魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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報復、あと奇襲

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 休む間もなかった。俺は今、せっかくたどってきた道のりを戻っていた。
 真っ暗な夜の世界は、昼間見たものとは同じとは思えないぐらいに不気味で静かだ。

 ウェイストランドに夜が訪れると、そこにあるのは暗闇だけだ。
 元の世界であれば深夜だろうがお構いなしに明るく照らされていた、だから人類は黒色に包まれようが起きていられる。
 だがこの世界の文明はとっくの昔に崩壊している。
 ひとたび夜になったら、俺たちは真っ暗な道を手探りで探さなくちゃいけない。

「待て、姉者。西の方から匂いがした」
「……わた、しも。四百メートル、ぐらいのばしょ?」
「横に登山用の道があったな……ということは山の間にある丘の上かもしれん」
「……うい。いくよ、みんな。矢じりは黒いの、使ってね?」

 ……はずだったが、どんどん進んでいた。
 しかも徒歩なんかじゃない、なんと馬に乗っての移動である。
 当然ながら俺は馬なんか乗れないし、そもそも触れたことすらない。

「おい、余所者。ちゃんといるんだろうな?」
「ああ、うん……いるぞ。何も見えないけどな」
『わたしもいます……』

 そんなわけで筋肉強めな男の後ろに乗せてもらっている。
 こんなむさくるしいやつを二人も乗せた屈強な馬は平然と走り続けていた。
 まあ、俺はというと振り落とされないようにしがみつくのが精一杯だ。

「……本当に短剣が喋るとはな。いったいどうなっているのだ?」
『えっと、なんて説明すればいいのか分からないんですけど……』
「まあ、あれだ……今話すには複雑すぎるんだ」

 冷え切った夜のウェイストランドにかつかつという蹄の音が響く。
 伸ばした腕が見えなくなるほど暗く、寒さしか感じ取れなかった。

「お前、まさか馬に乗るのは初めてか?」

 馬と男の体温を感じていると、見透かされたのか男に聞かれた。
 当たり前だ、こちとら馬とも無縁な不健康現代人だ。

「初めてだ。というか、触ったことすらなかった」

 こんな状況でいうのもなんだが、初めての乗馬にちょっと感動してる。

「ふん、これだからシェルター育ちは。落馬しても置いていくからな?」
「……ついでに屈強な奴と恋人みたいに二人乗りするのも初めてだ」
「己れだって賊のような目つきをした男と乗るのは初めてだ」

 馬が曲がる、道路から外れて山のある方へと向かっていく。
 この褐色肌の連中や馬には見えてるんだろうか?
 俺にはただ暗闇に飲み込まれていくという不安しかない。

「アレク……」

 坂を上り始めると、横から馬が並行してきた。
 手綱を持ったあのサンディとかいう褐色肌のやつと、それよりちょっと背が小さめの女の子が二人乗りしているはずだ。

「うるさい……静かに、して?」

 隣から不機嫌そうな声が聞こえて、ブーツの先がこっちに伸びてきた。
 たぶん目の前にいる男の足に当たってると思う。 

「いてっ!? やっ、やめろよ姉ちゃん!?」
「……敵、丘の上にいるよ? 準備して?」
「おしゃべり、しちゃだめ……おーけー?」
「分かった! 分かったからステディ姉ちゃんも蹴らないでくれよ!?」

 そういうと馬はげしげし蹴ってきた足ごと暗闇の中に消えていった。

「……聞いたか、敵が近い。もう少ししたら下馬して徒歩で移動だ」

 この男も苦労してるらしい、いろいろと。

「ああ、わかった」

 あえて何も触れないでおくことにした。
 馬は坂道を突き進み、ひんやりした空気を切り裂いていく。

「姉者たちは先行して側面から奇襲をかける。己れたちは反対側から静かに接近するぞ。あとは分かるな?」
「ああ、よく分かる。言われた通りにするさ」
「よし。己れの腰に銃がある、そいつを使え。ヴァージニア様からだ」

