魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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世紀末世界のストレンジャー

再び南へ道を辿る

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 宿に戻ってからやることは山積みだった。

 まずは物資の整理をすることにした。
 イェーガー軍曹からもらった分け前には雑多な弾薬のほかに、酒やタバコといったものが詰まっていた。
 そういった嗜好品に興味はないが、この世界では立派な取引材料だ。

 そのあと、二人と一匹で読書タイム。
 エビ料理まみれのレシピ本と罠猟の教本を読むと『料理』と『罠』がSlevスキルレベル1になった。
 それが終わればアーツアーカイブを調べる作業だ。

「――剣術80のゲイルブレイド」
『すごい、そんなのあるんだ……エルさんが欲しがってた貴重なアーツだよ!』
「大当たりだな。次、フィストラッシュだ、素手スキルだとさ」
『わっ……そんなのもあるんだ。とっても強い連続攻撃系のアーツだったかな?』
「あたりか。お次は……アクセラレート? 名前は地味だけど戦闘技術90だってさ」
『それすごく貴重なアーツだよ!? わたし、初めて見るかも……!』
「スワッターってなんだ? 鈍器70のやつ」
『武器でいろいろな攻撃を撃ち返すアーツ、だったかな……?』

 俺たちはテーブルの上で青い板をじゃらじゃらしながら話し合っていた。
 剣術だの戦闘技術だの、『アーツ』を知ってしまった今とても魅力的だ。

「一応、全部覚えられるみたいだな」

 試しに一つずつ触れてみたが、確かに習得はできるとある。

『そういえばいちクン、『忍術』スキルがないのに発動してたよね?』
「ああ、そのことなら俺も気になってた」
『じゃあ、これ全部使えるのかな……?』

 ミコに言われて思った、確かに俺は忍術を使
 理由は謎だが存在しないはずのスキルを、それも制限もなく覚えて使っている。
 ということは、もしかしたらだが、俺は『アーツ』を無制限に覚えられるんじゃ?

「……でも全部覚えたところで管理しきれる自信がないな」

 とはいえ、もしこれから『アーツアーカイブ』を見つけてどんどん覚えたとする。
 あれこれ覚えればそれだけ手札は増えるが、じゃあそれをすべて使いきれるか?
 NOだ。ホールサイズのケーキがあったとして、一人じゃ持て余すってことだ。たぶん食べきる前に腐る。
 常に頭の片隅で大量の『アーツ』のことを意識しながら戦わないといけないとかもはやペナルティに等しい。

『確かに混乱しちゃうよね。種類が多いと使いきれないだろうし』
「やめとこう、あれこれ広げるのは俺の性に合わない」

 答えは出た、これはうかつに覚えるべきじゃない。
 あくまでストレンジャーとして強くなろう。まあ、覚えたいときは覚えるが。

『……元の姿だったらなぁ……』

 アーツアーカイブを片付けるとミコがぽそっと声を漏らした。
 当の本人はというと、肩を組んだ白人と黒人が表紙を飾るエビ料理本の上だ。

「心配すんな。あっちの世界に行けば戻るかもしれないだろ?」

 なんだかしんみりとした相棒の声を耳に、俺は小さな板をニクに向けた。
 ニクは板に鼻を近づけてくんくんしたあと『どうしたの?』と首を傾げた。
 それから、小さなため息が聞こえて。

『……わたし、に忘れられてないかな?』

 異世界からきた板の目の前で、元気のない言葉が出てきた。
 みんな。それはきっとミコの言っていたクランのメンバーのことだろう。

「みんなって。お前が言ってたミセリコルディアってとこの?」

 そう思って問いかけると、控えめな声で『うん』と返ってくる。
 ずいぶんネガティブだ。いきなりどうしたんだろうか。

「……そう簡単に忘れられるもんか?」

 言いながら俺は板をじゃらじゃらさせた。
 もっとも、彼女をこうしてしまった原因は何を隠そうこのストレンジャーなのだが。

『ううん。だって――』
「だって?」
『だってわたし、ずっとみんなについていくだけだったんだよ? クランの結成だって周りに流されてただけだし、誰かの傍にいないとなんにもできなかったし、わたしひとりで動いたことなんてなかったもん』

