魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

文字の大きさ
上 下
102 / 581
世紀末世界のストレンジャー

オーガは今日も徳を積む

しおりを挟む
 『キッドタウン』の滑走路をたどると戦場が見えてきた。
 戦火は街の南西から立ち上がっており、見ればそこからいかにもな住民たちが逃げ戸惑っているところで。

「あっ、あんたらレンジャーか!? 早く助けてくれ!」

 建物が入り組む場所へ近づくと住人とおぼしき男が駆け寄ってきた、ついさっきまで寝ていたのか寝間着姿だ。

「おい、何が起きてる? 説明しろ」
「レッドウィングっていう連中が来てるんだ! 物資をよこせとかいってたんだが、妙なミュータントが突っ込んできてそれどころじゃ……」
「要するに攻め込まれてるってことだな? もういいから行け」

 まだ眠そうな男はシエラ部隊の厳ついボスに説明すると逃げていった。
 さらに足を進めると街の一角が戦場と化していた。
 道の途中に即席のバリケードが築かれ、そこで黒づくめの連中が銃撃している。

「ルキウス軍曹、あの黒い格好のやつらは……」
「あいつらがエンフォーサーだ。頼りないがこの街を守ってる連中だ」

 ふと疑問をルキウス軍曹にぶつけてみたところ、あれがそうなのだと分かった。
 しかし黒い服の連中は明らかにビクビクしている。
 飛び交う銃弾や爆音に怯えてる感じだ、慣れてないのか?

「その頼りない連中はいつもあんなびくびくしてるのか?」
「いいや、びくびく二倍ってところだ。一体何が起きてやがる?」

 そいつらの戦線に加わろうと駆け足で近づいていると、

「待てルキウス、それにしちゃまだ余裕がありそうだぞ。どうなってんだ?」

 急にイェーガー軍曹が向こうの様子を見ながら疑問を口にしていた。
 その言葉に全員の足取りが緩んだところで爆音、すぐ横で民家が吹き飛んだ。

「なんだって、イェーガー?」
じゃないってこった。何かおかしいぜ」

 そんなやり取りを耳にして、逃げ出す人々に意識が向いてしまった。
 確かにそれほど切羽詰まった様子には見えない、まだ余裕があるというか。

「どうだっていいでしょ! とにかくエンフォーサーと合流よ!」
「賛成だね。あいつらに死なれちゃ取引先が潰れちまうからな!」

 そんなことについて考える間もなく二人の伍長が飛び出ていく。

 更に一歩踏みしめた途端、急に戦場の音は強くなった。
 乱れた銃声と共にすぐ横や頭上をぱつっと弾が通過するのを感じた。
 その矛先がとうとうこっちにも向けられたわけだ。

「ルキウス軍曹! 来てくれたのか!」

 黒い連中の張り付くバリケードに飛び込むと向こうはすぐ気づいてくれた。
 その中でも辛うじて落ち着いている様子の男はシエラ部隊に大喜びだ。
 疲労感のたまった硬い顔つきだが、そいつだけがこの状況で平然としている。

「よう隊長殿、最近ここを偵察してたやつってのはあいつらのことか?」
「大当たりってわけだ。ここを狙ってたんだろうな、装備からしてミリティアの連中からの借りものもある」
「ちっ、やっぱりか。で、戦況は?」
「それが……おかしいことになってるんだ」
「おかしい? 十分おかしなことになってると思うが」

 俺は隊長同士の会話を耳にしながらいつでも飛び出せるように構えた。
 少しだけ遮蔽物から頭を出してみると――確かに敵の姿が見える。
 建物に押し入るやつ、こっちに向かって威嚇射撃をするやつ、それから遠くに戦車の姿だってある。

 だがなかなかこっちに来ない、それどころか敵側がなにやら騒がしい。
 べったり伏せて身構えているニクと顔を合わせて「どうしたんだろうな」と疑問をぶつけあっていると。

