魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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世紀末世界で食べる塩にぎり(少ししょっぱい)

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 予想以上にとんでもない存在だったわけだ。

 ミセリコルデをこの世に引きずり込んでしまったぐらいじゃすまなかった。
 俺の死がきっかけで世界のどこかが入れ替わり、その上、異世界のバランスを崩しかねないほど危険な力があるって?
 どこまで詰まってるんだ、この爆弾は。

 そんな事実に「はいそうですか」と平然としてられる人間なんているのか。

 でもこれで分かった。
 俺は確実に何かの犠牲のもとに成り立っている存在だ。
 112という人間プレイヤーはこの世の害だ。

 これからどうすればいいんだろう。

 いっそ死んで楽になりたい、いや、自殺したって生き返るのだ。
 それどころか、俺自身の死がきっかけで二つの世界がさらに置き換わる。
 それはつまりこの状況の悪化を意味している。

 あの魔女とやらは胡散臭いが真実味はある。
 タカアキの手紙だってそうだ、きっと向こうで何か掴んだんだろう。

 そうだとすると――リム様は異変の原因を突き止めにきたんじゃないか?
 運よく俺を見つけたわけだが、この魔法が効かない力には何かが隠されている。
 本人からしても、俺からしてもこれはアクシデントか何かだろう。
 この世紀末世界の余所者ストレンジャーには、とんでもない業がつきまとっている。 

「ワゥン」

 ベッドの上ででずっと考え続けていると、ニクの声がした。
 きれいにされた我が犬は心配そうに鼻を鳴らしてる。

「……ここまできたら一体何を信じたらいいんだろうな、俺」

 情けない顔も見せるわけもいかず、無理に笑ったらニクが抱き着いてきた。

「キュゥン……」

 もふもふしていて洗った犬の匂いがする。

「心配してくれてるのか?」

 聞けば、ジトっとした目のまま「ワンッ」とほおずりしてきた。
 犬の習性だの正しい飼い方だのそういうのは全く分からない。
 でも感覚で分かる、ニクは俺の中にある何かを理解してくれてると。

「……いいんだ。何もお前まで付き合わなくていいんだ」

 だけど、背負ってしまったものはこいつには重すぎる。
 すっかりつやつやになった頭をなでて、ニクを降ろした。

「でも、どうすればいいんだろうな」

 「どうすればいい」「どうすればよかった」は二度と口にしないつもりだった。
 でも今はだめだ、こうでも言わないと落ち着けない。

 剣と魔法の世界から魔法が抜けたって世界は滅びないだろう。
 ところが俺は魔法そのものをぶち壊すようなやばいものらしい。
 それがツーショットとかに言われるならまだしも、あんな魔女に真顔でそういわれてしまえばひどく信憑性が増す。
 そこに転移の原因というスパイスが加われば、それはもう素晴らしい料理となる。

『あの……ちょっといいかな……?』

 思い悩んでいると、聞きたかったけれども聞くのが怖い声がした。

「……どうした」
『……りむサマのいってたことなんだけど』

 まあ、そうくるだろうな。
 聞くのが怖い、だけど受け入れなければ。

『あの人は自分にも、他人にも、絶対うそをつかない人なの。軽はずみで冗談を言う人でもないから、その……』
「……間違いなく、原因は俺にあるってことなんだな?」
『……うん』

 ミセリコルデのいうことは分かる。あの魔女とやらに嘘は似合わない。
 それになんだか焦って話してるようにも聞こえた。つまりそれだけ、俺がイレギュラーである証拠なのかもしれない。

『それに、りむサマがあんなにうろたえたりするの、初めて見たよ。りむサマってすごく元気でいつも笑ってる人だけど、あんな顔するんだなって』
「それだけ重いんだろうな、やっぱり」
『……あの、こんなこと言われたら、困っちゃうかもしれないけど……』

 俺は棚の上に置いたミセリコルデに向き合った。

『わたしは、仕方がないことだって思うの。意図してそうなったわけじゃないんだし、あなたはちゃんと、責任を感じてるみたいだし……』
「お前から逃げちゃだめって言われたし覚悟もした。でもな、今どんな気持ちだと思う? 逃げ出したいって気持ちでいっぱいなんだ」

 視線を落として振り返ると、ニクが口を閉じてじっと見ていた。
 もしこのコンテナハウスから出ても逃げる場所なんてない。

「いや……もう逃げられないみたいだ。リム様が話してくれて分かった、答えが出たってのにこのザマだ。俺そのものがとんでもない爆弾だったんだぞ? 俺がいること自体がまずかったんだよ」
『それは……』

 返事が消えた。しばらく二人で黙った。
 考えてみれば、もう無理に付き合わせる必要はないんじゃないか?
 こんな余所者の腰にぶら下げるよりも、もっといい場所があるはずだ。
 例えば――そう、リム様だ。だってあっちの世界の住人だろ?
 
