魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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世紀末世界のストレンジャー

サトゥルとルヌス

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 敷地に踏み込むと、あの世紀末世界から切り離された気がした。
 おそらく150年前からずっときれいに保たれてる屋敷が佇んでいた身体。 
 それほど大きなものじゃないが、レンガ造りの格式の高い建物はここだけ戦前を残している。

 途中、柑橘類の酸っぱい匂いがした。
 庭にはレモンの木が立ち並んで、そこで庭師が黄色味の強い果実をもぎ取っている。
 収穫中の男はこっちに気づくと「いらっしゃい」と声をかけてくれた。

「ワオ、レモンだらけだな」
「ええ、もともとは個人的な理由で植えたものだったのですが、需要も生じて今ではこの町の名物になっています」
「レモンが好きなのか?」
「ええ、レモンは肉料理と相性がいいですから」

 俺はルヌスさんの穏やかな声を聞きながらついていった。
 やがて屋敷の中に案内されると、戦前の色がきれいに残ったロビーがあり。

「――おや、ルヌス。どうしたんだ?」

 階段前で男が落ち着きがなさそうにうろうろしていた。
 黒髪と褐色肌に世紀末味のないベストとスラックスを重ねた身なりだ。
 顔はとてもキリっとしていて、よく食べてよく寝て誰とでも仲良くできそうな陽キャの雰囲気をかもし出している。

「兄さん、大切なお客様よ。うろうろしないでご挨拶!」

 そんなイケメンにルヌスさんがゆったり近づいていく。
 兄さんと呼ばれた彼は最初にじっと俺を、次にノルベルトを注意深く見たようだ。
 しかしなんだかここは柑橘類の香りがきつい、嫌な匂いじゃないが……。

「……おっと、お客様か! これは失礼、少し考え事をしていたんだ!」 

 男はにっこりと爽やかに笑ってきた、だが少しだけ顔に強張りを感じる。
 ニクを見て不満げというか、まあこんなきれいな屋敷にずかずかと犬が入ってきたら仕方ないか?

「こんにちは、わたしはサトゥル。この屋敷の主人でルヌスの兄だ、遊びに来てくれてありがとう!」

 ともあれ世紀末世界の陽キャはつづけた。

「兄さん、この方たちは遊びに来たんじゃないのよ」
「分かってるさ! でもワクワクするじゃないか! それで君たちは?」

 二人は俺たちの目の前で――手をつないだ、それもねっとり指をからめて。
 いまの光景は忘れるとして、俺も挨拶しようと思ったが。

「……ワゥン」

 ニクが不安そうな声を上げてすり寄って、見上げてくる。
 鼻を窮屈そうに鳴らしていた、確かにレモンの香りがキツい。

「俺はニルソンからやってきたイチだ」

 黒いわんこの鼻先を撫でてあげてから答えた。

「こんにちは、サトゥル殿。俺様は戦鬼オーガのノルベルトだ、近頃この町で人が失踪するという知らせを受けたのだが……」

 ノルベルトも続いたが――ミコはなぜか黙ったままだ。
 どうしたんだろうと短剣をこんこん小突くが、ここの屋敷の主人は二人分の返事に満足したのかにまっと笑って。

「……戦鬼、良い響きじゃないか」
「……ええ、素敵」

 妹の手をぎゅっと握りながらオーガを見上げていた。
 つないでいる相手も然り。二人そろってうっとりノルベルトを見ている。

「そうだろう? オーガというのはかつては人々を恐怖に陥れた種族だ」

 そういわれた本人は種族を褒められたのかえらく満足そうだ。

「つまり君は、神話とかに出てくるあの本物のオーガなんだな?」
「無論だ! オーガとは最も強きものと謡われたものだ、その伝説は今でも語り継がれているのだが、俺様はそれを体現しようと旅をしているのだ」
「わたしが知るオーガというのは知性が低くどう猛さしかない者だと思っていたんだが、君は知的で学のあるオーガだな。素晴らしい」
「貴方こそオーガを良く存じているようだな。お目にかかれて光栄だ」

