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G.U.E.S.Tの中で生きる外なる客人
しおりを挟むタカアキの言葉を受け取って、飯を食って、軽く訓練して、それから。
初めての任務が終わってからは自由時間が増えた気がする。
住人たちからの視線も変わってきた。
ただそこにいるだけの存在から、初陣でいい感じに戦果を上げた新兵ぐらいには。
ともあれこの日は自由だった。
今日はこの町にキャラバンと呼ばれる連中が来るからだそうだ。
商品を売りに来る連中のことで、この町にも月に一回ぐらいはやってくるらしい。
でも自由だからといって何かする気にもならなかった。
強いて言えば、考える時間が欲しかった。それも無限大に。
そして今、シェルター内のシャワールームにいた。
ずっと使われていなかったが、水の制限がなくなるとすぐに修理されたらしい。
ただし『使いすぎ厳禁、きれいに使えよ××××』と張り紙がしてある。
「……お前が主人公だって?」
室内にあった鏡を見て、尋ねてみた。
ひどく傷だらけな裸の男が悩み続けているような表情をしている。
いうまでもないが俺だ。自分の顔をこうしてみるなんて久々かもしれない。
だからこそやっと分かった、鏡ごしに見える今の自分が。
胸には帝王切開したかのように無理やりこじ開けられた跡が刻んである。
首筋には弾が掠った傷、首元には矢に抉り開かれた痕跡があった。
足には撃たれた名残りが、腹のあたりにはすっかり塞がった切創や弾痕が、腕に肩に顔に、とにかく傷だらけだ。
そんな傷跡だらけの身体を見るだけならまあ別に構わない。
だがその顔はどうだろう? 少なくとも自分とは思えない顔立ちだ。
茶色い髪や顔の輪郭は相変わらずだが、表情は俺の知らない誰かに見えた。
それよりも、この目はどうだろう?
ただ怖いだけで済まされた二つの目は、もはや鋭い形だけじゃない。
その瞳の奥に、敵を一切の躊躇もなく殺す人殺しの冷酷さが宿っている。
だからこそ分かった、俺はずっとこんな眼をしていたのだと。
見れば見るほど、そこに映る自分が自分じゃないような感じがしてきた。
おめでとう。鏡の中にいる自分はこびりついた贅肉と怠惰を対価に、引き締まった筋肉と無数の傷跡を手に入れたのだ。
「……こんな主人公がいてたまるかよ」
気持ちを切り替えることにした。
そのためにも、シャワーが備え付けられた仕切りの中へと入った。
シャワールームといっても洗面台と仕切りが六つあるぐらいだ。
仕切られているとはいうが後ろは丸見えである。
しかも男女共用、さらにプレッパータウンは『戦う女性』が多いのが難点だ。
でもこうして世紀末世界で過ごしていれば、そんなことどうでもよくなる。
壁にかけられたノズルに対面して栓をひねった。
すると熱いお湯が勢いよくぶちまけられる――少し傷がむずむずする。
「…………はぁ」
錆び臭さのあるお湯が全身をほぐしていく。
この際、自分のボディチェックなんてどうでもいい。
それよりもタカアキの残したあの音声のことで頭がいっぱいだった。
――俺が原因か。アイツが何か掴んだのは分かるし俺が関わってるのは確かだ。
壁にかけられていたボディソープで体を洗った、ドク謹製だそうだ。
ケミカルな香りと一緒に指先にざりっとした傷跡の感触がした。
――だからってどうしろっていうんだ? タカアキ?
頭も洗った、とにかく嫌なことを忘れようと髪をがしがしした。
たとえ俺が数え切れぬほどのなにかを巻き込んだとしても、そもそも意図したものじゃないし、どうしようもない。
――俺が原因だったとして、何をすればいいんだ?
