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世紀末世界のストレンジャー

立つ魔女跡を濁さず

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 町へ戻って装備品を返してもらい、それから次の任務の準備をした。
 荷物をまとめたり、装備の点検をしたりといろいろだ。
 あれこれしてるうちにあっという間に一日が終わろうとしていた。

「……ミコ、少し話がしたい」

 コンテナハウスの中で【クラフトアシスト】を起動しながら俺は謝った。
 その言葉の向かう先は、机の上に立てかけられた物いう短剣だ。

『どうしたの?』
「その、あれだ。もう一度お前に謝りたい」

 彼女の隣では鉄を削りだして作ったような無骨な刃物が転がっている。
 刃そのものは槍の穂先みたいになっていて、柄は棒のように細くくびれていて、後部は輪状になったナイフだ。
 いってみればこれは……荒っぽい見た目だがクナイとかいうやつだ。

「リム様から話を聞かされた時からずっと思ってたんだ。俺がこの世のすべてを滅茶苦茶にしたしょうもないやつだって。アルゴ神父の生き方も、お前の居場所も奪ってしまったんだって」

 砥石で刃を研いで、柄にダクトテープを巻いて完成。
 『PERK』の恩恵で今までの即席ナイフとは違う頼れる親友ができた。

「いや、もっとだ。もっと数え切れないほど、いろいろ奪ってるんだと思う」

 ベルトのホルダーに合うか確かめた、問題ない。
 ソファからは薄く目を開けたニクがこっちを見ていた、撫でてやった。

「本当にごめんな、ミコ。あれからずっと申し訳ない気持ちで一杯なんだ。お前に、いや、巻き込んだ人たちにどう詫びればいいかって」

 机に広げた工具やら弾薬やらを片付けて、バックパックに詰め込んだ。

「これからずっと、二つの世界に償い続けないといけないんだ。自分の力だけでちゃんと穴をないといけない。魔力を壊すとかいうとんでもない爆弾だって抱えてる。……なに言いたいかわかるよな?」
『それって……やっぱり、リム様に預けたいってことなのかな』

 それから、窓の外を見た。
 とても終末戦争があったとは思えないきれいな夜があった。

 だが絶対に忘れない。
 二つの世界はこのストレンジャーとかいう男に壊されている。
 二人の恩人の死と、運悪く巻き込まれた一人の最期は、死ぬまでこの背中に背負わなければならないだろう。
 その上で先へ進まなければいけない、真実と勝利を掴むために。
 平凡な暮らしをたった一人の余所者に奪われてしまった物言う短剣を携えて。
 
「クゥン」

 滅茶苦茶にした世界をぼんやり見てると、ニクがむくっと起きた。
 きっと俺はみっともない顔をしてるんだろう、ぐりぐり足元にすり寄ってくる。
 ひんひん鳴いている鼻先を撫でてあげた。

『……いちクン、あのね』

 物いう短剣は言葉に詰まってる。
 いっそボロクソに罵倒してくれれば済むだろうが、それは逃げだ。
 「無理に言わなくていい」と返してやろうとしたが、

『ごめんなさい。わたし、やっぱりあなたが悪い人だなんて思えないよ』

 少し間を置いて、ミコにそういわれた。
 適当なことをいって励ますとかそういう感じじゃない、はっきりとした声で。

『前にした約束、覚えてる?』

 ミコは何かを掴んだのか……自信のある言葉の調子で問いかけてきた。
 思い当たるフシは幾らでもあった。
 
「……ちゃんと元の世界に帰すってやつか?」

 一番大きな約束を出してみると、『ううん』と否定されて。

『前にちゃんと向き合うって約束したよね? あれからずっと、あなたはちゃんと守ってるもん』

 ものすごくシンプルにそう答えられてしまった。
 言われて気づいた、確かこいつに『ちゃんと向き合え』といわれたままだった。
 ただそれだけだ。けれども、どういうことか俺は律儀に守ってる。

『わたしね、いちクンともっと旅がしたいの。今度は鞘の中で怯えてるだけじゃなく、あなたと一緒に前に進みたい』
「……俺と?」
『うん。もう黙って見てるだけじゃなくて、困ってる人をもっと助けたいの。こんな姿でもできることはいっぱいあるんだって教えてもらったし、それに……』
「それに?」
『いちクンがいないと寂しいよ。だって今はあなたのそばが居場所なんだよ? わたしはずっと一緒に過ごして来たなんだから、絶対に見捨てないよ』

 ……思えばそうか。
 成長したのはひとりだけじゃない、この物いう短剣や犬だってそうだった。
 はこの世界で一緒に生きて、成長した仲だ。

「……オーケー、決めた」

 覚悟を決めた。

「だったら俺も困ってる人をいっぱい助ける。二人でいっぱい助けよう」

 余所者ストレンジャーとして、旅をしながら人助けをして"世の中捨てたもんじゃないな"って思えるような世界にしてみよう。

「ありがとな、ミコ。やっぱりお前には助けられてばっかだ」
『ふふっ、そう言ってくれると嬉しいなぁ』
「ワンッ」
「それからニク、お前もな」

 明日からきっとまた険しい旅路を歩む羽目になるんだろう。
 だけどもう迷わない。行くべき場所も、歩き方も覚えたのだから。

「おいっす! ラストおにぎりお届けに来ましたわ!」

 ばーん。
 明日に備えて寝ようと思ってたら派手に扉が開いた。
 今まで通りのじゃがいも大好きなちっこいリム様だ。おかえり。

「……んもーリムさまって急にやってくる……」
『こ、こんばんはりむサマ……前にもあったよね、こういうの……』
「私も旅立ちの準備をしてきましたの! レシピ残してきたり、食堂のスタッフ増やしてきたり! 立つ鳥跡を濁さずですわ!」

