魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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CowboyActionShooting

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 あれからだいぶ経った。もうここにきて八日目だ。
 この街のやり方に慣れてきた俺は、来る日も来る日も過酷な訓練を続けていた。

 訓練イコールただ銃を撃つだけ、なわけがない。
 百メートル離れた先の標的に5.56㎜の弾をヒットさせるようになると、ボスは難易度を上げ始めた。それはもう滅茶苦茶に。

 たとえば的に当てるだけじゃなく、敵からの銃撃に対する耐性をつけろといわれた。
 その結果どうなったって?
 土嚢越しに金属製の標的を撃つ訓練となった。ただし今までとは違って向こうから弾が飛んでくる。ふざけんな。

「どうしたひよっこ、びびるんじゃないよ! 素早く撃て! 手を止めるな!」
「おっ……俺を殺す気かよ!? 死んだら恨むぞくそったれ!」
『ひ、ひええええぇぇぇ……』

 土嚢の裏で体を丸めているとすぐ後ろで弾が突き刺さる音が。
 小口径の拳銃や小銃の弾が頭上をひゅんっと掠めていく感触が。
 油断しているとかなり遠くから飛んできた矢が近くを通り過ぎていく。

 いま、俺は五十メートルほど離れたところから攻撃されている。
 手加減してくれてるみたいだが、明らかにぎりぎりを狙ってる感じだ。
 証拠にたったいま土嚢にびすっと矢が刺さった。下手すりゃ死ぬぞこれ。

「くそっ! 尻に当たるんじゃねえぞ!」

 意を決して立ち上がった。
 ぱしっ。そんな音を立てて目の前に着弾、身体が震える。
 もう被弾することを覚悟で土嚢の上に乗ったリボルバーを掴む。
 そこへ斜めからアレクの矢が飛んでくる――こんだけ離れてるのにどうやって当ててくるんだ、くそったれ。

「心配するな! 手加減はされてる! 万が一当たっても死にやしないさ!」

 すぐ真後ろからそんな声が叩きつけられて、飛んでくる矢が耳元を掠った。
 イカれてやがる。だが期待されてるのは確かだ――やるぞ!

「人で射撃訓練しやがって……畜生!」

 土嚢にライフル弾が当たる、振動が空気を伝って視界をぼやけさせる。
 吹っ切れた。リボルバーを構えた、目の前の人型三体、距離は十メートルほど。

 照準をあわせトリガを引きっぱなしに、左手の親指で撃鉄を素早く動かす。
 ぱぱんっ、とハイスピードで二連射。きつめの反動を感じる。
 だがもう慣れた。かんかんと着弾音がした、命中を確認。次の二発、最後の標的にもう二発、標的撃破。

「その撃ち方は悪くない! さあ次だ!」

 褒められた、次だ。
 リボルバーを放り投げて隣へ、土嚢に立てかけられた散弾銃を手に取る。
 見覚えのある銃だ――銃身が三本、これはアルゴ神父からの贈り物だ。

「その銃は12ゲージの散弾が二発、45-70のライフル弾が一発撃てる! ストックがないから反動をうまく受け止めな!」

 続いて台の上に立てかけられた散弾銃用の標的に向かった。
 頭上すれすれを何かがひゅっと通り抜けたが、いい加減慣れた。
 左端の標的に向けて発射、右手を伝って散弾一発分の反動がずっしり響く。

 ぱきんと着弾音を響かせながら標的が倒れる、命中。
 隣の標的にも発射、命中。

「弾種は留め金の下にあるスライドボタンだ! 間違えるんじゃないよ!」

 次だ、言われた通りに親指でボタンをスライドさせた。
 左手で銃身を支えるように持ちながら、最後の金属板に照準を重ねて。

*ダンッ!*

 トリガを引いた。身体がびくつくほどの衝撃が走る。
 三つ目の標的は撃たれた人間さながらに後ろへと倒れていく。

「45-70の弾はとっておきの一発だ、忘れるな! さあ仕上げの時間だ!」

 ここまでくるともう飛んでくる銃弾なんてどうでもよくなってきた。
 土嚢や頭上を狙った銃撃が続く中、レバーアクション式の小銃をキャッチ。
 ストックを適度な力で肩に当てて、少し背を曲げてまっすぐ構える。