 そんなミコの落ち込んだ声がして、手が止まってしまう。
 足元でニクが鼻を鳴らしながら近づいてきた。心配してるようだ。

『ねえ、イチくん? 聞いてくれる……かな?』
「逃げたりなんかはしないから心配するな、言ってくれ」
『……わたしね、だから変わろうと思ったの。ここに来る前、わたしはずーっと誰かの後ろで困った人を助けてた。自分で歩いて、自分で手を差し伸ばして誰かを助けるんじゃなくて、誰かに言われないとなんにもできなかったんだ』
「だからって、みんながお前を忘れる理由になるもんなのか?」
『……わかんないよ。でも、すごく不安なの。誰かの後ろをついてくだけのヒロインなんて、誰も覚えてくれてないんじゃないかって……』

 ミコはどんよりと黙り込んでしまった。
 彼女の不安がどれほど深いのかは分からないが、でも共感できる部分はある。
 かくいう俺だってそうだったからだ。誰かに引っ張ってもらうだけの人生があった。

「ミコ、お前が不安なのは――」

 だから、すぐに言うべき答えが浮かんだ。

「変われたからじゃないかって思う」

 俺は横倒しになった本に物言う短剣を立てかけた。

『……わたしが?』
「そう。そっちの事情なんて分からないけど……みんなが覚えてた「ただついてくるだけのヒロイン」とお別れしたからじゃないか?」

 あっちの世界でのミコの境遇を、俺は深くは知らない。
 でも話を聞くと「おどおどして踏み出せない自分が嫌だった」という感じだった。
 だったら大丈夫だ。動けない身だが、彼女は確かに人を助けている。

「ここに来るまで、一緒に街のみんなやレンジャーの連中も助けただろ? いまのお前は歩けないし手も伸ばせないけど、何人も助けてきた。そうだよな?」
『それは、そうだけど』
「ミコ、お前は変わったんだと思う。きっとなりたい自分になれてるはずさ」

 ……こういう自分も、何か重ねてしまっていた。
 「自分が変わってしまった」と思った時、とてつもない不安に襲われたからだ。
 こんな訳アリのストレンジャーと不幸にも連れてこられただけの物言う短剣を重ねて比べるのは失礼だと思うが、旅の相棒は間違いなく成長している。
 俺の行く末は分からないけれど、ミコの方は確実に良い方向へ進んでいるのだ。

『……わたし、成長できてるのかな?』
「そうだとも。俺と同じぐらいな」

 今や手放したくない旅の相棒をこつん、と指で突いた。

『……そっか。うん、そうだよね。わたし、いちクンと一緒にここまで来たもんね?』

 少し間を置くとくすぐったさそうな声が聞こえてきた。
 ニクも「ワンッ」とテーブルに手をかけてべろっと長い舌を見せてくる。

「まだまだ一緒だ、ちゃんとついてこいよ。お前がいないと寂しいんだからな」
『……じゃあ、あなたを寂しくさせないようにいっぱい頑張るね』
「だったらお礼にお前が寂しくならないようにいっぱい頑張ろう」
『……ふふっ。気にかけてくれてありがとう、おかげで元気になっちゃった』
「ワンッ!」
『わんこも!』

 ニクはこっちに向けて柔らかい声と、眠そうな褐色の目を向けてきた。
 思わず両手で頬を包んだ。犬は今日も幸せそうだ。
 俺はエビ料理まみれの本をバックパックにしまって、

