魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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世紀末世界のストレンジャー

マッド・チャールトンは人を屠るのがお好き

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 飛空艇前の賊たちが動き出すのも。
 門まで迫った俺たちが次に動くのも。
 腰から上を失った下半身が思い出したかのように倒れてからだった。

「おっ、俺……どうしたんだ、これ……?」

 死んだ上半身がようやく役目を思い出した直後、最初に動いたのは――

「せいぜい楽しませてくれたまえ、くぞ」

 いうまでもなくあの戦豚だった。
 最初の犠牲者を後にすると、その先で固まっていた男たちに迫っていく。
 重たげな身体と人の背丈ほどはある剣からとても導きだせない瞬発力で。

「なんだ、なんだこれ、おいおいおいおいおいおい――!」
「どうなってんだよ……こいつはやば」
「うっ…撃てッ! このミュータントを」

 目の前の『敵』をびゅっと横に扇いだ。
 まるで刀身についた血を払うように振るった直後、数人分の身体が血のシャワーと共に崩れるのが見えた。

「化け物――!」

 そんな『化け物』向けて最初にトリガを絞ったのは誰なんだろうか。
 一瞬で何人もの命を断ったウォークへと、思いつく限りの銃撃が集まった。

「あのクソミュータントをぶっ殺せ! 早くしろッ!」
「あんだけデカい図体してんだ! 穴だらけに加工してやれ!」

 賊の数だけ存在する得物が一斉にぶっ放されるが、チャールトン少佐は身をよじるような動きと共に押し入った。
 ただ突っ込んだわけじゃない、間違いなく進んでいる。

「クソがぁぁぁッ!? なんで当たらねッ……」

 弾を潜り抜けた戦豚は門に向けられた銃座に突撃、機関銃を撃っていた男を積み上げられた土嚢ごと突いた。
 それだけならまだよかった、戦豚は串刺しになった男ごと剣を持ち上げて。

「うっがあっあああああああああああああああああああッ!?」
「――せぇぇぇいッ!」

 敵味方にその姿を少しだけ見せてから地面に打ち付けた。
 叩き潰されたのか叩ききられたのか分からない死体が振り落とされると。

「何をしている! 我に続くがよい!」

 俺たちに向けてそう声を向けながら、今度は背中の長弓を構える。
 無骨な手が矢筒から何本かまとめて矢を掴むと、見張り台に向けて発射。
 小銃を向けていた二人組が同時に射貫かれるのが見えた。

 ――ありゃほんとに化け物だ。

「少佐、お下がりください! 前に出過ぎです!」
「我が貴公らの先駆けにならずしてどうする! さあ、飛び込め!」
「はしゃぎ過ぎと言っているんです!」

 無茶苦茶な上官に続いて、盾を持った兵士たちがぞろぞろ突入していった。
 見てる場合じゃない、と俺たちも続こうとすると。

「見たか、イチ! あれが古き戦士の戦い方だ! フランメリアの者たちが忘れかけている姿なのだ!」

 ノルベルトは最高に興奮した様子を伝えて敵陣に突っ込んでしまった。
 ミュータント二匹に侵入された拠点は、さながらレイダーの大群に襲われた平和な街みたいに大混乱だ。

「……もう『フランメリアってあんなやべえのばっかなの?』とかいわないからな!? あっちの世界大丈夫なのかよ!?」
『わたしだってあんな人たちがいたなんて知らなかったよ……』
「ワンッ!」

 俺も黒い犬と共に中に押し入った。

 戦闘開始直後だっていうのにひどい有様だ。
 こういう時のために作られた陣地なんだろうが「もうそれどころじゃない」とばかりに賊たちは忙しく走り回っていた。

「敵襲! 敵襲だ! ホームガードがとうとうバケモン連れて来やがった!」
「おいなんで侵入されてる!? 状況を説明しろ!」
「あの馬鹿ども堂々と入ってきやがった!」

 内側にはいくつも小屋があり、そこから無防備な男たちが飛び出るのが見えた。
 兵士たちは重そうな盾を地面に突き立て、逃げ戸惑うレイダーどもににステン銃を浴びせていく。
 当然反撃もされるが、分厚い装甲板はこんこん低い音を立てて弾を防ぐ。

「何やってる! こんなやつらさっさと殺しちまえッ!」

 感覚が反応する。怒鳴り声が聞こえた、高く作られた監視台の上からだ。
 見上げると銃座についた男が間違いなく俺を捕捉、こっちに発砲してきた。
 駆け出すとあの布を引き裂くような音がした。すぐ背後で馬鹿みたいな連射力が地面を叩きまくるのを感じる。

