魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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世紀末世界のストレンジャー

かの戦豚(オーク)はガーデンを守っていた。

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 キッドタウンからずっと南下すると荒地の上にその姿はあった。
 小さな町がちょこんと広がってる。周囲を囲う即席の防壁がずいぶん頼もしい。

 手前に戦前のガソリンスタンドがあり、そこが前哨基地として機能しているらしい。
 遠目に見て分かるほどに、その上で銃を手に見張りをする人間もいる。
 この余所者を受け入れる懐の広さがあると信じて町に向かうと。

「……おい、そこの余所者! 止まれ!」

 さっそく声をかけられてしまった。
 土嚢でくみ上げられた陣地の中から二人の男がやってくる。
 付け加えると「どう見ても歓迎してくれなさそうな雰囲気で」だが。

「ここはガーデンだ、お前みたいなレイダーが来ていい場所じゃ――」
「いや待て。この格好……もしかしてシェルターの擲弾兵か?」

 砂漠色の軍服と洗面器みたいな兜を被った二人は訝しげにしている。
 どうやらまた賊か何かと間違えられてたみたいだ。

「ああ、付け足してやるとそこに"最後の"って単語がつくけどな」

 俺は犬と一緒にリラックスしながら答えることにした。
 要するに擲弾兵だ、と伝えると二人は顔を見合わせて、

「そうか、なら入ってくれ」
「すまない。君がとても強そうに見えてね、悪気はなかったんだが」

 少し申し訳なさそうに身を引いてくれた。
 別に構わない、と手を上げて通ろうとすると。

「噂には聞いていたぞ。あのおぞましいカルトを始末してくれたそうだな」
「君のおかげでまた一つ平和になったわけだ。ありがとう、若き擲弾兵」

 二人は信頼してくれるような顔に変わっていた、ここは安全そうだ。

「どうも。礼ならニルソンに向けてくれ、俺一人の手柄じゃないんだ」

 ボスたちがいる北西の方角に一度顔を向けてから、門を潜り抜けた。



 軍人に守られた門をくぐると、多少怪しまれたものの町に入ることができた。
 ここはもともと住宅地だったんだろう、戦前の民家がきれいに残っている。

「おい見ろよ、ハーバー・シェルターの人間だ。まだ生きてたのか?」
「すごい見た目ね、彼。レイダーかと思っちゃったわ」
「よう擲弾兵。ガーデンへようこそ、銃はホルスターにしまっとけよ」

 道行く人はほとんど、というか全員がデザートカラーの軍服姿だった。
 ウェイストランド向けの実戦的な色だ、しかもみんな背筋がしっかりしてる。
 というかなんでこいつらはこぞって風呂おけみたいな兜をつけてるんだろう。

「……なあミコ、なんでこいつら洗面器被ってんだ? ださすぎだろ」
『いちクン、だめ! それ絶対ここの人にいっちゃだめだよ!?』
「風呂場のあれ被ってるようなもんだろ!? どうしてそんなの被ってんのか聞いて」
『めっ!』
「はい」

 ここにいるやつらの頭部がものすごく気になるが我慢することにした。
 しかし『集中』しながら周りを観察するとある共通点に気づく。

 町にいるやつのほとんどが武器を所持している、ということだ。
 あの鉄パイプ槍とか、小銃や短機関銃を携えた兵士ばっかりだ。
 結果として、この町はにみえる。

「まあ頭のアレはとにかくだ。ここ、みんな武装してないか? ニルソンより物騒だ」
『これじゃ町っていうか、基地だよね……』
「また道行く先で町が襲われてたらどうしようかって今朝からずっと考えてたけど、その心配はなさそうだな」
『そういえばわたしたち、立て続けにそういう場面に出くわしてたもんね』
「もうないことを祈ろう」
「ワンッ」