「ああそうだ、約束を守ってくれてありがとな」

 ミコにお礼をいった。
 それからハヴォックからもらったメモリスティックを手に取る。
 左腕のPDAにある接続口に差すと【レシピアンロック!】と浮かんだ。

『えっ……どうしたの? 約束って……?』
「また困ってる人を助けてくれたな、さすが俺の相棒だ」

 俺はそれ以上何も言わず、笑った。

『……そっか。それならよかった』

 物いう短剣は少しの間を置いて、くすっと笑った。
 この世で最悪のスタートだったが、今ではこうして頼れる短剣と犬がいる。

「よし、明日の準備だ。早朝には出発するからな」
『うん。次はどこへ向かうのかな?』
「とりあえず南だ。ガーデンとかいう場所を目指す」

 荷物と心の整理が終わったのでクラフト画面を確かめることにした。

「その前にクナイの補充だ。ついでに新しい道具も作る」

 クラフト項目にレシピが増えているのが分かる。
 【HEクナイ】と【スモーク・クナイ】だ。
 前者は追加素材で火薬を、後者は砂糖と炭を消費するようになっている。

『新しい道具って……なにを作るの?』
「いや、それが……」

 詳細を開くと画面横に完成品とおぼしきイラストが表示されていた。
 クナイの刃の部分を火薬が詰まった柄と接続したような何かだ。
 輪状になってる後部は安全ピンになっているようで、これを引けば信管が作動するのが嫌でも分かる。

「爆発するクナイ」
『爆発……!? それって大丈夫なの!?』
「それと煙を発するクナイ、まあ要するに投げナイフと爆弾混ぜたやつだな。なんてもん発明するんだあの天才」

 迷わず『HEクナイ』のクラフトを開始した。
 するとテーブルの上に、刃や柄やクリーム色の火薬と信管などが転がってきた。
 なんとなく作り方は分かる。

『大丈夫なの? 作ってる最中に爆発とかしたら……!』
「大丈夫だ、熱や衝撃を与えなきゃ爆発しないってヒドラに教わったろ?」

 まず刃を研ぐ。バランスをとるためか普通のものより重さがあった。
 次に研いだ本体をネジみたいに柄にねじり込んで、中に火薬を流し込んで、信管セットをキャップ兼安全リングと接続。
 仕上げは後部に蓋をして――完成した。

「……ほらできたぞ、でも結構重いぞこれ」
『なんだか物騒だよその見た目……大丈夫なの?』

 俺は完成した爆発クナイをさっそく手にしてみた。
 普通のやつより重いが、うまく重心を整えて投擲できるようになってるようだ。
 ただまあ、扱うには適切な『重火器』と『投擲』の技術が必要だろう。

「個人的な意見で言えば素人が使ったら自爆しそうな感じがする」
『やっぱり大丈夫じゃないよね……!? 危ないからやめよう!?』
「今回は一本ずつ作ってやめておくか。いざ実戦でドカン!はごめんだからな」

 『感覚』を生かして眺めてみるとなんとなく使い方が分かる。
 どうやら安全リングを捻るとロックが解除、引っ張ると時限信管が働くらしい。
 少し賢い奴が使えばちょっとした罠にも加工できそうだ。

『……あの人、こんな物騒なもの思いついたんだね」
「まったくだ。まあむかつく敵がいたらこいつをぶっ刺してやるよ」
『いちクンも物騒だよ……』

 そのあと『スモーク・クナイ』も作ったりしてからぐっすり眠った。



 翌朝、とても気持ちよく目覚めた。
 装備を整え荷物を背負って旅の続きだ。

「おはようおばちゃん、部屋をありがとう」
『ありがとうございました、おばあちゃん』
「ワンッ!」

 と、その前に。宿のおばちゃんに一声かけてから出ていくことにした。

「……もういくのかい? ゆっくりしていけばいいのに」

 カウンター越しにそう伝えると、ここの店主はゆっくり顔を上げた。
 褐色姉妹どもに負けないぐらい退屈そうな顔立ちにちょっとだけ寂しさがある。

「急いでるわけじゃないんだけどな。ウェイストランドが俺を待ってるんだ」
「なにいってんだい、早朝テンションでおかしなこというんじゃないよ」
「朝早く目覚めるとテンション上がらない? 俺めっちゃ上がるタイプ」
「まったく、元気な余所者さんだね」