「ニク、隠れろ!」
「ウォンッ!」

 だからって焦ることはない。監視台のふところに入って射線を解除。
 砂袋と木材で作られた小さな要塞にくっついて、貰い物の手榴弾を手に取り。

「フラグ投下!」

 安全レバーを解除してから上の銃座に向かって放り投げた。
 『投擲』のコントロール性に狂いはない。その場でかがむとぼんっ、と頭上で炸裂音、人が落ちてくる。
 ミリティアどもなんかより楽勝だ、そう思ってその場から進むと。

「俺たちの縄張りを荒らしてタダで済むと思うな、死ね!」

 直後に前方から銃撃。鈍くて乾いた射撃音。
 ファンタジー世界な鎧を着た賊が積まれたタイヤの裏から小銃をぶっ放してきたのだ。
 しかし外れた。やってきたのはすぐ横を掠める感覚だけで。

「うるせえ! クレームは俺じゃなく上司に伝えろクソ野郎!」

 敵が隠れているゴム製のバリケードへと突っ込んだ。
 第二射がくる、飛翔体が耳のあたりを通り過ぎる感触がしたが。

「うおらぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 身体を捻りながら跳躍、両足を突き出してタイヤの山にドロップキック。
 受け身と共に着地すると「おおう!?」と男がタイヤに飲み込まれるのが見えた。
 置き土産に友達じゃなくなった手榴弾を放り投げて次へ進んだ。

「ひゃはぁぁっ! 首もらったぁぁぁッ!」

 背中で爆音を感じていると小屋の方から両手斧を持った男がやってきた。
 応戦しようとするとニクが先に動いたようで。

「ウォフッ!」

 黒い犬は全力疾走、賊が獲物を振り上げ始めたところに頭から突っ込んでいく。

「なんだこの犬――おぉぉっと!?」

 タイミング悪くニクの身体が弾丸のごとく胸にぶち当たると、力をためていた上半身が逸れて仰向きに倒れてしまった。
 バランスを崩した男が斧を手放して起き上がろうとするが、

「グァフゥゥッ!」
「ぎっ……! やめろクソ犬――おがっ……!」

 シェパード犬の牙がぶぢっと首を噛み千切った。フェイタリティ。

「フーッハッハッハ! 俺様と遊ぼうではないか、戦士ども!」

 敵を蹴散らして進むと、向こう側の監視台から二人落ちていくのが見えた。
 ついさっきまで元気に生きていた人間だ。
 ノルベルトが制圧してくれたらしい。頼もしい奴め。

「――飛空艇の中から増援が来ているぞ! まだまだいるようだな!」

 あいつはそう呼びかけて、北の方へとホームガードスピアをぶん投げた。
 槍の行く末は最後の銃座にしがみついていた男の腹だったようだ。
 言葉どおりに空飛ぶ船の底から物騒な姿の男たちがぞろぞろ向かってくる。

「来た、来た、来た、来た! これぞ戦場だ!」

 一方でチャールトン少佐は思いきり賊どものタゲをとっていた。
 盾を持った兵士たちが少しずつ進みながら敵を掃除していく傍らで、戦意のある敵だけを狙って単身突っ込んでいる。

「こっの……ミュータント風情が調子に乗んなァァァッ!」

 消防士向けの斧を握った大男が得物を横に払いながらウォークに突っ込む。
 しかし当の本人は慌てず、刀身を掴んで槍のように構えたかと思うと。

「遅いわッ! まだドワーフのほうが十倍速いぞ!」

 そんな男の攻撃を軽くすり抜けていく。
 そして振り向きざまに賊の首へと刀身の根元を短く打ち込んだ。

「ぐぼっ……!」
「この豚野郎! 人間様を舐めてんじゃねえぞっ!」

 横から創作性あふれる廃材ハンマーを持った賊が巨体を殴ろうとする。
 しかしそれも回避、少し半身を横にずらしただけであっけなく外れた。
 ついでとばかりにそいつの首を草でも払うようにびゅっと切り裂いて。

「恐れるな! 進め、戦士ども! やつらに恐怖を植え付けるのだ!」

 恐ろしいことを吐きながらウォークは進んだ。
 首無し男を掴んで盾にして、銃弾を受け止めながら増援の前を横切っていく。

「なんなんだよあのミュータントはよぉぉぉぉ!?」
「たったあれだけの相手に何苦戦してやがる! 早くぶっ殺せ!」

 そんな様子を目の当たりにした援軍はかなりうろたえていた。
 しかしとてもツイてないことに今度は北と東から一斉射撃音、異形の暴れる姿に戸惑っていた賊たちが次々倒れる。