 ふてぶてしいガチョウも「HONK!」と遅れてやってきた。
 どうやらリム様もここを発つみたいだ。
 『立つ魔女跡を濁さず』というのか、自分が去った後の食堂のために動いてたらしい。
 実際は後を濁さないどころか滅茶苦茶豊かになっているが。

「その姿は?」
『いつものりむサマに戻ってる……』
「ふふん、旅向けの姿に戻りましたの。さ、召し上がってくださいまし」

 これから寝ようと思ってたがまあいいか。
 まだ熱々のおにぎりにかぶりついた、前に食べた塩にぎりだ。

「……うまい」
『あっわたしも……』
「最後のおにぎりですからよく味わってくださいね? それはそうと」

 もう一つのおにぎりにミコをぶっ刺していると、真面目な顔になるのが見えた。
 すぐに返事ができるようにおにぎりをおろすと。

「……リっちゃんの言葉は覚えてますわね?」

 尋ねられた、もちろん分かってる。

「ああ、南東の……デイビッド・ダムとかいう場所だな」
「ええ、そうですわ。まずは実際に見に行かなければなりませんけれども……」
「けれども?」
「イっちゃんについていくつもりでしたが、そうもいかなくなりました」

 てっきりリム様がついてきてくれると思ったが、そうでもないみたいだ。
 ちょっと残念だ、まあちゃんとした理由があるんだろう。

「そうか、じゃあいったんお別れってことか?」
「ええ、そうなりますわ。あちらの世界のものがどれだけあるのだとか、いろいろ調べなくてはなりませんの」
『……りむサマとしばらくお別れになっちゃうんだね』
「ふふふ……大丈夫ですわ! その気になればいつでも会えますから!」

 いろいろ騒がしい奴だったし、じゃがいも投げつけてくるし、逆レイプしてくるやつだったけどいい魔女だった。
 そんな彼女と少しお別れになると思うと、まあ正直少し寂しい。

「あんた一人で大丈夫なのか?」
「もちろんですわ! 魔女は不死身ですから!」
「Honk!」
「それに不運のガチョウ、アイペスちゃんもいますから!」

 リム様はたくましいしウェイストランドでもうまくやっていけるだろう。
 ガチョウはいまだに謎だが。

「あっ、そうでしたわ! イっちゃんに一つお願いがありますの」
「なんだ? 下ネタ挟んだら今すぐ追い出すぞ」
「それもありますが同じぐらい大事なほうですわ!」
「おい」

 そういうとリム様は肩掛けカバンから何かを取り出してきた。
 本だ。もっといえば、この世界の料理本だ。

「もしできればの話ですけれども、この世界にあるお料理の本を集めていただけませんか? あっちの世界にはないものばかりですごく興味がありますの」
「料理本を集めとけばいいのか? まあいいけど」
『あ、わたしもちょっと興味あるかも……』
「ええ、ぜひ、ぜひですわ! もちろんただとはいいません、この身体で」
「無償でやらせてくれ」

 決まりだ、本も集めることにした。
 それにミコも興味があるみたいだしな。

「さすがイっちゃん! では……お先に失礼しますわ」

 頼みを引き受けると、リム様は背負っていた杖を手に扉を開けた。
 先にって……まさかもう行くつもりなのか。

「……え? もう行くの? この流れでそれは早すぎない?」
『え、ええー……みんなに挨拶とかはしなくていいの、かな?』
「いいんですの。私も余所者よそものですから、それにいつまでも同じところに留まるのは性に合いませんわ」

 どうやら本当に行ってしまうらしい。
 せめて見送ろうと思って立ち上がると、リム様は腕を広げてきた。

「どうかご無事で、お元気で。お体を大切にしてくださいね?」
「……いろいろありがとな、リム様。あんたのおかげで俺も、みんなも助けられたよ。でもあんなことしたのは二度と忘れないぞ」
「美食を伝えるのが我が宿命ですのっ! ……次は二人きりの時にシましょうね♡」
「はよいけ」

 ストレンジャーは小さな魔女を抱きしめた。
 親が子供に言うような言葉を受け止めて、俺は彼女の後ろ姿を見送った。

「では皆様、ご機嫌よう! 何かあったら私の名前を呼んでみてくださいましー!」

 リム様は宙に浮かべた杖に腰かけて、その隣にガチョウを乗せて、ふわりと夜空へと飛んで行ってしまった。
 そんな姿を見ていまさら「本当に魔女だったんだな」と思った。

『……行っちゃったね』
「今度は俺たちが行く番さ。またな、リム様」

 二人で最後のおにぎりを味わって、それからちょっと雑談してから寝た。

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