 気づけばオーガとサトゥルさんは握手を交わしていた。
 屋敷の主人公は強く手の感触を確かめ合うと、親しさを崩さぬまま。

「さて……せっかくの来客だ、君たちをもてなさないとね」

 ストレンジャーも受け入れてくれたようだ、とても落ち着いた笑顔で。
 しかし次に俺の足元、さっきからずっとくっついているニクに向くと。

「……その代わり、このアタックドッグを洗ってもいいかな? 汚いとかいうわけじゃないんだが屋敷の中はきれいにしたいんだ」

 黒い姿を遠慮するような顔をされた。さっきの不愉快そうな視線の正体だ。
 まあ確かにここはかなりきれいだ、犬を招き入れたくない気持ちも分かる。

「……だそうだ。いいか、ニク?」

 俺はなんだかもの悲し気に訴える視線を送るニクを見た。

「キュゥゥン……」
「大丈夫、私がきれいにしてあげますから。おいで」

 耳も伏せてしょんぼりしてるが、こっちの顔を見ると手招きする金髪の美女の方にしぶしぶ向かってしまった。
 寂しいが仕方ない。

「あの子に何かおいしいものを上げないとね。さあお客様、こっちに来てくれ」

 ご機嫌な足取りの主人を二人と一本で追いかけた。
 振り向くとニクはまだこっちを見ていたので「大丈夫だ」と手を振った。



 屋敷の中は明るかった、物理的に。
 こんなご時世にちゃんとした電力があるのか照明が点いていて、内装もよく整っている。

 使用人と思われる人間だっていっぱいだ。みんな健康的で顔つきがいい。
 ここはかなり裕福だ、こんな余所者ストレンジャーを温かく受け入れる余裕がある。

「さて――それで知りたいことがあるそうだが」

 応接室に案内された俺たちは荷物を降ろして、そこで話すこととなった。
 まさに落ち着いて話せるゆったりとした部屋だ。
 テーブルには輪切りレモン入りの水が注がれたピッチャーとグラスがある。
 他に気になる点といえば、部屋の隅に設けられたダストシュートぐらいか。

「このクリンで行方不明者が出てるって話だ。何か知ってることはないか?」
「話を聞くに旅人やこの町の住人が姿を消しているそうなのだが」

 俺たちはテーブルの向こうでリラックスしたサトルゥに尋ねた。

「人が失踪するというあの事件のことか。わたしも気になっていてね、屋敷近くの宿屋にいた主人を見たかい?」

 本人も悩ましい顔だが、グラスを口に当ててから答える。

「今にも自殺しそうだったな。どうしたんだあいつ?」

 もちろん知っている。俺も一口飲んだ、少し渋いが酸っぱくておいしい。

「ついこの前、彼の妻と子が姿を消してしまったんだ。とても気の毒に思うんだが、励まそうにもあんな調子だからうかつに声もかけられないんだ」
「やっぱりか……」
「それは気の毒に、あれほど追い詰められているとはな……」
「ああ、可哀そうに。そういうわけだからほっといてやってくれ、彼は射撃の名手だがその腕を自らの頭に向けられちゃ後味が悪いだろ?」
「分かった、で……いつごろから失踪したんだ?」
「三日ほど前だったかな。奥さんと娘さんが姿を消したのは」

 屋敷の主はあれだけ元気だった顔を真面目に固めたまま同情している。
 その後ろで壁に貼られた見覚えのあるポスターがこっちに指をさしていた。
 オレンジのジャンプスーツを着た兄ちゃんがこう伝えている、『アメリカ再建のために君たちの力が必要だ!』と。

