魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

文字の大きさ
上 下
91 / 581
世紀末世界のストレンジャー

And am I born to die?

しおりを挟む
 曇り空の下、荒野の途中に教会だったものがあった。
 シンボルだった十字架も、鐘塔も焼けてなくなり、そこから身を乗り出して散弾銃をぶっ放す神父もいない。
 焼け焦げた残骸と、あの日冷たい水を吐き出した手押しポンプだけが残っていた。

「……我らの良き隣人に、どうか安らぎを」

 そばに作られた簡素な墓の前で、そう言葉を届けたのはツーショットだった。
 そのあと俺は散弾銃を空に向けた。
 少しやかましいかもしれないけれども撃った。
 この意味は、きっとアルゴ神父なら分かってくれるだろう。

「あんたはイカれた奴だったが、立派な戦友には違いなかったさ」

 ボスはそういって12ゲージの散弾を墓の前に一つ投げ捨てた。
 彼女の表情はまるで「友人をなくしたような顔」だ。

「ゆっくり休みな、アルゴ。どうせお前さんのことだ、私たちと違って天国にいってるんだろう? あんたのことだから寂しい思いをしてるだろうが、じきに私たちもそっちへいくことになるさ。楽しみに待ってな」
 
 きっとあの神父は天国にいっていることだろう。

 でも残念なことに、俺はあの人と同じ場所にはたどり着けないと思う。
 理由は二つだ。
 このストレンジャーはきっと正反対の方向、はるか地底の奥底にある地獄とかいうやつがゴールなんだろう。
 もう一つはもっと根本的なもので、死すら死んでいるからだ。

「仇は討った。あんたは晴れて自由さ」

 ボスが墓から離れて、去り際にぽんと肩を叩かれた。
 俺は墓の前に立った。

「アルゴ神父。俺は良き隣人を救えたのか?」

 どうにか墓と分かるようなものの前で質問を口にした。
 返事はない。本人がいないならそういうことにしておこう。

「あんたのおかげだよ、あんたの言葉で俺たちは前に進めた。きっと、俺の背負ってる何かが本当に見えてたんだろうな」

 思えばアルゴ神父の言葉通りに歩んでいるのかもしれない。
 俺がとてつもなく重い運命を持っていることも、先に待ち受けるものも、俺の中にある何かも、彼には全部お見通しだったんだろう。
 だが『険しい旅路』は続いている。終着点はもっともっと、ずっと遠くだ。 

「ごめん。そしてありがとう。俺の背中を押して、往くべき道を示してくれたのは紛れもなくあんただ。約束させてくれ、俺は必ず勝利TRIUMPHを掴んでくるよ」

 真っ赤な散弾を墓の前に置いた。
 一歩後退、教会だった場所を見る。
 焼け焦げた匂いが風に乗ってやってきた。足元には空薬莢が転がっている。

「……じゃあな」
『……おじいちゃん、どうかゆっくり休んでください。わたし、あなたの親切な心をずっと忘れませんから』

 そういえばあの人はこう言ってたな。

『人間とはやはり、一人では生きられぬものだな?』

 いまなら良く分かるよ、アルゴ神父。
 もしも俺がどんな相手でも倒せる無敵の力を手に降り立ったとしても、たった一人じゃ一歩も前に進めなかったはずだ。
 あんたは素晴らしい人間だから、素晴らしい人たちに恵まれてたんだ。
 あんたは命をかけて俺たちをつなげてくれた――本当にありがとう。

「……そうだ、こいつを」

 立ち去る寸前、ずっと使っていたを持ち主に返そうと思った。
 散弾を二発、45-70のライフル弾を一発ぶっ放す、銃身が三本ある散弾銃だ。

「そいつはもうお前さんのものさ、

 ところが、ボスの手に遮られる。

「あいつと、一緒に旅をしてやってくれないかい?」

 銃が押し戻された。

「……分かりました」

 背中のホルスターに戻した。
 これでおしまいだ。ここには俺のせいで焼けた教会と、恩人の墓があるぐらいだ。
 ボスたちのところへ戻ろうとすると、リム様が腕をぎゅっと抱きしめてきた。

「イっちゃん。こっちを見て」

 きれいなお姉さんの姿をした魔女が、悪魔のような黒目でじっと見てくる。
 心配してくれている眼だ。ちょっと潤んでる。

「何も悪くありませんわ。みんな、望まぬ形でこうなってしまっただけなのですから」
「……ああ」

 もう一度だけ見てからみんなの元へと戻った。

「さて戻るかい。みんな撤収だ、我が家に帰るよ」

 やることをやった俺たちはここを去ることにした。
 たぶん、ここにくることはもう二度とないだろう。
 俺たちはボスの後についていこうとするが。

「――イチ。後日、お前さんに任務を与える」

 歩きながら彼女はストレンジャーにそう伝えてきた。
 なんとなくだが、その内容は分かってしまう。

「任務ってのはなんですか?」
「あんたらだけでやってもらう長い長い任務だ。嫌とは言わせないよ」
「もちろんです、ボス」

 プレッパータウンの外、つまりこの広い世界に再び挑む時期が来る。
 そういうことなんだろう、俺はまた前へ進むのだ。

「まあ、理不尽な任務じゃないから安心しな。あんたの装備品はすべて返すよ」
「はい」
「ついでに多少だが特別ボーナスも支払っておくよ。あの二人をぶちのめしたのはお前さんだ、好きに使うと――」