「よく狙って撃て! 適当に撃つなよ!」
「くそっ! また少佐が暴れてやがったか! 一足遅かったみたいだ!」

 音の発生源を見ると回り込んでいた別の班がようやく到着したみたいだった。
 バリケードをぶち壊した兵士が流れ込み、飛空艇の穴めがけて小火器を一斉に浴びせていくのが見えた。

「おおすまぬ、だが活路は開けたであろう?」
「急ぎすぎです少佐殿! 自殺願望でもあるんですか!?」

 味方は「またか」といいたそうな顔だ。
 とにかく合流を果たすと飛空艇の方からも攻撃が始まった。
 甲板に違法増築された足場に、台座に乗せられた銃が運ばれて――直後にどんどんどんと低いリズムの砲声が響いた。
 まずいぞ、これは。

「グレネードランチャーだ! 全員散開しろ! やられるぞ!」

 思いっきり聞き覚えのある音と巨大な銃の姿に、俺は叫んで遮蔽物に隠れる。 
 遅れてホームガードたちも逃げ出したが地面が次々爆ぜる。
 何人か巻き込まれて吹っ飛んだ。くそ、死んでるやつもいる。

「ぬう!? なんだあの武器は!? まさかオートマタどもが作ったのか!?」

 さすがの少佐も引っ込んでいく。爆風と破片を受けた兵士を引っ張りながら。
 俺は「うぁぁ……」とかいいながら地面でもがいている人間を見て、

「ミコ、負傷者だ! 回収しろ!」
『任せて! ショート・コーリング!』

 ミコの刀身を覗かせて『呼び出し魔法』を使わせた。
 目の前にぼとっと血まみれ、破片まみれのホームガードが落ちてくる。
 グレネード弾が飛んでこないか警戒していたが、ノルベルトの投げた槍が射手をぶち抜いたようだ。

「おい、大丈夫か!」
「気に、するな……それよりあいつを何とかしてくれ……味方が……」

 炸裂を受けた男はひどい顔になってるが脳みそは無事なようだ。
 そいつがもがくように自動擲弾発射機に指を向けたのを見届けると。

『あいつらを近寄せるな! 全員ぐちゃぐちゃにしちまえ!』

 槍を生やした男が蹴り落とされて、また誰かが銃座についていた。
 オーガの槍が再び投げ込まれるが、それでもどうにか居座っている。
 すると反対側の足場からどどどどど、と重い銃声――なんてこった、重機関銃まで持ち出しやがった。

「衛生兵! トッドがやられた! 助けてくれ!」 

 ひとまず近くにいた兵士が叫ぶと、医療バッグを持った兵士が駆け込んで来た。
 当然敵だって狙ってくるわけだ。こっちにグレネード弾やら銃弾やらが向かってきて、そうはさせまいと味方が撃ち返してと中々に騒がしい。
 俺もやられっぱなしは気にくわない。散弾銃を構えて身を乗り出す、銃座に何発か撃ってすぐ引っ込む。

「40㎜か! だったらまだ間に合う! 急いで処置するぞ!」
『あのっ、破片を取り除けますか!? 大きいものだけでいいですから!』
を使うんだな、短剣の妖精! 任せろ!」
『えっ……ま、魔法分かるんですか!?』
「ああ、フロレンツィア様が使ってたからな! こいつを頼む!」

 そうしてる間にも衛生兵が仕事をしてくれてるみたいだ。
 どうやら魔法のことをよく理解してるようで、手際よく応急処置を始めた。
 しばらくして『ヒール!』と聞こえた。どうやらもう終わったらしい。

「みんな! あいつを潰してくる! 援護してくれ!」

 よし、今度は俺の番だ――ベルトからクナイを抜いた。

「貴公、何をするつもりだ!?」
「ニンジャしてくる!」

 足元にクナイを叩きつけて『ニンジャバニッシュ』を発動、飛空艇に肉薄。
 そこに味方からの射撃も加わった。
 ホームガードの銃器が、チャールトン少佐の弓が、二つの銃座に火力を集める。
 しかし敵だってやられっぱなしじゃない、穴から何重にも重なった銃声が溢れている。

「でかいのは後回しだ! ホームガードどもを先にやれ!」
「分かってる――それよりアレを出せ! もう隠してる場合じゃねえ!」

 近づくと怒鳴り声が聞こえてきた、前方上面にグレネードランチャーを発見。
 俺は透明になった両手で安全リングのつきのクナイを抜いた。
 『HEクナイ』と『スモーク・クナイ』だ。

「……頼むぞ」

 こんなものを発明してくれたやつに祈りながら安全装置を親指で引く。
 かちっと音を立てて信管が作動、柄から爆発物の稼働音が伝わった。
 同時に透明効果も切れた――そんなことどうだっていい、やるぞ!

