魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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世紀末世界のストレンジャー

ホームガードグッズはいかが?

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 町中でこれ見よがしに『火気厳禁』と大きな看板を掲げる民家があった。
 ついでに『お買い物はこちらでどうぞ!』とある。

「武器庫でお買い物か。ジンジャエールには期待できなさそうだな」
『ほんとにお店なのかな……?』
「将軍がお買い物はこちらでっていうから来てみたんだけどな……まあ入ってみるか」

 意を決して中に入ると待ち構えていたのはタバコの煙だった。
 中は狭苦しい。壁や床にガンラックや木箱がぎっしり並んでるからだ。
 オープンキッチンの向こうで誰か――紙たばこを吸っていたやつが気づく。

「おお? 客か? 良く来たな」

 俺たちの存在に気づいた軍人は椅子から立ち上がった。
 弾薬がいっぱい散らかっているが、こいつは火気厳禁という文字が読めないらしい。

「将軍がここで買い物しろとさ。あと火気厳禁じゃなかったのか?」
「将軍殿の紹介できたって感じか、じゃあ少し割引だ。細かいことは気にすんな」
『あの……そんなところでタバコを吸ったら危ないですよ?』
「スリルがあっていいだろ? うまいもんだぞ」

 向こうを見ない顔つきの男が今までで一番危ないタバコをすすめてきた。
 手で「いやいらねーよ」と返すと、そいつはつまらなさそうに。

「ま、良く来てくれたな擲弾兵。何をお求めで? 武器か、土産か?」

 民家の中にあるものすべてを手でなぞるように示して来た。

「そうだな……携帯できる食料はあるか? それから本とか、あれば手榴弾も」

 近くにあった「かぶる洗面器」を手に取ってみた、重いが頑丈そうだ。

「食い物、本、手榴弾……いいね、全部人生を楽しむための道具だ」
「あとジンジャーエールとかない?」
「残念だがないな。ドクターソーダも品切れだ、あのでっかい兄ちゃんが買い占めた」
『あの人、すっかりハマっちゃってるね……』

 俺の好物はないらしい。
 代わりに武器庫の主は足元から何か引っ張り出してきた。

「まず食料ならこいつがあるぞ。戦前のレーション……の省力型モデルだ」

 そういって目の前に置かれたのは真っ白なレーションパックだった。
 見た目としては以前シェルターの中で開けたあのMREにそっくりだ。
 試しに手に取るとかなり重い上に包装がかなり弱そうだ。大丈夫かこれ。

「こいつの何が省力されてるって? 情熱とか倫理観か?」
「心配すんな、そりゃ150年以上前の戦時下に作られたれっきとした軍用糧食だ。中身はただの民間用の食料品をいい加減に詰め込んだ代物だぞ」
「じゃあ中身と賞味期限はもちろん大丈夫なんだよな?」
「もちろんさ、でもたまにドッグフードが入ってるけど文句はいうなよ?」

 要するにこれは大昔に切羽詰まって作られた食べ物セットってことらしい。
 150年前はこんなものを作らなきゃいけない時代だったんだろうか。

「そりゃよかった、あいにくうちには犬がいるんだ。で、おいくら?」
「こいつか? いろいろ入ってるから1000チップだな」
『……結構するんだね、本の値段と同じぐらいだよ?』
「短剣の妖精ちゃんよ、こいつは戦前のちゃんと食えるのが何個も入ってるんだぞ?」
『わたし妖精さんじゃなくて精霊です……』

 しかし思ったより高い。
 中身も不明だ。無理に買う必要はないかと思ったが「ただし」と言い足された。

「タバコはあるか? 未開封のやつがいいんだが、あるなら値引きしてやってもいい」

 タバコ、といえば……そういえば分けてもらった戦利品の中にあったはず。

「これでいいか?」

 俺は迷わず荷物からご所望のブツを取り出した。手つかずの紙タバコだ。

「そう……例えばそういうやつだな。銘柄はどこでもいい、そうだな――」

 レッドカラーのパックをちらつかせると、とても物欲しそうな顔をされた。

「じゃあ200チップ安くしてくれるってのはどうだ?」
「……よしいいぞ、ほかにいろいろ買ってくれるならの話だが」
「決まりだな、楽しんでくれ」

 話は決まった、タバコと800チップを引き換えに省力型MREを手に入れた。

「それからリンゴもあるぞ」

 他に何かないかと物色しようとしていると店主はさらにすすめてきた。
 てっきり何かの比喩的表現かと思ったが、すぐに正体が判明した。

「リンゴだって?」
『リンゴだー!』

 本物のリンゴ、それも小ぶりで真っ赤なやつが向こうで山のように積まれている。

「ご覧の通りだ。フロレンツィア様が持ち込んだ種から生まれたリンゴだ、うちの将軍殿はこのガーデンの名物にしようとも目論んでる」
「ほんとにリンゴだな……てことはここも作物が急成長したりするのか?」
「ご名答、あの方が来てからは水脈が戻ったり土地が豊かになったり信じられないことばかり起きてるんだ。おまけに『ブラックガンズ』は小麦やら栽培してると聞く、おかげで人生が豊かだ」

 どうやらリム様や俺が生んだ影響は、だいぶこの世界の形を捻じ曲げたらしい。
 そうして生まれたのがこの小ぶりなリンゴか、なにか感慨深いものがある。

『ねえ、いちクン……』

 買おうか思い始めていると腰の短剣から物欲しそうな声が流れて来た。

「分かってる、食べたいんだな? てことでリンゴをくれないか?」
「ワンッ」
「犬の分もだ。三つくれ」
「300チップだ、皮ごと食えよ? ところで短剣のお嬢さんはどうやって食べるんだ?」
『えっと……刺して食べます』
「毒グモみたいに溶かして吸うのか? なんて恐ろしい……」
『毒グモ!?』

 ミコが誤解されてるがこうしてリンゴも手に入れた、あとでかじろう。

「本は料理のやつぐらいしかなかったがいいか? 500チップでいい」

 続いて本が差し出された、表紙には『おいしいイギリス料理』とある。

『……イギリス料理って書いてるよ……?』
「好都合だ、買った」
「料理がお好きなのかい? さて、次に手榴弾だが――」

 次に兵士はカウンターの向こうから何かを掴んで戻ってきた。
 キャップのついた黄土色の魔法瓶だ。マイボトルにするにはダサい。

「こいつだ、ホームガードが使ってる対戦車手榴弾だ」

 そいつは「これが手榴弾だ」と目の前に魔法瓶を置いてきた。
 どっからどう見ても魔法瓶だ。しかし手書きの赤文字で「危険!」とある。

「……あんたらはマイボトルに爆薬でも詰めてぶん投げる文化でもあるのか?」
「違う違う! こいつはれっきとした爆弾だよ! 魔法瓶そっくりだからサーモスともいうんだ、中には調整した万能火薬をたっぷり、信管は着発型で軽車両なら簡単に吹っ飛ぶぞ!」

 "着発"と言われた瞬間、俺は思わず引いた。
 だって危ないんだ。ありきたりな手榴弾が時限式で爆発するとすれば、こいつは『何かに当たったら爆発する』不安定な代物だ。
 つまりこいつを持ったままうっかり転ぼうものならそれで――ドカン!だ。

「着発? ってことは当たっただけで爆発するタイプなのかこれ?」
「ああそうだぞ、安全ピンを抜いて投げるとぶつかった衝撃でドカン! ついでに銃弾が当たっただけでも起爆する」
『あのそれってかなり危険ですよね!?』

 ミコのいう通りこいつは超危険なブツだ。
 持ってみるとかなり重い上に投げづらそうだった、まあ俺ならいける。

「……ほかに何かないのか?」
「だめか、じゃあこいつはどうだ!」

 魔法瓶爆弾をあきらめると今度はえらく不格好な銃を持ってきた。
 なんでもいいから鉄パイプに銃の部品をくっつけたような素朴極まりない銃だ。
 銃床は太いワイヤーで作られていて、ボルトはバネごと銃の右側から丸見え、おまけに弾倉は横向きに差し込んである。

「言っちゃ悪いけど、今まで見た銃の中で一番安っぽい見た目だな」
『す、すごく合理的なつくりの武器ですね……』

 思わず一目見て発した俺たちの言葉はきわめて本心から生まれた疑問だった。
 この人に申し訳ないがとても頼りないというか、変な見た目だ。

「うちらが独自に開発したパイプガンさ、あるいはステン銃ともいわれている。見た目はあれだが性能は確かだ」

 目の前に置かれるとニクが立ってくんくん匂いを嗅ぎ始めた。臭いんだろうか。
 俺もつられて顔を近づけて嗅いでみた。別に臭くはない。

「おいおい、臭い銃ステンチガンじゃないから安心してくれ。使いやすいんだぞ?」
「……悪いけど銃とかは間に合ってるんだ。持て余してしまうぐらいには」
「うーんそうか、それならこいつだ!」

 だんだんとラインナップが怪しくなってきた。
 次の品は――なんてこった、銃剣と鉄パイプを溶接したようなあの槍だ!

「『ホームガードスピア』だ。そこらの手作り品よりずっといいぞ」

 手で柄を持つとやっぱりあの感触がした、装甲車をぶち抜いた時を思い出す。
 そういえばこいつはいろいろな場面で見た気がする、といっても、記憶をさかのぼっても敵が使ってたイメージしかないが。

「まさかこの槍ってあんたらが作ってたのか?」
「もちろん。ただまあ、奪われたりしてウェイストランド中にばらまかれてね」
「そうだったのか、ちょうどこの前こいつで装甲車ぶち抜いたんだ」
「はっはっは! そりゃすごいな、じゃあ次は戦車でもぶち抜いてもらおうかな?」
「うまくいったら撮影しとく。ところでさっきからファクトリーってよく聞くけど、ここはあそこと何か関係があるのか?」
「大いにあるとも。あの『マダム』が俺たちのために軍服を作ってくれるんだ」
「マダム? 誰だそいつ?」
「マダムってのは俺たちの母さんだ。正確にいえば、将軍の母親だが。あの人はファクトリーを治める一流の防具職人さ」

 どうやらここの軍服は肩にある銃剣と同じ出所だったらしい。
 武器から服まで作るファクトリーっていうのはどんなところなんだろうか。
 一通り買い物を済ませた俺たちは、一礼してからその場を去った。


 

「――少佐か? 見てくれはミュータントだが最高の兵士だ」

 途中、道行くホームガードの兵士の一人はそう言っていた。

「あの古めかしい剣とロングボウを使って敵陣へ突っ込むさまは狂ってるとしか思えんがな。だから部下どもは彼のことを"マッドチャールトン"と呼んでいる。もちろん親しみを込めてだが」
「マッドチャールトンなんてカッコいいじゃないか。俺なんて二つ名がストレンジャーだぞ」
「二つ名があるということはニルソンの者か。明日の戦いはには期待してるぞ」

 話を終えたところで休憩することにした。
 一通りの準備は済んだ、あとは適当に時間を潰するなりして宿でぐっすりだ。

「しかし飛空艇か……あっちの世界、空飛べるんだな」
『でも空を飛べるヒロインもいっぱいいるよ? ドラゴンとか、ハーピーとか』
「魔法で飛べたりもするんだろうな、飛行機がいらなさそうな世界だ」

 明日は飛空艇に住み着く賊退治か。
 チャールトン少佐も参加するらしいが、あの巨体でどんな戦い方をするんだろうか。

「……とりあえずリンゴの時間にするか」

 俺は店で買った小さなリンゴに物いう短剣をぐっさり刺した。
 犬にも差し出すと植物性の獲物を地面に噛み倒して、しゃくしゃく食べ始めた。
 全員そろったところで思いきりかじった、酸味強めで歯ごたえ抜群。