 手探りした、馬の背中を辿りながら褐色肌男の腰に到着。
 硬い筋肉とジーンズの感触を辿った先で何かが触れた、冷たい金属の感触だ。

「あんたは使わないのか?」

 引き抜くと自動拳銃の感触が――暗闇の中に『シャクトリムシ』と名前が浮かぶ。
 表面は錆びててずっしり重い、銃口の先に筒状の何かが取り付けてある。

「使わん、確実性に欠ける。それに姉者たちが射抜いてくれるからな」
「たちって……」

 暗闇のほうを見た。
 町を発った馬は全部で三頭、それぞれ二人乗りの状態だ。
 他の馬にはあの褐色女子たちが載ってるんだろう。

「ああ、姉が四人いる。上からサンディ、シャディ、シディ、ステディ。そして己れは一番下の弟のアレクだ」
「あれ全員姉ちゃんかよ」
『……お姉さんがいっぱいいるんだね、アレクさん』
「……姉者たちは恐ろしいぞ。機嫌を損ねないようせいぜい気をつけろ」

 さっきのやり取りから見るに大変そうだ。

「そろそろ降りるぞ。物音を立てるなよ」
「ああ、そういうのは慣れてる」

 しばらく移動すると――俺にもようやく分かった、異臭を感じた。
 硝煙の酸っぱい匂い、肉の焼ける匂い、そして腐ったような獣臭さもする。
 少し見上げると丘の上はオレンジ色に照らされていた。

「姉者たちが先行している、あとは己れたち次第だ。ついてこい」

 あそこで誰かが焚き火をしているみたいだ、煙も立っている。

「分かった。行くぞ、ミセリコルデ」
『……うん、気をつけてね』

 かしこい馬は分かっているかのように、ぴたりと静かに停まった。
 アレクが滑るように馬を下りていく。全く音を立てずにしたっと着地。
 俺も喋る短剣を落とさないように慎重に降りたが、転びかけた。

「姿勢を低くしろ、呼吸は口でするな、鼻でしろ。坂は斜めに登れ」

 言われた通りに身をかがめて、声と気配を頼りに坂を上った。
 緩やかな坂だがこの姿勢で移動すると結構大変だ。
 それでもアレクというやつは慣れたようにすらすら進んでいく、しかも少しでも気を抜けば見失いそうなほど静かだ。

「見えたぞ、少し様子を見る」
「……了解」

 汗だくで息が切れそうだ。なんとかついていくと野営地とやらの姿が視認できた。
 暗闇の中で派手な焚火をしていて、周りに粗末なテントが立っていた。
 周りは土嚢に阻まれ、あいつらの物とおぼしき車両の姿もある。
 問題はその中央だ、焚き火の周りになにやら跪いている人間の形が見えた。

「……何か妙だな、どうなっている?」

 アレクの疑問はもっともだった。
 鍋や大きな肉が掛けられた焚き火の周りで、誰かが両手を上げている。
 その隣には人間――だったものが数人分、地面にしていた。

「仲間割れしてるとかじゃないか?」

 近づきながら、手にした自動拳銃に触れた。
 向こうからの焚き火の明かりで形がうっすら見えてきた。
 手製の消音器が差し込まれて、トリガの真上にハンドルが突き出てる。
 音を立てないようにそれを引く。かちゃっと、尺取虫みたいに初弾が装填された。
 
