62 / 581
0P3N W0R1D
異世界から来た飢渇の魔女リーリム様【芋挿絵追加】
しおりを挟む
「ヴァージニア様、あいつが魔女だ! さっきホウキで空を飛んで……」
アレクが興奮気味に指をさしている。
するとその魔女とやらは、ムスっとした様子でシャベルを地面に刺した。
「これはホウキじゃありません! 歯車仕掛けの街で作られた最新モデルの杖! お値段十四万メルタ、横向き搭乗対応、十年保障のくっそいいやつですわ!」
そういうと彼女は背負っていた杖を掴んで、
「ほらっ! ごらんなさい! 箒に乗るなんて時代遅れもいいところ、これからは杖で飛ぶのが当たり前になりますから絶対!」
放り投げた。すると……どういうことなのか、手放された杖が横向きに浮く。
地面からけっこう離れた状態でふわふわ浮いている。
それならまあ、ただ棒が浮いてるだけで済むだろうが。女の子はそれに腰をかけると、ふわっと浮いてこっちに飛んできた。
「……ははっ、棒切れで飛んでるぜ……。おいおい、どうなってるんだ?」
さすがのツーショットも信じられなさそうな様子だ。
「ふっ……そういう反応たまりませんわ。この世界マジ大好き」
こっちに来た自称魔女は小さな顔いっぱいに得意げさを作ると、背中で悪魔のような尻尾をゆらっと揺らした。
こいつは角やら羽やら生えてるとこさえ除けばただの子供だ。
しかしなんだろうこの、違和感は。
元気そうな高い声といい、身なりといい、この世界の住人らしくないというか。
「さて荒廃世界の皆様。私はじゃがいもで忙しいのでお気になさらず……」
そういって彼女は地べたに戻ると、またジャガイモを地面に叩きつけようとした。
ところがこっちを見て……特にそのど真ん中にいる俺を目にした直後、
「――アバタールちゃん?」
小さな魔女が急にずっしり伝わるような柔らかい声を上げた。
手にしていた芋をこぼして、うろたえた様子でこっちに近づいてくる。
宙に浮いた杖がひとりでに持ち主を追ってくるのも見えた。
「アバタールちゃん、あなたなの!? そんな、まさか――」
一体どうしたんだろうか、こいつは。
まん丸の目を見開いて、ひどくショックを受けたような顔つきだ。
「お、おい……なんだよお前」
見上げてくる顔と目が合う。
この自称魔女はとても物悲しそうだと『感覚』が感じ取った。
もっといえば『ずっと会っていなかった親しい人』でも見るような表情だ。
けれどもしばらく見つめ合って、彼女は残念そうにきゅっと口を閉じ、
「……ごめんなさい。そんなわけ、ありませんものね。では……」
また得意げな顔を無理やり作って、彼女は畑の方へと戻ってしまった。
「孕めッ! オラァッ!」
……そして何事もなかったかのようにジャガイモを植え始めた。
自立して浮かぶ杖はいつでも飛べますとばかりに、そばで直立している。
とりあえず「どうしよう」と振り返るとボスもリアクションに困ってた。
「おい、なんだいコスプレした変なのは」
「こっちが聞きたいぐらいです、なんですかあれ」
「なっ……何なのだ、一体どうなっている!? なぜ杖が浮いて……」
「……なあ皆さん。とりあえず無許可でジャガイモを植えてる点について指摘すればいいんじゃないか?」
「……尻尾が、かわいい」
はっきりしてるのは全員困惑してるってことだ。
しかしミセリコルデだけは違う、何か言いたそうに『あわわわ』とか口にしてた。
その反応からしてきっと……いや、確実にMGOの世界の住人なんだろう。
「ミセリコルデ、あいつってもしかしてあっちの世界の――」
『えっ……えっ!? あ、あの人……なんでここにいるの!?』
ところがようやく口を開けば、出てきたのは308口径の銃声より強烈な声だった。
それは向こうでジャガイモを不法種付けしてたあの魔女にも聞こえたんだろう。
「……今の声、まさかっ! もしかしてもしかしてもしかしてもしかしてっ」
じゃがいもテロリストがものすごい勢いで戻ってくる。
黒い尻尾や大きな肩掛けカバンをぶらぶらさせつつ、それはもう目を輝かせて。
「ミコちゃん!? ミコちゃんなの!? やっと見つけましたわ!」
『りむサマ!? なんでりむサマがここにいるんですか!?』