「――シッ!」

 両腕を引き絞る、それから地面をどっしり踏んだ。
 身体のひねりを咥えて左手で自動擲弾発射機に、右手で五十口径に向けて特別なクナイをぶん投げる――ダブル投擲だ。

 普通のものより重いが『投擲』スキルが高い今なら問題ない。
 少し離れたところから「がつっ」という乾いた金属音が両耳に届いた。
 左側の銃座に赤いクナイが、右手の重機関銃のそばに白のクナイが突き刺さるのが見えて。

 *Baaaam!*

 左から小さな爆発、巻き込まれた人間と銃座が粗末な足場ごと落ちてきた。
 右でぱしゅっ、と音がして煙幕が展開。機銃手が苦しそうにせき込む。

「ホームガードからの贈り物だ、クソ野郎ども!」

 すかさず、バッグから取り出した手榴弾を穴の中へと次々放り込んだ。
 親の仇みたいに何個かぶち込むと炸裂音に悲鳴が混ざる。布切り音を響かせる機関銃は大人しくなった。

「イチ! そこをどけッ!」

 と、据えられた銃座を無力化してるとノルベルトがのしのし走ってきた。
 手には敵が落とした斧を持っている。一体なにするつもりなんだ?

「ぅぅぅううおおおおおおおッ!」

 お前何しに来た、と口にするよりも早くノルベルトが斧を振り落とす。
 ちょうど俺が張り付いていた飛空艇そのものにばきっと斧刃が叩き込まれると、本人のバカ力もあってか分厚い木の壁が簡単に抉れた。

『ノルベルト君、何してるの!?』
「なあに! 少しばかり! お邪魔するつもりでなッ!」

 オーガの巨体に対して幾分か小さく見えるそれを何度か振るうと、人間が入るなら十分すぎるぐらいの穴が開いてしまった。
 俺たちに「では行ってくるぞ」と一言残して本人はぬるっと潜り込んでいく。
 後を追おうかと思ったが。

『――ひっ!? ど、どっから来やがったこの化け物……!?』
『失礼、俺様は招かれざる客のノルベルトだ。ではお邪魔するぞ?』
『あっあああああああああああああああ!?」

 ほどなくして穴の奥から人の悲鳴が聞こえてきた。
 これで勝負あったな、と思ってたが。

「――おい! 擲弾兵! そこから離れろ!」

 今度は兵士たちが俺に『逃げろ』と言い出している。
 もちろんその通りにするつもりだがすぐ理由は分かった。
 飛空艇のハッチのようなものが開いて、そこからエンジン音がしたからだ。

『もうどうにでもなりやがれ! 拠点ごとこいつらをぶっ潰せ!』

 黒塗りの装甲車が姿を現した。長くて大きな砲身を伸ばす砲塔を添えて。
 車長らしい身を乗り出した男はさぞ恨めしそうな顔を向けて、中に引っ込んでしまうのだが

「……わーお、すごくいいタイミングだ」
『……ねえ、いちクン? まさかと思うけど』

 冷静にバッグの中にある『あれ』を思い出す。というか取り出した。
 その名も『爆ぜる魔法瓶』だ、勝手に命名したが使い道がやっと見つかった。
 ということでキャップをねじって外して、

「サーモス投下!」
『やっぱり使うんだ!? 伏せてぇぇぇッ!』

 距離は20mほど、砲丸投げの要領で装甲車の上面めがけてぶん投げた。
 伏せると甲高い金属音に混じり爆音が鳴って、爆風と共に頭上を通り抜ける。
 俺はニクと一緒に顔を上げた――砲塔あたりが叩き割られているがまだ元気だ。

「……トドメは我がもらうぞ!」

 よろよろとどこかへ向かおうとした装甲車へチャールトン少佐は迫る。
 何をするのかと思いきや、前面にある視察口に切っ先をねじり込んでしまった。
 手ごたえがあったんだろう。刀身がぶるっと震えたかと思えば、ぬめりのある血で飾られた剣が引き抜かれた。

「おお、すまぬな。貴公の手柄を横取りしてしまったようだ」

 装甲車両を一応は剣で撃破した戦豚は不敵に笑った。
 視界に『LevelUp!』と表示される――どうやら賊は全滅したらしい。

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