「……そうかもな。あのような下手な戦い方をする連中だ、あり得る話だ」

 小声はそこで終わった。
 テントの裏側まで近づくと、やがてこの場の状況が少しずつ分かってきた。

『……イカれた連中だな。お前たち、自分が何をしてるのか分かってるか?』

 焚き火の前で跪いた男が一人。
 砂で汚れてぼろぼろの白衣と顔全体を覆うガスマスクという身なりだ。
 その周りで、死んだやつらが流す血が赤い水たまりを作っていた。

『悪いな、あんたらからは薬の製法を教えてもらって感謝してる。だが今回の失敗をそっちのボスとかに知られたくないんだよ。分かる?』

 跪く男の後ろでクロスボウを突き付けている狂信者がいた。
 一目で分かるほどにいい装備をしている、たぶん親玉的な存在だろう。

『……俺が死んだらどのみち失敗したってことがバレるぞ。馬鹿者ども。まさかお前らがこんな無能集団とは思わなかった、世も末だな』
『正直さ、ああいう妄想なんて付き合う気ないんだわ。ウェイストランドを1つに? 無理無理、元からこの世界は誰のものでもねえよ。それをあのデブ、あんな奴らの言ったことに目を輝かせて毎日毎日夢を語るんだ、もううんざりだ』
『……お前は何を言ってるんだ?』
『愚痴だよ、愚痴。まあいい、とにかくだ、俺はもっと気持ちのいい生き方がしたいんだ。お前らがくれた薬のレシピと機材は有効活用してやるよ。んでスティングシティあたりで商売だ、いっぱい稼いでこんなアホばっかのカルトよりもデカくなってやる』
『お前たちが無能な理由が良く分かった、お前のような野心に溢れる人材ばかりだからだろうな。馬鹿をコントルールできない馬鹿がよくここまで成りあがったものだ』
『……なあ、いいこと教えてあげようか? お前らみたいな絶滅危惧種なんか助けるつもりなかったんだよ、うちら』
『……どういうことだ』
『メドゥーサ教団のリーダーが癌で死にかけてたんだっけか? あれね、奇跡の業じゃ治んないから。つまり薬の製法さえわかれば用済みなんだよ君たち?』
『騙したわけだな、このクソ野郎』
『あのデブ、お前のところのばあさんが必死こいて助けてくださいって懇願してきてご満悦だったよ。あの気高いメドゥーサ様も落ちぶれたもんだなぁ?』
『隊長、そろそろ肉焼けますよ。今夜はメカニストとメドゥーサのグリルだ』
『ちょうどお前のお友達がミディアムレアになったぞ。最後の晩餐でもどうだ?』

 ……あの人のいう通り、盗賊とカルトは仲良しになれなかったようだ。
 ここにはシープハンターたちに混じって槍持ちたちの姿も何人かあった。
 そして焚き火の中には人が――ああくそ、なんてこった見なきゃ良かった。

「ヴァージニア様の言う通り、まとまりがない連中だな。準備はいいか?」
「いつでも殺せる」

 ともあれ、皆殺しにするだけだ。
 アレクと視線を交わした。向こうもやる気だ、むごい光景に眉ひとつ動かしてない。

「あの良く喋るのが指揮官だろうな。いいか、近い者から優先して殺せ」
「お前の姉ちゃんたちは?」
「二手に分かれて狙いを定めてる。やるぞ、己れが一人やったらすぐに続け」

 そういって、アレクはテントを伝って反対側へ向かっていく。
 足音どころか服の擦れる音すら立てていない、まるで忍者だ。

「……ああ、やってやる。いつもどおりな」

 静かに深呼吸した、焚き火の匂いと人の焼ける臭いが鼻に入ってきた。
 拳銃を両手で持つ――低い姿勢のままテントから中央に向かって身を出す。

『ただで済むと思うな、無能め』
『……おい、次無能って言ったら殺すぞマジで。大体何なんだよお前ら、そんなに見下しやがって。いいか? 今こそチャンスなんだよ、俺が成り上がる最後のチャンスだ』
『聞けば聞くほど絶望的だな。お前みたいにぺらぺらと夢ばかり語るようなやつに明るい未来などやってくるものか。自分が無能だとわざわざ言いふらしてるようなものだぞ』
『死にたいんだな? まあいいさ、お前らからはもうたっぷり絞り尽くしたからな。さあ、どうやって死ぬ? 生きたまま解体するか? 火あぶりでもいいぞ?』
『……死ね、無能め』
『よし決めた、自分で作った毒で死んでもらう。あばよ、哀れな蛇くん』

 跪いたままの男の肩にクロスボウが向けられた。
 その動きに重ねるように、片手斧を握ったアレクがテントの隙間から現れる。

『……ん? おい、誰だおまえ――』

 褐色男子が割り込む、棒立ちで不用心な信者の髪を掴んだ。

『は……ごぉっ……!?』
 短く持った斧の刃を、草木でも薙ぎ払うみたいにそいつの首筋になぞらせた。
 首を裂かれた男が苦しそうに地面にうずくまった。声も出せずにのたうち回る。
 周りの連中は「えっ何?」といった顔でそんな様子を見ていたが。

