魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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世紀末世界のストレンジャー

戦豚は満たされた、南へ進もう

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 将軍のご希望通りにされた飛空艇は静かなものだった。
 あれだけ強固に作られた拠点には戦いの痕跡だけが残されている。 

「キャラバンの車両と荷物を確認! くそっ、あいつらめ!」
「どうやら残党は船体に開けた穴から逃げたらしい、追うか?」
「いや、ほっとけ! それより周囲の安全を確保しろ!」
「ひどい有様だ……これじゃ原形がないな……」

 俺たちは横向きの船内へ踏み込んだが、兵士の一人が言うようにひどい姿だ。

 そこはかつて誰かを空に運ぶという目的があったんだろう。

 船を動かすための機関室や操縦室と思われる空間は何もかもはぎ取られていた。
 いくつもある客室からは家具も壁もすべて取っ払われている。
 はぎ取った木材は打ち壊された船内に階段や小屋を生み出して、大きな空洞の中にならず者たちが暮らすためのコロニーが作られていた。

「……なんということだ、貴重な飛空艇をこのように扱うとは……野蛮人どもめ」

 散弾銃を構えつつ飛空艇タウンの中を進むと、近くで戦豚は憤慨していた。
 いっぽうで俺は横倒しになった船を有効活用する姿勢にちょっと驚きつつ。

「こいつの価値は分からなくてもアイディアと創作意欲はあったみたいだな」

 中に作られた『町』の姿を見た。
 ここは本当によく作られている。
 船底の大穴から入ってすぐのところには、駐車場やちょっとした整備工場まで設けられてた。
 しかも奥まで進めば横向きのホールに公園や屋台までも作られている始末だ。

「……まともな感性は持ち合わせていなかったようだがな」

 するとチャールトン少佐に付き添う兵士が俺にぽつりと言ってきた。

 その視線の先には、駐車スペースに放置されたモスグリーンのトラックがある。
 ただし運転席には拷問されたとしか思えない男の姿が針金で括り付けられている。
 最期は何を思ったんだろう。真っ赤な片腕だけを突き出して外に出たがっていた。

「レイダーにまともなやつなんているわけないだろ? ひどいことしやがる」

 こんなものを世紀末世界に連れ込んでしまった張本人おれは死体に近づく。
 絶望のまま開ききった瞳を閉じてやって、銃剣に手を伸ばしたが。

「どのような理由があるにせよ、このような所業は許されざるものだろう? こやつらの中にあったのはもはや悪意だけよ」

 ノルベルトが静かに口にして、絡みついた針金をぶぢっと千切った。素手で。
 そのまま死体を運ぼうとしたので「手伝おうか?」と声をかけようとするが、

「この哀れな男を外に出してやろう」

 オーガはキャラバンの男を抱えて、賊の死体を乗り越えながら外へ向かった。
 途中でそれに気づいた兵士が傷だらけの肉体を布で包んでやるのが見えた。

「――報告します!」

 晴れた荒野へ向かう姿を見送っていると、兵士の一人がこっちにやってくる。

「残りの賊は船内に作られた脱出路から逃走した模様。キャラバンは全員の死亡を確認、彼らの荷はまだ残っています」
「ふむ、賊どもは逃げたのか……軍曹、追いかければまだ間に合うだろうか?」
「少佐、くれぐれも「追撃だ」などといわないように。お前たち、この辺り一帯の安全が確保されるまで警戒を続けろ、まだ敵が近くにいると思え」

 そう報告を聞いた戦豚と付き添いの兵士はうなずいた。

「軍曹、C班の連中が先ほどの戦車を調べていますが妙です。ライヒランドの使ってるものとまったく同じです」
「それは俺も気になっていた。分かった、ガーデンにすぐ報告しろ」

