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世紀末世界のストレンジャー

マッドミニッツ

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 翌日、俺たちはガーデンの司令部にいた。
 そこはかつてただの民家のリビングだったが、今じゃ立派な作戦室だ。

 中では小火器を手にした『兵士』たちが真剣な目つきで指示を待っている。
 二つの巨体で狭苦しい場所にベーカー将軍と金髪のエルフがやってくると。

「――揃ったな。では諸君、概況説明ブリーフィングといこうか」

 壁に貼られた地図の前でついに始まった。
 ガーデンを中心に作られた図には近辺についての情報が書き込まれ、ここからずっと南の方に印がつけられている。

「まず目的から話そう。すべきことはこの地域の安全を脅かし、また東側とのつながりを妨げる賊の壊滅だ。つまり彼らをいかなる手段を用いても排除するということである」

 ベーカー将軍は背筋を固く伸ばしたまま説明した。

「さて、ここから25kmほど南下したところに『飛空艇』なるものの残骸があるのは皆も分かっていると思うが――そこに賊がいる」

 堅苦しい男の指先は南にある丸に囲われたエリアへと向けられる。
 敵とやらは落ちた飛空艇を背に、北へ向かって拠点を作ったという感じらしい。

「いうには彼らは『フロンティア』と自称するスカベンジャーだそうだ。無論、前々から信用できない連中だったのは諸君らも良く理解しているだろう。だが先日の偵察でそこにキャラバンの車両と荷が隠されているのが判明した、本来であれば我々のところに来るはずだった者たちだ」
「……キャラバン? それってもしかして」

 キャラバン、と聞いて思わず声を上げてしまった。
 まさかナガン爺さんが? なんて考えが浮かんだからだ。
 話の腰を折ってしまって「すいませんなんでもないです」と言いかけたが、ベーカー将軍は嫌な顔一つもせずに俺を見ると。

「どうした? 何か心当たりでもあるのかね?」

 興味深そうに尋ねてきた。

「……なあ、そのキャラバンにはナガンっていう爺さんがいなかったか?」

 申し訳なく思いながらも答えた。
 ところが「ナガン」という単語を耳にすると驚いたような顔をされた。
 一瞬それを目にして「もしかしてあの人が」と思ったが。

「……ああ、君は確かニルソンの者だったか。ナガンのやつは良き取引相手だが、今回は彼ではないから安心してくれ。まだ新米の別の隊だ」
「そうか、口を挟んで悪かったよ」
「いいんだ、思わず誰かの身を案じたくなる気持ちは誰だってあるものだ。だが今は説明中だ、次からは控えるように」

 良かった、別のやつだったか。
 いや良くもないか、どのみち人が悪党に襲われたのだから。
 安心していると今度は将軍が俺に手を向けて。

「ちなみに彼は今回臨時で参加してもらうことになったあの擲弾兵だ。いろいろと噂は聞いているようだが、諸君らの足手まといになるような男ではないから安心してくれたまえ」

 ここにいるホームガードの連中に紹介してくれた。
 周りの兵士たちはこんなストレンジャーに親しくしてくれている。

「――少しずれたが、この『敵』は前に述べたとおりに絶対に排除しなければならない存在だ。放っておくと力をつけてしまうだろう、今後のため、そして良き隣人のため、ここを襲撃する」

 俺たちにそう伝えると、今度はそいつらの拠点の周辺が指された。
 飛空艇を背にした『敵』の住み家があるとしてその三方向、北と東と西だ。

「飛空艇は甲板側が北に向かうようになっており、そこを壁として陣地を構築している。もちろん守りは強固なのだが、そこの西側、つまり道路に面した部分だけに防御が傾いている」

 次に指が時計回りに三つの侵攻ルートをなぞった。

「敵の数は多い、しかし装備も練度も低いものだ。そこで我々は三方向から攻める。見晴らしのいい西側は耐久力のあるA班、北には奇襲を仕掛けるB班、最後にC班は東側から回り込んで叩いてもらう」