「レバーアクション式は腕を強ばらせるな! 速攻で叩き込め!」

 杭で地面に打ち込まれた人の形めがけて発射、命中。
 続けざまにレバーを前後させつつ連射、先端の丸い弾がかんかんと音を立てる。
 装弾用のレバーが指に擦れてけっこう痛い、これだけは苦手だ。

「よっしゃ!」

 たぶん記録更新だ、さあ最後はドラム缶に立てかけられた的だ。
 土嚢に立てかけられた木製のリカーブボウへと手をつけた。
 左手で本体をぎゅっと握りしめながら、まめだらけの右手で落ちていた矢をつがえる。
 持ち上げて矢を引く――『感覚』を働かせて木の板の中心向かってエイム。

「……ここだっ!」

 十分に引き絞ったところで、人差し指と中指の間に挟んだ矢を離す。
 押し戻される弦の勢いに乗せられて放った矢は標的へと飛んでいく。
 すぐにかつっと音がした。お見事、中心に突き刺さった。

「やるじゃないかい、この前とはえらい違いだが――」
「……もう一発!」

 まだだ。ここからが俺の本番だ。
 関心の声が飛んできたと同時に、右手でベルトからナイフを掴む。
 矢が突き刺さった的に狙いを定めて、軽く振りかぶり。

「――しっ!」

 上半身の捻りにあわせながらぶん投げる。
 投げた刃物が刺さった矢を押しのけながらど真ん中を貫いた、クリティカル。

「どうです? すごいでしょう? 練習してたんですけど……」
「最後のがなければ満点だったよ、調子乗んな馬鹿者! やり直し!」
「いてっ」
『……わたしのこと、投げないでね?』

 せっかくの投げナイフを決めたというのにボスに叩かれた。小銃で。



 こんな感じで射撃訓練が終わると、今度は大嫌いなものがやってくる。
 その名も格闘訓練、聞こえはいいが実際はアレクとボスから殴られ投げられぼこぼこにされるようなもんである。

「どうした立て! まさかこんなババァにビビっちまってるんじゃないだろうね!?」
「やみくもに攻めるな! 相手が多いときは挟撃されないように立ちまわれ!」
「うっ……うおぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 絶対に殴りあっても勝てなさそうな褐色肌の大男と、賊ぐらい素手で殴り殺せそうな老人に突っ込んでいく。
 2対1でやる理由は『多数の敵と戦うことを想定して慣れるため』だそうだ。
 どちらに突っ込んでもロクな目に合わないのは間違いないのは確かだ。

「――おらぁっ!」

 左半身を向けるように踏み込み、ボスの身体に詰め寄りながら右手を突き出す。
 その瞬間、ボスは半身をふっと引いてすぐに距離を詰めてきた。

 ……残念、フェイントだ。

 すぐに構えを解いて姿勢を落とす。
 次に左足を軸に反転、勢いをつけた回し蹴りで足を刈り取ろうとしたものの。

「ふんっ!」

 まるでそれが来ると分かっていたみたいに、あっさり右足を掴まれる。
 そして俺の使った力をそのまま利用するように引っ張られて。

「ぐえっ」

 顔から地面に引き倒されることになった、クソ痛い。
 乾ききったウェイストランドの地面はおいしくなかった。

「そんな安直なやり方が通用すると思ってんのかい! 気合見せてみな!」
「ええ……見せてやりますよ!」

 が、まだ終わってない。
 ボスが近くにいることを確認して、起き上がるとみせかけてぐるんと足払いを放つ。
 ブーツの底に相手の足が当たった。そのまま引きずり倒してやろうとしたが。

「……勢いはいいが力が足りないね。それからそいつもベタすぎだよ!」

 肝心の足払いを食らったボスは平然とこっちを見下ろしていた。
 すると何事もなかったかのように足が持ち上げられ、頭上に踵が――
 


 苦手な訓練が終わると今度はシェルター内での活動となる。

 シェルターは地下五階まで続いており、各階層はそれぞれ役目を持たされている。
 地下一階は兵舎やモニタールーム、地下二階には医務室や食堂、地下三階では工房や武器庫があり、地下四階は居住区となっている。
 地下五階には発電施設があって、地上にある太陽光発電システムと併用してシェルター内の電力を十分にまかってるらしい。