もう一度たっぷり熱いお湯をかぶって、顔もしっかり洗った。
全身が温まってきた。疲れと一緒に嫌な考えも洗い落とせた気もする。
「……ふう」
さっぱりした。仕切りから出て、もう一度自分の顔を確かめよう思った。
さっきよりは大分ましな顔つきになって――
「――さあ、次は私を洗っていただきますわ。召し上がれ♥」
と思ったがちょっとトラブル発生。
仕切りから出た先では、とんがり帽子を脱いだ小さな女の子が尻尾をくねくねさせながら待ち構えていたからだ。
裸だ。胸は薄いがちょっとお腹がぽっこりしてて肉付きが良い、特に下半身が。
「…………」
「それからアイペスちゃんも!」
「Honk!」
それから、ガチョウもいる。
とりあえず、そうだ、気分がアレだったがもう吹っ飛んだ。
「風呂上りはジンジャーエールにするか。じゃあなリム様」
俺は可能な限り蔑むような顔を作って横を通り過ぎていった。
「無視しますの!? ロリぷにサキュバスがいますのにこの野郎!」
「――おいミコ! なんで奇行種がこんなとこにいるんだ!?」
『ご、ごめんね!? 呼び止めたんだけど行っちゃって……!』
「洗えオラァ!」
「や、やめろォ!」
◇
ひどい目にあったがまあすっきりした。
それで翌朝、タカアキからのメモを読んだわけだが。
いざ開くと書かれていたのはこの世界のシステムなどについてだ。
てっきり攻略wikiのごとく情報が掲載されてると期待してたらこれだ。
まあ仕方ない、そもそも攻略情報がそのまま通用する世界とは限らないし。
「……それでまあ、要約するとこいつはあれだ」
きれいになってスッキリした俺は、誰もいない食堂に座っていた。
長いテーブルにPDAを置いて、その隣にミコ、背後でぺたっと座るニクがいて。
「すごく分かりやすく言えば説明書みたいなもんだこれ」
『せ、説明書……いまさらって感じがするよね』
しかしその説明書はある意味、かなり助かる存在だ。
この世界がどんなものかという背景の説明から、PDAの機能、スキルやステータスの上げ方、などが描き込んであった。
まず大事なことが一つ、『GUEST』はオープンワールドのRPGだ。
ただし他のゲームと違うところがある、それはこの世界はゲーム開始時に自動で作られるという点である。
つまりこの広い世界はランダムに作られたもので、その地図上に存在する人々や物語のほとんどが自動生成されたものなのだ。
生き抜く術を教えてくれたボスも、あの人喰いどもも、システムによってたまたま創造されたことになる。
「で、良いのか悪いのか分からないニュースだ。G.U.E.S.TはオープンワールドRPGで、核戦争で滅びた背景を軸にランダムで世界が創り出されるんだとさ」
『ランダムって……ここってもしかして、自動生成された世界だったの?』
「それどころか人も組織もマップも物語も全部だ」
『人も? じゃ、じゃあおばあちゃんとかも――』
「ボスどころか世界そのものがたまたま生まれたってことだな」
『……それが、こうして現実になったんだよね』
「ああ、そっちみたいにな」
もしかしたらボスがいない世界、シェルターが無事な世界もあったんだろうか。
……いや、こんな考えは止めよう。大事なのは『確実な攻略法がない』ことだ。
「でも大事なことが分かった。どうやら本を読んだりすればスキル値が上がるらしい」
そしてSlevは対応した行動をとれば少しずつ上がっていくわけだが、ある特定の手段で上昇させられるらしい。
『スキルブック』なる本を読めば特別に上げられるそうだ。更に金銭を払ったり、クエストをクリアすればスキルを上げてくれるやつもいる。
『いいなー……わたしたちの世界だったら地道に上げないといけないのに』
「お前も本読んだら上がるんじゃないか?」
『料理とか上がるかなー……?』
更にステータス値だ。この数値もまた上げる方法がある。
インプラントを体に埋め込む、特別なアイテムを使う、イベントをこなすなどによって恒久的に増加する。
身体に変なものを埋め込むのはごめんだが能力は是非とも上げたい、特に運。
「それから……PDAでこの世界の情報を集めるといろいろ特典があるってさ」
『いちクンのもってるそれのこと?』
「こいつで戦前の記録を回収したり、何か撮影したりすると経験値がもらえるらしい」
PDAの機能はもっと重要かもしれない。
例えば撮影機能があって、それでスクリーンショットをとることができるのだ。
まあそれだけなら「だから何?」と思うかもしれない。