 つまるところ三方向から攻撃するってことらしい。
 仕上げとばかりに、将軍は戦豚のホームガードの巨体に顔を向けた。

「まず一番激しい戦闘が予想されるA班は――」
「うむ。吾輩の希望でそこの*ぐれねーだー*とやらにも手伝ってもらおう」

 ……強者の気迫が漂うウォークは微笑みながらこっちを指名してきた。
 オーガ17歳は「当然だ」と不敵に笑っているが、やっぱりこうなるのか。

「ということだ。各班は現場の指揮官に従って行動せよ。それでは――」

 将軍は少し困った様子でこっちを見てきた。

 そんな感じでブリーフィングが終わると、出撃に向けての準備が始まる。
 とりあえずチャールトン少佐率いる班員たちと顔合わせをしたあと。

「イチ、少しいいかね? 君に渡すものがあるんだが」

 将軍がやってきた。
 作戦には参加しないようだ――ってそれもそうか、ボスじゃあるまいし。

「どうした? 御利益のあるお守りとかなら間に合ってるぞ?」
「お守りよりもずっと効果のあるものだよ」

 と、そこへ丸々と太ったカバンを渡される。
 重い、けれども触れた感じで良くわかる。中身は手榴弾だらけだ。

「君を信頼してこれを支給する。誰に向けてどう扱うかは分かるな?」
「ああ、こりゃいいね。こういうのは投げると確実に相手が死ぬから大好きだ。特に賊だとかミリティア相手とかな」
「よろしい。それからこれも渡しておこう、万が一の時のための保険だ」

 グレネードバッグを肩から下げているとさらにおまけがやってくる。
 黒いキャップのついたボトルだ。2㎏ほどある爆発性の。

「……いざという時はこいつで自爆すればいいのか?」
「それもありだろうが、できれば厄介な相手に使ってくれたまえ」
『……これ、さっきの危ない奴だよね……?』

 使い方はなんとなく分かるが、自決用の道具をもらった気分だ。
 とりあえずバッグに詰め込んでおいた。使う機会がないことを願おう。

「……いってしまうのですね」

 歩く火薬保管庫になったところでフロレンツィア様が近づいてきた。
 手には青色の液体が抱えられている。もちろんあのポーションだ。

「ああ、作戦が終わったらそのまま南へ行こうと思う」
「どうか気をつけてくださいね? これは私からの餞別です、ミセリコルデさんが必要としているでしょうから……」
『あ……ありがとうございます、フロレンツィア様。とっても助かります!』
「早く元のお姿に戻れるといいですね。では――」
「ああ、じゃあな。必ず伝言は伝えてくる」

 俺はマナポーションを受け取ったが、荒野の風に揺れる金髪を見て思った。

「……なあ、この世界にずっといるのか?」

 その疑問をすぐにぶつけることにした。
 このエルフはもう元の世界なんて戻らずに、ずっとここで暮らすんだろうかと。
 本当に不意な疑問だ、その問いかけが持つ質量は周りの目を集めた。
 特に将軍はこの金髪のエルフを失うのか、と不安そうに見てきたが。

「ええ、もちろん。だって、わたしがいなければこの子たちが寂しがりますもの」

 見るだけでものすごく安心する笑顔でそう返された。
 覚悟も感じた。良く理解した。ついでに『吾輩もな!』と声が混じってきた。

「分かった。じゃあ行ってくるよ」
「いってらっしゃい。どうかお元気で」
「また会おう、擲弾兵。どうか我らホームガードの力となってくれ」

 二人を見て、背を伸ばして敬礼してから車のある方へ向かった。
 世紀末向けの無骨なトラックの荷台は勇敢な兵士たちを集っている。



 ガーデンを発ってむき出しの荷台の中で揺れることしばらく。
 我が家を離れた兵士たちに紛れて、レイダーどもがいる地域に侵入していた。
 やがて敵のテリトリーに入ったことが分かれば、車を降りて徒歩で移動。

 三つに分かれたチームが三方向から攻め入るわけだが、その防御が一際厚いところに行くのがまさに俺たちだ。

 この班の見てくれはそれはもうすごい状態だった。
 まずチャールトン少佐だ、軍服とベレー帽に両手剣と弓という組み合わせである。
 次にノルベルト、上半身裸で素手だ。
 おまけで爆発物まみれのストレンジャーと犬ときた、嫌でも目立つ。

 さらにA班に所属する兵士たちは変わった装備をつけていた。
 それは盾だ。装甲板を半身ぐらいに切り出して、取っ手をつけて、右側に銃を据えるためのくぼみをつければ誰でも作れると思う。
 左手に盾、右手にパイプ銃、とても重そうだがみんな涼しい顔をしてる。

 おかげでこのチームはえらく目立っていた、まさに『囮』がぴったりなほど。

「見よ、イチ。あれが飛空艇だ」

 道路をなぞって進んでいると、チャールトン少佐がいきなり声を上げた。
 足は止めないまま前を向くと、それはもう一目で分かるシンボルが視界に入る。

「……あれがって……思ったよりデカいな、おい」
『うわー……すごく大きい……!』

 荒野の上に空気を読まぬ大きなシルエットが鎮座していた。
 いや、そのまんまだ。巨大な『船』が転がってた。
 中世の世を旅していたような帆付きの船が、荒れ地で無残に横たわっている。

 それもただの木造船じゃない、近づけばその細かい部分はすぐに分かる。
 ニルソンが潰されてしまいそうな巨体にスクリューや翼といったパーツがついていた。
 その上で横たわった船体の底から覗く回転羽根がこういうのだ。
 『どうだ? この船は空を飛ぶんだ、過去の話だがね』と。

 敵地に向かう緊張感がなくなるほどに度肝を抜かれていたら。

「おお! 飛空艇ではないか! 俺様初めて見たぞ!」
「吾輩もいずれ乗ってみたいとは思っていたが、まさかこのような形で巡り合うことになるとはな」

 ノルベルトは空飛ぶ船の死骸を見てはしゃいでいた。戦豚の少佐もだ。

「しかしあれはどこの飛空艇なのだろうか?」
「むーん? フランメリアのものではないのか?」
「いや……フランメリア産であればもっと歯車とかがついてるであろう?」
「ああ、オートマタどもか。彼らならこれ見よがしにあのマークをつけるだろうな……ではどこの国のものだ?」
「テセウスであれを保有する国は二つしかない、フランメリアか勇者の国かだ」

 こんな時に飛空艇について話し合う二人から目を離すと、敵の拠点が見えてきた。
 遠くを見渡せば船を守り固めるように陣地が作られているのが分かる。

 つまりそこに人がいる――敵が近づいてきたということだ。
 道路を進むと雰囲気も変わってきた。ここから先は敵の領域だ。

「少佐、そろそろ戦場ですよ。気を引き締めましょう」

 最初にその空気に警戒を促すのは盾を持った兵士だった。
 浮かれるチャールトン少佐は「すまぬ」と発して、ぴたりと止まる。
 間もなくこちらを捕捉されるであろうぎりぎり一歩手前で、

「さて敵陣が見えてきたぞ。我々の任務はこうだ、西側からやつらを引きつけ、北と東から回り込んだ味方に奇襲させるというものだが」

 異世界の戦豚は手にした長剣を敵に向けた。
 俺は嫌な予感を感じ取った。だって周りが異様に殺気立っていたから。
 とても最悪なことにその予想は簡単に実現されてしまう。

「別に陽動だけで済ませる必要はなかろう? よってこれより堂々と突撃する」
「……今なんつった?」
「聞こえなかったのか? 突撃だ。横隊を組め! 行進開始!」
「……えっ!?」
『……えっ!?』

 悪夢でも見てるんだろうか。
 少佐はその場で剣を掲げると、もはや隠れる気ゼロで堂々と歩み始めた。
 それだけならいい、だけど周りの兵士たちは。

「お供します、少佐!」
「あいつらをびびらせてやろうぜ!」
「故郷のために!」

 頭が馬鹿になったのか横一列に並び始めてしまった。
 それどころか足並みもそろえてずんずん歩きだしている、こいつら正気か。

「フーッハッハッハ! そうこなくてはな!」

 背中にホームガードスピアを何本も背負ったノルベルトも加わった。
 理解に苦しむ俺たちを置いて、横並びになった戦士どもは進んでいく。
 世紀末世界でやる必要あるのかと疑いたくなる男たちの背中を見て――

「…………俺もやるかー」
『いいの!? 無理に同調しなくていいんだよ!?』

 ちょっと悩んだあと、せっかくなので俺も加わることにした。
 こうして端っこに擲弾兵と黒い犬も加わったわけだ。
 ひどい光景だ。きっとボスが見たら呆れて言語機能を失うと思う。

「よいか、たとえ矢玉が来ようが怯むな! 阻むものは実力で排除せよ!」

 指示もめちゃくちゃだ。
 だが拒む者はいない、けっして同調圧力で生じたものじゃないと願おう。

 足のリズムしか合わない隊列が進むと、敵拠点の姿が明らかになってきた。
 バリケードで囲まれ、土嚢と銃座がせり出し、監視塔すらある基地だ。

 南側にある甲板にはこじ開けられたような大きな空洞がある。
 まあなんというか、解体された船のパーツはちゃんと有効利用されてるようだ。
 ならず者たちの住み家の材料として、だが。

