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世紀末世界のストレンジャー

オーガは今日も徳を積む

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 『キッドタウン』の滑走路をたどると戦場が見えてきた。
 戦火は街の南西から立ち上がっており、見ればそこからいかにもな住民たちが逃げ戸惑っているところで。

「あっ、あんたらレンジャーか!? 早く助けてくれ!」

 建物が入り組む場所へ近づくと住人とおぼしき男が駆け寄ってきた、ついさっきまで寝ていたのか寝間着姿だ。

「おい、何が起きてる? 説明しろ」
「レッドウィングっていう連中が来てるんだ! 物資をよこせとかいってたんだが、妙なミュータントが突っ込んできてそれどころじゃ……」
「要するに攻め込まれてるってことだな? もういいから行け」

 まだ眠そうな男はシエラ部隊の厳ついボスに説明すると逃げていった。
 さらに足を進めると街の一角が戦場と化していた。
 道の途中に即席のバリケードが築かれ、そこで黒づくめの連中が銃撃している。

「ルキウス軍曹、あの黒い格好のやつらは……」
「あいつらがエンフォーサーだ。頼りないがこの街を守ってる連中だ」

 ふと疑問をルキウス軍曹にぶつけてみたところ、あれがそうなのだと分かった。
 しかし黒い服の連中は明らかにビクビクしている。
 飛び交う銃弾や爆音に怯えてる感じだ、慣れてないのか?

「その頼りない連中はいつもあんなびくびくしてるのか?」
「いいや、びくびく二倍ってところだ。一体何が起きてやがる?」

 そいつらの戦線に加わろうと駆け足で近づいていると、

「待てルキウス、それにしちゃまだ余裕がありそうだぞ。どうなってんだ?」

 急にイェーガー軍曹が向こうの様子を見ながら疑問を口にしていた。
 その言葉に全員の足取りが緩んだところで爆音、すぐ横で民家が吹き飛んだ。

「なんだって、イェーガー?」
じゃないってこった。何かおかしいぜ」

 そんなやり取りを耳にして、逃げ出す人々に意識が向いてしまった。
 確かにそれほど切羽詰まった様子には見えない、まだ余裕があるというか。

「どうだっていいでしょ! とにかくエンフォーサーと合流よ!」
「賛成だね。あいつらに死なれちゃ取引先が潰れちまうからな!」

 そんなことについて考える間もなく二人の伍長が飛び出ていく。

 更に一歩踏みしめた途端、急に戦場の音は強くなった。
 乱れた銃声と共にすぐ横や頭上をぱつっと弾が通過するのを感じた。
 その矛先がとうとうこっちにも向けられたわけだ。

「ルキウス軍曹! 来てくれたのか!」

 黒い連中の張り付くバリケードに飛び込むと向こうはすぐ気づいてくれた。
 その中でも辛うじて落ち着いている様子の男はシエラ部隊に大喜びだ。
 疲労感のたまった硬い顔つきだが、そいつだけがこの状況で平然としている。

「よう隊長殿、最近ここを偵察してたやつってのはあいつらのことか?」
「大当たりってわけだ。ここを狙ってたんだろうな、装備からしてミリティアの連中からの借りものもある」
「ちっ、やっぱりか。で、戦況は?」
「それが……おかしいことになってるんだ」
「おかしい? 十分おかしなことになってると思うが」

 俺は隊長同士の会話を耳にしながらいつでも飛び出せるように構えた。
 少しだけ遮蔽物から頭を出してみると――確かに敵の姿が見える。
 建物に押し入るやつ、こっちに向かって威嚇射撃をするやつ、それから遠くに戦車の姿だってある。

 だがなかなかこっちに来ない、それどころか敵側がなにやら騒がしい。
 べったり伏せて身構えているニクと顔を合わせて「どうしたんだろうな」と疑問をぶつけあっていると。