『フーーッハッハッハ! その程度か! 先ほどまでの自信はどうした、異国の戦士どもよ!』

 その声は聞こえてきた、いや、聞こえてしまった。
 こういう状況で聞こえたらまず幻聴を疑う部類の独特な笑い声だ。
 ものすごく覚えのある声に、思わず腰の短剣に目を向けてしまう。

「……おいミコ、今の声ってあれだよな」
『……この声、もしかして……』

 そして真っ先にあるシルエットが頭に思い浮かんだところで、

『なんだってんだこのミュータント!? 弾が効きやしねえ!』
『早くこいつをぶっ殺せ! このままだとぐえぁっ!?』

 おそらくレイダーとおぼしきやつの悲鳴が聞こえた後、何かが飛来してきた。
 赤色したたる塊だ。微妙に脈打ってて、まるで体の中から取り出したような――

「おいおい内臓が飛んできやがったぞ!? どうなってやがる!?」

 その正体は角刈りの軍曹が発した言葉でようやく分かった。
 内臓だ。それももぎたての。
 人間のものだと分かった瞬間周りがひどくどよめいた、シエラを除いて。

「ワオ、こりゃ心臓だ。産地直送の元気なやつみてぇだ」
「なに? まさかアルテリー・カルトのやつらでもいるっていうの?」
「あの人食いどもなら投げないでこのままサシミにすると思うぜ。それか『必殺心臓投げ』とかじゃねえの?」

 ついでにカーペンター伍長たちのコメントで分かった、心臓だ。
 問題は心臓もぎ取って投げてくるやつがこの世界基準でも正常かどうかって話だ。

「くそっ、」
『し、心臓……!? 嫌……うぅ……!』

 俺は死に絶えていく真っ赤な心を蹴って逃げる人々に紛れ込ませた。
 乗り出すと今度はエグゾアーマーがいた、機械の鎧はそこで何かと格闘中で。

「この化け物ッ! こいつでばらばらに引きちぎってやる!」
「おおっ!? からくりの鎧か! さてはオートマタたちが作ったのか!?」
「うるせえ! 死ねェェェェェェッ!」

 外骨格を着た男が身の丈ほどはあるナタを"それ"に叩きこもうとする。
 それは銃弾を撃ち込まれ、近くで何かが爆発し、巨大な刃物が向かってこようがとても爽やかな顔だった。
 しかし、二メートル以上はある巨体はついにゆらりと踏み込む。

「まあよい。貴様らは――」

 半裸の巨漢は無防備にニヤリと笑った。
 力を込めた片腕を差し出しただけであっさり受け止めてしまったからだ。

「はっ……!? う、受け止めやがっただと!? んな馬鹿な!?」
「戦士でもない人々を追い回す悪党ということは分かった、ならば!」

 化け物――オーガはレイダーの肩へとつかみかかる。
 当然逃げようと外骨格がモーター音を響かせるがビクともしない。
 鋼鉄の鎧をまとった男をそのままに、角の生えた頭を振り上げると――

「お前は殺してよい戦士というわけだッ!」

 頭突きをお見舞いした、ごおん、とかなりいい音がした。
 ヘルメットごと、恐怖に引きつる顔がぐしゃっと潰れたのだ。

「なんだあのミュータントは? まさか新種か?」
「……おい、あいつこっち見てないか」
「それだけじゃねえよ、手振ってんぞ? 誰か知り合いでもいんのか?」
「アルテリーのやつじゃなさそうだけど友達にはしたくないタイプね」

 シエラ部隊の面々もドン引きだ。
 すると額で人間の頭部を粉砕した異世界の鬼は血まみれの顔を向けてきた。
 あの時のオーガだ。俺に気づくと親し気な表情をされてしまった。

「お前も来ていたのか! ここで来たか!?」

 頭を潰され直立不動の外骨格を投げ捨てて、オーガがのしのし歩いてくる。
 当然周りの連中は「お前こいつの友達かよ」とばかりに引いてる。

「……ああ、うん、ちょうどいま積みに来たんだ。善行と死体の山をな」
「そうか、お前もか! 俺様は見ての通り戦士の魂を集めにきたのだ! いきなり弩みたいなもので撃たれたのだが――」

