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世紀末世界のストレンジャー
And am I born to die?
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曇り空の下、荒野の途中に教会だったものがあった。
シンボルだった十字架も、鐘塔も焼けてなくなり、そこから身を乗り出して散弾銃をぶっ放す神父もいない。
焼け焦げた残骸と、あの日冷たい水を吐き出した手押しポンプだけが残っていた。
「……我らの良き隣人に、どうか安らぎを」
そばに作られた簡素な墓の前で、そう言葉を届けたのはツーショットだった。
そのあと俺は散弾銃を空に向けた。
少しやかましいかもしれないけれども撃った。
この意味は、きっとアルゴ神父なら分かってくれるだろう。
「あんたはイカれた奴だったが、立派な戦友には違いなかったさ」
ボスはそういって12ゲージの散弾を墓の前に一つ投げ捨てた。
彼女の表情はまるで「友人をなくしたような顔」だ。
「ゆっくり休みな、アルゴ。どうせお前さんのことだ、私たちと違って天国にいってるんだろう? あんたのことだから寂しい思いをしてるだろうが、じきに私たちもそっちへいくことになるさ。楽しみに待ってな」
きっとあの神父は天国にいっていることだろう。
でも残念なことに、俺はあの人と同じ場所にはたどり着けないと思う。
理由は二つだ。
このストレンジャーはきっと正反対の方向、はるか地底の奥底にある地獄とかいうやつがゴールなんだろう。
もう一つはもっと根本的なもので、死すら死んでいるからだ。
「仇は討った。あんたは晴れて自由さ」
ボスが墓から離れて、去り際にぽんと肩を叩かれた。
俺は墓の前に立った。
「アルゴ神父。俺は良き隣人を救えたのか?」
どうにか墓と分かるようなものの前で質問を口にした。
返事はない。本人がいないならそういうことにしておこう。
「あんたのおかげだよ、あんたの言葉で俺たちは前に進めた。きっと、俺の背負ってる何かが本当に見えてたんだろうな」
思えばアルゴ神父の言葉通りに歩んでいるのかもしれない。
俺がとてつもなく重い運命を持っていることも、先に待ち受けるものも、俺の中にある何かも、彼には全部お見通しだったんだろう。
だが『険しい旅路』は続いている。終着点はもっともっと、ずっと遠くだ。
「ごめん。そしてありがとう。俺の背中を押して、往くべき道を示してくれたのは紛れもなくあんただ。約束させてくれ、俺は必ず勝利を掴んでくるよ」
真っ赤な散弾を墓の前に置いた。
一歩後退、教会だった場所を見る。
焼け焦げた匂いが風に乗ってやってきた。足元には空薬莢が転がっている。
「……じゃあな」
『……おじいちゃん、どうかゆっくり休んでください。わたし、あなたの親切な心をずっと忘れませんから』
そういえばあの人はこう言ってたな。
『人間とはやはり、一人では生きられぬものだな?』
いまなら良く分かるよ、アルゴ神父。
もしも俺がどんな相手でも倒せる無敵の力を手に降り立ったとしても、たった一人じゃ一歩も前に進めなかったはずだ。
あんたは素晴らしい人間だから、素晴らしい人たちに恵まれてたんだ。
あんたは命をかけて俺たちをつなげてくれた――本当にありがとう。
「……そうだ、こいつを」
立ち去る寸前、ずっと使っていた餞別を持ち主に返そうと思った。
散弾を二発、45-70のライフル弾を一発ぶっ放す、銃身が三本ある散弾銃だ。
「そいつはもうお前さんのものさ、ストレンジャー」
ところが、ボスの手に遮られる。
「あいつと、一緒に旅をしてやってくれないかい?」
銃が押し戻された。
「……分かりました」
背中のホルスターに戻した。
これでおしまいだ。ここには俺のせいで焼けた教会と、恩人の墓があるぐらいだ。
ボスたちのところへ戻ろうとすると、リム様が腕をぎゅっと抱きしめてきた。
「イっちゃん。こっちを見て」
きれいなお姉さんの姿をした魔女が、悪魔のような黒目でじっと見てくる。
