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RUN BOY RUN!!

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 ぐにょっ。
 急に腹のあたりに何かがずっしりと落ちてきて、一瞬で目が覚める。
 それはけっこうな重さで、喉から「ぐえっ」とかいう変な声が漏れた。

「……起き、て?」
「んぉ……なんだ……!?」

 頭を起こすと自分の胸元に置かれた褐色肌の腕が最初に見えた。
 傷だらけの胸板には、軽く開いた手のひらがくっついている。
 視線で順に追っていくと、とても眠そうな顔つきの女の子がジトっと見下していた。

「……おはよ?」

 眠そうな声だ。確かサンディとかいうやつだったか。

「何してるんだ……?」
「目覚まし、だけど……?」

 問題の彼女はちょうどいい椅子がそこにあったとばかりにずっしり座っている。
 大きめな尻が体重を乗せているみたいだ、こいつには失礼だけど重い。
 巨尻の持ち主は無表情のままゆさゆさ揺れた。メロンみたいな塊が揺れる揺れる。

「なあ、その……ちょっとどいてくれないか?」
「姉者、普通に起こせないのか? 苦しそうなんだが」
「……ふふん」

 開いた両開きドアをバックにアレクが助けに来てくれた、だが無視されてる。

「姉者、こんなことをしている場合か? ヴァージニア様が早く連れてこいと」
「ふしゃー」
「痛い!? た、叩かないでくれよ姉ちゃん!?」

 それどころか近づいてきた弟を猫みたいにびしびし叩き始めた。
 よく分かった、自力で立ち上がらないとダメなんだな。

「……おはよう、アレクとサンディ」

 のしかかってくる腰を押しのけるように、全身に力を込めて起き上がった。
 サンディが腰を持ち上げて追い払われた猫みたいにしぶしぶ離れていく。
 よし、これで記念すべき最初の一日の目覚めになった。 

「おはよう、イチ。良く眠れたか?」
「ああ、お前の姉ちゃんが来るまではな」
「……私、重かった?」
「重しが必要になったらまた来てくれ」

 アレクは前見たときより少し親し気な様子だ。
 サンディはよく分からない。眠そうな顔で「ふしゃー」とかいいながら猫の手で叩きに来てる。それも優しく。

「おはよう、ミセリコルデ。起きてるか?」

 俺はぽこぽこされながらも置かれた短剣を掴んだ。
 ……手元で『ヴぇあっ』という変な声が漏れた。

『ふあっ……お、おはよう!?』
「……やっぱ寝てていいぞ」

 ミセリコルデを鞘に入れてベルトに取りつけた、これでよし。

「短剣も寝るのだな……おはよう、ミコ」
「……ミコ、おはよ」
『お、おはようございます……ご、ごめんね? 久々にリラックスできたから……』
「早速だがヴァージニア様がお前を呼んでいるぞ。地下で待っているそうだ」
「分かった、今すぐ行く」

 PDAを見た――朝の六時だ。
 コンテナハウスを出ると、少し冷たい朝の空気を全身に感じた。

「……変わった町だな、ここって」

 周りを見渡すと、戦いの傷跡がまだ残る町の様子が見える。
 ただし町中には巧妙に隠された本来の住み家がいくつもある。
 シェルターへと向かう途中、アレクはそこら中に置かれたコンテナを見て。

「百五十年前、プレッパーと呼ばれる者たちの知恵と工夫が遺してくれたものだ。彼らはこの土地に穴を掘り、住処を作り、物資を蓄え世界の終末を生き抜いた。その後継者が我々なのだ」

 と感慨深げに言っていた。

 ツーショットから聞いた話だと、『世界の終末』に備えた者たちはここに住んでいた。
 シェルターを作り、同じ志を持つ人間を集めて世界の終わりを耐え抜いたそうだ。
 その「プレッパー」とかいうやつらが後世に想いを継いでくれたおかげで、俺はこうして寝泊まりする場所を得たわけだ。ありがとう。

「こうして150年後の世界でちゃんと眠れたしな、先人様には感謝してるよ」

 そうこう考えてると偉大な先人たちの遺してくれたシェルター入口に到着。
 追手もなくすっかり気の抜けた俺は無防備なあくびをしながら、階段を下りた。
 すると暖かい空気に混じって、住人たちのにぎやかな声がこっちに届いてきた。

「お、コーンフレークのおでましだ。よく眠れたか?」
「早く朝飯食って出発準備だ、お前ら! 今日の偵察はハードだぞ!」
「おい、ファクトリーからアレがそろそろ届くそうだが武器庫に空きあったか?」
「あいつらの落し物の『オコジョ』はどうする? シド・レンジャーズに買い取ってもらうにもあんなショボい戦車じゃな……」
「回収した武器弾薬を全部こっちに移したいんだが誰か後で手伝ってくれ! あの馬鹿野郎どもアホみたいに落としやがったから運ぶのがクソ大変だぜ!」
「余剰分の燃料とかは地下五階のリキッドジェネレーターに使う分に回してくれないか! ウォッカや軽油もあったらこっちにくれ!」

