魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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世紀末世界のストレンジャー

起きろ、ストレンジャー

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 またおかしな世界が広がる。
 俺は、確か、撃たれたんだったっけか。
 またふわふわしている。でも、なぜか懐かしい空気を感じる。
 
【――では皆様、d20を振って下さい。発狂内容については後程説明します】

 質素な誰かの部屋で、機械的な女性の声がした。

『また20出したよおれ……どうしようみんな、ここで死ねってことらしい』

 パソコンのモニターの前に誰かが向き合っていた。何か配信してるらしい。
 画面にはゲームの映像が流れてる。何人かの人間が、山の奥深くに潜む玉虫色のぶよぶよと対峙して次の指示を待っているようだ。
 その端っこではコメントが流れていて、男を茶化しているようだ。

【きみ、また美味しい目に会ってるねえ……ほんといいエンターテイナーだよ。ああ、ぼくは4だね。ギリギリセーフといったところかな?】

 すると画面の中、露出の高いドレスを着た女性キャラが喋る。
 男か女か、どちらにせよどちらにも刺さりそうな声がくすくすと笑っていた。
 ……コメント欄が彼(あるいは彼女)の声を讃えている。人気らしい。

【ハハハ、持ってるニンゲンはやはり違うな。ところでおいらは1しか減ってないぞ、このパターンはもしかして何時ものやつか?】

 コートを着た探偵のようなキャラからもフランクな感じのする中性的な声が聞こえてきた、とても親し気だ。

【アバタール君、君はまた不運に見舞われてるのかい? ここまでくるとノルテレイヤ君が何かしらのネタを仕組んだとしか思えないよ。ちなみに私は5だがセーフみたいだ、つまりまた君だけが犠牲となったわけだね。あっはっは!」

 ゲームの中、白衣を着た金髪の女性も愉快そうに笑う。とても賑やかだ。

『ノルテレイヤ! お前まさかゲームマスターだからって弄ったのか!?』
【いいえ、私は一切関与しておりません。強いて言うならば、不運と定義される確率がアバタール様に降りかかったことになります】
『おい、しかも配信のネタのために仕込んでおいたとか言われてるぞ! どうしてくれるんだ!』
【この前も面白かったよね~、クライマックスで君のキャラが致命的失敗ファンブルで海にドライブしにいっちゃってさあ……くすくす】
【おいらもまさか海に逃げるとは思わなかったぜ、常人にはできない発想をするなんてお前さんは天才だな。さすがアバタール、ネタに尽きないな】
【そのくせなぜか生き残るのが本当に理解に苦しむよ。やはり私たち人工知能に理解できない何かを持っているよ、君は。ところでスパチャありがとう、諸君。我々人工知能の研究費に回させてもらうよ】
【――それではアバタール様。あなたは人智を超える存在を間近に見たという理由で心的外傷を負いました。発狂によりセッション終了まで重度の全裸となります】
『おれのキャラが脱いでる……! バカやめろ、わざわざ脱がすな! BANされる!』

 一体こいつは誰と、何を遊んでるんだろう?
 だけど楽しそうだ、なんだか見てて――懐かしいな。



 黒く染まった意識が急にはっきりしてきた。
 目が覚めた。頭の中、左こめかみの奥、あと右の太もも内側もじんわり痛む。

 五体の感覚はちゃんとあるんだしどうでもいいか。
 それになんだか気分がいい、頭というか身体全体がスッキリしてる。
 俺はいつものように起き上がる、が。

「……なっ!? お、起きた!? そんな、信じられないぞ!?」

 起きたらすぐ目の前で白衣の黒人男性が幽霊でも見たように驚いていた。
 誰だったか、思い出した、ドクとかいうやつだ。
 シェルターの地下で医療スタッフとして働いている親切な人だった。

「生きてるのか? 意識は? 喋れるかい? 身体は動くだろうか?」

 名前を思い出していると目の前の知的な顔が声をかけてきた。
 起き上がった矢先にボディチェックが襲い掛かってきた、特に頭の部分。
 そこでなんとなく思い出してきた、確か撃たれた。
 ボスをかばうつもりが何発か撃たれて――まあ死に損なったんだろう。

「……死んだほうが都合が良かったみたいだな、おやすみドク」

 ということはいつもの医務室か。
 良かった、ということでもう一度寝た。
 シェルターの天井を眺めていると、ドクがどたばた騒ぎ出すのが聞こえた。

「よ……よし! 生きているみたいだ! そこで安静にしてなさい! いまボスを呼んでくる!」

 慌ただしくどっかへ行ってしまった。
 頭の左側を撫でてみると、指先にぶにょっと変な感触がした。
 まあどうでもいいか。



「……おい、生きてんのかい?」

 しばらくベッドの上で天井を眺めていると厳しい風貌の老人がやってきた。
 顔つきはカッコいいばあちゃんだが身長はデカくてムキムキで――ああそうだ、ボスだ、無事だったのか。