「それはこっちのセリフですわ! 生きとったんかワレ!」
ジャガイモの魔女が腰にすがり付いてきた。
俺のことなんか忘れて腰のミセリコルデに釘付けになってる。
しかもやり取りからして思いっきり知り合いか何かみたいだ。
「……お前ら知り合いなのか?」
『……この人、魔女で料理ギルドのマスターさんだよ……』
尋ねてみると、ミセリコルデがげんなりした声で答えてきた。
「……魔女でギルマス? それってどういう」
「そうですわよ。料理上手な子がいるって聞いてミコちゃんのいるクランハウスに週休二日制で押しかけてましたもの!」
『毎晩扉を叩きに来るからエルさんが二度と来るなって怒ってたよ……』
「大丈夫、まだあきらめてませんから! 今度は早朝にお邪魔しますわ!」
……このテンションのせいでいろいろ苦労してるそうだ。
しかし料理ギルドに魔女、いよいよ世紀末らしくない単語だ。
『で、でも……どうしてりむサマがここにいるんですか?』
「セアリちゃんたちから探してほしいと頼まれましたの。そしたらなんか違う世界に移動できたからエンジョイしてたらたまたま見つけちゃった感じですわ!」
『エンジョイ……ってセアリさんが!? みんな無事なんですか!?』
二人はわいわい話してる。
俺は首をみんなに向けて「どうすればいいんだ」と投げかけてみたが、面倒ごとを押し付けるみたいに一任されてしまった。
「ミセリコルディアの皆さまは元気ですのでご心配なく。皆さまあなたのことをとても心配していましたわ」
『……なんだかその名前、すごく懐かしいです。前はなんで私の名前が入ってるのかなって恥ずかしかったのに……』
「ふふふ、あのクランはあなたがいてこそですから。ところでどうしてそんな姿なんですの? いつものぶとももむっちりボディじゃないんですの?」
『ぶともも……むっちり……!?』
しかし考えてみればこの状況でこんなやつに会えるのはツイてるんじゃ?
まじまじと見つめられてる物言う短剣を引っこ抜いた。
「……こいつが言うには変身したら戻れなくなったらしいんだ。何か分からないか?」
それから小さな魔女に手渡した。
土で汚れた手に渡ると、好奇心いっぱいの目が刀身に向かった。
「ええ、確かミコちゃんは太ももの精霊で……」
『短剣の精霊です……』
「失礼、太ももが超もちもちでえっちな精霊でしたわね。うーん……変身して戻れないということは……」
『りむサマ、そんな覚え方ひどいよ……』
「ちゃんと覚えてやれよ……」
指でなぞったり掲げてみたりして、どうやら彼女は答えを見つけたらしい。
その答えとは。
「この世界がまだ魔力に染まってないからですわね、これは」
ということらしい、よく分からない。
『えっと……それってどういう……』
「ミコちゃんなら分かると思いますが、この世界は私たちのいた世界の一部と入れ替わって魔力が生み出されてますの。えーと、つまり、酸素不足ですわ」
「酸素不足?」『酸素不足?』
「お二人とも相性がよさそうですわね! ほら、ニンゲンは酸素がなければ活動できませんわよね? 魔力とはすなわち酸素みたいなもので、それが十分にないから戻れないということなのです」
……元に戻れない理由が酸素不足と言われてもいまいちわからない。
しかしこいつが言うには単純な魔力不足によるものらしい。
「……でもマナポーションってのがあるだろ? これなら回復するんじゃ」
それならばと、さっき飲ませていたマナポーションの空き瓶を見せた。
「それはあくまで補助的なものですわ。大事なのは自然に生み出される方で……ということでめんどいのでいろいろ省きますが、もう少しすれば魔力がいきわたって戻れるようになるはず、以上!」
どうやらこれじゃだめらしい。
でも大事なことが分かった、つまり戻れる可能性が十分あるってことだろ。
『もう少しって、どれくらいなんですか……?』
ミセリコルデが期待感が混じった声でそう聞いたものの、
「一年ほどですわね。大丈夫、気長に待ちましょう?」
魔女は極めて楽観的な顔でにこっと答えた。良い知らせではないと思う。
『……一年……?』
「……おい、まさかこのままで来年まで過ごしてろってか?」
戻れるっちゃ戻れる、でも一年だって?