 降りた先では俺より早く目覚めた人たちがあれこれ動き回っているようだった。
 みんな忙しそうだ、だがこんな余所者が好ましくない人間もいるわけで。

「……おい、余所者。うちのボスに気に入られてる理由は分からないが、お前はまだ信用しちゃいないからな」
「おはよう、厄介者。二度とあんなやつら連れてくるなよ?」
「なんでお前みたいなのがいるんだ? いいか、盗みでもしたら殺してやるからな」

 通りすがりに嫌悪感の混じった言葉も向けられてくる。
 仕方ないと思った、でも狂ったカルト信者の罵声に比べればずっとマシだ。
 もちろんこれからのためにみんなの信頼を得なければならないが。

「おはよう二人とも。待ってたよ」

 通路を進んでいくと背の高い老人がきれいな姿勢で待ち伏せていた。
 ヴァージニア――このプレッパータウンの指導者と言われるあの人だ。
 その佇まいは筋肉が目立つアレクより頼もしい、どう年を取ればそんな風になるのか。

「おはようございます。ボス」
『お、おはようございます……ボス』
「ミコ、あんたは今まで通りでいいんだが……とにかくよく眠れたようだね、体調は万全かい?」
「はい、いつでもいけます」

 意識してまっすぐ相手の目を見つめると、ボスは『良いじゃないか』と笑んで。

「よし。じゃあさっそくだがテストといこうか。ついてきな」

 シェルター内部の階段へと案内された。
 しばらく降りると食堂のあるフロアまで連れてこられたみたいだ。
 踏み込んだ途端に複雑な料理の香りを感じて無性に腹が減ってきた。

「テストって……一体何をするんですか、ボス?」

 疑問を投げかけていると立ち止まった、どう見ても食堂の入り口だ。
 中には長いテーブルがあって、朝食を摂っている人たちの姿が見える。
 そんな光景をバックにボスはこっちを向いて。

「最初に言わせてもらうが、私のいう訓練っていうのは基礎体力を作ったりだとかそんなことをするつもりはないよ。あんたがやるべきことは戦い方、生き方、そして何より度胸だ」

 食堂の中、その中で空いている席のあたりを指で記した。
 厳しい訓練の前にまず飯を食えってことだろうか?
 そういうことなら話は早い、言われた通りにさっさと食ってこよう。

「今からあの席で朝飯食ってきな、まずはそれからだ」
「分かりました。じゃあ食べてきま――」

 よく分からないが食堂の中に踏み込もうとすると。

「ただし、やってもらうことがある」

 そう言葉で足を引っ張られた。
 なぜかろくでもないことをさせられるような予感を感じ取った。

「……えーと、やってもらうことっていうのは?」

 俺は自分の直感を抑え込みながら、慎重に相手を見上げた。

「良く聞きな、飯を食ってるとヒドラショックっていうやつが絡んでくるだろうから、さっさと食い終えてそいつにこう言ってくれないか? 胡桃割り人形ナッツクラッカー』ってね」

 身構えていると本当にわけのわからない頼みをされてしまった。
 そいつのあだ名なんだろうか? もしくは口にしてはいけないワードなのか。

「ナッツクラッカー……っていえばいいんですか?」
「そうだよ。できる限り、堂々と大きな声で、かつニヤリと言ってやりな。そしたら……」
「そしたら?」
「全力で外へ走って、私がいいっていうまで逃げ続けるんだ。いいね?」

 ……逃げろだとさ。正直いって絶対にろくでもないことになるだろ、これ。
 しかしボスは『避けて通れない道だ』とばかりに期待した目でこちらを見ている。
 どういうことかって? 拒否権はないってわけだ。

「…………分かりました」
「よろしい。健闘を祈るよ」

 大人しく受け入れた、それはもう楽しみな顔でうなずかれた。
 俺はとにかく何かあったら逃げることだけを頭に食堂へと入る。

 部屋の奥の方には人が並んでいて、厨房で調理中のスタッフの姿も見えた。
 ここではトレイを持って並んで料理を受け取り席につくというシステムだ。

『うわー……人がいっぱいいるね』
「ああ、でもあんまり歓迎されてるようじゃなさそうだ」

 空いている場所はあるにはあるが、一部からは不愉快そうな視線を感じる。
 俺は列につきながら、静かに感覚を走らせてみた。
 ああ、なんてこった……さっきからずっと空いている席のあたりから、明確な敵意を感じてしまった。

「おはよう、シェルター育ちの坊や! 怪我はもう大丈夫かい?」

 うわー行きたくねーとか考えてると、昨日のおばちゃんと目が合う。しかもよく見るとまだ銃持ってる。

「あ……お、おはようございます。昨日はどうも、ありがとうございました」

 でも、気さくでいい人だ。トレイを差し出すと手早く料理がぶち込まれる。

「元気になったみたいだね。さ、今日は訓練なんだろう? ちゃんと食べるんだよ!」

 この人からは悪意がなさそうだ。
 煮込んだ豆料理やらビスケットみたいなものやら、炭水化物だらけの料理が乗ったトレイを手に移動した。
 うまそうだ。150年前の食べ物が二度と食べられなくなりそうなほどには。