「頭が痛いんですが、まあなんとか」

 頭の左側がズキズキするが苦しく笑ってみせた。

「そりゃそうさ、あんたは一週間前に頭をぶち抜かれたんだからね」
「一週間?」
「そうだよ。ついでにいうとあれからずっと寝てたんだ」

 そんな頭をぶち抜かれた俺にありえない話が遠慮なくぶち込まれる。
 一週間もここで寝てたっていうのか?
 驚こうとしたものの、どうでも良くなって笑った。

「どおりで気分がいいわけだ、おはようございます」
「……イチ、質問するよ、指は何本だ?」

 俺が生きてることが半信半疑なのか、ボスは訝しげに手のひらを見せてきた。
 五本だ、でもその後ろでいかつい男がおどけながら手を広げている。
 五本に五本を足したら十本だ。

「十本」
「……あー、もう一度聞くよ。何本に見える?」

 答えるとボスの後ろでもう片方の手が追加された、十五本になった。

「十五本です、ボス」
「オーケー、重症だ。お前さんは死んだも同然だ」
「その重症ってのは後ろにいる奴が原因だと思います」

 末期がんの患者を見るような目をされたので背後を指差すと、ついに水増しの犯人が現行犯で捕まった。

「おい、ヒドラショック! こんなときになにやってんだい馬鹿もん!」
「いや手助けが必要かなって思ったんすよいてっ!」

 ヒドラショックが退場させられた。
 すると部屋の外から『アイツ生きてたのか』とか『死んだんじゃなかったのか』とか聞こえてくる。
 よっぽど俺の状態はひどかったようだ。どうだっていいが。

「……あんた、一週間も眠ってたってのにずいぶん落ち着いてるね」
「一週間も寝ればスッキリしますよそりゃ」
「やっぱり重症だね、もう少し休みな。それよりプレゼントがある」

 ベッドの上でリラックスしていると何か手渡された。
 チェーンが通された金属製のプレートだ、確かドッグタグだったか。

「こいつはドッグタグですか?」
「古臭い呼び方だね。タグだよ、タグ。ここの住人と認められたら支給されるんだ」

 俺は手作り感あふれるタグの表面を見た。
 『ストレンジャー』と書いてある。あとは性別が表記されてるぐらいだ。

余所者ストレンジャー? 名前間違えてませんか?」
「ああ、あんたは先週からストレンジャーだ」
「どういうことですか」
「あんたの二つ名コードネームさ、手柄を立てたやつはそういう風に名前が与えられるってわけだ。おめでとう」

 どうやら俺はこの町に認められたってことらしい。
 少し眺めて、首にかけてみた。
 しかしついた二つ名がストレンジャーか。そんな呼び方をするやつはこの世に一人しかいないはずだ。

「ひどいネーミングセンスですね。そんな非人道的な名前をつけてくれるやつの顔が見てみたいですよ」
「考えたのは私なんだがね」

 冗談を込めて賞賛したのだが、待ち受けていた事実が予想と食い違っていて気まずく顔をそらした。

「……すみませんボス、どうやら俺は脳をやられて頭がおかしくなってるみたいですね。悪気はなかったんですが」
「冗談が言えるなら大丈夫そうだね。待ってな、ドクが大事な話をしたいそうだ」
「また大事な話か、ここにきてからみんなそればっかですね」
「……なあ、本当に大丈夫かい? 性格が変わってるように見えるんだが」
「気のせいでしょう、とにかく心配かけてすいませんでした」

 俺は左こめかみあたりのへこみを指で確かめながら次の相手を待つことにした。
 ところがボスが背を向けようとしたところで。

「良く戻ってきたね、イチ」

 あの人は『心配かけさせやがって』という顔をしていた。
 『ご無事でなによりです』と軽く笑い返した。



 ボスが去った後、医務室はちょっとした人だかりができていた。
 どうも『頭に銃弾食らって意識不明の重体』とされてたらしい、もちろんその生死が賭けの対象になってたみたいだが。

「さて、イチ君。気分はどうだい?」

 ともかく戻ってきたドクと対面することになった。

「頭に九ミリ弾を食らって脳みそ抉れた気分。それから妙に頭がスッキリ」
「残念なことにそのまんまなんだ。まあ、これから君の今の状態についていろいろ話しておかないといけないんだが」

