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世紀末世界のストレンジャー

L.O.S.T

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 この世界にはメスキートとかいうマメ科の植物がある。
 低木から生えていてほんのり甘くてそのままぼりぼり食べれる。
 それをローストして粉状にし、変異してカフェインを発するようになったリュウゼツラン的な何かを足すとコーヒーの出来上がり。

「いいかい、君は脳にダメージが残ってるんだ。しばらく辛いものとか脳を刺激するような食品はお預けだよ」
「カフェインはいいのか?」
「まずかったかもしれない、申し訳ない。もったいないから飲んでくれ」

 食糧事情が安定した今、それくらい作る余裕ができたってことだ。

「……イチ、無事だったか」
「……大丈夫、なの?」
「お見舞いに来た」
「しんぱい、してた」
「……あたま、だいじょうぶ?」

 コーヒーもどきを飲んでのんびりしてると褐色肌の連中がぞろぞろやってきた。
 胸の大きな女の子が四人に、胸の筋肉がヤバイ弟が一人。
 アレクと愉快なお姉ちゃんたちだ。

「ひどい傷だな。脳の一部が破壊されたと聞いたのだが問題ないか?」

 最後の一口を飲み終えると、褐色肌のイケメンが心配そうに近づいてきた。

「……アレク、と……眠そうなのがサンディ、面倒くさそうな顔してるのがシャディ、アンニュイなのがシディ、不機嫌そうな顔がステディ、だったか」
「……眠く、ないよ」
「面倒くさそうにみえるかな」
「たいくつ、だったから」
「……しんぱいで、きたよ」
「どういう覚え方をしているのだお前は」

 よし覚えてる。
 あとは本人確認だけだ、アレクのむき出しのおっ……胸を触った。
 豊かに育った褐色の胸筋は硬い、ように見えて結構柔らかい。

「……おい、何をしている」
「……ひょっとして、俺のママ?」
「誰がママだ」

 完全に思い出した、アレクだ。
 そばにいたサンディが「揉む?」と褐色の巨乳を突き出してきた。
 拒んでこれ見よがしにアレクをまた揉んだ、二人に叩かれた。

「……その、大丈夫か? 脳をやられて一週間も寝ていたのだぞ?」
「ああ、もう起きた。いろいろ失った上に気分がずっとハイだ」
「頭を撃たれて昏睡していた割には元気そうだが……どれ、見せてみろ」

 アレクたちの手が俺の頭部、左側面に集まってくる。
 何人分かの指先がこめかみに当たって、ぶにょっとへこむ感触がした。

「なんかもうスッキリした、リミッター外れた気分。おっぱい触らせて?」
「……私の、触る?」
「おまえじゃねえよ!!!」
「……本当に様子が変だな。ともあれ死の淵から蘇ったわけか、よくぞ戻ったな」

 俺は押し当てにきたデカい胸を払って、容器を突き出した。
 容器の中でぷかぷかしてる脳の破片を見せると、健康的な褐色の顔が人数分青ざめていくのを感じた。

「ああ、ただいま。んでこっちは駆け落ちしたクソ野郎だ。オラッ! テメーとはこれでさよならだッ!」

 ということでゴミ箱に自分の脳みそゴミ入り容器をぶん投げた。

「お、おいっ! それはお前のだろう!? そんなゴミのようにに捨てるな!」

 見事に入ったがステディが回収して戻されてしまった。
 とにかくベッドから立ち上がることにした。急に腹が減った。

「……もう立てるのか?」
「腹へった。まだ食堂やってるか?」
「ちょうどいま開いたところだが……その、食事をしても問題ないのか? 手術したばかりだろう?」

 アレクが心配そうに見てきて思い出した、そういえば一週間も寝てたわけだ。
 いきなり何か食っても大丈夫なのか――担当医に聞いてみよう。
 俺は向こうでコーヒーをすすっているドクに聞いてみることにした。

「おいドク、もう飯食っても大丈夫だよな?」
「おすすめはしないよ。かえって君にとってダメージになると思う」
「じゃあ大丈夫だな」
「どうしても食べるというならゆっくり時間をかけて食べるように。辛いものは絶対に避けるんだよ」

 問題ないようなので一週間ぶりに立ち上がった。
 少し力が入らないし、頭の奥がむずむず痛むが歩き方は忘れちゃいないようだ。

「てことで飯だ。ありがとうドク、コーヒーうまかったよ」
「……イチ、本当に大丈夫なのか? 人が変わってしまったようだぞ」
「大丈夫だろ。それと今日から二つ名はストレンジャーだそうだ。じゃあ飯食ってくる。邪魔すんなよ」

 首から下げたタグを褐色肌たちにじゃらじゃら見せてから食堂へ向かった。
 それから、脳みそも一緒に。



 プレッパータウンの地下シェルターの中は相変わらずだった。
 一週間ぶりに見る光景にしてはいつもと何ら変わってない感じがする。
 変わったことは壁に【食堂スタッフ募集中】とか書かれてるぐらいだ。