 淡々としたボスの説明を聞きながら装甲車に向かっていくと、不意にこの場に合わない音が混じってきた。
 北の方からエンジンの音……バイクの駆動音だ。
 俺たちはすぐ身構えた。訓練されたプレッパータウンの住人たちは、全員が揃って発生源へと銃を向ける。

『おーーーーい! 撃つな、撃つな! おいらは敵じゃあないぜ!』

 ところがその向こうから聞こえてきたのはのんびりとした声だった。
 この世界にふさわしい無骨で錆のあるバイクがこっちへ近づいてくる。
 ボスはすぐにスコープ付きの小銃をそれに合わせるのだが、

「……なんだい、ありゃ?」

 気味の悪いものを見たような声と共に、銃口は降ろされてしまう。
 それにつられて周りも――俺も反射的に構えた散弾銃を引っ込めてしまった。
 無理もなかった、なぜなら前にやってきたのは。

「おいおい、そう警戒しなさんな。そこの目の怖いやつに用事があるだけなんだ」

 骨だった。いや厳密に言えば世紀末風ファッションに身を包んだ人骨だ。
 スケルトンが荒野の色に合うような上下一式の上に機能的なコートを重ねていて、バイクにまたがっているという感じだ。
 頭蓋骨は親しそうにカタカタ笑っていて、その目の奥で青色の瞳が浮かんでこちらを見ている。

「……今度は骨が喋ってやがるぜボス、とうとうお迎えに来たんじゃねえのか」
「最近の死神は鎌とローブは持ってこないのかい? 随分おしゃれじゃないか」
「ハハハ。おいお二人さん、死神グッズは家に置いてきちまったからご期待には応えられないぜ。それより」

 とうとうツーショットすら受け入れづらく感じるほどの存在は、どよめく俺たちを無視して俺のあたりへ人差し指を向けてきた。
 真っ白な指、というか骨が向かう先にはあのリム様がいて。

「リっちゃん! リっちゃんではありませんか! あなたもきていらしたのですね!」

 やっぱりというか、知り合いだったみたいだ。
 親し気な様子のリム様に対して、喋る骨は少し驚いた様子だ。

「おおう、やっぱりか。リムさまもここにいるなんてな」
「お久しぶりですわ! っていうかあなたがいなくなって『アンデッドタウン』が混乱してますけれども……」
「そりゃ大変だなあ。まあ戻る気はないんだ、おいらはこの世界で自由にやってくんだ。頑張れ、とでも伝えておいてくれよ」
「ではそう伝えておきますわ。ところで」

 まるで旅先でたまたま友人と再会したようなノリで会話をしている。
 しかしリム様のほっそりとした指は俺の頬をぷにっと突いて。

「見てくださいませ、この子を! アバタールちゃんそっくりでしょう!」

 このストレンジャーを喋る骨へと紹介し始めた。
 下手すりゃあの世から誰かを迎えに来た使者に見える骨は、

「ハハハ、そのそっくりさんに用があるんだ。大事な話をしなくちゃならなくてね」

 まさに俺へと用があったみたいだ。
 シチュエーション的に死に損ねた俺の魂を回収しに来たように見える。
 そいつはこっちをはっきりと目にすると、バイクを停めて。

「よう、また会ったな」

 親し気に声をかけてきた。
 少なくともこんな気さくな死神と出会ったことは一度もない。

「……また?」
「おっと……そうだったな。まあ聞いてくれよ、話があるんだ」
「まさかお迎えか? でっかいカマと真っ黒なローブはどうした?」
「なんてこった、忘れてきた。まあ冗談はさておいて、おいらはマスターリッチっていう、いわゆるあっちで暮らしてる魔物なんだが……お前に用があるんだ」
「その見た目であの世へのお迎え以外で用なんてあるのか?」

 フレンドリーな喋る骨は、周りを置いてけぼりにしながら語り掛けてきた。

「もちろんさ兄弟。手短に話すが向こうの世界への道を教えに来た」
「……あっちの世界のことか?」
『そ、それって……あの、あっちの世界に帰れるってことですか?』
「おお? 短剣の精霊もいるのか。もちろんさ、その通りだ」

 そいつは女性的な部分が強い声で流暢に伝えてくる。

「いいか? ここから南東にあるデイビッド・ダムってところで向こうの世界へ行くためのゲートがあるぜ。鍵はお前だ、シューヤ」
「……なんで俺の名前を?」
「ミセリコルデの嬢ちゃんを手放すなよ。ずっと一緒にいてやれ」
『えっ――なんでわたしの名前……』
「友達だからさ。それでまあ、お前さんが近づけば扉は勝手に開く。帰りたきゃそこを通っていけ」

 そいつは言うだけいって、満足したようにバイクを再び走らせようとした。

「伝えたからな。これでおいらは自由だ、せいぜいこの世界を楽しませてもらうぜ」
「待て、お前は一体――」

 思わず呼び止めたが、「またな」と骨だけの手は構わずゆるく振られた。

「りっちゃん! どこへいくつもりですの!」
「このまましばらく遊んでる。じゃあな、

 マスターリッチはバイクと共に南の方へと走り去ってしまった。
 『ハハハ』と乾いた笑い声の余韻と、あちらへ向かうための情報を残して。

「……なんだいありゃ、死神があんたの命でも拾いに来たのかと思ったよ」

 そんな後ろ姿を見て、ボスは俺にぽつりと言った。
 リム様に負けないぐらい変な奴だが、これであっちの世界への行き方が分かった。

しおりを挟む
感想 456

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

処理中です...