『フーーッハッハッハ! その程度か! 先ほどまでの自信はどうした、異国の戦士どもよ!』

 その声は聞こえてきた、いや、聞こえてしまった。
 こういう状況で聞こえたらまず幻聴を疑う部類の独特な笑い声だ。
 ものすごく覚えのある声に、思わず腰の短剣に目を向けてしまう。

「……おいミコ、今の声ってあれだよな」
『……この声、もしかして……』

 そして真っ先にあるシルエットが頭に思い浮かんだところで、

『なんだってんだこのミュータント!? 弾が効きやしねえ!』
『早くこいつをぶっ殺せ! このままだとぐえぁっ!?』

 おそらくレイダーとおぼしきやつの悲鳴が聞こえた後、何かが飛来してきた。
 赤色したたる塊だ。微妙に脈打ってて、まるで体の中から取り出したような――

「おいおい内臓が飛んできやがったぞ!? どうなってやがる!?」

 その正体は角刈りの軍曹が発した言葉でようやく分かった。
 内臓だ。それももぎたての。
 人間のものだと分かった瞬間周りがひどくどよめいた、シエラを除いて。

「ワオ、こりゃ心臓だ。産地直送の元気なやつみてぇだ」
「なに? まさかアルテリー・カルトのやつらでもいるっていうの?」
「あの人食いどもなら投げないでこのままサシミにすると思うぜ。それか『必殺心臓投げ』とかじゃねえの?」

 ついでにカーペンター伍長たちのコメントで分かった、心臓だ。
 問題は心臓もぎ取って投げてくるやつがこの世界基準でも正常かどうかって話だ。

「くそっ、」
『し、心臓……!? 嫌……うぅ……!』

 俺は死に絶えていく真っ赤な心を蹴って逃げる人々に紛れ込ませた。
 乗り出すと今度はエグゾアーマーがいた、機械の鎧はそこで何かと格闘中で。

「この化け物ッ! こいつでばらばらに引きちぎってやる!」
「おおっ!? からくりの鎧か! さてはオートマタたちが作ったのか!?」
「うるせえ! 死ねェェェェェェッ!」

 外骨格を着た男が身の丈ほどはあるナタを"それ"に叩きこもうとする。
 それは銃弾を撃ち込まれ、近くで何かが爆発し、巨大な刃物が向かってこようがとても爽やかな顔だった。
 しかし、二メートル以上はある巨体はついにゆらりと踏み込む。

「まあよい。貴様らは――」

 半裸の巨漢は無防備にニヤリと笑った。
 力を込めた片腕を差し出しただけであっさり受け止めてしまったからだ。

「はっ……!? う、受け止めやがっただと!? んな馬鹿な!?」
「戦士でもない人々を追い回す悪党ということは分かった、ならば!」

 化け物――オーガはレイダーの肩へとつかみかかる。
 当然逃げようと外骨格がモーター音を響かせるがビクともしない。
 鋼鉄の鎧をまとった男をそのままに、角の生えた頭を振り上げると――

「お前は殺してよい戦士というわけだッ!」

 頭突きをお見舞いした、ごおん、とかなりいい音がした。
 ヘルメットごと、恐怖に引きつる顔がぐしゃっと潰れたのだ。

「なんだあのミュータントは? まさか新種か?」
「……おい、あいつこっち見てないか」
「それだけじゃねえよ、手振ってんぞ? 誰か知り合いでもいんのか?」
「アルテリーのやつじゃなさそうだけど友達にはしたくないタイプね」

 シエラ部隊の面々もドン引きだ。
 すると額で人間の頭部を粉砕した異世界の鬼は血まみれの顔を向けてきた。
 あの時のオーガだ。俺に気づくと親し気な表情をされてしまった。