 俺は一緒に戦場を潜り抜けたわんこの頭を撫でた。
 愛くるしい犬はいま、洗面器を乗せた人々の興味を引いている。

「とりあえずどっか休める場所でも探すか。観光客向けの施設はあるみたいだしな」

 道路の左右には民家だったものを改装した宿や酒場、売店がある。
 ついでにちょうど道行く先で豚みたいな大男が待ち構えていて。

「待たれよ」

 低くずっしりとした声で俺たちを遮りにきた。
 なんだと思って見上げると、そいつは豚のような人間じゃなかった。
 人間に仕立て上げた豚だ。いや、オークとかいう表現がぴったりかもしれない。

「……えーと、何か御用で? おっきな……豚さん?」

 目の前に立ちふさがる大きなシルエットが嫌でも目に入る。
 牙を生やした凶暴な豚がいたとして、まずそれを人間大に拡大するとしよう。
 次に人の体幹を叩きこんで、厳しい訓練で岩のような筋肉をつけさせて、いわゆる豚人間的なモンスターにする。
 最後に特注サイズの軍服とベレー帽、隠し味に鬼神の気迫を顔に刻んで完成。

「貴公は何者だ。さては賊か?」

 オークだ。軍人姿のオークが落ち着いた様子でこっちを見下している。
 幸いなことに、こいつは女騎士をさらってひどいことをするような類じゃなさそうだ。
 それでも呆気にとられるのは間違いない、事実、俺は絶句していて。

「チャールトン少佐、そいつは賊ではありません。擲弾兵グレネーダーです」
「*ぐれねーだー*とはなんだ? つまりこの者は賊ではないということか?」

 通りすがりの兵士がそう声を挟んで、やっと相手は気を緩めてくれた。

「あー、つまり、我々ホームガードとっては割と親しい仲といいますか――」
「そうか、これは失礼した。誰かを見た目だけで判断するなとは常々心掛けているのだが、戦場にいるとどうも疑り深くなってしまうな」

 誤解が解けると相手は流暢に謝罪してきた。
 見た目は老いた豚の化け物っていう感じだが、生き生きとしている。

「気にしないでくれ。次来るときはこの顔をどうにかしとくよ」
「なるほど、貴公も兵だったのか。いわれてみれば数々の戦場を渡り歩いたような目をしておる。まあ吾輩ほどではないがな」

 見た目からはとうてい考えられない威厳のある声だ。
 しかしそいつはすぐに俺の腰、ベルトに吊るした短剣に顔を向けて。

「む? その腰に吊るしているのは短剣の精霊か。貴女も迷い込んだのか?」
『えっ……わ、わたしが分かるんですか!?』
「当たり前だろう。これでも魔術の心得はあるのだぞ?」

 ミセリコルデの存在に気づいた――ということは。
 こいつは間違いなく向こうの世界のやつだ。

「犬とはまた珍しい! あちらでは魔女どものせいで貴重になってしまったからな」

 そう思っていたら俺の隣にいるニクを珍しそうにしていた。

「ワゥンッ」
「よし、よし。この犬は良き犬だな、大事にするがよい」

 異世界からきた豚人間はニクをわしわし撫でた。
 シェパード犬は尻尾を振っている、ということは悪い奴じゃないのは確かだ。
 そいつは一通り黒い毛並みを堪能すると柔らかな声のまま。

「吾輩はチャールトン、フランメリアにいたしがない貴族であったがそれはもう昔の話だ。今はこの*ほーむがーど*の軍人を務める戦豚ウォークである」

 とてもはっきりとした声で俺たちに名乗ってきた。
 見た目はあれだが野蛮さは一切ない、むしろこの世界でかなり礼節のある方だ。

「して、貴公らは?」
「俺は……イチだ。それからこの犬がニク」
『わたしはミセリコルデです』
「ワンッ」

 こちらも名乗り返すと、相手は深くうなずきながら名前を受け入れていた。
 ところが途中で「イチ……?」と首をややかしげて。

「そうか! あの若造が言っていた者か!」

 眠りから覚めたみたいに大きな声を上げ始めた。
 周りの兵士たちがびくっと驚くほどのボリュームを出すと、今度は町のど真ん中にある大きな建物に向かって。

「おおい! ローゼンベルガーの! 貴公の友が来ておるぞ!」

 さらに大きな声で叫んだ。とても愉快そうに。
 声が響いてしばらくすると、どこからか見覚えのある巨体がやってきた。
 金髪で角の生えた上半身裸の――間違いない、オーガだあれ!

