の方へ向かった。
その姿を見送ろうとしたが。
「――あいつらに言われてると思うが、シドレンジャーズに入らないか? お前の力ならきっと最高のレンジャーになれるぞ」
そう伝えて行ってしまう。
屋敷はぼろぼろだが、その下で苦しむものは誰もいなくなった。
ああそういえばレベルが上がったはずだ、PDAを開くと。
【特殊PERKを習得!】
と通知が来ていた。PERK画面には【恐るべき怪物】とあって。
【あなたは地獄のような光景から生還して学びました、世の中にいるイカれた人間は「狂った自分つえー!」と思っていると。ならばすべきことは簡単です、必要に応じて向こうよりもっとイカれてやりましょう! 相手がすごくゾッとするぐらいに! 永続的に筋力と耐久力が1増加します。ただし脳へのダメージで知力が1下がってしまいましたが……お大事に】
だそうだ。実際に筋力と耐久力が1増えてた、知力が下がったが。
おめでとう、俺も化け物だ。もっとも人は食いたくないが。
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