「なあ、ミセリ――」

 あることを思いついて呼ぼうとしたら、

『……あの、いちサン。わたしのこと、ミコってよんでくれる?』

 さえぎられて、そう頼まれた。

「……ミコ。ちょっと俺から提案がある」

 何も考えず、お望み通り呼び方を改めることにした。

『……なに?』
「リム様にお前を預けようと思うんだ」

 思ってたことを告げた。
 てっきり「うん」とでも言ってくれると思ってたが、

『どうして?』

 不満そうに返されてしまって、困った。

「リム様はあっちの世界の住人だろ? これ以上付き合うよりも、あの人と一緒にいたほうが安全じゃないか? それに帰る手段だって見つけてくれるはずだ。それにその、聞いただろ? 魔法を壊すとか」
『……じゃあ、いちサンはどうするの?』
「前に進みながら考える。それに、そっちに行ったら迷惑かかるだろうしな」

 リム様のいう通りとんでもない力だというなら、ある意味この世界に閉じ込められておくのは正しいのかもしれない。
 あんまりにも強大すぎるからこの世界に放り込まれたんだろうか。
 誰がやったかは知らないが安心するといい、俺は生きるだけで精一杯だから。

『そんなの、だめだよ』

 しかし俺の答えは拒まれた。
 思わず「どうしてだ」と口から洩れてしまったが。

『わたしね、ミセリコルディアっていうクランに所属してるの。まだ人工知能だったころ、仲良くなった子たちと作ったんだけど』

 ミコはおっとりと話し出した。
 ミセリコルディア。そう名前が使われてるぐらいなんだからよっぽど大事な存在なんだろう、だが俺は彼女こいつを奪ってしまった。

『クランっていうのは設立するときにどんな方針で活動するか決めるシステムなの。だからわたしたちは、こう決めたんだ』
「なんて?」
『困ってる人を助けるって。正式サービスが始まったらクランのみんなで、いろんな人の助けになろうって。わたしだけ、みんなと違って回復魔法と料理ぐらいしかできなかったけど……』

 一つ分かるのは、こいつはみんなから感謝されてるってことだ。
 こんな姿だけど、災いしかもたらさない男より何百倍もマシだろう。

「それになんの関係があるんだ」

 俺は突き放すように、けれども結局できずにそう尋ねた。
 コンテナハウスの照明に十字架みたいな刀身がほんの少し、輝いた気がする。

『いま私の目の前に、困ってる人がいます……っていったら、怒るかな?』

 ……何がいいたいんだこいつは、つまり俺を助けたいっていうのか?

「……俺は周りを困らせる側だぞ、何言ってんだ」
『ごめんね、あなたを助けたくなっちゃった』
「馬鹿かお前は。一番困ってるのはお前だろ? こんなわけのわからないところに連れてこられて、こんな姿のまま戻れない、そんな原因を作ったんだぞ?」
『……そうかも、しれないけど』
「いい加減にしてくれ。聞いただろ? 魔法を壊す? 世界を滅茶苦茶にする? そんなの知ったことかよ。でもな、無意識に数えきれないほど巻き込んでるんだぞ? 俺のせいで恩人を二人殺してる、わかるだろ? それに俺の中にはまだまだひどいものが隠れてるかもしれない。こんないつ爆発するか分からない爆弾と一緒でいいのかよ、どうなんだよお前は!?」

 そうだとも、俺はこの世界に異変を招いただけじゃない。世界そのものを歪めた。
 もし俺がいなければ? あのシェルターが襲われることはなかったかもしれない。
 もしあのカルトどもが俺を狙っていなければ? アルゴ神父は生きていたはずだ。
 目に見えないところでは深刻なことが起きてるかもしれない、この短剣のように。