「おお? イチにミセリコルデではないか、元気だったか?」
『こ、こんにちは! 元気ですっ!』
「また会ったな、見ての通りすっごい元気だ。で、なんでここに?」
「いや、少し事情があってな。そうか……ならばあの方を紹介せねば」

 なんだなんだと集まり始める人々をよそにとりあえず再開を喜んだ。
 全身が鋼みたいな異世界のオーガは今日も元気だ、むさくるしいほどに。

「こやつがあのイチとやらだったか。確かに賊と見間違えるほどの強い目つきだ、貴公のいうことは決して大げさではなかったわけか」
「だからいっただろう?」

 一体どう説明してくれたかは謎だが、俺のことよく伝わってるらしい。

「二度も間違えられるほど強いみたいだな。このまま目も鍛えたほうがいいか?」
「フハハハハ! 弱く見られることよりもずっとよいことだ、誇りにもつがよい!」
「良き面構えだ。だが忘れるな、結局のところその内側こそが大切なのだからな」

 騒がしい会話が繰り広げられていると、大きな建物からまた誰かやってくる。

「騒がしいぞ諸君! 一体何事だ!」

 ベレー帽と軍服のセットを着たえらそうな男がずかずかやってきた。
 しかし顔は実戦で受けた傷だらけだ、えらそうなのは態度だけじゃない。

「おお、将軍殿。ここに*ぐれねーだー*とやらが来たものでな」

 そこに"ウォーク"の声が挟まると、将軍と呼ばれる男は目の前でぴたりと止まった。
 戦いの機械みたいな硬い表情は俺を見て驚いている。

「……驚いた。その黒いジャンプスーツは――」

 そんな彼はじっくりと、まるで味わうようにこっちを見つめたあと。

「よく来たな、若き擲弾兵。噂はいろいろと耳にしている」

 姿勢を正してびしっと敬礼してきた。きれいで、本物の敬礼を。
 いきなりの挨拶に慌てて俺もやりかえした。もちろん右手でぎこちなく。

「ど、どうも将軍……お邪魔してます……?」
「いや……楽にしてくれ。君は良きゲストだ、会えて光栄だよ」

 それから満面の笑みで握手を求められた。
 手を伸ばすと力強く、けれども痛くならない程度に握られた。

「ベイカーだ。このガーデンの誇る『ホームガード』を指揮している」

 見る限り、相手に嘘偽りはない。つまり本気で接してくれてるのは確かだ。
 握手を解くと次に何を言おうか迷ったが。

「皆さま、何事ですか? また何かよからぬことでもあったのでしょうか?」

 突然、とても柔らかい声が挟まってきた。
 女性の声だ。だけど今まで聞いた中でかなり印象に残るほどきれいだ。
 その声の持ち主は。

「ベイカー様、どうかされましたか……?」

 一言で言おう、エルフだ。
 とても長い金髪から左右に突き出る長い耳。この世界にいてはならないとさえ思うほど、整いすぎた白い顔。
 世紀末にあわない薄いドレスを着たそれは、どっからどう見ても異世界の者だ。

 だが、そいつと目が合った。
 世紀末世界で一番美しいだろう顔は、すぐにに変わった。

「……アバタール君?」

 そして言われた。あの名前――アバタールと。
 周りが静まり返るほど悲しそうで、懐かしむような声を向けられて。

「……いや、俺はアバタールじゃない」

 それでもまっすぐ見返しながら答えた、言葉がすんなりと出てくる。
 相手はすぐに理解してくれたのか、残念そうな顔に染まっていく。

「――でも、そいつに一番近いやつだ」

 俺はここぞとばかりにつづけた。

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