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世紀末世界のストレンジャー

忘れられた警察署

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 あれから二人と一匹と一本で道路を辿るように南下していった。
 飛空艇の姿が視界から消えると、またいつもの荒れ果てた地ウェイストランドだ。

 強い日照りに乾いた空気、道の両脇に広がる荒野と、戻りつつある緑の姿。
 不毛だったはずのこの世界はいつから再生を始めたんだろうか?
 先導するニクの尻尾を追いかけていると、

「しかしここは変わった世界よ。馬無き馬車に連発式の弩、またオートマタどもが珍妙なものでも作ったのかと思ったのだが」

 オーガが途中に放置されていた車両を物珍しそうに触っていた。
 比較的いい状態で形が残ってるトラックだ、何かないか調べるみるか。

「そういえばオートマタってなんだ? 何度か耳にしてるけど」

 俺はオーガと犬に「ちょっと見てくる」と荷台にのぼった。
 先客がいた、白骨死体がテディベアの頭を掴んで股間に押し付けている。
 ワオ、お楽しみ中だったみたいだ。ミコが『うわ……』とか言い出した。

「オートマタとはフランメリアにいる『ゼンマイ仕掛けの街』の住人のことだ。みな生を受けたからくりなのだが、とても創造力に満ちた良い者たちだぞ」

 ノルベルトのいう『オートマタ』っていうのは向こうの種族らしい。
 ということはあっちの世界には機械だとかそういうのもあるのか。
 死してなお熊のお人形に奉仕を要求する骨を押しのけていると。

『ちなみにわたしたちヒロインにも『オートマタ』っていう種族がいるよ。歯車が組み込んである機械っぽい女の子なんだけど、すごく手先が器用なんだ』

 ミコがそういうヒロインがいることも教えてくれた。
 全身機械仕掛けのお堅い女の子が頭に浮かんだ、目的は恐らく人類抹殺だ。

「そのゼンマイ仕掛け……ってとこに行ったことあるのか?」
『うん、ゲームだったころの話だけど……みんなで遊びに行ったことがあるの。スチームパンクな感じな街でとってもにぎやかだよ』
「魔法の次はスチームパンクか。あっちの世界は広そうだな」

 テディベアを解放してやると骸骨の下に財布が挟まってた。
 ザラついた紙幣がいっぱい入ってる。いわゆる戦前のお金だ。
 運転席も見たが――もう何もない、先へ進もう。

「しかしオートマタも魔術もなしにこのような鉄の馬車を作ることができるとはな。この異世界というのは錬金術が発達しているのだろうか?」
『えっと……科学っていえばいいのかな? 魔法はないけど機械が発達した文明なんだけど……』
「その上で発展しまくった結果、世界中で戦争が起きて滅びた世界だ」
「なんと……この魔法なき世界は一体どのような道を歩んで来たのだろうか……興味が沸いてきたではないか!」

 三人でいろいろと話しながら歩いていると風景に変化がやってきた。
 ハイウェイの途中を線路が横切り、道は南東に向けて緩やかにカーブを作っていた。
 線路も同じ道をたどっている。行く先はウェイストランドの東部だ。

「ふっ、素晴らしい光景だな」

 南東めがけて進路を変えると、ノルベルトは感極まっていた。

「何が素晴らしいって?」
「幼き頃からこのような荒野をさすらうのを夢見ていてな。また一つ夢が叶ったのだ」
「先輩からは『ずっと同じ光景を見ると飽きるぞ』とアドバイスさせてもらうぞ」

 以前は『異国の風景』で済ませていたこの世界の姿も今じゃ見飽きてるわけだ。
 そんな世界の形を全員で歩いていると、道路の脇に建物を見つけた。

「でだ。お前ら、あそこになんかあるぞ」

 俺は水筒を一口挟みながら指を向けた。ぬるい。
 向こうで駐車場にパトカーが色を保ったまま放置されている――こじんまりとした警察署があった。
 本当に小さい。白黒模様の車がなかったら荒野に取り残されたコンビニか何かと勘違いするほどに。

「むーん、あんなところに建物があるな」
「ああ、警察署ってやつだ。クソちっちゃいけどな」
「けいさつしょ? なんなのだそれは?」
『えっと……衛兵さんの詰所、っていえばいいのかな?』
「150年前のな。だいぶ歩いたしあそこで休憩だ」

 無視して進むという選択肢もあるが、そろそろ歩き疲れてきたのもある。
 ここは休憩をはさんだ方がいいだろう、まあここが安全だった場合の話だが。
 ということで寂れた警察署に向かうことにした、念のため武器を抜きながらだが。

「……一応、周囲を警戒しとけよ。敵がいるかもしれない」

 「無論だ」と答えるノルベルトと一緒に問題の建物へと近づく。
 外回りには誰もいないようだ。

 それから――警察署の両開きのドアの向こうからいい匂いがした。
 この匂いはよく知っている。確か牛肉とにんじんのシチューだ。
 嗅覚が何かを掴んだところで、急にニクが行く先を塞いで。

