魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

文字の大きさ
上 下
93 / 581
世紀末世界のストレンジャー

あちらに向かえ、ストレンジャー

しおりを挟む
 翌朝、プレッパータウンはいつもより少し静かだった。
 朝飯を済ませて向かったブリーフィングルームには見慣れた顔が並んでいた。
 一歩足を踏み込んだ直後、びしっと待ち構えていたボスは一言。

「あのおチビちゃんはどうしたんだい?」

 そうだ、リム様はもういない。
 本当に何も言わずに行ってしまったわけだ、なので適当に説明しとこう。

「お先にごきげんよう、だそうです」
「……ふん、挨拶もなしに行っちまったわけかい」
「そういうことになります」
「礼ぐらい言おうと思ってた矢先にこれだ。まあいいさ」

 ボスは少し寂しそうだ。
 彼女の跡が残った食堂はこれからも最高の飯を作っていくだろう。
 続く言葉を待っていると「さて」と話を切り出された。

「ストレンジャー。頭を撃たれたのは残念だが、お前さんに新たな任務を与える」

 俺はびしっと向き合った。
 猫背気味だった背は目の前の屈強な老人のように、とまでは言わないが、小銃の銃身のようにまっすぐだ。
 両足はしっかりと地面に着き、自信満々に胸を張って、まあそれなりに良い姿勢になってるはずだ。
 このストレンジャーはよっぽどのことがない限りもうバランスを失うことはない。

「哨戒任務だ」
「哨戒任務ですか?」
「ああそうだ。お前さんには遠い地まで見張りにいってもらうよ」

 小銃のトリガを的確に引き絞る指がボードを指す。
 この世界の地図――はるか南東の方へ向けられていく。

「強いて言えば南東だ、そのあたりまで哨戒にいけ。移動手段、移動ルートは指定しない。また今回の任務には『イージス』と『ヴェアヴォルフ』にも同行してもらう」

 ずいぶんアバウトな任務だ。

「そしてこの世界の異変の原因を突き止めてきな。あわよくば、どうにかしてこい。それがお前のやるべきことさ、ストレンジャー」
「とても分かりやすい説明ですがそれだけですか?」
「作戦はシンプルなのが一番さ。お前たち、何か質問は?」

 思わず物言う短剣や犬と顔を見合わせてしまった。
 この町のストレンジャーとして任務を続けろということらしい。

「……いいえ、ありません。わかりやすくて最高の任務だと思います」
『わたしもありません』
「ワゥンッ」
「よろしい、話が早くて助かるよ」

 ブリーフィングはいつものようにざっくりと終わった。
 いうだけ言うとボスはポケットから何かを取り出して、

「ほら、あんたらへの給料だ。本当はあのおチビちゃんの分もあるんだが」

 ぴん、と指ではじいてきた。
 『投擲』スキルが100を超えた俺にはたやすくキャッチできた。
 10000と書かれたカジノチップだ、それはつまりこの世界では一万チップという価値を持つことになる。

「ありがとうございます、ボス」
『ありがとうございます、おばあちゃん』
「ウォンッ」
「賢く使いな。私からは以上だ」

 そういうとボスは引っ込んでいった。
 受け取ったチップをポケットにしまうと、今度はツーショットがやってきた。

「俺たちから餞別……じゃないか、プレゼントがあるんだ」
「俺に?」
「ああ。ヒドラショック、ラシェル、こいつに渡してやってくれ」

 それに続いてヒドラとラシェルがやってきた。
 二人の手には――黒染めの弓と、荒野に合う迷彩を施された矢筒がある。

「へへへ、見てくれよストレンジャー。無人兵器の装甲で作った弓だ、我ながら芸術的な仕上がりだと思うぜ」

 ヒドラが真っ黒な弓をこっちに手渡してくる。
 三つのパーツで構成された弓だ、グリップの上下にリムが二つ接続してある。
 黒塗りの弦は手触りが良くて素直に引っ張れて、それでいて力強い。

「カッコいい弓だな、お前が作ったのか?」
「おう、弦はあのワールウィンディアとかいうやつの内臓だ。使いやすいぞ」

 試しに構えて弦を引っ張ってみると……ものすごく素直な使い心地だ。
 おまけに軽い。けっこう大きいが取り回しがかなり良い。
 オタクいじめが好きそうな見た目からは想像できない繊細な仕上がりだ。

「私からは矢筒よ。取り扱い説明書、予備の弦とかいろいろ入ってるわ」

 ラシェルから矢筒を受け取った。
 邪魔にならない程度にポケットが増設されたり、機能的にまとまっていた。
 バックパックと併用することを前提に作られてるのかとても軽い。

「ありがとう、ヒドラ、ラシェル」
「くたばんなよ、ストレンジャー。元気でやれよ?」
「道中気を付けてね。行ってらっしゃい」
「ああ、またくたばり損ねるさ。お前らも仲良くやれよ」

 俺は二人とハグをした。
 もらった矢筒を身に着けているとアレクたちもやってくる。

「イチ。いろいろとあったが、お前が来てくれてから楽しかったぞ」
「おい、今生の別れみたいに言うなよ。任務に行って来るんだぞ?」
「それもそうか。まあ、なんだ、お前のおかげでこちらもいろいろ気づくことができた。それになぜだか、お前とはまた会える気がするのだ」
「俺もだ。なんやかんやでまたお前らと会いそうな気がする」
「……ところで己れも、いずれニンジツを使えるようになるのだろうか」
「訓練あるのみだ、若き忍者よ。ヒントはあの時渡したやつだ」

