魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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できることと言えば、一矢報いるだけのこと

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「どうだ? メドゥーサスピットは熱いだろ?」

 腹の立つねっとりとした笑いが見えた。
 視線を落とした、左の太ももに矢が突き刺さっている。

「なんとなく分かるぜ、お前……あれが欲しかったんだろ?」

 身体がじわじわと熱くなっている感じがする。
 視線を上げた。目の前の男が少しずつだがぼやけて見える。
 しだいに残像すら見えてきた、相手は錆びだらけのナタを振りかぶっていた。

「残念だったな、もう品切れだ。お前らの苦しむ様が楽しみだったからよぉ!」

 獲物が振り下ろされた、両腕でガードしたが軌道が逸れる。
 妙に感覚だけははっきりしててナタの動きだけは追えた。
 鈍い刃がジャンプスーツの上から腹を擦った、ざりざりという熱い痛みが走る。

「がっ……!」

 頭がぼんやりしてきた。
 全身がくすぐったいような――ああ、力が抜け始めてる。
 ひどい吐き気もしてきた、口から変な味のする唾液がどばどばあふれてきた。
 視界が定まらない。敵はどこだ。代わりに、妙に落ち着いた白衣の男が目に映る。

「ただじゃ死なねえぜ、俺は! お前に最高の苦痛を与えてから死んでやる!」

 目の前の男がぐにゃぐにゃにゆがんで見える。
 刺さった場所が急にかゆくなり始めた、全身の感覚が抜け始めて、馬鹿みたいに唾液があふれていく感触しか残っていない。 

「へへっ……もう一本追加だ!」

 内臓が熱い。全身から変な汗がにじんで暑苦しい。
 視界に矢じりが見えた、このクソ野郎、もう一本突き刺そうと、

『……いちサン! 避けて!』

 急に誰かに呼ばれた気がした。
 誰だったか、ああそうだ、ミセリコルデだ。

「あっ? なんだ今の――」

 リーダーらしき男の動きが揺らいだ。目の前にはっきりと、そいつがいる。

「……ッ!!」

 なけなしの力を使って立ち上がる、身体がぐらぐらするが知ったことか。
 自分の肉に刺さった矢を引っこ抜く。
 矢じりがずぶずぶ肉をひっかくが、皮肉にも麻痺して痛みはなかった。

「……おい」

 抜いた矢を逆手に握った。
 すがりつくように相手の足を掴んで、

「なっ――て、てめ」
「おすそ分けだ、クソ野郎」

 そいつの脇腹に矢を突きさした。
 錆びだらけの矢じりが無理やり肉をかき分ける不愉快な感触がした。
 おめでとう、これでお前も毒入りだ。

「…………へっ?」

 文字通りやったぞ。
 何とか笑ってそう伝えてやると、馬鹿男は刺さった矢を恐る恐る抜いた。
 それから信じられないといった様子の顔を浮かべた。
 こんだけぐらぐらする視界の中でもよく分かる、アホみたいに手が震えていて、血が抜けたように顔が真っ青だ。

「どうした? メドゥーサスピットは熱いだろ?」

 どこからか飛んできた矢がそいつの腕に刺さった。
 そんなことに構ってられないとばかりに、矢の生えた腕でこっちを掴んでくる。

「てっ……てめっ、なっなんてことを、なんてことしやがるんだァ!?」
「……ははっ」

 俺は唾液を口から溢れさせながら、にやっと笑った。
 太腿が熱くなってきた、しかも痒い、骨の中まで痒くなってるみたいだ。

「あっ、あっ……お、おい! メドゥーサ!」

 無能野郎はテントの近くで身を守っていた男にも食いかかった。

「おま、お、お前、解毒剤もってるよな!? よこせ!」
「……一つアドバイスさせてくれ。苦しみたくなければ自殺でもするんだな」

 どこからか、ぱりっと音がした。まるで何かを叩き割るような音が。
 視界がゆがんで見えないが、きっとそいつの顔はしてやったりのはずだ。

「てっ……てめぇぇぇぇ!? なんて、なんてことしやがるんだァァッ!?」
「そういうわけだ、あいにくこれで品切れだ。物を粗末にするからそうなるんだぞ」
「……ッ!! いやだ! こんな死に、死……あああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
 