『……だって、わたし……』

 ミセリコルデはあともう少しで折れそうだ。でも、泣きそうな声だった。
 ……いや馬鹿か俺は。言いすぎだ、言いすぎだよ畜生。ボス、ぶん殴ってくれ。

『覚えてるもん。いちサン、ずっと寂しそうな顔してたんだよ? でも私を拾ってくれた時、あんなに嬉しそうに話してたよね?』
「……俺が?」
『……うん。最初はすごく怖いなって思ったけど、初めて話した時別人みたいに笑ってた。わたし、こう思ったんだ。あれがいちサンなんだって』
「笑ったつもりなんてなかったよ」
『笑ってたもん。あの時こう思ったの、ずっと寂しかったのかなって』

 ミコは、良く見てくれていたのか。
 こいつが言うように笑った覚えなんてそんなにない。

「……」

 でもそうか、そうだよな、その通りだ。きっと俺はここに来るまで、知らないうちに笑っていたんだろう。
 やっぱり寂しかったんだろう、アルゴ神父やニクみたいに。認めるよ、寂しかったって。
 だとしたら――既に俺はこいつに助けられていたんだろう、ずっと前から。
 俺がこうして世紀末世界で生きているのも、こいつのおかげに違いない。

『わたしも、いちサンと一緒じゃないと寂しいよ。そんなの……嫌だよ』

 とうとうそういわれて、情けないことに何も返せなくなってしまった。
 ニクが心配して「クゥン」と見上げてくる。ただ撫でてあげた。

「……お前、本気で言ってるのか?」
『うん』

 よく理解した、俺はミセリコルデというヒロインを避けていた。
 本当に向き合うべきものはまず、こいつだったのかもしれない。

「どうなっても知らないぞ。でも、責任はちゃんととる」

 そうか。これでも信じてくれるのか、この相棒は。

「なあ、ミコ」
『……うん』
「見ての通り俺は大した男じゃないんだ、情けない野郎だ。だからいい加減その、あれだ、俺を"さん付け"しなくていい」

 ついでだ、こっちの呼び方も変えてもらおう。
 物言う短剣から「むむむ」と悩む声が聞こえたあと。

『……いちクンっていうのはどうかな?』

 そう呼ばれた。フレンドリーな感じがする。
 思えばコーンフレークだとかボルターの怪だとかロクな呼び名がなかった。

「いい感じだ。今の呼び方はここ最近で一番気に入った」
「ワンッ」
「ほら、ニクもそういってる」
『……この子、わたしのことがちゃんとわかるんだね。すごいなぁ』

 黒い犬も尻尾を振ってミコに鼻を近づけている。
 決まりだ、もうちょっとだけ頑張ろう。

「……まあなんだ。よろしく、ミコ」
「ふふ。よろしくね、いちクン」
「……とりあえず、腹減った」
『そういえばずっと食べてなかったもんね……』

 気が抜けた瞬間に急に腹が減ってきた。
 訓練もなく、昼も夜も食べずにひたすら考え込んでた結果がこれだ

「おいっす! ということで少しの間ここでお世話になります!」

 ……我慢して寝ようかと思ったら、ばーんと扉が開いた。
 いうまでもなくリム様だ。湯気の立つ皿を手に、ガチョウと共にやってきた。

「……え、なにいきなり……」
『こ、こんばんは……りむサマ』
「あっ、お腹すかせてると思って勝手に厨房借りてお夜食作ってきましたわ!」

 皿がテーブルに置かれる。真っ白で三角形に握られたものが三つも並んでる。
 それにこの匂いはもしかして――

「……それ、まさかおにぎりか?」
「旅人の皆様が良く食べてたおにぎりという料理です! 具がなくて塩にぎりですけど……あ、お茶も持ってきましたわ」
「おい、おい……マジかよ」

 触ってみると本物だった、嘘みたいだ。
 目の前には幻覚じゃない部類の熱々のおにぎりがある。
 
「……食っていいか?」
「食わせに来ましたの! さあ、召し上がれ」

 小さく「いただきます」といってから一つがっついた。
 なんてことないただの塩の効いたおにぎりだ。
 だからこそうまい、元の世界のものより何千倍もうまいと思う。

「どうです? お口に合うかしら?」

 まずいはずがあるもんか。

「……うまいや」

 もう10年以上も食べていなかったような感覚がする。
 たぶんこれから先、二度とこの味を忘れないと思う。

「ミセリ――ミコ、お前もどうだ?」
『……わたしも食べたいな』

 物言う短剣をおにぎりにさした。ぶすっと。
 妙な光景だ。でも小さな声で『おいしい……』と聞こえてきた。

「いきなりあんなことを話してごめんなさい。でも、早く伝えなきゃいけなくて」
「覚悟が足りなかった俺が悪い。気にしないでくれ」

 手元から一つおにぎりが消えた。
 味わって食べるつもりだったけど、あっという間に平らげてしまった。
 マグカップからは懐かしい香りがして、すするとほうじ茶の味がした。