「では失踪そのものはいつから始まったのだ? 教えてくれないか?」

 ソファを潰してしまいそうな巨体がそう尋ねると、不意に感覚が働いた。
 目の前の男は固く閉じた口はそのままに、目が緩まったような気がする。

「先月ぐらいだったかな。確かキャラバンの人間がさらわれたんだ」

 先月、というとアルテリーがまだ息をしていたころか。
 ということはもしかして残党がこの近くに潜んでいるとか……ないか。

「最初は時々人が消えるぐらいだったよ。でもここ最近は頻度がかなり増えてる気がする、外の人間だけじゃなくここの住民すらも消えるんだからね」

 サトゥルさんは悩ましそうに外を見た。
 本当に悩んでるみたいだ。窓から見えるレモン畑と町を見比べて、ふうっとため息を吐き出してる。

「困ったものだよ。わたしは昔からここに住んでるんだが、レモンの栽培を始めてからはとても生きがいを感じているんだ。愛するクリンが苦しむ姿を見るのはとても心苦しいよ」
「この町のことを良く考えてるみたいだな」
「そりゃそうさ! グスタボさんはわたしのことを良く信頼してくれるし、ここの果実はほかのコミュニティからも需要があるんだ、町の信頼が落ちてしまえば丹精込めて作ったレモンが売れなくなってしまうんだからね」
「むーん、それは確かに困る話だ。このまま人が消えてしまう町などと噂が立てば……せっかくの繁栄が無駄になるだろうしな」
「そういうことだよ、オーガ。わたしとしても実に悩ましい話題なんだ」

 ……で、話して分かったのは宿屋のおっさんのことと、事件が起きた時期か。
 さて次に何を聞こうかと迷っていると、屋敷の主人は肩を落として。

「とにかく、君たちが聞き込みをしているようで安心したよ。誰も手を付けないのかと不安だったんだが、こうして調べてくれていて良かった」

 落ち着いた様子でそう伝えてくれた。
 続けて、部屋の扉の方に手を向けると。

「安心させてくれたお礼だ、良かったらご飯でも一緒にどうだい? ちょうど新鮮な肉と取れたてのレモンがあるんだ、ウェイストランドで一番おいしい料理をごちそうするよ」

 食事のお誘いをしてきた、しかしとても運が悪いことに缶詰食ったばっかだ。

「それはうれしいんだけどな、運悪くさっき飯食ったばっかなんだ」
「ではお菓子でもどうだい? レモンを使ったパイがちょうど焼きあがったところだ、わたしの妹が作ったんだから味は保障するよ」
「……じゃあお言葉に甘えて」
「俺様はまだまだ食えるぞ、何といってもオーガだからな!」

 それに比べてノルベルトは得意げに笑っていた。
 そんな様子を見れてここの主人も満足げに口元を緩めて。

「それなら食堂に来てくれないか? 君の舌を唸らせる料理がいっぱいあるんだ」
「ほう、オーガを唸らせるとな? 良かろう、案内してくれないか?」
「ああ、きっと君なら気に入ってくれるだろうさ」

 オーガと共に席を立ってしまった。せかすようにいそいそと。
 ノルベルトのことが相当気に入ってるらしいな、この人は。
 すっかり上機嫌のサトゥルさんはそれはもう嬉しそうに部屋の外へ出ると。

「そういうことだ、食いしん坊の彼にごちそうしてくるよ。君はくつろいでくれ、わざわざここに来てくれてありがとう」
「では行って来るぞ、どんな馳走が出てくるのか楽しみだな!」

 ばたん。そんな音と一緒に俺は残された。
 ニクもいない、物いう短剣だけが唯一の存在だ。
 寂しくなったのでミコを抜いておしゃべりでもしようかと思うと。

「……行っちゃったな。っていうかどうした? さっきからずっと――」
『いちクン、聞いて……!』

 柄のあたりからかなり深刻そうな口調が飛んできた。
 かなり切羽詰まった様子だ、どうしたんだろう。

『……あの二人、なんだかおかしいよ』
「……あの二人が? どういうことだ?」
『サトゥルとルヌスって人、表情に不自然さがあったの。それにわんこもすごく不安がってたよね?』
「待て、何がいいたい?」

 その言葉はあんまりにも唐突過ぎた。
 というか、聞いた瞬間思ったのが『俺としたことが』だった。
 もしこいつのいうことがすべて事実なら、俺はうっかり気が緩んでやばいこととに首を突っ込んだことになる。