せっかく見えてきた希望が叩き潰されてしまった気分だ。
「まあとにかく、ミコちゃんがいると分かれば話は早いですわ。あなたたちにはちょっといろいろお話しないと――」
この場をめちゃくちゃにしてくれた魔女は俺の手を引っ張ろうとする。
けれどもその直前、そばにいるニクに気づくと。
「あっ! ワンちゃん! ワンちゃん! マジかわいい!」
俺のことなど、まして後ろにいるボスたちにも目もくれず飛びついてしまった。
黒いジャーマンシェパードは頭をわしわし撫でられて「ワンッ!」と幸せそうだ。
「おい。あんたら、ちょっといいかい?」
珍妙な子供にものすごく付き合いづらそうな様子でボスが絡んでくる。
それはもうこのクソ面倒くさい存在を煙たがるように。
「答えな、この珍妙な生物はなんだ? お前たちの友達かい?」
「俺だったらもうちょっと慎重に人を選ぶと思いますが」
『知り合い……っていえばいいのかな。あの、おばあちゃん、この人は絶対に悪い人じゃないんですけど……』
「勝手に人の土地に芋植えるような馬鹿が悪者じゃないって言いたいのかい」
ついでに言うとちょっとお怒りだ。
しかし肝心の魔女はそんな屈強なご老人に何一つ平気で、むしろむふっと得意げで。
「ふふん。初めまして、荒廃世界のお嬢さま。私は『飢渇の魔女』リーリム、料理ギルドを運営しておりますの。以後お見知り置きを――あっリム様って呼んでね!」
この世界らしからぬ、うやうやしい礼をした。
悪気はないんだろうが、それはある意味からかうようにも見える。
そしてツーショットが「お嬢さま」と言われたことにちょっと笑いをこらえてる。バレたら殺されそうだ。
「誰がお嬢ちゃんだって? ふざけてんのかい?」
さすがのボスもいら立ってる。おかげで俺たちはひやひやしてる。
「ふざけてなんていませんわ! 私300歳超えてるもん! たぶん、きっと」
「……そうかい、じゃあ好きにしな」
いまとんでもないことを言った気がするが、真偽のほどはいかほどなのか。
「魔女は種族的なもので本職は料理ギルドのマスターをしておりますわ。趣味はじゃがいもを植えること、好きな食べ物はじゃがいも、特技はじゃがいも料理です!」
とりあえず言動からして分かるのは芋に頭を支配されてるってことだ。
「おい、まさかひいきにしてる農場にジャガイモを植えたのはあんたかい」
「ええ、その通り。年甲斐もなくはしゃいでしまって植えまくってきましたわ」
「……つまりあんたのせいでこの世にジャガイモが戻ったわけだ、なんてこった」
「まあ! やっぱりじゃがいもが絶えてしまった世界でしたのね! でもご安心なさい、ここにもいろいろな品種を植えておきましたから!」
「そうか、あとあんたが今ジャガイモを植えてる場所は私有地だよ。勝手に使ったら殺すぞって看板を立てておけばよかったね」
「怒られるの覚悟でやってるだけですの、ということでお構いなく。それでは畑に帰らせていただきます」
「ぶち殺すぞコラ」
我らのボスは今まで誰にも見せたことのないような面倒くさそうな顔だ。
俺だって面倒だ、ミセリコルデの知り合いがいたってのは良かったが。
「おいおい……ついに魔女とか出ちまったぞ、この世界。どうなってんだ?」
「本物の魔女がいるとは……なんということなのだ……」
「……ごはんが食べられるの、あの人のおかげ?」
ツーショットもそうだが、アレクは魔女の存在に感動したような様子で、サンディに至っては食欲しか考えてない。
「シェルターの生き残りに喋る短剣、次は魔女だって? 一体どうなってんだい近頃のウェイストランドは……くそったれ」
なんてこった、ボスが人生最大の壁にぶち当たったように苦悩してる。
「さて……そこの目が怖い殿方、あなたに話さないといけないことがいっぱいあります。少々お時間をいただいてもよろしいかしら?」
魔女を名乗る女の子はついに俺そのものに狙いを定めてきた。
そいつの目は不運にもこの世界に来てしまった男に向けられている。
◇
アレクが興奮気味に指をさしている。