心配してくれている眼だ。ちょっと潤んでる。
「何も悪くありませんわ。みんな、望まぬ形でこうなってしまっただけなのですから」
「……ああ」
もう一度だけ見てからみんなの元へと戻った。
「さて戻るかい。みんな撤収だ、我が家に帰るよ」
やることをやった俺たちはここを去ることにした。
たぶん、ここにくることはもう二度とないだろう。
俺たちはボスの後についていこうとするが。
「――イチ。後日、お前さんに任務を与える」
歩きながら彼女はストレンジャーにそう伝えてきた。
なんとなくだが、その内容は分かってしまう。
「任務ってのはなんですか?」
「あんたらだけでやってもらう長い長い任務だ。嫌とは言わせないよ」
「もちろんです、ボス」
プレッパータウンの外、つまりこの広い世界に再び挑む時期が来る。
そういうことなんだろう、俺はまた前へ進むのだ。
「まあ、理不尽な任務じゃないから安心しな。あんたの装備品はすべて返すよ」
「はい」
「ついでに多少だが特別ボーナスも支払っておくよ。あの二人をぶちのめしたのはお前さんだ、好きに使うと――」
淡々としたボスの説明を聞きながら装甲車に向かっていくと、不意にこの場に合わない音が混じってきた。
北の方からエンジンの音……バイクの駆動音だ。
俺たちはすぐ身構えた。訓練されたプレッパータウンの住人たちは、全員が揃って発生源へと銃を向ける。
『おーーーーい! 撃つな、撃つな! おいらは敵じゃあないぜ!』
ところがその向こうから聞こえてきたのはのんびりとした声だった。
この世界にふさわしい無骨で錆のあるバイクがこっちへ近づいてくる。
ボスはすぐにスコープ付きの小銃をそれに合わせるのだが、
「……なんだい、ありゃ?」
気味の悪いものを見たような声と共に、銃口は降ろされてしまう。
それにつられて周りも――俺も反射的に構えた散弾銃を引っ込めてしまった。
無理もなかった、なぜなら前にやってきたのは。
「おいおい、そう警戒しなさんな。そこの目の怖いやつに用事があるだけなんだ」
骨だった。いや厳密に言えば世紀末風ファッションに身を包んだ人骨だ。
スケルトンが荒野の色に合うような上下一式の上に機能的なコートを重ねていて、バイクにまたがっているという感じだ。
頭蓋骨は親しそうにカタカタ笑っていて、その目の奥で青色の瞳が浮かんでこちらを見ている。
「……今度は骨が喋ってやがるぜボス、とうとうお迎えに来たんじゃねえのか」
「最近の死神は鎌とローブは持ってこないのかい? 随分おしゃれじゃないか」
「ハハハ。おいお二人さん、死神グッズは家に置いてきちまったからご期待には応えられないぜ。それより」
とうとうツーショットすら受け入れづらく感じるほどの存在は、どよめく俺たちを無視して俺のあたりへ人差し指を向けてきた。
真っ白な指、というか骨が向かう先にはあのリム様がいて。
「リっちゃん! リっちゃんではありませんか! あなたもきていらしたのですね!」
やっぱりというか、知り合いだったみたいだ。
親し気な様子のリム様に対して、喋る骨は少し驚いた様子だ。
「おおう、やっぱりか。リムさまもここにいるなんてな」
「お久しぶりですわ! っていうかあなたがいなくなって『アンデッドタウン』が混乱してますけれども……」
「そりゃ大変だなあ。まあ戻る気はないんだ、おいらはこの世界で自由にやってくんだ。頑張れ、とでも伝えておいてくれよ」
「ではそう伝えておきますわ。ところで」
まるで旅先でたまたま友人と再会したようなノリで会話をしている。
しかしリム様のほっそりとした指は俺の頬をぷにっと突いて。
「見てくださいませ、この子を! アバタールちゃんそっくりでしょう!」
このストレンジャーを喋る骨へと紹介し始めた。
下手すりゃあの世から誰かを迎えに来た使者に見える骨は、
「ハハハ、そのそっくりさんに用があるんだ。大事な話をしなくちゃならなくてね」
まさに俺へと用があったみたいだ。
シチュエーション的に死に損ねた俺の魂を回収しに来たように見える。
そいつはこっちをはっきりと目にすると、バイクを停めて。
「よう、また会ったな」
親し気に声をかけてきた。
少なくともこんな気さくな死神と出会ったことは一度もない。
「……また?」
「おっと……そうだったな。まあ聞いてくれよ、話があるんだ」
「まさかお迎えか? でっかいカマと真っ黒なローブはどうした?」
「なんてこった、忘れてきた。まあ冗談はさておいて、おいらはマスターリッチっていう、いわゆるあっちで暮らしてる魔物なんだが……お前に用があるんだ」
「その見た目であの世へのお迎え以外で用なんてあるのか?」
フレンドリーな喋る骨は、周りを置いてけぼりにしながら語り掛けてきた。
「もちろんさ兄弟。手短に話すが向こうの世界への道を教えに来た」
「……あっちの世界のことか?」
『そ、それって……あの、あっちの世界に帰れるってことですか?』
「おお? 短剣の精霊もいるのか。もちろんさ、その通りだ」
そいつは女性的な部分が強い声で流暢に伝えてくる。
「いいか? ここから南東にあるデイビッド・ダムってところで向こうの世界へ行くためのゲートがあるぜ。鍵はお前だ、シューヤ」
「……なんで俺の名前を?」
「ミセリコルデの嬢ちゃんを手放すなよ。ずっと一緒にいてやれ」
『えっ――なんでわたしの名前……』
「友達だからさ。それでまあ、お前さんが近づけば扉は勝手に開く。帰りたきゃそこを通っていけ」
そいつは言うだけいって、満足したようにバイクを再び走らせようとした。
「伝えたからな。これでおいらは自由だ、せいぜいこの世界を楽しませてもらうぜ」
「待て、お前は一体――」
思わず呼び止めたが、「またな」と骨だけの手は構わずゆるく振られた。
「りっちゃん! どこへいくつもりですの!」
「このまましばらく遊んでる。じゃあな、また会おう」
マスターリッチはバイクと共に南の方へと走り去ってしまった。
『ハハハ』と乾いた笑い声の余韻と、あちらへ向かうための情報を残して。
「……なんだいありゃ、死神があんたの命でも拾いに来たのかと思ったよ」
そんな後ろ姿を見て、ボスは俺にぽつりと言った。
リム様に負けないぐらい変な奴だが、これであっちの世界への行き方が分かった。
◇
シンボルだった十字架も、鐘塔も焼けてなくなり、そこから身を乗り出して散弾銃をぶっ放す神父もいない。
焼け焦げた残骸と、あの日冷たい水を吐き出した手押しポンプだけが残っていた。
「……我らの良き隣人に、どうか安らぎを」
そばに作られた簡素な墓の前で、そう言葉を届けたのはツーショットだった。
そのあと俺は散弾銃を空に向けた。
少しやかましいかもしれないけれども撃った。
この意味は、きっとアルゴ神父なら分かってくれるだろう。
「あんたはイカれた奴だったが、立派な戦友には違いなかったさ」
ボスはそういって12ゲージの散弾を墓の前に一つ投げ捨てた。
彼女の表情はまるで「友人をなくしたような顔」だ。
「ゆっくり休みな、アルゴ。どうせお前さんのことだ、私たちと違って天国にいってるんだろう? あんたのことだから寂しい思いをしてるだろうが、じきに私たちもそっちへいくことになるさ。楽しみに待ってな」
きっとあの神父は天国にいっていることだろう。
でも残念なことに、俺はあの人と同じ場所にはたどり着けないと思う。
理由は二つだ。
このストレンジャーはきっと正反対の方向、はるか地底の奥底にある地獄とかいうやつがゴールなんだろう。
もう一つはもっと根本的なもので、死すら死んでいるからだ。
「仇は討った。あんたは晴れて自由さ」
ボスが墓から離れて、去り際にぽんと肩を叩かれた。
俺は墓の前に立った。
「アルゴ神父。俺は良き隣人を救えたのか?」
どうにか墓と分かるようなものの前で質問を口にした。
返事はない。本人がいないならそういうことにしておこう。
「あんたのおかげだよ、あんたの言葉で俺たちは前に進めた。きっと、俺の背負ってる何かが本当に見えてたんだろうな」
思えばアルゴ神父の言葉通りに歩んでいるのかもしれない。
俺がとてつもなく重い運命を持っていることも、先に待ち受けるものも、俺の中にある何かも、彼には全部お見通しだったんだろう。
だが『険しい旅路』は続いている。終着点はもっともっと、ずっと遠くだ。
「ごめん。そしてありがとう。俺の背中を押して、往くべき道を示してくれたのは紛れもなくあんただ。約束させてくれ、俺は必ず勝利を掴んでくるよ」
真っ赤な散弾を墓の前に置いた。
一歩後退、教会だった場所を見る。
焼け焦げた匂いが風に乗ってやってきた。足元には空薬莢が転がっている。
「……じゃあな」
『……おじいちゃん、どうかゆっくり休んでください。わたし、あなたの親切な心をずっと忘れませんから』
そういえばあの人はこう言ってたな。
『人間とはやはり、一人では生きられぬものだな?』
いまなら良く分かるよ、アルゴ神父。
もしも俺がどんな相手でも倒せる無敵の力を手に降り立ったとしても、たった一人じゃ一歩も前に進めなかったはずだ。
あんたは素晴らしい人間だから、素晴らしい人たちに恵まれてたんだ。
あんたは命をかけて俺たちをつなげてくれた――本当にありがとう。
「……そうだ、こいつを」
立ち去る寸前、ずっと使っていた餞別を持ち主に返そうと思った。
散弾を二発、45-70のライフル弾を一発ぶっ放す、銃身が三本ある散弾銃だ。
「そいつはもうお前さんのものさ、ストレンジャー」
ところが、ボスの手に遮られる。
「あいつと、一緒に旅をしてやってくれないかい?」
銃が押し戻された。
「……分かりました」
背中のホルスターに戻した。
これでおしまいだ。ここには俺のせいで焼けた教会と、恩人の墓があるぐらいだ。
ボスたちのところへ戻ろうとすると、リム様が腕をぎゅっと抱きしめてきた。
「イっちゃん。こっちを見て」
きれいなお姉さんの姿をした魔女が、悪魔のような黒目でじっと見てくる。
心配してくれている眼だ。ちょっと潤んでる。
「何も悪くありませんわ。みんな、望まぬ形でこうなってしまっただけなのですから」
「……ああ」
もう一度だけ見てからみんなの元へと戻った。
「さて戻るかい。みんな撤収だ、我が家に帰るよ」
やることをやった俺たちはここを去ることにした。
たぶん、ここにくることはもう二度とないだろう。
俺たちはボスの後についていこうとするが。
「――イチ。後日、お前さんに任務を与える」
歩きながら彼女はストレンジャーにそう伝えてきた。
なんとなくだが、その内容は分かってしまう。
「任務ってのはなんですか?」
「あんたらだけでやってもらう長い長い任務だ。嫌とは言わせないよ」
「もちろんです、ボス」
プレッパータウンの外、つまりこの広い世界に再び挑む時期が来る。
そういうことなんだろう、俺はまた前へ進むのだ。
「まあ、理不尽な任務じゃないから安心しな。あんたの装備品はすべて返すよ」
「はい」
「ついでに多少だが特別ボーナスも支払っておくよ。あの二人をぶちのめしたのはお前さんだ、好きに使うと――」
淡々としたボスの説明を聞きながら装甲車に向かっていくと、不意にこの場に合わない音が混じってきた。
北の方からエンジンの音……バイクの駆動音だ。
俺たちはすぐ身構えた。訓練されたプレッパータウンの住人たちは、全員が揃って発生源へと銃を向ける。
『おーーーーい! 撃つな、撃つな! おいらは敵じゃあないぜ!』
ところがその向こうから聞こえてきたのはのんびりとした声だった。
この世界にふさわしい無骨で錆のあるバイクがこっちへ近づいてくる。
ボスはすぐにスコープ付きの小銃をそれに合わせるのだが、
「……なんだい、ありゃ?」
気味の悪いものを見たような声と共に、銃口は降ろされてしまう。
それにつられて周りも――俺も反射的に構えた散弾銃を引っ込めてしまった。
無理もなかった、なぜなら前にやってきたのは。
「おいおい、そう警戒しなさんな。そこの目の怖いやつに用事があるだけなんだ」
骨だった。いや厳密に言えば世紀末風ファッションに身を包んだ人骨だ。
スケルトンが荒野の色に合うような上下一式の上に機能的なコートを重ねていて、バイクにまたがっているという感じだ。