 そこへ後ろから『死ねッ!』と機関銃の連射が響いた。
 7.62㎜弾あたりだろう。オーガの背中にビスビスと着弾する音が耳に届く。
 ところが効いちゃいない、それどころかごつごつと潰れた弾がこぼれ落ちていく。

「むーん、またか。この矢はなんなのだ? 小さくて地味に痛いのだが、これもまさかオートマタどもが作ったものか?」
「人間が食らうと即死する弾だ。ところで頼みがあるんだけどいいか?」
「む? なんだ? 言ってみるがよい」
「ここの住人があの賊どもにかなり迷惑してる。んで街を救ってくれる英雄を必要としてる。何が言いたいか分かるな?」

 周囲から怪訝な目が向けられるが、構わず向こう側を指で示した。
 オーガの背後――つまりレイダーどもの方向だ。
 すると本人はよく理解してくれたのか。

「なるほど。ということはやつらに遠慮はいらないのだな?」

 まるで「じゃあ本気出す」といわんばかりにむさくるしく笑ってきた。

「善行積み放題だ。やれ、オーガ」
「承知した。お前たち、俺様の雄姿をしかと見届けるのだぞ?」
「任せろ、後で記念撮影してやるよ」
『えっ……はっ、はい! ちゃんと見ます!」

 その瞬間、オーガの身体がみしっと音を立てたような気がした。
 そのままくるりと敵の方を向くが、『感覚』はどことなく掴んでいた。
 いまこいつは間違いなく敵に向かって笑ってやがる。

「聞け、賊ども! 俺様はフランメリアから来たりしオーガだ! いまよりここは貴様らの死地となった! おとなしく死ねェい!」

 恐るべき怪物は鼓膜をぶち破って殺せそうな大声のあと、信じられない勢いで敵めがけてすっ飛んだ。
 パニックになった敵からそいつに銃撃が集中するがビクともしちゃいない。
 次に目にしたのは、機銃を積んだ車がひっくり返される姿だった。

「…………お前はもうちょっと友達を吟味しろ、いいな」

 そんな光景を目の当たりにしたシエラ部隊のリーダーは、歴戦の猛者らしからぬ困惑した様子で一声かけにきた。

「……あんなのと知り合いなのか? 品性を疑うぞ」
「なんだよあのバケモン!? コミックの中から飛び出たみてーだぜ!? つかジャンクドレス投げるとかどうなってやがんだ!?」
「えーと、気の利いたセリフが浮かばないんだけど……あんたの交友関係にはびっくりよ、ストレンジャー」

 他の面々も悪い夢でも見せられたような顔つきで言ってきた。

「…………なんかすみません」

 俺は可能な限り申し訳なさそうな音質で謝った。
 しかし黒づくめの連中たちはというと。

「すげえ!? なんだあのミュータント!? カッコいいぞ!?」
「ジャンクドレスとか車とか投げるかふつー!? 頼もしすぎるだろ!?」
「みみみました隊長!? あのミュータント、カッコよすぎます! うちらの仲間に引き入れましょうよねえねえねえ!」
「……なんだかわからんが味方になったわけか。くそ、どうなってんだ近頃は」

 それはもう、ものすごく盛り上がっていた。
 よく分かった、あんなのが暴れてるせいで余裕があったのか。
 そうと分かれば話は早い、シエラ部隊の面々とゲストは立ち上がる。

「決まりだな、俺たちもいこうぜ」

 ルキウス軍曹が銃剣付きの突撃銃を手に敵陣へ駆けていった。
 俺たちも遮蔽物から乗り出して、高笑いと悲鳴と銃声が織り交じる奇妙な戦場へと飛び込んでいく。

しおりを挟む
感想 456

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

うちの冷蔵庫がダンジョンになった

空志戸レミ
ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞 ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。 そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。

処理中です...