「……ワンッ」

 何かをうながすように軽く吠えてきた。
 黒い犬の眠そうな目は『気を付けて』といってるようにも見える。

「中に誰かいるみたいだな」
「ああ、そのようだな。だがお食事中のようだぞ」
『だ……誰なのかな? ひょっとしてレイダー……?』

 ノルベルトも気づいてはいるが『誰が』シチューを温めてるのかは謎だ。
 いうまでもなく発生源はこの扉の向こうだ、つまり中に誰かがいる。

「……どうする?」

 散弾銃のトリガに手をやりつつ入口に寄った、それから小声で問いかけた。
 もし『レイダー』だとかならドア蹴破って派手にやればいいだけだ。
 しかし中身が敵じゃない可能性だってある、今俺たちがいる場所は今まで以上に未知の領域なのだから。

「ならば単純な話よ」

 ところが異世界のオーガの返答は実にシンプル。
 一切ためらいのないまっすぐな姿勢で扉に手をかけ始めた。

「そうか、つまり『お邪魔します』だな?」
「そういうことだ。堂々といって確かめればいいのだ」

 実に分かりやすい答えだ。
 俺も両開きのドアについて中に入る準備を整える。
 後ろでニクが「ワンッ」と合図を送ってきた、いつでもやれるぞ。

「確認しとこう。敵だったらどうするつもりだ?」
「フハハッ、聞くまでもないだろう?」
「それもそうか。行くぞ」
「ワンッ!」
『みんな、気を付けてね……?』

 二人で扉に手をかけた。銃で先を探らせつつゆっくり開く。
 薄暗いエントランスが見えてくると同時に、すっかり覚えのある匂いがした。

「――あっ?」

 机とロッカーぐらいしか残っていない警察署の内装が飛び込んで来た。
 最初に見えたのは、小型ホットプレートを使って料理をする男の姿だ。
 ぐつぐつと煮立つ鍋にスプーンを突っ込んでいるところだった。

「……おい、なんだ貴様ら――」

 その周りにいる汚い身なりの連中も立ち上がる。
 荷物を広げて思い思いに休んでいたやつらは急な来客に驚いているようだ。
 それだけなら良かったが、あいにく床にはつい先ほど剥ぎ終えたような裸の死体が何人も寝かされていた。

「どうもこんにちは、お食事中失礼」
「なんだ、こやつら賊ではないか」
「なっ……みゅ、ミュータント……!?」

 合計で十人ほどといったところか。
 最初に俺を、次にオーガを見るとみるみるうちに顔色に敵意が染まる。
 すると、そいつらは迷うことなく武器を手にして

「えっ……獲物だッ! ぶっ殺せェェ!」
「ミュータントが攻めて来やがったぞ! 全員起きろ!」
「なんだって!? クソっ昼飯だってのに!」

 のこのこやってきたカモへ一斉に得物を向けてきた。
 が、それより早く一手打つのがノルベルトだ。

「そうか、やる気なのだな! では死ぬが良いッ!」

 先手で大きく一歩前進、それと同時に長くて太い足で机を蹴飛ばす。
 シチューごと派手に吹っ飛び、裏にいた二人が「ぎゃっ!」と潰されるのが見えた。

「ほんっっとタイミング悪いな俺!」

 すぐ横から男が角材を向けて突っ込んでくる、半身を翻しつつ胴に射撃。
 散弾をまともに受けた身体が床に叩きつけられる、銃口で次の敵を探る。

「ぐお、ごっ……!」 
「ヒャッハァ! 残念だったなここはもう俺たちのアジ――」

 続いて反対側から拳銃を持ったやつが銃口を向けてくる――が。

「ヴァァゥッ!」

 それより早くニクが口を開けて飛び掛かっていた。
 人間の首など簡単に食いちぎれる顎は銃身にかぶりついて。

「あっ……おいこら! 離せ! そいつは俺の」
「ガァウッ!」

 思いきり首をひねりってそいつの手から武器を叩き落とした。
 それからこっちに持ってきた、相変わらずお前はいい子だ。
 シングルアクション式のリボルバーだ、弾はフル装填、こいつはいただいた。