 無能で馬鹿なやつは金切り声を上げて走り出してしまった。
 キャンプの外、無限に続く暗闇の中へとひたすらに。

「誰かッ、誰か俺に奇跡を――おっっっっっがっ!?」

 が、そいつの動きが止まる。それどころか戻ってきた、頭に斧が刺さったままだが。
 きっとアレクだ。よくやった、

「……ほんと馬鹿だな」

 狭まった視界の中で、メドゥーサとかいうやつに聞こえるように言った。

「まったくだ。あんなやつらとつい関わってしまった俺たちもだがな」
「今度から友達は慎重に選んだほうがいいぞ」
「そうしよう」

 周りは静まり返っている、どうやら全滅したらしい。
 やり切った感じがして、血まみれの地面へ倒れてしまった。

『いちサン、大丈夫!? しっかりしてよ!』
「イチ! まさかお前、やられたのか!?」
『あ、あのっアレクさん! いちサンが、毒に、やられてて……!』
「くそっ! こいつら……解毒剤をどこにやった!?」

 アレクたちの声が聞こえる。
 まずい、太ももがパンパンに腫れあがってる。
 たぶん今のサイズは丸太ぐらいはあるはずだ、しかも痒くて痛い、尻から下がもう完全に動かない。

「……こいつ、で最後?」

 サンディとかいうやつの声が聞こえた。続いて矢をつがえて引き絞る音。
 どういう状況か分かった。俺はゆがんだ夜空に向けて適当に手をかざして、

「……待て、そいつを殺すな」

 恐らくメドゥーサ教団のやつに向けているはずの矢を止めた。
 あと一歩でぶっ放されてたかもしれないが、ちゃんと解ける音がした。

「おい、お前……メドゥーサ……教団とかいうやつだったか?」
「ああ、それがどうした」
「持ってるんだろ? 何本ある?」

 もし、俺の勘が正しければ、あの時送ってきた視線は――

「……二本あるぞ。まだ叩き割ってないから安心しろ」

 やっぱりか。
 こいつはちゃんと隠し持ってたわけだ。

「じゃあくれ。犬がやられたんだ」
「……渡してやってもいいが、そのあと俺はどうなる?」

 真っ暗で何も見えないあたりを見回した。
 直感でアレクがいそうな方向を向いた。

「悪い、お前ら。こいつを逃がしてやってくれないか?」

 我ながら馬鹿な判断をしたもんだ。
 褐色肌のやつらが明らかにどよめくのを感じた。

「待て、何を勝手なことを言っているんだ!? こいつは敵だ、それに皆殺しにしろと言われてるはずだろう!?」
「こいつはもうあいつらの味方じゃない。そうだろ?」
「……そうだ。お前らがこのまま俺を殺さなきゃの話だがな」

 褐色肌の連中は迷ってる。
 そうこうしてるうちにあの犬は、もっとつらい思いをしてるはずだ。

『あの……わたしが、口を出すなんて差し出がましいかもしれないけど……この人、信じてあげてください』
「……なにを根拠に信じろというのだ、物言う短剣」
『……わたしだってわかんないよ。でも、もう戦う必要なんてないはず、だから』
「馬鹿げてる、そんな理由で見逃せというのか!?」

 おい、早くしろ。
 そうこうしてるうちにかゆみが全身に回ってきた。
 これ以上は本格的にまずい、もう一言促してやろうかと思ってると。

「……いい、よ。そのかわり、イチに打って?」
「……姉者がそういうのなら。だが変な真似はしようと思うなよ?」
「分かった、信用してくれ」

 ほとんど真っ黒で見えない視界の中、かろうじて人の形をした何かが近づいてきた。

「……おい。犬がやられた、まだ間に合うか?」
「さっきの戦闘でやれたのか? それならまだ猶予があるはずだ」 

 矢でぶち抜かれた部位にちくっとした感触が走る。
 そこに力が込められて、何かが注入されたような気がした。
 即効性なんてないかもしれないが、それだけでもだいぶ楽になった。

「そうか、注射するだけでいいのか?」
「負傷した部位に打て。だが時間が経ちすぎてる、投与後しばらくしたら患部を切開して膿を全部抜いて、生理用食塩水で……まあ、お前のところのボスなら分かってるはずだ」

 ……少し体が落ち着いてきた。
 かゆみが穏やかになって、呼吸も楽になってくる。

「もう一本はこの……の男に渡しておくぞ」
「貴様、その呼び方はやめろ。殺してやろうか?」
「……約束は、守ってね?」
「……分かったよ姉ちゃん」
『いちサン……? しっかりして!』

 どうやら無事に済んだみたいだ。
 早く犬を助けないと。

「……この礼は必ずする。覚えておけ、ボルターの怪」
「ボルターの怪じゃねえ、イチでいい。さっさと行け」

 少しの間の後、メドゥーサ教団のやつが走り去っていくのを感じた。
 アレクたちがなにやらあれこれ言ってきてるみたいだ。
 誰かが何度も「いちサン」と呼び掛けてる――だめだ、意識が。

「俺だって、できるもんだな……ははっ」

 目を瞑った。
 覚めたら死んでないことを祈って、意識を投げ捨てた。

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