するとその魔女とやらは、ムスっとした様子でシャベルを地面に刺した。
「これはホウキじゃありません! 歯車仕掛けの街で作られた最新モデルの杖! お値段十四万メルタ、横向き搭乗対応、十年保障のくっそいいやつですわ!」
そういうと彼女は背負っていた杖を掴んで、
「ほらっ! ごらんなさい! 箒に乗るなんて時代遅れもいいところ、これからは杖で飛ぶのが当たり前になりますから絶対!」
放り投げた。すると……どういうことなのか、手放された杖が横向きに浮く。
地面からけっこう離れた状態でふわふわ浮いている。
それならまあ、ただ棒が浮いてるだけで済むだろうが。女の子はそれに腰をかけると、ふわっと浮いてこっちに飛んできた。
「……ははっ、棒切れで飛んでるぜ……。おいおい、どうなってるんだ?」
さすがのツーショットも信じられなさそうな様子だ。
「ふっ……そういう反応たまりませんわ。この世界マジ大好き」
こっちに来た自称魔女は小さな顔いっぱいに得意げさを作ると、背中で悪魔のような尻尾をゆらっと揺らした。
こいつは角やら羽やら生えてるとこさえ除けばただの子供だ。
しかしなんだろうこの、違和感は。
元気そうな高い声といい、身なりといい、この世界の住人らしくないというか。
「さて荒廃世界の皆様。私はじゃがいもで忙しいのでお気になさらず……」
そういって彼女は地べたに戻ると、またジャガイモを地面に叩きつけようとした。
ところがこっちを見て……特にそのど真ん中にいる俺を目にした直後、
「――アバタールちゃん?」
小さな魔女が急にずっしり伝わるような柔らかい声を上げた。
手にしていた芋をこぼして、うろたえた様子でこっちに近づいてくる。
宙に浮いた杖がひとりでに持ち主を追ってくるのも見えた。
「アバタールちゃん、あなたなの!? そんな、まさか――」
一体どうしたんだろうか、こいつは。
まん丸の目を見開いて、ひどくショックを受けたような顔つきだ。
「お、おい……なんだよお前」
見上げてくる顔と目が合う。
この自称魔女はとても物悲しそうだと『感覚』が感じ取った。
もっといえば『ずっと会っていなかった親しい人』でも見るような表情だ。
けれどもしばらく見つめ合って、彼女は残念そうにきゅっと口を閉じ、
「……ごめんなさい。そんなわけ、ありませんものね。では……」
また得意げな顔を無理やり作って、彼女は畑の方へと戻ってしまった。
「孕めッ! オラァッ!」
……そして何事もなかったかのようにジャガイモを植え始めた。
自立して浮かぶ杖はいつでも飛べますとばかりに、そばで直立している。
とりあえず「どうしよう」と振り返るとボスもリアクションに困ってた。
「おい、なんだいコスプレした変なのは」
「こっちが聞きたいぐらいです、なんですかあれ」
「なっ……何なのだ、一体どうなっている!? なぜ杖が浮いて……」
「……なあ皆さん。とりあえず無許可でジャガイモを植えてる点について指摘すればいいんじゃないか?」
「……尻尾が、かわいい」
はっきりしてるのは全員困惑してるってことだ。
しかしミセリコルデだけは違う、何か言いたそうに『あわわわ』とか口にしてた。
その反応からしてきっと……いや、確実にMGOの世界の住人なんだろう。
「ミセリコルデ、あいつってもしかしてあっちの世界の――」
『えっ……えっ!? あ、あの人……なんでここにいるの!?』
ところがようやく口を開けば、出てきたのは308口径の銃声より強烈な声だった。
それは向こうでジャガイモを不法種付けしてたあの魔女にも聞こえたんだろう。
「……今の声、まさかっ! もしかしてもしかしてもしかしてもしかしてっ」
じゃがいもテロリストがものすごい勢いで戻ってくる。
黒い尻尾や大きな肩掛けカバンをぶらぶらさせつつ、それはもう目を輝かせて。
「ミコちゃん!? ミコちゃんなの!? やっと見つけましたわ!」
『りむサマ!? なんでりむサマがここにいるんですか!?』
「それはこっちのセリフですわ! 生きとったんかワレ!」
ジャガイモの魔女が腰にすがり付いてきた。