「おい見ろよ……ほんとに生きてたぞあいつ」
「脳撃たれて昏睡こんすい状態だったっていうのにもう元気なんだが……」
「私の予想は当たりね。さあお二人とも、私に1000チップよこしな」

 ただまあ、いつもと違うのはゾンビでも見るような驚きの視線があることか。
 俺は勝手に賭け事をしてる連中に脳みそを見せつけてから階段を上った、後ろで「うわっ」とか聞こえてきた。
 とはいえ頭が痛い、一段昇るたびにひどくなってる気がする。

「ようお寝坊さん。安静にしてたほうがいいんじゃないか?」

 ふらふら登り切った先には見慣れた男が瓶を手に待ち構えていた。
 実戦向きに短く整えた髪と余裕たっぷりの顔――ツーショットだ。

「すっかり元気になったからもう眠れないんだ。あと腹減った」

 無視して食堂へ向かおうとしたが、横から瓶が伸びて遮られる。

「イチ……お前大丈夫か? 一週間もぐっすりだったんだぜ?」

 ドクターソーダで人をせき止める男を見ると、心配そうに覗き込きこんできた。

「ずっと寝てたから全快した。おまけに寝てる間に大事なものを四つも失った、最高すぎる一週間だったよ」
「あー……四つ?」
「脳みそ、童貞、それから二つだ! おまけに今、自尊心まで失おうとしてるんだぞ!? もうぼろぼろだ!」

 指で自分の失ったものをどこから強調しようか迷ったが、ぴとっと瓶を顔に押し付けられた。
 良く冷えている、クールダウンした、相手が気にかけてくれてるのも分かった。
 失ったものについてはまあどうでもいいかという結論に落ち着く。

「お前なんだか変だぞ? 後遺症が残るかもしれないっていってたがこりゃ――」
「脳みそ欠けたら誰にでも変になるチャンスが巡ると思わないのか?」
「それもそうか。まあ退院おめでとう、死体みたいだったぜ」
「その死体に冒涜的な行為したやついるらしいな」
「そのことに関してはノーコメントでいいか? ほら、退院祝いだ」
「ジンジャーエールは?」
「辛口のやつはだめだ。脳に刺激が行くから飲ませるなってさ」
「そういえばそういわれてたか」

 冷たい瓶を受け取り、ボトルキャップをむしり取って一口飲む。
 甘酸っぱくてしゅわっとした刺激が走った、穴の開いた脳の奥まで。
 目の奥がずきっと痛んだもののとてもうまい。

「見舞いの品をありがとう。お礼にいいものを見せてやるよ」

 俺は壁に寄りかかりながら持ってた容器を見せびらかす。
 謎液に浮かぶ肉団子と銃弾を目にしたツーショットが露骨に嫌そうな顔をした。

「えーと、そいつは……アレか? 患部だよな?」
「こいつか? 金属と駆け落ちした親不孝者だ。今日限りでこいつとは縁を切る」

 見せるもんは見せたので通路のゴミ箱に脳みそを放り投げた。

「ちょっ……おい落ち着けって! なんてモン捨ててんだ!? 記念に取っとけとは言わんけどそんな風に扱うなよ!」

 ところが、ツーショットは慌てて拾い上げてこっちに戻しに来た。
 クソッ、誰も捨てさせてくれないのか。

「まあそんなわけだ。飯食ってくる」
「……イチ、お前やっぱり休んだ方がいいぞ。かなり変だ」

 食堂へ向かった。



 ちょうど食堂が開いた頃合いだったんだろうか。
 脳みそと一緒に進んだ先でうまい料理を求める腹ペコ人間たちが押し寄せていた。
 やはり驚かれている、道行く人に「何見てんだ」と視線を送りながら進むと。

「おお、生きてたのかよ兄弟! 蘇ったっていうからみんな大騒ぎだぜ!」

 放火魔、いや、ナッツクラッカー、いや、ヒドラのやつと鉢合わせてしまった。
 彼に付きまとうようになったラシェルとかいう子は今頃飯でも作ってるんだろう。

「よおヒドラ、死に損ねた。今どうなってる?」
「だろうなあ。あれからちょっといろいろあったが最近は平和だぜ」
「俺に弾ぶち込んだクソ野郎は? 二度と蘇生できないようにしたか?」
「あいつならナパームぶっかけて念入りに焼いて灰にしといた」
「そりゃよかった。で、その灰は?」
「50㎜ロケットに詰め込んで残党どもにぶち込んで来た。死んだ」
「そうか、ありがとう。もう転生もできないだろうな」

 どうやらこいつが仇をとってくれたみたいだ。
 お礼に「一口どうだ?」とドクターソーダをすすめるとうまそうに飲んでくれた。
 本当に終わったんだな、と思ってため息が出てしまう。