「……ミセリコルデ、ちょっとこれからトラブル発生するかもしれない」
『……うん、わたしもなんだかそんな気がしてたよ。だってその……すごくイライラした様子でこっちみてるもん……大丈夫?』
「喧嘩はしないから安心してくれ。じゃあいくぞ」

 小声で腰の短剣にそう伝えて、ボスを信じてテーブルに近づく。
 まるで座ってくださいとばかりに席が開けられてる場所があって、ちょうどその隣にガラの悪い青年が座っている。
 いかにもだ。近づくと完全に人を嫌っているような雰囲気が伝わってきた。

「ちょっと失礼」
 
 座った、すぐ隣にいるこいつがヒドラショックとかいうやつなんだろうか。
 かなり目つきが悪い。顔立ちもここがハイスクールだったらヒエラルキー的に高いところにいるような、差別的な意識と悪意がダブルで詰まったものだ。
 つけくわえて体つきは『お前絶対ドッグマンを素手でノックアウトできるだろ』とかいいたくなるレベルである。

「よう疫病神。昨日はすごかったな? で、こんなところで何してやがる?」

 料理に手を付けようとすると、思った通りにお近づきになってくれた。
 待ってましたといわんばかりの凄みのある声だ。作業着から漂う油と硝煙を混ぜ込んだような臭いは威圧感すら感じる。
 ああ、なるほど、そういう人間だったか。
 だけどアルテリーのヒャッハーなやつに比べれば殺意は感じられない。

「……ここで飯を食って来いと命令されたんだ。気にしないでくれ」
「そうか、ボスに言われちゃしょうがないか。で、もしも俺が『お前のことが気に食わねえ』っていったらどうする?」

 ずずっと身体が近づいてきた、薄汚れた金髪と怖い顔つきが迫って食欲が失せる。
 顔が本気だ。笑ってもいないし冗談の「じ」すらも籠っちゃいない。
 やれっていうんだな? こんなやつ相手に。

「好き嫌いを選ぶのは個人の自由だ。で、そっちの望みはなんなんだ?」

 俺は極力、ビビってるのを悟られないように尋ねることにした。

 演出のために無造作にトレイに伸ばしたフォークが震えそうになる、でもそれすら抑え込んでどうにかデザートを一口運んだ。
 せっかくの真っ赤で謎なフルーツを味わうこともできないまま、睨み返す。
 目が合うとほんのわずかだが相手がぎょっとした。
 ありがとう神様、こんな怖い目つきにしてくれて。

「気に食わねえからそのしけた黄色い顔で飯を食うなって言ったらどうすんだ?」
「さっさと食って帰るから構わないでくれ。大体、なんでそんな不機嫌なんだ?」
「お前があんな奴ら呼んだせいでな、俺が壁に描いたドラゴンが家ごと吹っ飛んだんだよ。あれ描くのに一体どんだけの時間と画材を費やしたと思ってんだ?」

 心の準備ができた、やってやる。
 お前なんかアルテリーに比べりゃ怖いのは顔と図体だけだ。
 背を伸ばして、得意げな顔を作って、恐ろしい相手の顔をしっかり見据えて。

「ああ――悪かったよ、ナッツクラッカー!」

 それはもう言われた通りの状態で読み上げてやった。
 するとどうだろう、反対側に座ってたおっさんが「ぶふぁっ」と飲んでた水を吹き出しそうになってしまう。
 それどころか周りにいる連中が「お前それはだめだろ」とばかりに見てくる。

「……おい、兄ちゃん。その呼び方はちょっと……」

 隣のおっさんが若干引いた様子で声をかけてきた。

「あー……俺、なんかしちゃいました?」
「大いにだ。そいつ……その呼び方をされるとだな……」

 不幸にもナッツクラッカーと呼ばれてしまった男を見上げてみた。
 テーブルをどんっと叩きながら立ち上がって、今すぐにでも目の前のむかつくやつの首をへし折ろうと構え始めている。
 目をつぶっても分かるぐらいに完全に怒り狂っていた。

「――てめえ! ぶっ殺してやる!」

 完全に激おこ状態になった青年の両手がつかみかかってきた。
 身をよじってするっと椅子から離れて回避、横を通り過ぎて外へと駆け出す。

「よくも言いやがったな! 上等だてめえも片方潰してやるからよォ!」
「ちょっ…………う、うおおおおおおおおおおおおおッ!?」

 恐ろしいことを口走りながら、そいつはものすごい勢いで追いかけてきた。
 途中で食堂の入り口近くでニヤニヤしているボスの姿も見えて、

「さあ! 走りな坊や! 走れ!」

 楽しそうな口調でそう応援された。
 ああなるほどテストってこういう――馬鹿なのか!?

『いちサン! 逃げて! 捕まったら何されるか分からないよ!?』
「分かってる! とにかく逃げるぞ!」
「待ちやがれ疫病神! てめえだけは絶対ぶっ殺してやるからなァァッ!」

 人をかき分けて、階段をのぼってシェルターの外へと向かった。
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