魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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歓迎会の前準備

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 翌日、着々と「歓迎」の準備は進んだ。
 現場を偵察し、武器を運び、計画を擦りあわせ、あっという間に時間は過ぎる。
 プレッパータウンの人たちはお祭り気分で和気あいあいと殺しの準備をしてるが、俺からすれば処刑の執行日が迫ってる気分だ。

 しかしまあ、俺も立派な住人の一人に染まってしまったと思う。
 下手すりゃ自分は死ぬかもしれない、それ以上に酷いこともあるかもしれない。
 そんな考えを頭の隅に追いやって、いつもどおりに昼飯を食って、装備を整え、だらだら昼休みを取っていた。

「――まあ、こういうことなんだ」

 全員が軽い休憩に入ったころ、俺は青空に覆われた地上に立っていた。
 周りではツーショットたちがゆったり鑑賞している。
 全員がよーく見てくれている中、ベルトから即席ナイフを抜き取り――

「見てろお前ら、これがニンジュツだ!」

 地面に向かって叩きつけた。
 ばつっと破裂音がするのと同時に自分が透けていく。みんな眩しそうだ。
 しばらくすると透明化は解除された。だいたい十秒ほどか。
 当然周りにいる連中は驚いている、アレクを除けばだが。

「だから言っただろう!? ニンジャは実在するのだ!」
「……おいおいほんとに消えてやがる。お前、ほんとにニンジャだったのか?」

 感動する15歳児の隣でツーショットが問いかけてきた。声は笑ってるが。

「黙っててすまないツーショット。実は俺、ニンジャだったんだ……」
「そうかそりゃすごいな、じゃあ明日はお前ひとりで大丈夫だな?」
「そりゃ困る、まだまだ修行が足りないからみんな俺に力を貸してくれ」
「ははっ。いいぜ、その代わり俺に秘伝のニンジツを教えてくれよ?」
『……なにやってるのいちクン……』
「なあヒドラ、ニンジャってなんだよ?」
「あれだろ? 分身したり火を噴いたり水のないところで水出したりするやつ」
「コミックの話でしょ、それ」
「喋る短剣にニンジャ、ここもいよいよおかしくなってきたわね」

 ミコに呆れられてるし任務を共にした四人からの反応はいまいちだが、そこそこ楽しんでくれたみたいだ。

 何してるって? 見ての通りだ。『アーツ』を見せていた。
 こうして仲間に手の内を見せる……というわけでもなく、ただ単純に暇そうだったのでお披露目してただけだ。

「そういえばミコ、こいつのCTクールタイムはどれくらいだ?」
『えっと…………そういうアーツは結構時間がかかるよ、一分ぐらいかも』
「投げナイフ一本消費で10秒、再使用に一分……連発はできないか」
『連続で使えたらゲームバランスが崩れちゃうしね』
「それもそうか」

 さて、暇つぶしを終えたところで俺はツーショットに向いた。

「それで、どういう段取りで俺を引き渡すんだ?」
「到着したら南の方で信号弾を撃ちあげてやり取りする。向こうがやってきたら、そこにハムみたいに縛った状態で突き出す。もちろんすぐに解けるように仕組んだ上でだ」
「口も塞ぐんだよな?」
「そう、口もだ。できる限り無力な感じに仕立ててやるよ」
「そりゃ楽しみにしてる。で、おびき寄せる方法は……」

 俺の専属教師は地図のコピーを手渡してきた。
 確認、ここからずっと北に向かったところで俺は引き渡されるらしい。
 現地ではお互いの組織の代表が立ち会った上での取引になるそうだ。
 場所はニクと出会った場所だ。そこからどうにか南まで誘導するわけだが。

「すごく単純だ。俺たちが囮になって走るのさ」
「……たち?」
 
 そういうと相手は近くにあった車両を指した。
 俺の目が狂ってなければ鹵獲したスポーツカーだ、まさか。

「お前とボスっていう最高の餌を乗せてこいつで逃げるんだよ。ラッキーなことにハンドルを握るのはこの俺ツーショットだ、よろしくな」

 ツーショットは一段と饒舌だ。
 もう一度地図を見た、そこは地形的に狙撃しやすい場所でもある。
 ということは敵も味方もお互いに標的を狙いながらの取引になるだろう。

