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新兵は役立たずだ、苦しむ仲間に何もできないのだから

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 ひどい有様だ。目に映るものすべてが穴だらけだ、一体何発撃ちこみやがったのか。
 幸いにも町の人は死ななかったらしい。逆に言えば、致命傷を負って死ぬほど苦しんでる、というやつは山ほどいるが。

 そしてこのプレッパータウンの人たちはなぜか喜んでいた。
 まだ使えそうな車両や、大量の銃弾とかが手に入るからだそうだ。

 もちろんいいニュースばっかりなわけじゃない。俺たちはいま最悪の事態を目の当たりにしている。

「……お前さん、この犬だが」

 風通しの良くなった大きな家の前で、あのばあさんは困った表情を浮かべていた。
 あの褐色肌の男と、眠そうな顔の女の子もいる。
 それから気楽な格好の男、ツーショットとかいうやつも。

「な、なあ……どうしたんだよこいつ? さっきから変だぞ……?」
『あの、この子……どうしたんですか? すごく苦しそう……』

 目の前では、黒いジャーマンシェパードが横たわっていた。
 様子がおかしい。苦しそうに乱れた呼吸を繰り返している。
 身体が石になったみたいに硬くて、口から唾液が絶え間なくこぼれてる。
 あれだけ元気に尻尾を振ってた犬が、何をすればこうなってしまうんだ。

「毒だよ、私がよく知ってる最悪のやつだ」
『毒……? それって、どんな……』
「いいかい、喋る短剣のお嬢さん。この毒が使われてるってことは最悪のニュースが二つも来てるんだ」

 とうとう犬が苦しそうに泡を吐く、それを見た老人は腹立たしそうな顔を浮かべて。

「……ニュースだって?」
「ああ、この犬はもうじき死ぬ、それも最悪の死に方をするってことだ」

 しわだらけの手が矢を掴んでこっちに見せてくる。
 錆びた矢じりに白濁したぬめりのある何かが塗ってあるようだ。
 嗅覚に酸味とアンモニア臭とネギ類の刺激臭が混ざったものを感じた。

「こいつは【メドゥーサスピット】っていう毒さ、原材料はドクターソーダに毒蛇に……おっと、他のを聞いたらしばらく飯が食えなくなるだろうね」
「……メドゥーサ……スピット? なんなんだ、それ?」
「こいつは最悪だ。少しでも掠れば神経系が麻痺。次に傷がものすごい勢いで腫れる。次に皮膚と内臓が解け始めて、膿を垂れ流して溶けた内臓を吐き出しながら苦しみながら死んでいく。どうだい? 最高だろ?」
『……なに、それ……? うそだよね? そんなのって……』
「あんたがどこにいるか分からんが、残念だが事実だよお嬢さん。昔の職場で当時の指揮官がこいつにやられたんだ。とどめを刺したのは私だけどね」

 何がよそれ、ふざけんな。
 そんなバカみたいな毒がこの世にあってたまるか。
 言われたことをすべて否定したくなった。そんな馬鹿みたいな毒でこの犬が苦しんで死ぬっていうのか?

「もう1つはこの毒の出所さ。メドゥーサ教団っていうジャンキーどもが作ってる毒なんだよ。あいつらがこれを持ってるってことは……」
「レイダーと手を組んだか、取り込んだ可能性があるだろうな。よりにもよってあの薬中ギャングと組むなんてしゃれにならないぜ」

 トレンチコートの男が言葉を挟んできた。
 こうしてみると悪だくみが好きそうな顔だが、犬を大事に撫でている。

「そういうこった。戦車、毒、カンガン、みんなあっちのレイダーが使ってる品々だ。あいつら何考えてるんだい? 急に勢いづきやがって」
「ボス、あいつらの勢いといい、アリゾナの変化といい、やっぱり変だと思わないか? この世界はどうなっちまったんだ?」
「ふん、おかしいのは戦前のころからだよ。それより……」

 老人の鋭い目が俺に向けられた。
 その視線はぐったりと苦しんでいる犬に移動して、

「……もちろん、ここまで分かったってことはいいニュースもあるわけだ」
「こんな状況で、いいニュースだって?」
「ああ、あいつらはちゃんと解毒薬を常備してるってことさ」

 言われて気づいた。
 そうだ、確かあの時クロスボウの矢が掠ってひどく取り乱してたやつがいた。

「――てことは、誰かが持ってるっていいたいのか?」

 俺は町の外を見た。並べられて燃やされる運命となった死体の山がある。

「あの矢は人狩り専門のやつがもってる」
「じゃあ、そいつの死体が持って……」
「残念だがそういうところはしっかりしてるみたいだね。逃げる間際にほとんど叩き割ってやがった、嫌がらせだけは一流じゃないか」

 期待していたところに何かが地面に放り投げられた。
 さっき見た注射器だが、二度と使えないようにへし折られてある。

「叩き割ったってどういうことだよ……」

 犬を見た。何ともいえない変な匂いがして、背中が腫れ始めてる。
 どうにかしないと……でも、どうすればいいんだ?