「……ねえ、イっちゃん」

 懐かしい気分に浸っているとリム様が顔を覗き込んで来た。
 目も身体のつくりも人間のそれとは違うが、こうして見るとただの子供だ。

「あなたはアバタール、ではないのですよね?」

 また聞かれた。アバタールというのは誰なんだろうか。

「誰かは知らないけど、そいつじゃないと思う」
「……そうですの」
「でも」

 リム様がまたしょんぼりするのをみて、引き止めた。

「もしもそいつにそっくりだっていうならそれでいい。何かあるんだろ、俺に」

 お茶を飲み干した。
 なんとなくだが自分はとてつもない何かを背負ってるんだと思う。
 だったら今度はそいつがなんなのか知る必要があるわけだ。

「おいしい料理をありがとう。これからよろしく頼む、リム様」

 おにぎりのおかげか、久々に満足した笑みが出てきた。
 お礼を言うと、また何かと複雑な表情をされたものの。

「……ええ、よろしくお願いしますわ! イっちゃん!」

 悪魔のような女の子はにこっとかわいらしく笑った。
 コンテナハウスは少し狭くなってしまうけども、まあ、別にいいか。

「Honk!」

 ……ところで悪魔のような声を出すこの白いガチョウは一体なんなんだ。

「さて……詳しい話は置いといて、確かめないといけないことがありますの」

 もう一ついただこうとしていると、リム様がちょこちょこ近づいてきた。
 近くで見るとけっこう肉付きがいいほうだ。特に下半身が。
 いいものばかり食べてたんだろうか、まああっちの方が食糧事情はよさそうだが。

「……確かめたいことって?」

 二つ目のおにぎりに手をつけようとすると、

「あなたの精液の味です!」

 ……デカい声でとんでもないことを言われた。
 ここが食堂とかじゃなくて良かった。

『せっ……!?』
「……ごはん食べてるときになんてこと言うんだお前は!!!!」

 いきなり人間の分泌物の味とか、ましてこうして飯食ってるときに言及されて普通でいられるやつはいるんだろうか。
 いろいろ台無しである。

「あらごめんなさい、下品すぎましたわ。言い方を変えるとあなたのおち」
「おやめなさい!」

 おにぎりを台無しにするような発言を防いだ。口調がちょっと移った。

「ふっ、良いことを教えてさしあげましょう。サキュバスにとって精子は食べ物ですから、つまり食べ物の話をしてることになりません?』

 怪文書テロに匹敵する発言をした魔女は悪魔の尻尾をくねくねさせながら、むふん、と偉そうに笑んでいる。

「飯食ってるときにそういうのはやめろ! おにぎり食ってる子もいるんだぞ!?」
『……あの、そろそろ抜いてくれないかな……?』

 俺はミコをおにぎりから引っこ抜いた。
 まずい、魔女へんたいが迫ってくる。
 彼女はなぜか服の裾を掴むと、がばっと持ち上げて。

「ほら見てくださいこのかわいいマーク。男をさそう形をしているだろう? サキュバスの印です!」

 へその下のあたりにある、性的な意図を含むかわいらしい模様を見せてきた。
 しかもとうとう服を脱ぎ始めた。
 空気を読めない魔女は靴下だけを残して、満面のドヤ顔でさらに迫ってくる。

『りむサマ!? し、下着はどうしたの!?』
「おっ……おい、こっち来んな! 離れろ! あとパンツどうした!?」
「淫紋はお嫌い? 大丈夫、今から好きになりますわ」
「……もう限界だ! なんだこの変態!?」
「大丈夫、私が責めですから! おまえが受けになるんだよッ!」
「お前……黙ってりゃふざけやがって! お前みたいなやつはすこぶる危険だ! うちから出ていけェ!」
「オラッ! ち〇〇出せッ!」
「うおおおおおおおおおおおッ!」
「Honk!」
「ウォンッ!?」
『……めちゃくちゃだよ……』

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