「……本気で言ってんのか? 狙撃されやすい場所だぞ?」
「本気さ、どうせあいつら約束なんて守らないぜ。だからこっちも狙撃兵を潜ませる」

 指がサンディたちへと向けられる。けだるそうな顔ぶれだが腕は確かだ。
 続いて地図に向かって、ニクがいた小屋を突いて。

「あそこに放置されたバスがあっただろ? そこの陰にうまく隠して待機する。あいつらのボスが出てきたら狙撃でぶち抜いて、混乱してる間に俺のいるところまで来てもらう――あとは分かるだろ?」
「ボスと一緒にそっちまで走って逃げろってのか?」
「そういうことになる。本人はボディーアーマー準備して承諾済みさ」
「……無茶苦茶だなおい。相手のリーダー暗殺して終わりじゃだめなのか?」
「そうもいかないさ。あいつら、ここぞとばかりに根こそぎ動員してやってくるぜ。おおかたうちらのボスを仕留めてそのまま攻め込んでくるつもりだ」
「なんでそんなことが分かるんだ?」
「言ったろ、後がないんだ。ミリティアも見てるからどのみち総攻撃しないとあいつらは持たない。リーダーだけやっても残りが流れ込んでくる可能性がある。だから全部きれいにぶっ殺す」

 つまり俺たちの目の前にかき集められた兵力がまとめてやってくるってわけか。
 そいつらに背中を撃たれながら車のあるところまで走れ、と。
 どうも俺は背後を狙われるジンクスがあるみたいだ。

「でもあいつら、ちゃんと追いかけてきてくれると思うか?」
「追いかけるように仕向ける。そのためには指揮系統を乱す必要がある、だからお前とボスっていう餌と、こいつらの出番ってわけだ」
「もしついてこなかったら?」
「プランAからプランGまで念入りに用意した。最悪全面戦争が起こるだけさ」

 そういってツーショットはサンディたちのいる方向をもう一度見た。
 つられて目を向ければ、自信満々な様子でどやってる。

「万が一失敗してもゴリ押しだ。お前とボスが死ななきゃの話だがな」
「つまり死なないように気合入れて取り組めってことだな?」
「そういうことだ。ミコさん、何かあったら頼んだぜ」
『えっ……は、はいっ! 頑張ります……!』

 現地――爆破ポイントの南側には攻撃班がもう準備を進めてるらしい。
 この際やってやるとして、本当にうまくいくんだろうか。
 俺はまあ、死んでもいい、いや良くもないが、ボスが死ぬのはごめんだ。
 というかなんであの人はこんなとんでもないプランに乗ったのか――

「さて、IEDの準備ができたら現地へ行ってもらうからな。そしたら小屋で待機だ」
「明日の朝までそこにいるのか?」
「心配するな、もうあそこは押さえてある。ボスもいるから退屈はしないぜ」
「そりゃいい。ジンジャーエールもあるよな?」
「もちろん。ついでにリム様が弁当を作ってるそうだが――」

 こうして話がまとまった……と思った時だった。
 いきなり耳にエンジンの音が飛び込んで来た、方角は北、バイクの音だ。

「……誰か来たぞ! 皆気をつけろ!」

 真っ先にアレクが反応して、続いて俺たちはすぐに町の北側を見た。
 言い方からして招かれざる客の部類だ、というと敵か?

「まさか敵か?」

 俺が疑問を口にするとその姿はすぐに見えてきた。
 身構える住人たちに向かって飛び込んで来たのは確かにバイクだ。
 乗ってるやつは大きな荷物を背負っていて、ぼろぼろの格好をしている。

「おい待て、あの格好は……メドゥーサ教団のやつじゃないか?」

 そんな姿を見ているとツーショットが制止の声を入れた。
 周りの連中が向けていた銃を降ろすのを感じて――そこでやっと気づく。
 メドゥーサ教団のやつだ。ぼろぼろの白衣にマスク、間違いない。

「まさかあいつは……」

 すぐに分かった、あの時見逃したやつだ。
 やがて誰かに気づいたようにオフロードバイクが近づいてくる。

「――イチ! 俺だ!」

 そして呼ばれた。間違いなくあの時の男だった。
 そいつはバイクを転がして、重そうな荷物でふらふらしながらやってくる。

「お前……あの時のやつだよな?」

 怪我をしているのか白衣に血がにじんでいた。何があったんだろう。

「ああ、そうだ。手短に伝える、こいつを使え」

 男は周りに目もくれず、息を切らしながら地面に荷物を降ろす。
 それはプラスチック製の大きな箱で――開けると薬臭さが一気に広がってきた。
 スティムや何かの薬品、医療器具などがびっしり詰まってる。

