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世紀末世界のストレンジャー

いろいろ失い、いろいろ聞く

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 食堂で聞いた話だが、いろいろなことがあったらしい。
 各地で残党狩りが念入りに行われたこと。
 先日、西側にいるミリティアという連中がついに動き出したこと。
 俺のコードネームがあと一票足りなかったら『コンドーム』になってたこと。
 
 クソみたいな名前はともあれ、プレッパータウンは落ち着いてきたみたいだ。
 一週間ぶりの食事をどうにか詰め込んで、外の空気でも吸おうかなと思ってたが。

『――いちクン!』
「ワンッ!」

 外に出るなり、短剣を咥えた黒い犬がものすごい勢いでやってきた。
 いうまでもなくミコとニクだ。

『大丈夫!? さっきいちクンがやっと起きたって聞いて……!』
「ワゥンッ!」

 物言う短剣の泣きそうな声と一緒にニクが抱き着いてくる。
 ひんひん鼻を鳴らしながら頬ずりしてきた。じとっとした目も潤んでる。
 ずっと待ち続けてたような顔だ。いやその通りか。

「おはよう、どうも死神に門前払いされたらしい」
「キュゥン……」
「おーよしよし。もう大丈夫だグッドボーイ、あの世から出禁食らったから」

 俺は咥えてる短剣ごと抱っこした。黒い犬からは洗った犬の香りがする。
 ニクをお姫様抱っこしていると、鞘から申し訳なさそうな声が出てきた。

『……いちクン、ごめんなさい……! あの時、なんにもできなくて……なにかできれば、あんなこと起きなかったのかもしれないのに……!』

 ところが第一声は謝罪だった。
 正直そこまで気にしちゃいないし、あれは仕方ないだろうと思う。
 そもそもの話、あそこでミコに頼らないで一人勝手に突っ込んだのが悪い。

「気にしなくていい。それより貞操を奪われた方が百倍ショックでどうでもいい」
『あっ……う、うん……』
「ついでに調べた結果、今の俺は生殖能力も失われてるそうだ」
『えっ!?』

 驚かれまくりだがとりあえずコンテナハウスに帰ろう。
 犬を降ろしてミコを腰に装着していつも通りのスタイルに戻った。

「とにかくお前が謝ることじゃないだろ? あれは全員にとって予想外だったんだ」
『……でも』

 腰の短剣はまだ申し訳なさそうに言っている。
 どうせ魔法でどうにかすればよかった、とか言い出すんだろう。
 俺は柄のあたりを手でとんとんしながら、次のセリフを遮ることにした。

「いいんだ、ありゃ俺のミスだ。でも、こうしてまたお前の声を聞けて良かった」

 それで納得してくれたんだろうか。

『……はい』

 ミコは息を詰まらせるように黙ったあと、苦しそうな声で答えた。

「よし。それから……心配かけてすまなかった、元気だったか?」
『うん。わんこと一緒にみんなのサポートをしてたんだよ』
「そうか、みんなのこと助けてくれてたのか。ありがとう」
『あっ、おばあちゃんからタグ……っていうのもらったよ。わたしとわんこにも支給するって』
「お前らも? なんて名前になった?」
『えっと、わたしは『イージス』で、この子は『ヴェアヴォルフ』だよ』

 よく見たらニクの首に二つのタグが無理やり巻き付けてある。
 名づけはこうだ、『イージス』と『ヴェアヴォルフ』と。
 どっちもストレンジャーなんかよりカッコいいと思う。

「……なあお前ら、なんで俺よりカッコいいんだ?」
『いちクンはどんな名前なの?』
「ストレンジャー。また戻っちまったらしい」

 俺は名前を授けられたわんこの頬を撫でた。
 飼い主が帰ってきて幸せな黒い犬は、どことなく微笑んでる気がする。

『でも、いいのかな? わたしにも支給されちゃって……』
「お前らも認められたってことだろ。つまり俺たちみんな合格ってわけだ」
「ワンッ」
『……そっか』

 それに比べてミコはどことなくうれしくなさそうだ。
 何もできなかったことがよっぽどショックなのかもしれない。

「あー、だからその、落ち込むな。もし俺のことで責任感じてるならそいつは間違いだ。またいつもみたいに接してくれ、それでこれからもついてきてくれ。お前がいないと寂しい」
『……うん。ごめんね、いちクン』
「いいんだ。また一緒に行こうぜ、相棒。この世界は俺一人じゃ広すぎる」
「ワンッ」
「ニクもな」

 鞘越しに短剣をこんこん叩いた。

『あの……いちクン、こんなこというのどうかと思うけど、性格変わったよね』

 それからいつもと変わらない地上を歩いてると、不意にミコが質問してきた。

「……みんなそういうけどこうなったらもう仕方ない。新生イチだ」
『頭の方は大丈夫? ドクさんから聞いたんだけど、弾がかなり奥まで達してたって……』
「それが「おまえ頭イカれてんのか?」ってニュアンスじゃないならこいつ見たほうが早いと思う」