しかし何かを撮影するとデータを収集したことになって経験値が加算されるとのこと。
「で、もっと大事なのがこいつだ」
『それって……メモリスティック、だっけ?』
「ああ、こいつを集めておくともっといいことがあるそうだ」
PDAの隣に置いたミコにメモリスティックを近づけた。
どうやらこれはこの世界のいたるところにあるようで、この中に戦前の記録や『クラフティング』で使うレシピが書き込まれてる。
タカアキがいうにはとにかく全力で探せ、だそうだ。
あとは目についたものは片っ端から『分解』して素材にしとけともある。
「まあ要するにただのステータス画面じゃなかったってことだな」
シェルター住人に配られるデバイスをじっくり見た。
無骨でダークグレーの機械は『112』という人間の管理だけではなく、この世界を記録するという崇高な使命があったのか。
『……便利だね、いちクンのステータス。あっちだとスクリーンショットの撮影とか、メッセージの送信ぐらいしかできないのに』
「そっちの世界でも撮れるのかよ」
『うん、とった写真はほかの人に送ることもできるよ? 作った料理とか、クランの活動の様子とかいっぱい撮ってたなぁ』
「それならこっちの様子は俺が撮影してやるよ、撮ってほしいものはあるか?」
『あっ、それならわんこと撮ってほしいな。あといちクンも一緒に』
「ワウンッ」
ともあれこの世界についてもっと知ることができたわけだ。
あとで誰か本を持ってないか尋ねたりしようか――
「おっ、いたいた。探してたぜペネトレイター」
食堂でミコとあれこれ話していると、横から別の声がした。
調子の良い感じの声だ、となるとツーショットしかいない。
振り向くと予想通りの人物がいた。それも小さな袋を手にして。
「おい、ツーショット。会って早々にペネトレイターってなんだ」
「さっき考えた俺のあだ名さ! 理由は……わかるよな?」
「お前のせいで毎日見世物気分だこの野郎」
このごろここに槍で装甲を貫いたやつがいるという噂がある。
わざわざ見せびらかすために槍が刺さったままの車を運転する馬鹿もいたそうだが。
「それよりもだ、大事な話があるんだ。いやいいニュースって言うべきか?」
カジュアルスタイルに戦闘用のベストといった姿の男はニヤニヤしている。
こいつがニヤつこうが悪いことじゃないが、今日はいつにもなくご機嫌だ。
「ジンジャーエール拾ったから分けてやる、ぐらいのいい話か?」
さっさと話しを引き出そうと冗談でも放ったら、
「いや、もっといいやつさ! なんてったってお前の初給料だ!」
ツーショットは手にしていた小さな袋をこっちに差し出してきた。
給料がもらえるなんて一度も言われてなかったぞ。
「……給料? 俺の?」
相手の顔をうかがうと「まあ受け取れよ」といった顔で返された。
さっそく開けてみると――
「……これってギャンブルとかに使うチップだよな?」
出てきたのは通貨とかじゃなくて、チップだった。
そう、チップ。カジノとかで使われるあのプラスチックのやつ。
給料とか聞いて期待したが、からっとした軽い感触のせいでひどい冗談に感じる。
「いやいや、この世界の通貨さ! 取引じゃこいつを使うからな、覚えとくんだぞ? 今回は任務に参加したから一人1500チップ、ミコさんの分も含めて3000チップ支給だとさ」
『わ、わたしにもですか?』
確かに1000$と書かれた黄色いチップが3枚ある。
これで3000チップということらしいが、本当にこれを取引に使うんだろうか。
ちゃんとミコの分も含まれているんだから驚きだ。
「マジか……ありがとう、ツーショット」
『ありがとうございます……って、わたしがもらってもいいのかな?』
「いやいや、お礼はボスにいってくれ。さあ、お待ちかねのキャラバンがそろそろ来るぞ。一緒に買い物しないか?」
ああ、なるほど、キャラバンとやらが楽しみだったわけか。
金がないなら無縁かなとは思ってたけど手に入ったのなら話は別だ。
「よし、俺も行こう」
「そうこなくちゃ。いやあ、アレクと違って話の分かるやつだなお前は。必要なものがあったら買っとけよ? それからそろそろまた次の任務だとさ」
「もう次の任務か。何かあったのか?」
「ああ、どうもこの前の盗賊たちが面白いものを持ってたみたいだ」
チップを握りしめて、地上へと続く階段を上り始めた。
◇
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