頭蓋骨は親しそうにカタカタ笑っていて、その目の奥で青色の瞳が浮かんでこちらを見ている。
「……今度は骨が喋ってやがるぜボス、とうとうお迎えに来たんじゃねえのか」
「最近の死神は鎌とローブは持ってこないのかい? 随分おしゃれじゃないか」
「ハハハ。おいお二人さん、死神グッズは家に置いてきちまったからご期待には応えられないぜ。それより」
とうとうツーショットすら受け入れづらく感じるほどの存在は、どよめく俺たちを無視して俺のあたりへ人差し指を向けてきた。
真っ白な指、というか骨が向かう先にはあのリム様がいて。
「リっちゃん! リっちゃんではありませんか! あなたもきていらしたのですね!」
やっぱりというか、知り合いだったみたいだ。
親し気な様子のリム様に対して、喋る骨は少し驚いた様子だ。
「おおう、やっぱりか。リムさまもここにいるなんてな」
「お久しぶりですわ! っていうかあなたがいなくなって『アンデッドタウン』が混乱してますけれども……」
「そりゃ大変だなあ。まあ戻る気はないんだ、おいらはこの世界で自由にやってくんだ。頑張れ、とでも伝えておいてくれよ」
「ではそう伝えておきますわ。ところで」
まるで旅先でたまたま友人と再会したようなノリで会話をしている。
しかしリム様のほっそりとした指は俺の頬をぷにっと突いて。
「見てくださいませ、この子を! アバタールちゃんそっくりでしょう!」
このストレンジャーを喋る骨へと紹介し始めた。
下手すりゃあの世から誰かを迎えに来た使者に見える骨は、
「ハハハ、そのそっくりさんに用があるんだ。大事な話をしなくちゃならなくてね」
まさに俺へと用があったみたいだ。
シチュエーション的に死に損ねた俺の魂を回収しに来たように見える。
そいつはこっちをはっきりと目にすると、バイクを停めて。
「よう、また会ったな」
親し気に声をかけてきた。
少なくともこんな気さくな死神と出会ったことは一度もない。
「……また?」
「おっと……そうだったな。まあ聞いてくれよ、話があるんだ」
「まさかお迎えか? でっかいカマと真っ黒なローブはどうした?」
「なんてこった、忘れてきた。まあ冗談はさておいて、おいらはマスターリッチっていう、いわゆるあっちで暮らしてる魔物なんだが……お前に用があるんだ」
「その見た目であの世へのお迎え以外で用なんてあるのか?」
フレンドリーな喋る骨は、周りを置いてけぼりにしながら語り掛けてきた。
「もちろんさ兄弟。手短に話すが向こうの世界への道を教えに来た」
「……あっちの世界のことか?」
『そ、それって……あの、あっちの世界に帰れるってことですか?』
「おお? 短剣の精霊もいるのか。もちろんさ、その通りだ」
そいつは女性的な部分が強い声で流暢に伝えてくる。
「いいか? ここから南東にあるデイビッド・ダムってところで向こうの世界へ行くためのゲートがあるぜ。鍵はお前だ、シューヤ」
「……なんで俺の名前を?」
「ミセリコルデの嬢ちゃんを手放すなよ。ずっと一緒にいてやれ」
『えっ――なんでわたしの名前……』
「友達だからさ。それでまあ、お前さんが近づけば扉は勝手に開く。帰りたきゃそこを通っていけ」
そいつは言うだけいって、満足したようにバイクを再び走らせようとした。
「伝えたからな。これでおいらは自由だ、せいぜいこの世界を楽しませてもらうぜ」
「待て、お前は一体――」
思わず呼び止めたが、「またな」と骨だけの手は構わずゆるく振られた。
「りっちゃん! どこへいくつもりですの!」
「このまましばらく遊んでる。じゃあな、また会おう」
マスターリッチはバイクと共に南の方へと走り去ってしまった。
『ハハハ』と乾いた笑い声の余韻と、あちらへ向かうための情報を残して。
「……なんだいありゃ、死神があんたの命でも拾いに来たのかと思ったよ」
そんな後ろ姿を見て、ボスは俺にぽつりと言った。
リム様に負けないぐらい変な奴だが、これであっちの世界への行き方が分かった。
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