俺のことなんか忘れて腰のミセリコルデに釘付けになってる。
しかもやり取りからして思いっきり知り合いか何かみたいだ。
「……お前ら知り合いなのか?」
『……この人、魔女で料理ギルドのマスターさんだよ……』
尋ねてみると、ミセリコルデがげんなりした声で答えてきた。
「……魔女でギルマス? それってどういう」
「そうですわよ。料理上手な子がいるって聞いてミコちゃんのいるクランハウスに週休二日制で押しかけてましたもの!」
『毎晩扉を叩きに来るからエルさんが二度と来るなって怒ってたよ……』
「大丈夫、まだあきらめてませんから! 今度は早朝にお邪魔しますわ!」
……このテンションのせいでいろいろ苦労してるそうだ。
しかし料理ギルドに魔女、いよいよ世紀末らしくない単語だ。
『で、でも……どうしてりむサマがここにいるんですか?』
「セアリちゃんたちから探してほしいと頼まれましたの。そしたらなんか違う世界に移動できたからエンジョイしてたらたまたま見つけちゃった感じですわ!」
『エンジョイ……ってセアリさんが!? みんな無事なんですか!?』
二人はわいわい話してる。
俺は首をみんなに向けて「どうすればいいんだ」と投げかけてみたが、面倒ごとを押し付けるみたいに一任されてしまった。
「ミセリコルディアの皆さまは元気ですのでご心配なく。皆さまあなたのことをとても心配していましたわ」
『……なんだかその名前、すごく懐かしいです。前はなんで私の名前が入ってるのかなって恥ずかしかったのに……』
「ふふふ、あのクランはあなたがいてこそですから。ところでどうしてそんな姿なんですの? いつものぶとももむっちりボディじゃないんですの?」
『ぶともも……むっちり……!?』
しかし考えてみればこの状況でこんなやつに会えるのはツイてるんじゃ?
まじまじと見つめられてる物言う短剣を引っこ抜いた。
「……こいつが言うには変身したら戻れなくなったらしいんだ。何か分からないか?」
それから小さな魔女に手渡した。
土で汚れた手に渡ると、好奇心いっぱいの目が刀身に向かった。
「ええ、確かミコちゃんは太ももの精霊で……」
『短剣の精霊です……』
「失礼、太ももが超もちもちでえっちな精霊でしたわね。うーん……変身して戻れないということは……」
『りむサマ、そんな覚え方ひどいよ……』
「ちゃんと覚えてやれよ……」
指でなぞったり掲げてみたりして、どうやら彼女は答えを見つけたらしい。
その答えとは。
「この世界がまだ魔力に染まってないからですわね、これは」
ということらしい、よく分からない。
『えっと……それってどういう……』
「ミコちゃんなら分かると思いますが、この世界は私たちのいた世界の一部と入れ替わって魔力が生み出されてますの。えーと、つまり、酸素不足ですわ」
「酸素不足?」『酸素不足?』
「お二人とも相性がよさそうですわね! ほら、ニンゲンは酸素がなければ活動できませんわよね? 魔力とはすなわち酸素みたいなもので、それが十分にないから戻れないということなのです」
……元に戻れない理由が酸素不足と言われてもいまいちわからない。
しかしこいつが言うには単純な魔力不足によるものらしい。
「……でもマナポーションってのがあるだろ? これなら回復するんじゃ」
それならばと、さっき飲ませていたマナポーションの空き瓶を見せた。
「それはあくまで補助的なものですわ。大事なのは自然に生み出される方で……ということでめんどいのでいろいろ省きますが、もう少しすれば魔力がいきわたって戻れるようになるはず、以上!」
どうやらこれじゃだめらしい。
でも大事なことが分かった、つまり戻れる可能性が十分あるってことだろ。
『もう少しって、どれくらいなんですか……?』
ミセリコルデが期待感が混じった声でそう聞いたものの、
「一年ほどですわね。大丈夫、気長に待ちましょう?」
魔女は極めて楽観的な顔でにこっと答えた。良い知らせではないと思う。
『……一年……?』
「……おい、まさかこのままで来年まで過ごしてろってか?」
戻れるっちゃ戻れる、でも一年だって?