「……お前、ほんとに大丈夫か? 人が変わっちまったみてぇだぞ」

 戻ってきた瓶を飲み干そうとすると顔を覗かれてしまった。
 強面な表情は間違いなく頭の傷に向けられてると思う。

「脳のイメチェンに失敗した。それより寝てる間に誰かさんがとんでもないことしてくれたみたいだな」

 それから、食堂の方を見た。
 「オラッ! いっぱいお食べなさい!」とか聞こえてきた。あの芋め。

「すごいことしてたぜお前ら、いやマジで」
「……ほんとにリム様、俺になんかしてたのか」
「ああ、すごく気持ちが良さ……してたな、うん。みんなドン引きだったぜありゃ」
「……なにが、いや、どっちがだって?」
「両方」

 なんだかとんでもないことばかり聞かされて頭が痛くなってきた。
 特に撃たれた部分が――いや、待て、なんでこいつも知ってるんだ?

「ちょっと待て、なんでお前がそのこと知ってるんだ?」
「そりゃ……真昼間に人目もくれずおっぱじめたからだよ」

 更に驚愕の事実がぶちまけられた。
 行き交う人々がまるで変態でも見るような視線だということにやっと気づけた。
 俺は目の周りを押さえた。頭痛は一向に引かない。

「この際、何をとは言わないけどな、何してくれてんだあいつ?」

 それから同情と返答を友人に求めたが。

「ぶっちゃけ屍姦ネクロフィリアしてるみたいでキモかった」

 するとヒドラは至って冷静な、真面目な顔で答えてくれた。

「どっちがキモいって?」
「両方」
「よし、聞いてくれ兄弟。俺は悪くないんだ、悪いのは――」
「分かってる。でもマジでやばかった、ヤってる最中にみんなドン引きして患者が医務室から逃げてった」
「なんてことしやがるあの芋の妖怪」
「近くで見てたけどお前を生贄に使った悪魔召喚の儀式みたいでやばかった。変なモン降臨しそうでさ」
「これを言うのはお前で二人目なんだけど、止めようと思わなかったか?」
「そのご本人にこれ食って見てろっておやつ渡されたんだ」
「なに渡されたって?」
「マフィン。最高だったぜ、リム様は料理の天才だ」
「つまりお前はマフィン食いながら鑑賞してたわけだ」
「ラシェルもいたぞ。ドクからもらったコーヒーもあったぜ」

 ドクめ。患者を大切に思うならプライバシーぐらい守ってやったらどうだ。
 もう脳の痛みなんてどうでも良くなってきた、今度は胃だ、胃が痛い。

「それとアレクがドアの隙間からドキドキしながら見てたぜ」
「どっちをだ?」
「陸で窒息して半日放置されたマグロみたいなほう」
「…………まあアレクならいいか」

 世紀末世界に生きるストレンジャーは運のステータスが低すぎたみたいだ。
 おかげで意味不明のイベントが積み重なりまくって俺をぶっ殺しに来ている。

「今の不穏な発言はともかく……それから、お前の、その、精子のことだけどよ」
「そこまで知ってたか。どんな気分だ?」
「俺、不幸な事故でタマ一つとお別れしてたんだけどよ、あれ聞いて正直安心した。自分は井の中の蛙ってやつだったな。おかげでまた頑張れる、ドンマイ」
「おい、お前はシングルで済んでるけどな、俺は事実上ダブルだぞ!? 何もかもだ!?」
「脳みそはいいのかよ」
「こんなもん知るか! 二度と俺の頭蓋骨に帰ってくんな!」

 脳みそをゴミ箱に投擲した。
 ところが親切な放火魔は仕方なさそうにしぶしぶ拾ってきてくれた。

「でも勝ったな。卒業レースは俺の方が先だったぜ」
「そりゃ良かったな。でもお前は、どうせ、あれだろ? ついでに処女も」
「ああ、悪くなかった」
「なんてこった、冗談で言ったのにお前は……」
「ついでにいうけどよ、お前、意外とセンシティブな声」
「もういい、分かった! この話はやめだ! さっさと飯食いに行くぞ!」

 人生の中でもっともひどいであろう会話をしていると、見慣れた老人の姿がじとっとした目でこっちを見ていた。
 ボスだ。なんかもう憐みの表情しかそこになかった。

「……おいあんたら、馬鹿みたいな会話してないでさっさと飯食いな」

 そのままどこかへ行ってしまった。
 顔を見合わせて、けっきょく一週間ぶりの食事をとりに食堂の中へと進んだが。

『…………』

 俺が入るなりにぎやかだった食堂がぴたっと止まった。
 時が停まった。墓場から蘇った死体でも見るような視線が送られてくる。

「……おいなんだ? 飯食いに来ただけだぞ? いいから食ってろ」
「人気者だな、やったじゃねえか」
「最高すぎて脳から汁でそう。おばちゃん、病人食くれ。大盛りだ」
「まあなんだ、おかえり。良く無事に帰ってきやがったな」
「ただいま。ラシェルとはうまくやってるのか?」

 無視して久々の飯を食った。

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