『言い過ぎかもしれないけど、この人たちが怪しい――』
『――失礼します』

 まずいと思って立ち上がろうとしたとき、ミコが言いかけたとき。
 とんとんと扉がノックされた。若い男性の声もした。
 武器は――クソッ、部屋の隅に置いたままだ。

「……ああ、どうぞ」

 ベルトにあるクナイもない、いや、こうなりゃ素手でもやってやる。
 そう身構えていたものの、声を合図に入ってきたのは。

「お待たせしましたお客様、こちらをどうぞ」

 ずいぶんといかつい執事だった。
 柔らかい笑顔だが手にはトレイ、肩には抜け目なく短機関銃を吊るして。

「奥様の作ったレモンパイとアイスティーです、どうぞご賞味下さい」

 その口にした通りのものを差し出して来た。
 それから扉が閉じる。ひとまずこれで乗り切ったわけだが。

『……いちクン、そのパイにわたしを入れてくれる?』

 テーブルに置かれた一切れのパイに向けるようにミコが言った。
 これはつまり「毒が入ってるかもしれない」ってことだ、食わない方がいいな。

「入れてどうすんだ、毒見でもするのか?」
『うん。任せて、わたし舌がすごく敏感だから……いけるよ』

 ミコに言われるがままレモンパイに刀身をぶすっと刺すと。

『……毒じゃないと思うよ、これは安全だと思う』
「……ほんとかどうかは置いといてお前を信じるぞ。次はこっちだ」

 パイはセーフ、次はお茶だ。
 レモンのぶっ刺さったやや赤色の液体にミコを投入するが。

『……こっちも大丈夫、だと思う。変な味がしないもん』
「ああそうか、なんにせよ絶対に口にしないから心配すんな」

 と答えた。信憑性はともかくどちらにせよもう口をつける気はない。
 俺はやっと自分の荷物を捕まえた、ホルスターから散弾銃を抜く。

『ねえ、ここの話だとみんな行方不明っていってたと思うんだけど』
「ああ」
『さらわれただなんて一言もいってなかった、よね?』
「……その点についてもよーく聞いておくべきだったな、クソ」

 この際言い訳するつもりもないが気が緩んでた。慢心した、ボルターの頃みたいに疑り深くなっておくべきだった、クソ。
 そう思って出ていこうとしたが、なんだろう、身体が少し重い。
 テーブルの上を見た、レモン入りのピッチャーと、全然減ってないコップが一つ。

「……まずい、やられた」
『どうしたの?』
「妙なんだ、身体がだるい」
『……まさか』

 もしもこの考えが当たってたら、このストレンジャーは馬鹿だ。
 自分が飲んでいたグラス――いや、ピッチャーの中にミコを突っ込むと。

『……舌がびりびりする……! いちクン、これって……!』

 ああそうか、つまりそういうことかクソ!
 水に何かあったのは分かったが手遅れだ、足から力が抜けはじめる。
 手足から力が落ちて、筋肉が溶けるように緩む。致死毒じゃないのが救いか。

「たぶん、毒だ……あの時以来だな……」
『待ってて――キュア!』

 呼吸は苦しくない、だけど眠気が深まってくる。
 ミコが詠唱して身体が白い光みたいなものに包まれるが、消散していく。

「だめだ……魔法効かないんだった……」
『どっ……どうしよう! きゅ、キュアが効かないよ……!』

 ああ神様、一体どうしてこんな体質に。
 嘆いていても始まらないか。とにかく部屋を――そうだダストシュートが。

『……なんだ、まだ起きてたのか?』

 鉛みたいに重い足と荷物を引っ張って隅っこに向かおうとすると、やけにはっきり声だけが聞こえた。
 同時に扉が開く、まずい。

「……ミコ、隠れてろ、絶対だ、いいな」
『いちクン! 早く逃げて!』

 ミコを投げた、散弾銃を構えた――視界が暗くなっていく。
 辛うじて見えたのはあいつの姿だ、サトゥルのやつがゆらゆら迫ってくる。
 構えようとしたが誰かに取り押さえられた、さっきの執事が割り込んできた。

「言っただろ? わざわざここに来てくれてありがとうって。おやすみ」

 そいつの顔は分からないが、きっとしてやったと笑っているだろう。
 せめてトリガを引いてやろうとするが、木製の銃床が視界に飛び込んでくる。

 ◇
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