 地上での訓練が終わると、次は地下三階にある工房で銃器の整備や弾薬作りだ。
 様々な武器に触れて仕組みを理解し、弾の作り方を覚えてもらうとのこと。

 リローディングならまだいい。
 専用の道具で薬莢に雷管を詰め、火薬や弾頭をセットするだけの作業だ。

 それに比べて銃の整備というのはかなり面倒だ。
 ネジや金具を一つずつばらして清掃して、組み立て直さないといけない。
 扱う銃だって一種類だけじゃない、拳銃、小銃、散弾銃、機関銃、挙句にロケットランチャーなんてのもある。

「ここにきてから一週間ぐらい経ったけど、調子はどーよ?」
「んー? 蹴られまくるし罵倒されるし大変だな。まあ普通ってところだ」
「普通ってなんだよ。感覚麻痺してんじゃねーの?」
「でもやりがいはあるぞ。誰かさんに容赦なく顔面踏まれたりな、畜生が」
「そこまで皮肉がいえんなら大丈夫そうだな、お気の毒に」

 それでも、気軽に話せる相手がいるから嫌いじゃなかった。
 ヒドラショックのことだ。今ではすっかり打ち解けて、ここでいろいろ教わっている。

「それにしてもお前……ここの作業も慣れてきたんじゃないか? 前は拳銃一つで半日はかかりそうだったのによ」
「ここに上手に教えてくれるやつがいたからな」
「それって俺のことか? だとしたらうれしいね、いいお世辞だ」
「お世辞じゃない。もう一度言ってやろうか? 感謝してる」
「そりゃどういたしまして、お礼はなんでもいいぜ」

 彼は地下にある工房で働いていて、装備品の開発、製造、修理を任されていた。
 戦前の銃をリストアしたり、ハンドメイド武器の製作や修理だってやってる。
 俺の面倒を見るように頼まれたときは露骨に嫌がっていたそうだが……現在はなんやかんやで立派な友人だ。

「あの時は尻に矢受けたとかへらへらしながら言ってきて正気を疑ったぜ」
「なんだと思ったんだよ」
「そういうプレイでもしでかしたのかってな」
「あと十センチぐらい横にずれてたらそうなってたな」
「そりゃ惜しい、ちゃんとずれててくれたら伝説になってたぜ」
「やめろ、想像しただけで最悪な気分になる。大体お前、矢でぶち抜かれたことあるのか? マジで痛いぞ?」
「……矢じゃねえけどよ、事故でタマを片方なくしたことならある」
「……うわ、なんだよそれ」
「俺についた素晴らしい名前の元ネタだ。しかもよりによって食堂のテーブルの角だ、あんなところでしょーもない伝説作っちまった」
「シチュエーションが最悪だな、気の毒に」
「お前も相当だぜ、まあダメージのデカさは俺の方が上だな」

 くだらない話をしながらも作業を続けた。
 何度も訓練で使ったレバーアクション式の小銃のメンテナンスだ。
 取り外した銃身にクリーニングロッドを突っ込んで中身をきれいにして、機関部を布や綿棒ですっきりさせて完了。オイルも忘れずに。
 清掃が終わったら銃身下部のチューブマガジンに長いバネを戻してフタをしてピンで固定して、木製フォアエンドと金具を装着――ああめんどい。

「……これくらいゲームみたいにぱぱっと済んでくれればいいのに」

 思わず愚痴が出るぐらいだが、前よりはだいぶ慣れた。

 この世界に出回ってる銃っていうのは二種類ある。
 知恵と工夫と世紀末世界のニーズから生み出されたハンドメイド品か、どこかで拾った150年前の骨董品をリストアしたものだ。
 どちらがいいかといわれたら前者を選ぶ、整備するときにすごく楽だからだ。

「そういえばあいつ……お前のミコさんはどうした?」
「医務室で治療中だ。偵察部隊が怪我したからドクがこっそり貸せってさ」
「すげえよなあいつ、なんでも一発で治しちまうし。あの黒い犬は?」
「シディが狩りに付き合わせてるんだとさ」
「てことは今日の晩飯は肉だな。やったぜ」
「肉だけはいっぱい食えるからな、ここ。今夜も一緒に食うか?」
「おう、お前がいるとおばちゃんが俺の分まで大盛りにしてくれるからな」
「俺をなんだと思ってんだ。じゃあ飯の時間になったら食堂前で合流な」

 これが終わったら今夜もシェルターの仲間たちと一緒に夕食だ。
 訓練は相変わらず厳しいけれども、不思議と充実した日々が続いている。

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