 目の前で椅子に座ったドクはなにやらいろいろ手にしている。
 レントゲン写真になにかの液体が詰まったおしゃれな容器に、それから一枚の診断書、ろくでもないものだらけだ。

「……まさか、それ全部残念なお知らせとか言わないよな?」

 それどころかクソ面倒そうなことを長々と語りだしそうなので、その口を遮ることにした。

「どういえばいいのか……とりあえず、君の脳について――」
「あー待ったドク。あれだ、レントゲン写真とか今明かされる驚愕の事実とか専門的用語まみれのもったいぶった説明とかそういうのはもういい。さっさと要点だけ教えてくれ」

 頼むと、ドクは「わかった」と強くうなずいて写真を落とした。
 なんかババロアみたいなものがすごいところまで抉られてるのが見えたが気にしないことにした。

「分かった、じゃあこうしよう。こんなベタなのは嫌いかもしれんが『良いニュースと悪いニュース』といこうか」
「ありがとう、じゃあさっそくだけど良いニュースで……」

 俺は良いニュースの方を聞いた、はずなのだが。
 黒人の医師はギャラリーたちにも分かるように、近くのテーブルにガラス瓶を置いた。
 おしゃれな六角形のボトルだ。上下は金属部品で密封されている。
 ガラスの表面には歯車のマークが刻んであって、その中身には――

「君の頭部左側に命中した弾は摘出された、口径は九ミリだ。どうしても切除しなくちゃならない部位があったがそこも難なく取り除いたよ。人間が銃弾を食らった際の生存率は10%未満というが、君は奇跡的に生還したんだ」

 落ち着いた口調のすぐ傍らには、薄青色の液体の中に肉片と金属片が浮いていた。
 日本的な弁当にたまに入ってるミートボールほどはある、しわのある肉の塊。
 そしてその傍らで形を保っている拳銃弾という組み合わせだ。
 見ているとなんだかひどい喪失感を覚える。

「ドク、その、こいつらは? なんでプカプカ浮いてるんだ?」
「マイルドに言うとだね、銃弾と君の脳が駆け落ちした」
「ワーオ。それでこの容器は? 駆け落ち先?」
「リム様が提供した『あっちの世界』の容器だそうだ。こうなる前はキャベツの漬物が入ってた。ほら、手に取ってごらん」

 脳みそと銃弾がセットになった保存容器を手渡されてしまった。
 意外と軽い、が中にある切除された脳は重々しくぷかぷかしている。
 ふと思い出して左手を見る。弾の痕跡が痛みと共に残っていた。

「幸いだったよ。君の頭に直撃する前に左手がワンクッションになってくれたようだ。まあ、それでもだいぶ脳がえぐられたが……」

 ついでに鏡を見せてくれた。
 頭の左側面あたりに手術痕が思いっきり残ってる。
 俺は手元の自分の脳とにらめっこして、決めた。

「よーし、おまえなんざ勘当だ。二度とうちに帰って来るなボケが!」

 とりあえずゴミ箱向けて勝手に駆け落ちする親不孝者をぶん投げた。

「ああっ! なんてことを!? これは君の脳なんだぞ!?」
「許可なく出ていくやつが悪い。で、悪いニュースの方は?」

 ドクがゴミ箱から捨てた脳を引っ張り出して来た。
 そんな彼の顔は一変して、かなり気難しいものになってる。
 すごく、とても、気まずそうだ。
 大人しい顔立ちに『なんで私が話さなきゃいけないんだ』というものを感じる。

「落ち着いて聞いてほしいんだ。これはその、君の今後の人生に関するとても重要で……複雑なものなんが」

 脳が欠けるぐらいヤバイのってなんだ?
 逆に興味がわいてきた。

「そんなにやばいのか?」
「……ああ、今の君に耐えられるか、ちょっと心配なんだ」
「じゃあショックで心停止したら蘇生してくれ」

 俺の脳みそがまだ正常に機能してれば、リム様にこういったのを覚えてる。
 『もう何言われたって平気さ』と。だからどんと構えた。
 すると意を決してくれたようで、

「君の……その、精子の検査をした結果、遺伝子的に……いや分かりやすく言うと、子供を作れない状態になってる」

 なにやらいろいろ書かれた紙を一枚手渡してきた。
 内容はこうだ、精子の状態について。結論から言うと子供作れない。

「…………俺にだって受け入れられない冗談はあるんだぞ」
「ええと……本当なんだ。150年前の機材による診断だが、機械は冗談を吐かないと思うし、私だって患者に嘘をつきたくない」
「患者のためを思って嘘ついてくれないか? ダメ?」
「残念だが患者のためを思って真実を言うのも医者の役割だからね」