「……日本のリンゴとだいぶ味が違くない?」
『すっぱい……けどおいしい! アップルパイ向きの品種かな?』
「ウォフッ」
「おお、ここにいたのか!」

 果物電池みたいな姿になってしまったミコを抱えていると、見慣れた巨体がずんずんやってきた。

「明日、お前が賊退治に行くと聞いてな。俺様も行くことにしたぞ!」

 オーガだ、すっかりハマってしまった炭酸飲料を手にしてる。

「お前も来るのか。てことは明日は楽勝だな」
「うむ。今回はチャールトン卿もいる、あっという間に終わるだろうがな。ところで……ミコは何をしているのだ?」
「食事中」
『りんご食べてます……』

 明日はすごいことになりそうだ。
 擲弾兵にオーガにウォーク、正直レイダー相手なら十分すぎると思う。

「いまだにお前が貴族だなんて信じられないよ」

 俺はそこらへんの民家の壁に寄りかかった。

「俺様が言うのもどうかと思うが名の知れた家でな。ゆえに窮屈な思いをしたものだ」
「そう言えばお前の名前は?」

 不意に疑問が浮かんで、リンゴをかじりながら尋ねてしまった。
 答えを期待したものの「むーん……」と言葉に詰まっている、言い辛そうだ。
 しばらく黙り込んだのを見て、俺はフェアにいくことにした。

「よし、こうしよう。代わりに俺の本当の名前を教えてやる」
「なんだと? まさか偽の名前を使っていたのか?」

 そう告げると、異世界のオーガは意外そうにこっちを見てきた。

「まあな、ほんとはイチでもストレンジャーでもなくて加賀祝夜かがしゅうやっていうんだ。親しい奴からはシューヤって呼ばれてる。二十一歳で忍者だ」
『……忍者設定まだ貫くんだね、いちクン』

 名の知れぬ相手は残ったドクターソーダを飲み干した。
 このストレンジャーの本名を知った彼は、少し悩んでから。

「…………あまり格好が良くないと思っているのだが、ノルベルトだ」

 恥ずかしそうに自分の名前を絞り出してくれた。
 ノルベルト。このすごい見た目とは裏腹に案外普通だった。

「なんだ、普通にいい名前じゃないかそれ」
『わ、わたしもカッコいいと思うよ……?』
「そ、そうか……?」
「俺なんてファーストネーム、ミドルネーム、ラストネームが1か2なんだぞ、そんなんよりずっといいだろ」
『……そういえばいちクン、どうして112って名前なの?』
「住んでたマンションの部屋番号」
『部屋の番号!?』

 お互い名前を名乗ったところで、空っぽになった瓶を「よこせ」と招いた。

「本当にいい名前だろうか? 俺様そんなこと言われたのは初めてなのだが」

 するとオーガは視線を落として、なにやら悩ましそうに空き瓶を手放した。

「当たり前だ。しっくりくるいい名前だ」
『ぜんぜん変じゃないと思うよ。見た目通りに力強い名前っていうか……』

 こいつもこいつで複雑な人生だったらしい。
 思えば身の上話を聞くまでは訳の分からないバケモンぐらいの認識だったが、今となっては悩み多き十七歳にしか見えない。
 俺がもたらした変化は悩めるオーガに、少しはいいものを与えてくれたんだろうか。

「……そうか、そうかもしれんな」

 しばらく悩んでいる姿を見ていると屈強な十七歳児は立ち上がった。
 『感覚』はまだ少し不安の残る表情を掴んだが。

「きっとこの世界に来たのは試練なのかもしれんな。なら構わん、俺様のことはノルベルトと呼べ」

 またいつものあの顔つきに戻った、おかえりオーガ――いやノルベルト。
 俺は空き瓶を『分解』して体を起こした。

「よし、よろしく頼むぞノルベルト」
『よろしくね、ノルベルト……さん』
「ああ、こちらこそな。明日も共に暴れようではないか」

 ごつい手が握手を求めてきたが、へし折られそうなのでタッチで済ませた。

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