「……これは?」
「ヴェガスにあるものを片っ端から集めてきた。役立ててくれ」

 そいつはそれだけ言うと北西の山々の方へと指を向けた。
 ちょうどアルテリーたちのいる方向に重なると思う。

「聞け。やつらは今、教会跡地で総攻撃の準備をしている。出撃は明日の早朝だ」
「――いったい何事だい?」

 が、メドゥーサのやつが立ち去ろうとするタイミングでボスがやってきた。
 かったるそうな顔だったものの、視界の中にそいつが映ってしまえば。

「……待ちな。そいつはメドゥーサのやつらじゃないか!」

 一瞬で臨戦態勢に入ってしまい、背中の小銃を抜いてしまった。
 周りの連中もこぞって得物を向けるのだが。

「残念だが、もうその名を名乗ることはできん」

 そいつは目の前であきらめたようにそう告げた。
 もうこのまま殺されても構わないような態度だ。

「どういうこったい。おい、あんたのところのクソ親はどうした?」

 そういえばボスはこいつらに因縁があると言ってたな。
 そのせいか銃口は頭にいってる。だが男は諦めたようにため息をついて。

「……我らの母は死んだ。自殺なされた」

 生気のない声でそう答えた。
 この世の何もかもに失望したような気持ちを感じる。

「おい、なんだって?」
「もう一度いう、自殺なされた」
「……出来の悪い冗談はよしな、殺されたいのか?」
「……もはや癌が治らぬこと、そしてやつらに騙されたことを知って、同胞たちに詫びながら自ら毒を飲まれた。メドゥーサは自ら石になったのだ」

 もちろん誰もが『信じられるかそんなん』という感じになるわけだが。

「……この通りだ」

 バイクに積んであったもう一つの箱を大事そうに抱えると、開いて――

「母は死んだ。この世のすべてに詫びながら」

 ……中から生首の姿が現れた。
 長い銀髪に包まれるように、首だけになった老人の頭が眠っていた。
 苦い匂いがする。でも今にも動き出しそうなほどきれいに保たれている。

『ひ……ッ!? な、生首……ッ!?』
「……私の、一生の仇がふがいなさで自殺したっていうのかい?」

 それが最後の質問だとばかりにボスが苦しく尋ねた。銃は降りていた。

「そういうことに、なるのだろうか」

 元メドゥーサも苦しく答えた。
 皮肉だろう、アルテリーのせいで宿敵が一人死ぬなんて。

「……で? あんたは何をしにきたんだい? 毒でも盛りにきたのか?」
「使えそうな物資と情報を持ってきた」
「私らに恩を売るから助けろってか?」
「違う、個人的なものだ」

 ボスとの会話が終わると、俺が助けた男はこっちを向いた。
 マスク越しで分からないが、きっと真面目な顔をしてるんだろう。

「ウォンッ」

 そこへニクが尻尾を振りながらそいつを見上げる。
 感謝の気持ちを伝えているような気がした、なんとなく。

「ボス、そこの毒蛇くんがいうにはあいつらが戦力全部ぶち込んでくるってことらしいな。ほんとなら都合のいいニュースだ」
「この様子からして間違いないだろうね、ただ――」

 話しが終わるとツーショットとボスは訝しげに医療品の山を見た。

「毒なんか入ってないだろうね? そこが心配さ」
「……俺は本物だと思いますけど」

 少し自信なさげに二人に言ってみたが信じてはくれなさそうだ。
 しかし我らのボスはもっと単純で確実な方法を見つけてくれたようで。

「よーし、安全かどうか確かめる方法ならあるよ、こいつを打って帰りな」

 適当に引っこ抜いた何かの注射器を送り主へと放り投げた。
 メドゥーサだった男は落ち着いた様子で、むしろ――

「分かった、それで証明できるなら……」

 手慣れた感じでそれを自分の首のあたりにぶっ刺した。
 そのままビールみたいな色の液体をためらうことなく注入すると。

「――ィィィャッホォォォォゥウ! テンション上がってきた! あばよ、この恩は忘れないぜぇ!」

 ハイになった男はバイクに乗って西の道へと走り去ってしまった。

「毒は入ってないみたいだね」
「あいつらは毒は毒、薬は薬ってわきまえてるからな。薬と毒は表裏一体っていうがまあ大丈夫だろう」

 なんて試し方しやがるんだこの人は。

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