「グッドボーイ!」

 武器を失ったレイダーが「ふざけんな!」と殴りかかってくる。
 一歩後退、拳を避けて散弾銃を胴に向けてトリガを絞る。

*baaaaaaaam!*

 クリティカルだ。隅っこにあった自動販売機へと吹っ飛んでいった。

「死にやがれ化け物! ミュータントに生きる資格はねえッ!」

 警察署の奥でレイダーがオーガめがけて短機関銃を撃つのが見えた。
 ぱぱぱぱぱぱぱ、とあるだけ弾をぶち込むような連射が聞こえたが。

「フーッハッハッハ! 覚えておけ、ミュータントなどではなく――」

 ご本人は全くの無傷、胸から上を撃たれまくろうが平然とした様子で構え。

「オーガだッ!」

 ぶぉっ、と風をぶち抜くような音と共にレイダーの顎を殴る。
 馬鹿力から生まれる一撃で、そいつの頭が変な方向にぐねっと曲がった。

「ば、化け物ォォォォォッ!?」

 そんな尋常ではない光景を見せられたやつが逃げてきた。
 俺が邪魔だと分かると手持ちの猟銃を向けてくる、慌てずサイドステップ。

 ぱんっと乾いた5.56㎜の音と振動がすぐ横を抜けていく。
 こっちからもお返しだ。反射的に三連散弾銃を顔面に合わせて撃った、のだが。

「ひぎっ……! おっ俺の耳ィ……!」

 クソ、良く狙って撃つべきだった。45-70弾はそいつの頭じゃなく片耳を持っていったようだ。

「……ちっ! 動くな!」

 空薬莢を弾いて一発だけ装填、胸に射撃、盗賊が「おぼっ」と吐いて転げまわる。

「どっ、どきやがれ! こんなところいられるかァッ!」
「あいつやべえぞ! 逃げろ!」
「そこどけクソ野郎! ぶっ殺すぞ!」

 すると奥からオーガのやばさに気づいてしまった男どもが向かってきた。
 邪魔だと言わんばかりに突っ込んできくる――俺は奪ったばかりの拳銃を構え。

「悪いな、ここは一方通行だ。行くなら地獄だクソ野郎!!」

 敵に向けてトリガを引きっぱなしにしたまま、左手で撃鉄を仰ぐ。

*Papam! Papam! Papam!*

 ハイスピードの二連射を三人平等に叩き込んで仕留めた。ファニングだ。
「おおっ! 早業!」とノルベルトから賞賛の声が飛んでくる。

「て、め、え、ら……くそがぁぁ! 道連れだぁぁぁッ!」

 そこに抜け出てきた男が、導火線のついたパイプを見せびらかしに来る。
 パイプ爆弾とかいうやつだ。手にはライターが――しかし足元にニクが迫り。

「ガァゥッ!」
「てめえら全員っぎぃあああああああああ!」

 自爆としゃれこもうとしたやつは首を噛み千切られた。
 そんなこんなであれほどいたレイダーがごっそり減ると。

 ――Tatatatatatatatatam!

 どこかから短機関銃がそこらじゅうに叩き込まれる。
 びすっとこめかみのあたりを掠った、熱くてクソ痛い。どこのどいつだ。

「…………も、もうだめだっ、入るんじゃなかったァァァ!」

 居た。半狂乱になった最後の一人が用済みになった銃を捨てて、署内の奥にある扉へ逃げ込んでいくのが見えた。
 ついでに鍵もかけられたようだ――俺はクナイを抜きながら追いかけた。

『いちクン……大丈夫!? いま当たらなかった!?】
「……掠ったぞクソ! おい! やりやがったなお前!?」

 もう許さん、お前を憐れむやつはもうこの世にいないぞ。
 ドアから少し離れた場所に立って振りかぶり。

「も、もう旅人なんか襲わない! 誓うよ! 神様に誓う! だから見逃してくれ、俺はもう足を洗うから!」
「出てこいオラァァッ!」

 足で地面をけるように踏み込んで『ピアシングスロウ』をぶち込んだ。
 クナイがばぎっと扉ごとぶち抜き、

「俺が悪かったあああぁぁっ!?」

 と、悲鳴が聞こえたきり静かになった。
 扉に空いた穴の向こうでは通路の行き止まりで胸を押さえる死体が一つ。
 ともかくこれで制圧だ、さっさと布切れを頬に当てて止血するが。

「――おおっ! こんなところにドクターソーダがあるではないか!」

 戦いの余韻などぶっ飛んだ様子のノルベルトが歓喜していた。
 そこには自動販売機があった、ただし揺らされまくって迷惑そうに点滅してる。
 あいつがその気になれば素手でもぶち破れそうだが、やかましいので。

「……おい、そいつはオートマタだぞ。欲しけりゃ金払え」
「む? これがオートマタだと?」

 揺さぶる両手を制止して、さっき拾った財布を手に近づいた。
 自動販売機を見るとガラスごしに様々な商品が陳列されているようだ。
 ちょうどいいところにドクターソーダがお値段1本2ドル販売中だ。

「そいつは自動販売機っていうんだ、乱暴しないでやってくれ」

 くしゃくしゃの戦前の紙幣を2枚突っ込んだ。
 ドクターソーダのボタンを押すと、瓶が横向きにごろっと転がっていく。

「ほら、こんな風にな」

 俺は取り出し口に流れてきた炭酸飲料とさっきの財布を渡した。

「なんと、オートマタだったのか! これは失礼した!」

 使い方を理解したオーガは謝罪と共に買い占め作業を始めた。
 周りは死体だらけだがこれでようやく休めそうだ。

「――良く冷えているではないか! やはり戦いの後はこの飲み物に限る、身体と心が癒されるようだ!」
「くそっ、どうしてジンジャーエールがないんだ」

 しばらくの旅路に付き合ってくれる彼はさっそくおいしそうに飲んでいる。
 ひとまず休憩することにしよう。ちなみにジンジャーエールは売ってなかった。

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