 そのまま一礼して行こうとすると「まちな」と呼び止められた。

「……水筒を出しな」

 装備している水筒を指差している、一体なんだと問おうとすると。

「また荒野に向かうんだろう? ちゃんと補充しておきなさい」

 おばちゃんはそういって、カウンターの裏から大きなボトルを出した。
 注いでやる、ということらしい。

「いいのか?」
「いいのよ。でもその代わり、くたばって無駄にしないようにね」
「分かった、しぶとく生きてやるよ」

 ベルトから水筒をとって渡すと、無色透明の液体がたっぷり注がれた。
 重さが戻ったボトルを戻して――準備ができた。

「行ってきます」
『行ってきます。お世話になりました』
「行ってらっしゃい。またいつでもおいで」

 俺たちは外へ出た。
 いつもより乾いたウェイストランドの大地が待ち構えている。
 向かう先は南の『ガーデン』だ。

「――おい! 余所者さん!」
「ヘイ! ダーリン!」

 街から出て行こうと進むと、どこからか二人の黒づくめがやってきた。
 たしか『隊長』と呼ばれてたやつと、ハヴォックだ。

「挨拶が遅れてすまない! 私はオチキス、エンフォーサーのリーダーだ! この機械馬鹿が迷惑をかけなかったか!?」
「もういっちゃうの!? ゆっくりすればいいのに! 僕と君の子だっているんだよ!?」

 こいつらは朝から騒がしい。
 俺は二人をなだめることにした。

「気にすんな。俺はストレンジャー、ニルソンの人間だ」
「ニルソン……ということはもしや、あそこの住人か?」
「まあな。こっちの犬がヴェアヴォルフ、腰にある短剣がイージスだ」
『こんにちは、イージスです』
「ワンッ」
「……短剣が喋るというのは本当だったか。とにかく君たちのおかげで誰一人死なずに済んだんだ、とても感謝している」
「超レアな旧世界のテクノロジーも手に入ったしね!」

 この街はもう大丈夫なようだ。
 今頃サーチタウンでルキウス軍曹たちは何をしてるんだろうか。

「こっちこそありがとう。そこの機械オタクに機種変更をしてもらったんだ」
「ほら隊長! これでサボってなかったって信じてくれるでしょ!?」
「……そうか。なら、せめて君に何か謝礼をと思ったんだが」
「いやいい。あれはみんなの手柄だ、取っといてくれ」

 チップの入った袋が突き出されたが、やんわり断った。

「了解。君といいあのミュータントといい、近頃は変わったやつばかりだな」

 するとオチキスという男は疲れ切った顔に笑顔を浮かべた。

「そのミュータントやらはどうしたんだ?」
「戦士の魂を集めるとかいって姿を消してしまったんだ。君の知り合いか?」
「まあな。次はステップアップしてあいつの友達になってみる」

 二人と握手をした。なんだか美男子の方だけねっとりしてたが。

「それじゃ旅の続きに戻るぞ。元気でな、オチキス隊長、ハヴォック」
「ご武運を。もしまた来ることがあれば気兼ねなく私のところへ寄ってくれ」
「またね、ダーリン! この子のこと大事にするからたまに顔見せてね!?」
「分かった、おっぱい見せてくれ。愛しのハヴォック」
「いいよ! 次は二人きりで楽しもうね?」
「えっマジでいいの……? 次あったら本気になるぞ……!?」
『待っていちクン!? なんで頬赤らめてるの!?』
「おい待て、一体何をしてるんだお前たちは!?」

 どさくさに紛れて男の胸を触ろうとしたが失敗した。
 俺は名残惜しそうな二人に手を振って、再びウェイストランドの地を踏んだ。

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