「てっ……敵襲だァァァァァァッ!」

 ワンテンポ遅れてリーダー格の男が甲高い声を上げた。
 だがもう遅い、アレクは手近な奴を羽交い絞めにして引っ張っていく。

「はっ……放せっ! ちくしょうどこに連れてくつもり」
「ニルソンのやつだ! ぶっ殺せェ!」

 肉盾ごと暗闇の中に後ずさるところに、カルトどもは容赦なく矢を撃ち込む。

「まっまて俺ごと撃つつもりかよやめろってちょっっ」

 撃たれた矢の数だけ肉の人質がかくかく震えた。
 そして矢だらけになって用済みなるとキャンプの中へと蹴飛ばされた。
 出番だ、あいつらの意識はこっちに向けられちゃいない。

「……!」

 無防備な横にめがけて飛び出す、同時に拳銃を近い奴に向けて構えた。
 トリガを引く、ばすっとくぐもった銃声がする。

「待ちやがれ! アイシクル・バレッ……おぐっ……!?」

 槍を手に起き上がったやつの脇腹に命中、続けざまに三連射撃。
 仕留めたみたいだ、小さくよろめいてテントに突っ込んだ。
 近くにいたやつがあたりを見回し――視線が合う、クロスボウがこっちを向く。

「くそっ! こっちにもごっふっ」

 だが同時に飛来音、後ろから矢が刺さって口から矢じりが飛び出てきた。
 続けて矢が降ってくる、焚き火の周りにいたやつらが串刺しにされていく。

「なんだ一体どうなってんだ!? 矢がっはっ!?」
「かっ固まるな! 火を消せ! あいつらに狙……!?」

 別の方向からも飛んできた、テントの中に隠れたやつごとぶち抜かれた。

「くっそ! 付き合ってられっか! 俺は逃げ……おがっ!?」

 武器を捨ててキャンプから逃げようとした誰かがふらふら戻ってくる。
 心臓にはナイフがぶっ刺してある――アレクの仕業だ。

「いたぞ! 丘の上に二人いる!」

 キャンプに押し入ると槍を向けて詠唱しようとする信者の姿があった。
 銃を構え直した、同時に顔がこっちに気づく、驚く顔に数連射。
 崩れた、地面に向かって仰け反る――その背後のテントから矢をつがえた奴が現れる。

「やっぱりお前か! 食らいやがれボルターの怪!」

 焚き火で矢じりが照らされる、白濁したぬめりからして毒矢だ。
 させるものか。身をかがめて踏み込んで、拳銃を斜めに構えて強引にポイント。
 至近距離で撃ちまくった、押し殺された銃声の分だけ小汚い身体が痙攣しまくる。

「おっ……お前……また俺の邪魔をしやがってェェ!!」

 横から声がする。
 振り向くとあのリーダー格がいた、こっちにクロスボウを向けている。
 まっすぐ構える……トリガを引いた、カチっと弾切れの音がした。
 やばい。やられる――いや、同じミスをするものか!

「……ぉらぁっ!」

 手にしていた自動拳銃をためらうことなくそいつにぶん投げた。
 投擲した銃が得物を掠った。同時にびん、と矢が放たれる。残念、ハズレだ。

「死にやがれ……っ!」

 足元から槍を拾って踏み込んだ。
 このままお前の頭を頭蓋骨ごとぶち抜いてやる。
 ……だが、目の前にいるリーダー格の男は笑っていた。

「……へへっ、こういうのはどうだ!?」

 目の前でクロスボウが手放された。
 ほんの一瞬、俺の目はそれに誘導されてしまった。
 すぐそいつの意図が分かった、なぜならもう片方の手は何かを手にしていた。矢だ。

「まさか……!」

 ひゅっと空気を貫く音がしたかと思うと、太ももに刺すような痛みが。
 得意げな相手な顔を見てなんとなく理解する、抜いた矢を直接ぶん投げてきたのだ。

「……がっ……!」

 これくらいならどうにか我慢できる痛みだ。
 そう、痛みだけなら。とても最悪なことに、矢からはあの独特な匂いがする。

「……ざ、ざまあみろ! これでてめえは死んだも同然だ、ボルターの怪め!」

 矢を抜こうとするとそいつはニヤニヤしながら何かをちらつかせてきた。
 注射器だ、ちょうどさっき目の前でへし折られた――まさか。

「へ、へへっ……おめでとう、こいつは最後の一本だ! せいぜい苦しめ!」

 くそったれ。
 悪趣味極まりない男は、鬼の首を取ったように注射器をへし折った。
 地面に液体がこぼれ落ちていく、ベタだが死ぬほど腹が立つのは確かだ。
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