「――なっ、なんなんだお前たち!? ここは俺たちの縄張りだぞ、何しにきやがった!?」

 そんな連中はとっくの昔に俺たちに気づいていたようだ。
 広く作られた門まで迫ると、中からいかにもな賊どもが姿を現す。
 いつでも俺たちを撃てたはずだが、クソ真面目に堂々と戦列を作って進む連中に思考が追い付いてないようだ。

「聞け、賊ども!」

 立ち止まり、チャールトン少佐は高らかに叫んだ。
 俺たちも停止した、一応付け加えると敵の眼前でだが。

「……吾輩はチャールトン――」

 彼は拠点に向けて口上を述べようとしたんだろうか。
 だがそこに遠くから5.56㎜の乾いた銃声――戦豚のベレー帽がはじけ飛ぶ。

「うるせー死ね! ここは俺たちの国だ! その屠殺寸前の豚みてえなツラを二度と見せに来るな!」

 厳つい豚の頭を狙撃した誰かが叫び返す。
 ひどい罵声だ、この世界にいる賊どもはいつもトリガが軽いなと思う。

「おい少佐! こいつらに話なんて通じないぞ!?」

 流石にこの世界の流儀についてアドバイスしつつ、いつでも行動を起こせるように散弾銃を手にした。
 ところがチャールトン少佐は落ち着いた様子でベレー帽を拾って。

「だからこそ良いのだよ」

 不敵にうっすらと笑っていた。目は完全に本気だった。
 気づけば周りもマジだった、オーガが、兵士が、完璧に戦いの目つきだ。
 ノルベルトに至ってはうずうずしている。やばい、好戦的なあの笑みだ。

「チャールトン殿、これはあのやり方だな?」
「分かるか、オーガの子よ。では貴公も存分に腕を振るうがよい」
「ありがとう、勇敢な戦豚よ。ではお言葉に甘えようか」

 なんとなく分かった、こいつが何をしたいのか。
 堂々と攻め入ろうとしてるのだ、こんな世界で、こんなろくでもない相手に。
 つまり騎士道精神ってわけだ。いい心がけだ、相手を間違ってる点を除けばな!

「……もう一度申そう、賊ども! 贈る言葉はただ一つ! 貴様らに勝ち目などない、それだけだ!」

 ガーデンまで届きそうな大声で伝えて、人外の少佐がついに一歩踏み出す。
 どこの世界にこんなやつらにそんな馬鹿正直に宣戦布告する奴がいるんだ……。
 そう思ってた瞬間だった、開きっぱなしの門から敵が一人飛び出して来た。

「うるせー! 死ねミュータント! 焼き豚になりやがれ!」

 馬鹿正直に並んだ俺たちはそりゃいい的だろう、燃え盛る火炎瓶を手にこっちに放り投げようと助走をつけている。
 ――いや悠長に行進してる場合じゃないだろ! 反射的に散弾銃を持ち上げるが。

「そうか」

 と、納得したような声を上げて誰かが立ちふさがった――オークの少佐だ。
 誰より先に一歩踏み込むと、軍服を着た巨体に火のついた瓶がぶん投げられるのだが。

「良かろう。これより諸君らを征伐するとしよう」

 突然、俺たちの目の前で大ぶりの剣をびゅっと払った。片手で軽々と。
 しかしそこから何が起きたのか、最初はよく分からなかった。

「……は?」

 足元に何かが落ちてきて、目を落としたらそんな声を上げてしまった。 
 すぐ下で切り落とされた瓶が、ぬめるガソリンを漏らしている。
 あの戦豚の足元で、燃えさかる布を突っ込まれた瓶の口が迷子になっていた。

「皆、こやつらに慈悲など無用! 直ちに賊を根絶やしにせよッ!」

 同時に、あの豚を模した巨体は既に尋常じゃない速さで地を蹴って、開きっぱなしの門の中へと押し入っていた。

「――――あれっ?」

 自分の火炎瓶の行方が分からず混乱中の男が、そのついでとばかりに払われる。
 そいつは立ったまま倒れた。切断された上半身だけがその場に転がったからだ。
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