「お前も来ていたのか! ここで来たか!?」

 頭を潰され直立不動の外骨格を投げ捨てて、オーガがのしのし歩いてくる。
 当然周りの連中は「お前こいつの友達かよ」とばかりに引いてる。

「……ああ、うん、ちょうどいま積みに来たんだ。善行と死体の山をな」
「そうか、お前もか! 俺様は見ての通り戦士の魂を集めにきたのだ! いきなり弩みたいなもので撃たれたのだが――」

 そこへ後ろから『死ねッ!』と機関銃の連射が響いた。
 7.62㎜弾あたりだろう。オーガの背中にビスビスと着弾する音が耳に届く。
 ところが効いちゃいない、それどころかごつごつと潰れた弾がこぼれ落ちていく。

「むーん、またか。この矢はなんなのだ? 小さくて地味に痛いのだが、これもまさかオートマタどもが作ったものか?」
「人間が食らうと即死する弾だ。ところで頼みがあるんだけどいいか?」
「む? なんだ? 言ってみるがよい」
「ここの住人があの賊どもにかなり迷惑してる。んで街を救ってくれる英雄を必要としてる。何が言いたいか分かるな?」

 周囲から怪訝な目が向けられるが、構わず向こう側を指で示した。
 オーガの背後――つまりレイダーどもの方向だ。
 すると本人はよく理解してくれたのか。

「なるほど。ということはやつらに遠慮はいらないのだな?」

 まるで「じゃあ本気出す」といわんばかりにむさくるしく笑ってきた。

「善行積み放題だ。やれ、オーガ」
「承知した。お前たち、俺様の雄姿をしかと見届けるのだぞ?」
「任せろ、後で記念撮影してやるよ」
『えっ……はっ、はい! ちゃんと見ます!」

 その瞬間、オーガの身体がみしっと音を立てたような気がした。
 そのままくるりと敵の方を向くが、『感覚』はどことなく掴んでいた。
 いまこいつは間違いなく敵に向かって笑ってやがる。

「聞け、賊ども! 俺様はフランメリアから来たりしオーガだ! いまよりここは貴様らの死地となった! おとなしく死ねェい!」

 恐るべき怪物は鼓膜をぶち破って殺せそうな大声のあと、信じられない勢いで敵めがけてすっ飛んだ。
 パニックになった敵からそいつに銃撃が集中するがビクともしちゃいない。
 次に目にしたのは、機銃を積んだ車がひっくり返される姿だった。

「…………お前はもうちょっと友達を吟味しろ、いいな」

 そんな光景を目の当たりにしたシエラ部隊のリーダーは、歴戦の猛者らしからぬ困惑した様子で一声かけにきた。

「……あんなのと知り合いなのか? 品性を疑うぞ」
「なんだよあのバケモン!? コミックの中から飛び出たみてーだぜ!? つかジャンクドレス投げるとかどうなってやがんだ!?」
「えーと、気の利いたセリフが浮かばないんだけど……あんたの交友関係にはびっくりよ、ストレンジャー」

 他の面々も悪い夢でも見せられたような顔つきで言ってきた。

「…………なんかすみません」

 俺は可能な限り申し訳なさそうな音質で謝った。
 しかし黒づくめの連中たちはというと。

「すげえ!? なんだあのミュータント!? カッコいいぞ!?」
「ジャンクドレスとか車とか投げるかふつー!? 頼もしすぎるだろ!?」
「みみみました隊長!? あのミュータント、カッコよすぎます! うちらの仲間に引き入れましょうよねえねえねえ!」
「……なんだかわからんが味方になったわけか。くそ、どうなってんだ近頃は」

 それはもう、ものすごく盛り上がっていた。
 よく分かった、あんなのが暴れてるせいで余裕があったのか。
 そうと分かれば話は早い、シエラ部隊の面々とゲストは立ち上がる。

「決まりだな、俺たちもいこうぜ」

 ルキウス軍曹が銃剣付きの突撃銃を手に敵陣へ駆けていった。
 俺たちも遮蔽物から乗り出して、高笑いと悲鳴と銃声が織り交じる奇妙な戦場へと飛び込んでいく。

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