 やっぱりミコから見てもおかしいようだ。
 まあいずれ治るだろう。そう信じて物いう短剣に瓶詰の脳みそを近づけてみた。

『ひっ……!? い、いちクン、それって……!』
「これがキャベツの漬物に見えるか? 俺のアレだ」
『だ、大丈夫じゃないよねこれ!? かなり取られちゃってるよ!?』
「ああ、こいつらあろうことか有機物と無機物の壁を越えて駆け落ちしやがった! くそったれ! お前らに帰る家はねーからな!」

 見てると腹が立つので遠くにぶん投げた。
 いまさら気づいたがこの容器、見た目とは裏腹にかなり頑丈だ。

『って投げちゃだめだよ!? それいちクンのだよね!?』
「俺の頭から離れた時点でもう仲間じゃねえ! 失せろ裏切り者!」

 ところがニクが走って、地面に落ちた脳みそを咥えて戻ってきた。
 どうやっても捨てられない呪いでもかかってるんだろうか。

『いちクン、やっぱり変わりすぎだよ……どうしちゃったの?』
「結構ヤバいと思う、犬見て興奮するぐらいには。おいでニク」

 俺は忠犬ニクを色っぽく抱っこした。
 わんこはなすがままだ。すべてを受け入れてくれる姿勢だ。

「おお、よしよし……ハニーってよんでいい?」
「クゥン」
「オーケーだとさ。聞いたかミコ、今日からこいつは愛人、いや愛犬だ。もう籍もいれちゃう、俺旦那さん」
『……い、いちクン……? へんなことしちゃだめだよ……?』

 犬を愛でながら我が家に近づくと、ふと地面に何かが置かれてるのに気づく。
 ちょうどコンテナハウスの近くに長方形の箱がどんと横たわっていた。
 もしここに両腕を組んだ死体でもぶち込めばジャストサイズの棺桶になると思う――つまりそのまんまだ。

「おい、なんだこの棺桶。頭に銃弾食らったやつ用か?」
『えっと……町の人が、もし目覚めなかったらここに入れるって……』
「ワオ。良かったな、たった今ここは空席になったぞ。どうせだし代わりにこいつでも入れとくか。そもそも俺死んでも死体残らねえだろ入れオラァ!」
『だからそれ捨てちゃだめ!? なんで捨てようとしてるのさっきから!?』

 賭けの対象にされるわ棺桶は用意されてるわ今日は散々だ。
 とにかく一週間ぶりの我が家でくつろごうと思っていると。

「イっちゃーん! お仕事終わりましたわー! 構ってくださいまし!」

 後ろから覚えのある声が近づいてきた。
 さっさと入って扉を閉めた。すぐに「入れろオラッ!」と怒声がガンガン響いた。



「もうマヂ無理……」

 我が家に帰ってすぐにしたことは情けなくベッドの上に倒れることだった。
 そりゃそうだろう、この一日で俺は何を失った?
 脳みその一部と生殖能力と貞操をまとめて失うやつなんて他にいるんだろうか。
 いやもう一つ追加だ、たった今男としての自信も失った

「大丈夫ですわ、私がいますから……くすくす♡」

 そんな俺の背中にずっしりのしかかる悪い奴もいる。リム様とかいう変態だ。
 美女の姿で片足を組んで、大きなお尻と太ももで病人を踏み潰してる。

『りむサマ、その姿……どうしたの……?』
「ご存じありませんの? 魔女はいろいろな姿になれるのです! この姿は数あるうちの一つだけれど、ついこの前からイっちゃん専用の姿になりましたわ」
「いつものリム様に戻って……」
「あら、ちっちゃい子の方が興奮しますの? では――」
「ごめんやっぱいい。そのままの君でいて」

 首をぐぐっと動かすと、真っ白な手が近づいてきた。
 頭を優しく撫でられた。もう親が子供にするような優しい手つきじゃなく、まさに愛撫するとかそういう感じで。

「なあリム様。俺頭パンクしそう。いや穴空いたけど」
「あら……大丈夫かしら? よしよし」
「お前のせいだよ……なんなんだほんと、勝手にその、アレして、精子が機能してませんだって? 説明してくれよ……」

 消音器代わりにした枕にぼそぼそ伝えると、背中のずっしり感がすっと消えた。
 恐らく人類史上最も情けない顔をしているだろう俺が身体を起こすと、

「分かりましたわ。ほらほら、枕になって上げますからおいでおいでー」

 リム様を自称する真っ白肌の悪魔風お姉さんはソファーに座っていた。
 本体の成長に置いてかれた衣装からは肉感的になった身体があちこちあふれてて、本人はセクシーな顔つきでこっちを誘っている。
 もっといえば、歩くたびに揺れてるような太ももをぺちぺち叩いて待ち構えてる。