「忠誠心かその場のノリか知らないが、まああいつらはどのみち割と死ぬ覚悟だったわけさ、コーンフレーク君」

 苦しむ犬に触ろうとしていると、あの調子のよさそうな男が割り込んで来た。

「……そのコーンフレークっていう呼び方、いまはやめてくれないか?」
「おお、それは悪かった! 先に自己紹介しとこう、俺はツーショット。この町の者じゃないが世話になってる。それであんたと……腰のお嬢ちゃんの名前は?」

 ツーショットと名乗った男は三十代ぐらいの男性だろうか。
 服装は軽いけど怖いもの知らずな頼もしい顔立ちだ。雰囲気に反して目は鋭い。

「……112」
「1・1・2? なんだそりゃ、囚人番号かなんかか?」
「……イチでいい」
『わたしは……ミセリコルデです』
「イチにミセリコルデか、コーンフレークのほうはともかく短剣の方はいい名前だ」
「おい、ツーショット。ちょいとそいつらに用があるんだが」
「おっと! おっかないおばあちゃんがお呼びだぜ、お二人さん」

 そんな怖いものを知らなさそうな男と話してると、あのばあさんに呼ばれた。
 不機嫌そうにむすっとしているが、さっきより声は柔らかく感じる。
 もっともその手には血まみれの銃剣を握っていたが。

「イチ、だったか? いまから生き残りに尋問しに行くよ」

 屈強な老人についてこいと促された。
 どうすればいい分からなくてその背中を追うことにした。
 この世界に来てから、俺はずっと誰かの後ろについていってばかりだ。

「じ、尋問……?」

 手にしているブツから想像できるのは「答えなきゃ殺す」系のアレだ。
 おそるおそる尋ねながら移動すると。

「崇高なる連中にお尋ねするのさ。もしもし、解毒剤はお持ちじゃありませんかってね」

 町中にある小さなガレージに案内された。
 このおっかないばあさんが言ってることはすぐに理解できた。
 なぜなら扉は開きっぱなしで、その中では――

「……ボルターの怪……! 何しに来やがった……!」
 
 とっ捕まったかわいそうな男がズボン1枚のまま椅子に縛られていた。
 足元にはダスターコートにバンダナにフードが転がっている、大嫌いなシープハンターのものだ。
 ついさっきまではどうしようもない小悪党のようなカルト信者だったが、両膝に矢を受けてしまってる。

「……こたえ、て?」

 そんな男の前で、褐色肌の女の子がむすっとした様子で矢をつがえている。
 短く切られた黒い髪は少しぼさっと跳ねていて、背は小さいが胸はデカい。

「ステディ、代わりな。ちゃんと痛めつけといてくれたかい?」

 ナイフを持ったばあさんが入ってくると、その子は不満そうに首を振った。

「あんまり……このひとたち、くすりつかってる?」
「そうかい、だったらそろそろ切れてくる頃だろうよ。休んでな」
「……うい」

 最後に俺を珍しそうに見上げた後、褐色肌の女の子はふらふら離れていく。
 後に残ったのはクソ恐ろしいご老人とボルターの怪だけだ。

「ということだ、他に仲間はいるかい? ついでに数も教えてくれないかい?」
「……話したらどうするんだ、クソババァ」

 三人きり、いや正確には四人だけになった途端に老人の手が伸びた。
 一切ためらうことなく、狂信者の膝に刺さったままの矢をずぶっと抜いた。
 男は少し痛そうに顔をゆがめ――引っこ抜いた矢が投げ捨てられて。

「ああそうだ……あんたらの使ってたあの毒矢、その顔に刺したらどうなるんだろうね? つぶれたトマトみたいになった内臓吐き出しても奇跡の力とやらで治るのかい?」

 息をするように恐ろしいことを口にしやがった。
 目はマジだ、このまま何も言わなきゃマジでぶっ刺すだろう。

「わ、わかった! 北西の山側に先発隊の野営地がある! そこに仲間がっ……」
「手短に、詳しく話してくれるだろうね?」
「か、数は十人もいなかったはずだ、ヴェガスのレイダーたちも何人かいる!」
「ふん、それで? なんであのレイダーたちがいるんだ?」
「友好使節だよ、あいつらと同盟を組んだんだ!」
「まあそうだろうね。くだらない話だ」

 ビビったヤク中の信者はよく喋るようになった。
 ところが一通り吐き出すと、

「……くそっ、どのみちお前たちはおしまいだ! じきに偉大なる我々の同志がここに報復にくるぞ! 同胞を殺したその忌まわしいボルターの怪に手を貸したんだ、全員楽に死ねると思うなよ!?」

 膝を射抜かれたシープハンターは大げさな口調で伝えてきた。

「そいつはありがたいことさ、クソ野郎」

 向こうが言い終えた直後、恐ろしいばあさんがにやりと笑った。

「なっ、なっ、なんだと――」
「おかげで前から気に食わなかったあんたらをぶっ殺す大義名分がようやくできたんだ。わざわざ死にに来てくれてありがとよ」

 その言葉を楽しみにしてたとばかりに攻撃的な笑みで、縛り上げられた男の顔を楽しげに覗き込む。
 ちょっと引いた。この人も相当にイカれてることが良く分かった。

「最後の質問だ、解毒剤はもってないかい?」
「……解毒剤? それがなんだっていうんだ?」
「だめもとで聞いてるんだ。メドゥーサスピットに効くやつさ、あれを使ってるってことはどっかにあるんだろ?」
「まさか誰か、あの毒にやられたのか?」