 追い詰められた賊は飛空艇に作られた逃げ道を通って荒野へ逃げたようだ。
 兵士の会話が終わると『軍曹』はこっちを向いて。

「……ということだ擲弾兵。本作戦へのご協力、感謝する」

 礼を言ってきた。
 ほとんどオーガとウォークがもたらしたような勝利だったとは思うが。

「どういたしまして。あんたの部下は大丈夫か?」
「海の悪い奴もいたが、そこの喋る短剣さんのおかげで何人か助かった、ありがとう」
『良かったです……えっと、その人は無事なんでしょうか?』
「破片が残ってるが元気だぞ。おい、トッド! このお姫様にお礼を!」

 軍曹がそう呼ぶと、さっきの兵士が駆け足でやってきた。

「ありがとうお嬢さん。死を覚悟してたが生き延びてしまったみたいだ」

 顔に引き裂かれたような傷があるが元気だ、彼はミコのあたりに礼をして。

『無事でよかったです……無茶はしないでくださいね?』
「君の助けてくれた命だ、ずっと大切にしようと思う。それから擲弾兵、お前も良くやってくれた」
「あんたをズタズタにしやつはどっかに吹っ飛んだから安心してくれ」
「それを聞けてスッキリしたよ。じゃあな」

 元気に船内の探索へと戻ってしまった。
 ホームガードたちはまだ警戒心を持ったまま飛空艇を歩き回っている。
 とはいえ一通りやるべきことが済んだわけで、軍曹はこちらを向いて。

「――さて、報酬の件だが」

 と、話を切り出してくる。
 待ってましたとゆるく向き合うと、彼は軍服に手を突っ込んで。

「ベーカー将軍は君たちのことをよほど信用していたんだろうな。受け取れ」

 5000と書かれた濃いピンク色のチップを渡して来た。
 けっこうな額だ、ずいぶん高く買ってくれたもんだ。

「ありがとう。将軍には「ちゃんと戦車は壊しといた」って言っといてくれ」
「はは、まさかあんなに躊躇せずに装甲車両に立ち向かうとはな。普通だったらビビってしまうはずなんだが」
「何度も相手にしてきたし慣れたもんだ。っていってもトドメはそこの少佐殿か」
「はっはっは! おいしいところを持って行ってしまったな、本当に申し訳ない」

 ともあれこれで任務は終わったわけか。
 チップをしまって、隣でお座りしてるニクの頭を撫でた。

「さて……じゃあ俺たちはこのまま行っていいのか?」
「ああ、お前はもう自由だ。と、その前にだ」
「うむ。貴公らにはもう一つ渡さないといけないものがあるのだぞ」

 これからまた旅路に出ようとしていると、軍曹と少佐に引き留められる。
 船内の奥から兵士たちがやってきた。

「フロレンツィア様がここに異世界の物資があるはずだと言っていたんだ。もし発見した場合その一部を君たちに渡してくれとのことだ」

 その言葉のまま、兵士はこの世ならざるもので一杯の木箱を持っていた。
 古めかしい剣や鎧、弓矢にポーション、あの板や宝石みたいなものもある。
 さすがに全部をもらえるわけではないが、とても食指は動くのは間違いないものの。

『――あっ! そ、その石って……【スペルピース】……!?』

 最初に興味を引かれたのはどうもミコだったらしい。
 また分からない単語がでたが、その向かう先には青白い多角形の石がある。

「どうしたミコ? あの宝石のことか?」
『魔法を覚えられるアイテムだよ! えっと要するにアーツアーカイブの魔法版で』
「つまりお前が使えるってことだな? それじゃ戦利品を分けてくれないか?」
「あまり持って行かないでくれよ? とくに青いポーションは二本までにしてくれ。フロレンツィア様が欲しがってるんだ」

 俺たちはお宝の山に手をつけることにした。
 アーツアーカイブに【スペルピース】とかいう石、それから矢も貰っていこう。
 木箱を漁っていると、ノルベルトも飛空艇の中に戻ってきたようで。