 褐色男子十五歳と握った拳をぶつけた。
 さりげなくアレクの胸を触ろうとしたが、やんわり断られた。
 すると後ろからぞろぞろとサンディたちが割り込んできて。

「……気をつけて、ね。あなたがいて、ちょっと楽しかった」
「ちょっと寂しく感じる」
「またね、イチ。がんばって」
「……にんむを、まっとうせよ」

 ものすごく密着しながらプレゼントを渡しに来た。
 よく分からない植物やら干し肉やら、手製の矢に激励の言葉といろいろだ。
 それから人数分の胸もぶにゅっと押し当てられた。柔らかくて重い。
 どさくさに紛れて褐色男のおっぱいを触ろうとしたが速攻で遮られた。

「ありがとう。サンディ、シャディ、シディ、ステディ。また会おう、アレクのことあんまりいじめるなよ」
「……虐めて、ないよ。かわいがってる」
「虐めてなんかいない」
「かわいがってる、だけ」
「……おもしろいから、やってる」
「やめてくれよ姉ちゃん!?」

 俺はびしびし優しく叩かれてるアレクから離れた。

「二人とも、道中怪我には気を付けるんだよ。そしてミコさん、君のおかげでたくさんの人の命が助かったよ」

 今度は白衣姿の黒人が近づいてきた。

『あっ……いえ、わたし魔法を使っただけですからそんなっ』
「それでも君は多くの人を癒したんだ、自信を持ちなさい。君を助手にしてる間はとても楽しかったしいい刺激になった。もっといい医者になれるように努力してみるよ」
『ありがとうございます、ドクさん。わたし、いろいろな人を助けてきます』
「こちらこそありがとう。無理はせず、君たちの旅路にいいことがありますように」

 ドクはにっこり笑って手を差し出してきた。
 受け止めて握手をした。今のミコに手はないから俺が代わりだ。

「さて、もういいかい?」

 渡された品々を整理していると、最後にボスが近づいてくる。

「もちろんです。いつでもいけます」
「ああそうだ、道中シド・レンジャーズの連中に会ったらよろしく言っといてくれ。あんたらのコードネームを伝えればすぐわかってくれるはずさ」
「分かりました、ボス」

 さて、準備ができた。
 フル装備のまま、しばらく俺の面倒を見てくれた人物へ向き合った。

「……ではストレンジャー、ただいまより任務を開始します。目標はあっちの世界、道中困ってる人間がいたら手を差し伸べてきます」
「よろしい、では出撃だ。悪い奴がいたらぶちのめしてきな」
「それでは出撃します、お元気で」
『いってきます、おばあちゃん』
「ああ、行ってきな。ご武運を」

 少し淡々としているけれども、お別れ――いや挨拶を済ませて部屋を出ていく。
 緊張はしなかった。ただ少し寂しかった。
 俺はニクと一緒に階段を上ってシェルターの外へ出た。

「……いい天気だな」
『……そうだね』
「ワンッ」

 いつもの空があった。
 ボルターで見上げようが、荒野のど真ん中で眺めようが、絶対的な価値を持つ青い空がそこにある。

 背中を見送る人間はだれ一人いない。
 それもそうか。感動的な別れじゃなく、ただ誰かが任務へゆくだけなのだから。

「よし、行こうか。ミコ――いや、イージス、ヴェアヴォルフ」
『うん、行こっか。みんなで頑張ろうね?』
「ウォンッ!」

 俺たちは進んだ。
 プレッパータウンの西から続く道に向かって、荒野を歩き始めた。
 とりあえず『サーチタウン』という場所を目指してみようと思う。

 ところがしばらく進んだところで。

「……ストレンジャー!」

 急に後ろから叫ばれた。それも呼び声だ。
 聞き覚えのあるものだ。すぐにそれがボスだと分かって振り向くと。

「あんたはもう一人じゃない、忘れるな! 胸を張って戦ってきな!」

 ずっと遠くで、あの人にしては珍しい調子の声がした。
 見ればその周りにぞろぞろと、知っている顔ぶれが集まっている。 
 余所者ストレンジャーは笑ってしまった。ストレンジャー余所者は別れの言葉を向けることにした。

「……ありがとうございます、ボス! お世話になりました!」
『おばあちゃん、みんな! ありがとうございました!』
「あっそうだアレク今度おっぱい触らせてー! フルでー!」
『……こんなときに何言ってるのこの人!?』

 けっきょく、いろいろな人に見送られながら西の道へと進んだ。
 以前はどこまでも恐ろしく感じた無限に続く荒野は、今ではなんてことのないただの通り道となっていた。

しおりを挟む
感想 456

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

うちの冷蔵庫がダンジョンになった

空志戸レミ
ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞 ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。 そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。

関白の息子!

アイム
SF
天下一の出世人、豊臣秀吉の子―豊臣秀頼。 それが俺だ。 産まれて直ぐに父上(豊臣秀吉)が母上(茶々)に覆いかぶさり、アンアンしているのを見たショックで、なんと前世の記憶(平成の日本)を取り戻してしまった! 関白の息子である俺は、なんでもかんでもやりたい放題。 絶世の美少女・千姫とのラブラブイチャイチャや、大阪城ハーレム化計画など、全ては思い通り! でも、忘れてはいけない。 その日は確実に近づいているのだから。 ※こちらはR18作品になります。18歳未満の方は「小説家になろう」投稿中の全年齢対応版「だって天下人だもん! ー豊臣秀頼の世界征服ー」をご覧ください。  大分歴史改変が進んでおります。  苦手な方は読まれないことをお勧めします。  特に中国・韓国に思い入れのある方はご遠慮ください。

処理中です...