 そうこうしてるうちに目の前の二人は本題に入ったようだ。
 縛り付けられたシープハンターの男の視線が、一瞬こっちに向けられた。

「私はあるかどうかって聞いてるんだよ。あんたの身体に直接聞いてやろうか?」
「……わかった、わかった。だったら俺を開放してくれないか? 見逃してくれとは言わない、膝がこのザマだ、せめて腕だけでも自由にしてくれ」
「変な真似してみな、遠慮なく殺してやるからね」

 けっきょく両手の自由は保障することになったみたいだ。
 椅子の後ろから腕が解放されると、男は急いでズボンの裏側を探り始める。
 ……恐らく隠されているであろうブツの出所はあんまり考えないようにしよう。

「ほら、あんたが言ってるのはこれだろ? こいつがあれば……」

 見たことのある注射器が出てきた。間違いない、あの時の解毒剤だ。
 俺は思わず手を伸ばそうとしたが――

「なんてなァ!」

 男の両手が容器をへし折ってしまった。
 そいつは明らかにこっちに向かって汚く笑っている。
 このクソ野郎、このタイミングをずっと待ってたみたいだ。

「てめっ……!」
『あっ……解毒剤……ッ!』
「ひゃっ、ひゃははははは! くれてやるかよ! 誰がやられたか知らんけどざまあみろ! そういってくれるのをずっと待ってたんだ! せいぜい苦しみながら――」

 これであの犬はもう助からなくなったってことだ、ちくしょう!
 顔ぶん殴るか、それとも膝に散弾銃でもぶち込んでやろうかと思った。
 ところがそれよりも早く、血まみれの銃剣がカルト野郎の目に近づき。

「ああそう、じゃああんたを生かす理由もなくなったね。死にな役立たず」

 老人はそいつの汚い口を押えて刺し殺した、断末魔も上げさせずに。
 充血した眼球ごと脳を貫いた冷たい武器が、目の前でどろりと引き抜かれる。

「はっ、まあそれくらいするだろうさ。それにほんとに解毒剤って保証もないからね」

 憎たらしい奴は死んだが、肝心の解毒剤はもうお手上げだ。もう駄目だ。
 腰の短剣と一緒に言葉を失った、どうする、見殺しにするか、いややるしかないのか?

「おい、良く聞け新兵」

 狂い回る頭で犬のことを考えていたら、鋭い視線と冷え切った言葉が向けられてきた。
 聞く以外の選択肢は残されていない。
 こうしてる間にも犬は苦しんでる、でももう駄目だ、いっそこの手で――

「今からこいつらのキャンプにいって皆殺しにしてきな、それから解毒薬をとってこい、いいね?」

 そんな行き場を失った俺に飛ばされた言葉は、とんでもないものだった。

「……え?」

 肯定にも拒否にもなりそうにない声が上がってしまった。
 それが気に食わなかったのか、殺人機械のように冷酷な表情が近づいてきた。

「あの勇敢な犬はあんたを命がけで守った。なら今度はあんたが命がけであの子を助ける番だよ、新兵。まさか犬ごときにそこまでしたくないなんて思ってないだろうね?」
「え、あ……お、俺が?」
 
 手詰まりになった新兵は胸倉をつかまれた。
 「どうすればいいんだ」で頭がいっぱいだった俺には、数々の敵を屠ってきたであろう老人の顔は夜空よりも大きく感じた。

「これは命令だ。今すぐあの犬を助けろ。あるかどうか定かじゃないが、それでも行け。さもないと私がお前をぶっ殺してやる」

 目をそらしてしまった。
 けれども街の様子が見えた。
 一言でいえばぼろぼろだ、そしてこれらは自分が引き起こしたものだ。

 こんな俺を二度も助けてくれた犬はいま、最悪の死を迎えようとしてる。
 そもそもアルゴ神父も、この町も、あの犬も、俺が勝手に引き連れてきたトラブルに巻き込まれて、こうなったのだ。
 それだっていうのにまだ何一つ落とし前をつけれちゃいない。

「……了解」

 この屈強な老人の伝えたいことが理解できた。
 先へ進むために清算をしろと、しなくてはならないと。

「よろしい、任務を全うしな。アレク、サンディ、こいつと一緒に残党狩りにいっておいで! ステディ、次から尋問するときはズボンも脱がしな!」

 アレクと呼ばれたあの筋肉質な男がどこから現れて、近づいてきた。
 後ろにはフードを被った褐色肌の女の子たちもいる。
 
れについてこい、余所者。さっさとやつらをほふりに行くぞ」

 俺はまだ頭が追いつかぬまま、褐色肌の連中についていくことにした。

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