「……じゃあそうする」

 遠慮なく移った。
 ソファーに横たわると白い太ももがむっちり受け止めてくれて、ついでに頬のあたりを撫でられた。いやらしく。

「……ついでにスッキリしますか? ふふっ……♡」
「いやそれよりジンジャーエール飲みたい……」
『す、スッキリって…………えっと……』

 物理的には何グラムか軽くなった頭を乗せたまま、横目でリム様を見上げた。
 人外の瞳がうっとりした様子でこっちを見ている。

「あのさ、俺ね、まず言いたいことあるんだ、ねえ聞いてお願い」
「なぁに? どうしたんですの? ふふふ……」
「ああいうのは定職について結婚して幸せな家庭を築いてからするもんだとずっと思ってたの俺……」

 柔らかい太ももに埋まりながら最初の言葉を伝えた。

「あっちの世界ではその辺わりと自由ですの、老若男女問わずですわ!」
「じゃあもう無理、あっちの世界いかない俺。あと責任取って」
「もちろんですわ♡ ずっと養ってあげますから私のヒモになってくださる?」
「いややっぱいい、なんかダサい。がんばってあっち行く。あともう一ついい? なんでパンツはいてないの? 向こうって下着にこまるぐらい貧困にあえいでんの?」
「あっちのファッションですわ。さあイっちゃんも脱ぎましょう?」
「向こうでそんなファッションの定義した奴皆殺しにしてやる」
『……いちクンがおかしくなっちゃったよ……』

 いうだけいってスッキリしたので、次はいよいよ本題だ。

「……リム様、どうして精子のチェックなんてしたんだ? ドクから聞いたぞ、まるで何か知ってるみたいだったってな」

 リム様の手に頭蓋骨の穴を撫でまわされながら尋ねた。
 一瞬、リム様の手が止まった。

「約束は守ってくれよ。全部話してくれ」
「……分かりましたわ。まず、アバタール、といったのは覚えてます?」
「ああ、覚えてる。俺がそいつじゃないって答えてしょんぼりしてたのもな」
「なら話は早いですわ。イっちゃん、あなたはその人と全く同じなんです」
「……同じ?」
「ええ。その魔法が効かない恐ろしい力も、子供を作れないというところも。もっといえば、あのとき私に「おいしい」って伝えてくれたあの姿も、あの子にそっくりでしたの」

 そうか、アバタールってのはこの人の知り合いか何かだったのか。
 あるいは――子供とかか? いやどっちにせよ質問は同じだ。

「同じセリフを返すようで悪いけど、だったら話は早いな」

 俺は太ももの弾力をバネに起き上がった。
 それから不安そうな様子のリム様に『大丈夫だ』と顔を作って、見つめた。

「リム様、アバタールってのはどんな奴なんだ? 俺となんの関係がある? できる範囲でいい、教えてくれ」

 相手は信頼してくれたんだろうか。
 少しためらって、決意したようにまっすぐ見てきた。

「私の……いいえ、私たちの大事な我が子であり、あの世界のすべての魔女たちを救済してくれた、大切な恩人ですわ」

 『集中』しなくたってわかるほどリム様はマジだ。

「……我が子、ってことは。あんたの子供か?」
「血のつながった子供ではありませんわ。私たち・・・が拾った子ですの」
「じゃあ、救済だとか恩人っていうのは?」
「それについてはフランメリアについて少し話しておかないといけません。ミコちゃん、あなたもお聞きになってくださる?」
『は、はい! しっかり聞いてます!』

 向こうはようやく俺の疑問に答えてくれるようだ。
 こっちは穴が開いた分、何でも受け入れる覚悟ができてる。
 さあ来い――と思ってると、少し間を置いてリム様が顔を近づけてきて。

「……んっ♡」

 ……ちゅ、とまたついばむようにキスをされてしまった。頬にやられた。
 一体何だと思ったもののまた頭をよしよしされた。
 やっぱり重ねてるんだろうか、俺と、その我が子を。

「……リム様って不安になるとキスとかハグとかしてくるタイプ?」
「いいえ、ムラっときたからです♡」
「こっちはイラっときた」

 台無しにされたが、リム様は俺を撫でながら語り始める。

「それではあなたにお話ししますわ。アバタールと、魔女の昔話を」
「……分かった、あとなぐさめて……」
「じゃあなぐさめながらお話ししますわ。よしよし……♪」
「ありがとう、それからニクとミコもなぐさめて。じゃあリム様の思い出話スタート――おい、男のおっぱい触るな」
『えっ』
「ワンッ」

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