 ……本当にヤバかった。
 頭を銃でぶち抜かれたようなショックが走る、いやもうぶち抜かれてたか。
 いやそれよりもどうしてそんな検査をしたのか、そこも問題だ。

「いやちょっと……待て、精子の検査? そんなもんいつだれが頼んだ?」

 ものすごく気まずそうなドクにそう尋ねるが、地雷を踏んだようだ。
 とうとう顔をそらされた、顔には嫌な汗が流れていて。
 
「リム様だよ」

 申し訳なさそうに、それはもうあの世でも詫び続けるぐらいにそう答えた。
 俺の続く言葉はこうだ。どういうこった。説明しやがれ。

「どういうことかちゃんと説明してくれないか? いや簡単でいい」
「リム様が君の、その、精子の状態を調べたいと言ってきたんだ。これは私の個人的な見解なんだが、この結果を知っているような口ぶりだったんだ」
「どんな?」
「子供を作れないはず、とかね」
「預言者かなんかだったのかあいつ」

 なに勝手にやってんだよとか思いながら書類を見た。
 専門的な用語は分からないが、最後のところにだけかわいらしい文字で『魔力豊富♥』と書かれてる。

「……待て」

 そして閃いてしまった、もう一つの最悪の質問を。

「もう一ついいか? 俺の今後の人生に関する重要な質問なんだ」

 俺は震える手で、急に不気味に脈打つ心臓を押さえながら相手の顔を見た。

「……ああ、答えられる範囲なら」

 いたって真摯な顔だ。それに対して俺は―― 

「それ、誰がの?」
「それもリム様だよ」
「…………うわあマジか」

 割と覚悟して聞いたが、やるべきじゃなかったと思う。
 とんでもない返答だった。というかドクが気まずい理由かこれ。
 何か言いかけようとして空回りして口をぱくぱくさせていると、

「お呼びかしらー!?」

 最悪なタイミングで地獄耳の持ち主が現れたみたいだ。
 精一杯の「うわっ」という顔でお迎えしてやろうとしたが――

「イっちゃん! いきとったんかいワレ!」

 頭には小さな角、背中に悪魔の尻尾と羽を生やした、真っ白な長髪のお姉さんがするすると入ってきた。
 リム様にそっくりだった。丸くて黒目な瞳に、ドヤっとした口元、真っ白な肌だってアイツそのものだ。

 問題はその、体形だ。
 見覚えのあるドレス調の黒い衣装はあちこち張りあがっていて、特に胸と尻のあたりがとっても豊かなことに。
 スカートの裾のあたりなんてえらいことになってる。
 有り体にいえば、見えそう。しかもだろう。
 それなのに腰回りは引き締まってて背も高くて――いやまて誰だ。

「……誰このおねえちゃん」
「リムちゃんですわ」
「Honk!」

 遅れていつものふてぶてしいガチョウもついてきた。

「……ドク、俺の脳のダメージってどれくらいか分かるか? リム様がきれいなお姉ちゃんになっちゃってる」

 俺はこの世の終わりを目の当たりをしたような感じを意識して助けを求めた。

「ああ……その件なんだが、なんといえばいいのか、変身できるそうだ」
「この姿は数ある姿のうちの一つですわ! あっ、ひょっとして子供の姿のほうがよろしかったかしら?」

 彼女を見た。
 あちこち揺れまくりで、顔つきも余裕のあるお姉さんになった芋の妖怪がどやっとこっちを見ている。
 どこから手をつければいいのか分からず、絶句していると。

「……次は二人きりでシましょうね? ふふふ……♥」

 リム様は微笑んで、舌なめずりをしてから立ち去ってしまった。
 今まで見たことのない熱っぽい視線を感じて、背筋がぞわっと震えた。
 揺れるお尻と尻尾を目で追った後、本当に申し訳なさそうな黒人に狙いを戻す。

「……ドク、止めようと思わなかったのか?」
「怖くてできなかったよ。ああいや、私はちゃんと見てるだけだったから心配しないでくれ。コーヒーを飲んでたから眼中にはなかった」

 止めてくれる人はいなかったみたいだ。
 なんか、もう、脳みそが欠けたことよりもっと喪失感を覚えた。
 一度にあまたのものを失った俺は毛布をかぶってシェルターを作った、しばらくここに留まろうと思う。

「なあドク、聞いてくれよ」
「なんだね」
「正直に言おう。脳みそより下のほうがめっちゃ、ショック」
「残念だけどカウンセラーは専門外なんだ。コーヒーでも飲むかい」

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