「おお、ローゼンベルガーの。ちょうど今戦利品を漁っているところだ、貴公も旅立つ前に何か好きなものを持っていくが良い」
「む? そうか――では」

 一仕事終えたばかりのオーガは少佐に言われるがまま、中にある籠手を掴んだ。
 うっすらと青色が馴染んだ見た目だ。ただし人間が使うには大きすぎる。

「これをいただこうか。安物だが、青鋼で作られた亜人向けのモデルだな」

 ノルベルトはちゃんと防具を装備した。上半身は相変わらず裸だが。
 それだけ持って異世界のオーガはまたウェイストランドに戻ろうとするが。

「……なあ、ノルベルト」

 そんな後ろ姿につい「一緒にどうだ?」と言いかけた。
 どうせ行く先は決まったんだからついてきてくれ……ないかと思っていると。

「ということだ、イチよ。しばらく俺様と一緒に旅をしようではないか!」

 思っていた言葉を見事にかぶせられてしまった。
 相変わらずの気持ちのいい笑顔だ。今なら親しみも含まれてる。

「……それ俺が言おうとしたセリフ」
「フーッハッハッハ! 早い者勝ちだ、もちろん共に行ってくれるな?」
「ああ、一緒にフランメリアへ向かおうぜ」

 俺もつられて笑って、拳をぶつけた。
 青い籠手とがつっと当たってかなり痛い、加減ってものもない。

「――そういうわけだ、少佐。俺たちはそろそろ行く」
「うむ、行くがよい。貴公らの旅路の無事を祈るぞ」

 俺は痛む手で少佐たちに敬礼をして、先へ進むことにした。
 ホームガードの連中は同じ仕草で返してくれた、仲間を見るような目で。

「……少佐、ほんとに戻らないのか?」

 その前に、最後にそれだけ聞いてしまった。
 しかし本人は全く戻る気のない表情で、楽し気に鼻で笑って。

「吾輩の素晴らしき二度目の人生なのだ、そうやすやすと手放すと思うてか?」

 そういって、最後に「それに」と付け加え。

「戦場だけではない、素晴らしい部下なかまがこんなにもいるのだ。ならば共に戦わずしてどうするというのだ?」

 俺たちにホームガードなかまを腕で示してくれた。
 この世界で誰よりも強い信念と情を持ったウォークの表情は、見てるだけでとても勇気づけられるものがある。

「そういうことだ擲弾兵、俺たちにはチャールトン少佐殿という良い上官がいる」
「そうだぜ、年も種族も違うだろうがこの世界で一番信頼できるいい奴だ!」
「だから連れて帰らないでくれよ、もっとこの人に恩返ししたいんでね!」

 気づけば兵士たちはチャールトン少佐の巨体に集まっていた。
 作り物じゃない、本当の信頼っていうものがあるんだと思う。
 当の本人は「貴公ら――」と少し戸惑っていたものの、

「……イチ、本当にありがとう」

 仲間と肩を組んで笑った。
 砕けた人外の顔が作る笑みだ。でも、今まで見た中で一番幸せそうな表情だ。

「見よ、吾輩はもう寂しくないのだ。しかと目に焼き付けよ、これが貴公のもたらした良き結果だ。ではまた会おう――良き友よ」

 やっと分かった。この人が言っていた意味を。
 このウォークそのものが良き結果だったんだと、それを踏まえて――

「――じゃあ撮影するわ」
『……いちクン、タイミング!?』

 左腕のPDAを向けてカメラを起動した。
 すると周りの兵士たちはすぐに気づいてどんどん引き寄せられて、

「な、なんだ? どうしたのだ貴公ら?」
「記念撮影ですよ、少佐殿!」
「おい、ちょっと待ってくれ! 全員そろってから撮影しろよ!」
「みんな! チャールトン少佐の周りに集まれ! 駆け足だ!」

 人と人外を越えた集合写真になってしまった。
 俺はこの光景を二度と忘れられないと思う、なぜならPDAに保存されたのだから。

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