せっかく見えてきた希望が叩き潰されてしまった気分だ。
「まあとにかく、ミコちゃんがいると分かれば話は早いですわ。あなたたちにはちょっといろいろお話しないと――」
この場をめちゃくちゃにしてくれた魔女は俺の手を引っ張ろうとする。
けれどもその直前、そばにいるニクに気づくと。
「あっ! ワンちゃん! ワンちゃん! マジかわいい!」
俺のことなど、まして後ろにいるボスたちにも目もくれず飛びついてしまった。
黒いジャーマンシェパードは頭をわしわし撫でられて「ワンッ!」と幸せそうだ。
「おい。あんたら、ちょっといいかい?」
珍妙な子供にものすごく付き合いづらそうな様子でボスが絡んでくる。
それはもうこのクソ面倒くさい存在を煙たがるように。
「答えな、この珍妙な生物はなんだ? お前たちの友達かい?」
「俺だったらもうちょっと慎重に人を選ぶと思いますが」
『知り合い……っていえばいいのかな。あの、おばあちゃん、この人は絶対に悪い人じゃないんですけど……』
「勝手に人の土地に芋植えるような馬鹿が悪者じゃないって言いたいのかい」
ついでに言うとちょっとお怒りだ。
しかし肝心の魔女はそんな屈強なご老人に何一つ平気で、むしろむふっと得意げで。
「ふふん。初めまして、荒廃世界のお嬢さま。私は『飢渇の魔女』リーリム、料理ギルドを運営しておりますの。以後お見知り置きを――あっリム様って呼んでね!」
この世界らしからぬ、うやうやしい礼をした。
悪気はないんだろうが、それはある意味からかうようにも見える。
そしてツーショットが「お嬢さま」と言われたことにちょっと笑いをこらえてる。バレたら殺されそうだ。
「誰がお嬢ちゃんだって? ふざけてんのかい?」
さすがのボスもいら立ってる。おかげで俺たちはひやひやしてる。
「ふざけてなんていませんわ! 私300歳超えてるもん! たぶん、きっと」
「……そうかい、じゃあ好きにしな」
いまとんでもないことを言った気がするが、真偽のほどはいかほどなのか。
「魔女は種族的なもので本職は料理ギルドのマスターをしておりますわ。趣味はじゃがいもを植えること、好きな食べ物はじゃがいも、特技はじゃがいも料理です!」
とりあえず言動からして分かるのは芋に頭を支配されてるってことだ。
「おい、まさかひいきにしてる農場にジャガイモを植えたのはあんたかい」
「ええ、その通り。年甲斐もなくはしゃいでしまって植えまくってきましたわ」
「……つまりあんたのせいでこの世にジャガイモが戻ったわけだ、なんてこった」
「まあ! やっぱりじゃがいもが絶えてしまった世界でしたのね! でもご安心なさい、ここにもいろいろな品種を植えておきましたから!」
「そうか、あとあんたが今ジャガイモを植えてる場所は私有地だよ。勝手に使ったら殺すぞって看板を立てておけばよかったね」
「怒られるの覚悟でやってるだけですの、ということでお構いなく。それでは畑に帰らせていただきます」
「ぶち殺すぞコラ」
我らのボスは今まで誰にも見せたことのないような面倒くさそうな顔だ。
俺だって面倒だ、ミセリコルデの知り合いがいたってのは良かったが。
「おいおい……ついに魔女とか出ちまったぞ、この世界。どうなってんだ?」
「本物の魔女がいるとは……なんということなのだ……」
「……ごはんが食べられるの、あの人のおかげ?」
ツーショットもそうだが、アレクは魔女の存在に感動したような様子で、サンディに至っては食欲しか考えてない。
「シェルターの生き残りに喋る短剣、次は魔女だって? 一体どうなってんだい近頃のウェイストランドは……くそったれ」
なんてこった、ボスが人生最大の壁にぶち当たったように苦悩してる。
「さて……そこの目が怖い殿方、あなたに話さないといけないことがいっぱいあります。少々お時間をいただいてもよろしいかしら?」
魔女を名乗る女の子はついに俺そのものに狙いを定めてきた。
そいつの目は不運にもこの世界に来てしまった男に向けられている。
◇
31
お気に入りに追加
152
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

こども病院の日常
moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。
18歳以下の子供が通う病院、
診療科はたくさんあります。
内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc…
ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。
恋愛要素などは一切ありません。
密着病院24時!的な感じです。
人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。
※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。
歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
うちの冷蔵庫がダンジョンになった
空志戸レミ
ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞
ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。
そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる