魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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新兵は期待などされない

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「なんだァ!? あのバカども突っ込んできやがった!?」

 俺はいま、立派りっぱな人間シールドと化している。
 自分に度胸とかがあれば何しやがるクソババァとか口にしてると思う。
 熱くて冷たいだけの魔法の残骸をかき分けながら一気に走り詰めて、

「――いまだ、伏せな坊や!」

 仕上げとばかりに背中を蹴られ突き飛ばされる。よりにもよって敵前で解放された。

「……了解!」

 地面にべったり伏せて、固まった敵に向けて小銃を構えた。
 魔法をあきらめて槍を構え直す姿を捉える、トリガを引きまくる。

*Papapapapapapapapapapam!*

 ひたすら撃ちまくったところでかちっとむなしい音がした。
 弾切れだ、何人か巻き込まれてくたばった。

「ウォンッ!!」

 そのタイミングにあわせて頭上を何かが飛び越えていく。ずっと怯えていたあの犬だ。
 黒い獣はうろたえているやつの目の前で地面を蹴って、

「ガァウゥ!」
「っおおおおおおおおおおおぉぉっ!? は、はな……せぇぇ……!」

 突き出された槍を通り抜けて、むき出しの首に噛みついた。
 犬は食らった部分ごと頭を振ってぶぢっと嫌な音を立てて千切りやがった。見なきゃよかった。
 その場で口の中のものを吐き戻すと、

「ワンッ!」

 血をぽたぽたさせながら帰ってきた。 
 腰のミセリコルデが『ぅゎぁ……』とかなり複雑そうに悲鳴を上げた。

「……ぐ、グッドボーイ」

 恐ろしい犬を撫でて立ち上がる。こいつは絶対怒らせないようにしよう。

「ぅぅぉぉぉおおおらあああぁぁぁぁッ!」

 代わって、崩れたところに老人が突っ込む。その先で祝福師とかいうやつらが取り残されて慌てふためいていた。
 あろうことか、あのばあさんは着剣した小銃を振り上げていて。

「なっ、あっ、あっ――――」
 
 分厚い銃剣が敵の顔面を斜めにぶった切ってしまった。

「……おっ? ごへっ……」
「ひっ……ひぃぃぃぃぃっ! ば、化け物ども! 来るなァ!」

 ……マジかよこのばあさん。
 それだけじゃ終わらない、今度は自分の腰にある手榴弾を抜いた。
 そして片手でピンを引き抜くと同時に、

「フラグ投下!」

 そいつの服の中に腕を突っ込んだ。
 続いて体重を乗せただけの荒っぽいキックでカルト信者の身体を蹴り飛ばし――

「ドカーン、だ。意味は分かるねくそったれ?」
「て、て、てめっ、なにっ、あっ、誰か取って」
「く、くるな! あっちいけ馬鹿! うわっ――」

 俺は犬と一緒に地面に伏せた。
 直後、ぼぉん、と人の身体が弾ける嫌な音と肉片が飛び散る。
 もう我慢できなくて「このイカれババァ」とか口からもれてしまった。

「覚えときな、新兵。固まってるときはこの手に限るよ」
 
 鬼そのものみたいなばあさんは涼しい顔で起立、小銃を構えた。 
 休む間もなく、ゴミ収集車の運転席から逃げ出そうとしていたやつに発射、死んだ。
 腰から『もう嫌ぁぁぁぁぁ……!』とか聞こえてきた、申し訳ない。

「……レクチャーありがとう、畜生」

 ためになる戦い方を実践してくれたクソバ……おばあちゃんに感謝しつつ、弾切れを起こした武器を置いて立ち上がった。
 戦況はまた変わっていた。
 魔法使いたちが逃げたせいでアルテリーどもはかなり士気が下がってる。

「はっはー! どうした? そんなんじゃ俺は倒せねぇぞ!」

 とか思っていたら奥の方から誰かがやってきた。
 スクラップを全身にまとってになった男だった。
 目元と首筋ぐらいしか見えないほど重厚な装甲だ。

「さあ懺悔の時間だ! バラバラになっちまいなァ!」

 手には……まずい! を持ってやがる!
 このままだと穴ぼこだ、あわてて背中の散弾銃を抜こうとしたが。

「どけデカブツ、そいつは俺の獲物だ! 仲間の分、ぞんぶんに苦しめボルターの怪!」

 そのまた後ろから別のやつが現れた。
 シープハンターだ。鈍く光る矢じりをこっちに向けて放ってきた。
 しかし矢は届いてこない。射線上にいたガチ防御男の首をかひゅっと掠ったのか――

「てっ……てめえええええええええッ!? なっ、なんてことしやがるんだぁぁぁぁ!」

 金属まみれの男はなぜか激怒した。
 ぶっ放すはずのカンガンを投げて、誤射した仲間へと突っ込んでいく。

「あー悪い……お前が邪魔だったん……」
「こ、このクソ野郎! 死にやがれェェ!!」

 一体どうしたんだろうか、鎧男は誤射した仲間につかみかかっている。

「おっおい! 悪かったって! そんなもん薬を使えば――」
「うるせぇぇぇッ! くたばれ! そいつをよこせェェ!」

 そいつはうろたえる仲間を押し倒してぶん殴り始めた。
 殴るだけに飽き足らず落ちてた槍を拾って刺しまくる。
 思いつく限りのことをし終えると、鎧男はひどく動揺した様子で、

「あっ、あっ……くそくそくそっ! なんてこと、しやがるんだよっ!」

 くたばった仲間をまさぐる、そしてコートから何かを引っ張り出した。
 細長いプラスチックの筒に短い針をつけた、手製の注射器だ。

「ふざけんなふざけんなふざけんな! お前のせいだ! 死んじまえ!」

 狂乱状態の男は掠った部分に思いきり突き立てて何かを注射した。
 ……よく分からないがチャンスだ、俺は落ちていた槍を拾って。

「おらぁぁぁっ!」

 至近距離から、むき出しの目元めがけてぶん投げる!
 鉄パイプにナイフを溶接したような凶器がそいつの頭を骨ごとぶち抜く。
 見てて気持ち良かったのか、ひゅう、と老人がご機嫌な口笛を挟んできた。

「いいぞ新兵! サンディとセックスしてもいいぞ!」
「誰だよ!?」
「うちにいる胸のデカい子だよ! それとも男のほうがいいかい!?」
「クソつまらない冗談はやめてくれ! そう言う気分じゃないんだ!」
「ああ冗談さ! それよりあいつら、また厄介な代物を持ってるみたいだね!」

 下品だが褒められたみたいだ。
 それでも俺たちには軽口をいい合うだけの余裕が共有されていた。
 このばあさんにようやく認められたってことでいいんだろうか?

「――オコジョがきやがったぞ!」

 近くにあった槍をもう一本拾うと、急にそんな声が聞こえた。
 その時、放置された車列がばりばりと音を立てて崩れた。
 
「……ちっ、ほんとに来るとはね! 伏せなッ!」
ってなんなんだ!?」
「戦車さ! っつっても豆戦車だがね! 機銃が来るよ、姿勢を低くしろ!」

 急いで伏せた、頭上を重々しい機関銃の音が引き裂いていった。
 持ち主を失った改造車の列からぎゅらぎゅらという音がする。
 少しだけ陰から顔をのぞかせると。

「……戦車? マジかよ……」

 ほんとに戦車が二両、こっちに向かって絶賛前進中だった。
 ひどい見てくれだ、錆びだらけで、しかも車体はリベットまみれである。
 良く見てみると戦車というにはちっちゃい、あれじゃせいぜい二人乗りだ。

「せ、戦車がきてくれたぞ! おせーんだよ! 何してたんだ!」
「くそぉぉッ! いまさら来んのかよ! 何が同盟軍だ!」

 かわいそうなことに味方からは罵声ばかりが飛んでいる。
 しかし戦車は戦車だ、あんな姿で車を押しのけながら突っ込む姿はすさまじい。

「こんなのが来るならファクトリーの対戦車ライフルでも買っとくべきだったね!」

 老人が身を乗り出して一発発砲、カン、という音がした。
 町の方からも一斉射撃が始まる、もちろん装甲を叩くだけ足が止まるはずもない。

「ど、どうするんだよ!?」
「クソッ、明るかったら私かサンディあたりが視察口ぶち抜くんだがね!」

 ……向こうのターンだ。戦車の反撃が始まった。
 お返しとばかりに、回転砲塔からにょきっと突き出た機関銃が片っ端から撃つ。
 身を隠している人たちごと町が薙ぎ払われていく、振り返ると何個もあった廃屋がぼろぼろに崩れていた。あんなの喰らったら死ぬ、絶対死ぬ。

「いまだァ! 戦車につづけェ!」

 俺が機関銃のしつこい射撃にびくびくしてる間に、指揮を失ってぐちゃぐちゃだったカルトどもが再び息を吹き返したようだ。
 敵も味方もぼろぼろだ、でもこのままじゃあのカルト集団に勢い押されてしまう――

 ばきん。
 必死に身を隠して耐えていると、民家の方から金属を叩き折るような派手な音が聞こえた。
 それに疑問を抱くよりも早く、鋭く低い戦車の音がぴたりと止まった気がする。

「今のは……無人兵器のガウスライフルじゃねーか!?」
「おいどうなってんだ!? つか戦車が……」
「操縦手がぶち抜かれた! あいつら一体何しやがったァァ!?」

 声のした方向を見ると戦車が立ち止まっている。
 錆びだらけのハッチが開いて血まみれの男が這い上がってきた。よくわからないが、何かが戦車ごとぶち抜いたってことか?

 そこへ再びあの金属音。
 リベットだらけの戦車が揺れて、脱出しそこねたやつが砲塔の中にずり落ちる。

「ひっ……引けェェェ! あいつら無人兵器を持ってるぞォォォ!」
「どうなってんだこの町は!?」
「入団するんじゃなかったぁぁッ!」

 アルテリーの信者たちが逃げ出していく。
 取り残されたもう一両の戦車が訳も分からず、とりあえず後退を始めるが。

 ばきん。
 またあの音がして、細長い何かが戦車の前面装甲に突き刺さるのがようやく見えた。
 操縦者がやられたのか戦車はコントロールを失って、放棄された車にぶつかると。

「話が違うじゃねえか! 騙したなアルテリーのクソども――」

 そこから人が出てくる。
 ハッチから出てきた男は逃げようとするが、飛んできた矢に首を抜かれる。
 戦車が二両、あっという間に無力化されてしまったわけだ。

「ふん、ずいぶん時間がかかったじゃないかい」

 アルテリーの部隊が撤退し始める中、あのばあさんは不満げに振り返った。
 一緒に同じ方向を見てみると。

「すまないボス! バッテリー交換に時間がかかっちまった!」

 ぼろぼろの民家の前で、真っ白なライフルみたいなものを抱える男がいた。
 気さくな格好をした――さっきの信号拳銃野郎だ。こいつがやったのか。

「ツーショット、街の被害は!?」
「完璧だ、死者はいないが重傷患者がクソみたいにいる!」
「どこが完璧だい! 家も酒も全部台無しじゃないか!」
「でも戦利品がいっぱいだぜ? なだれ込んだやつらはアレクが全滅させたそうだ」

 ……どうやら終わったみたいだ、周りが嘘みたいに静まり返っている。

「終わった、んだよな?」
『……そ、そうみたいだけど……』

 腰にちゃんとミセリコルデがいるのを確認してから立ち上がろうとするが。

「ヴゥゥゥッ……! ワンッ!」

 さっきまで怯え隠れていた犬が吠えだした。方向はあいつらが逃げている方だ。
 今にも走り出しそうな体制のまま、じとっとした顔を硬く絞っている。

「おい、わんこ。どうしたんだ?」
『待って、いちサン……なんだか様子がおかしいよ?』
「……銃声にびびって気でもおかしくなったんじゃないか?」

 そんな犬が気になって、ゆっくり立ち上がる。
 あたりはだんだんと暗くなってる、少なくとも敵の姿は見えない。

 ……いや、一度落ち着いて感じ取ってみよう。
 まだ乱れる呼吸を無理やり整えて、周囲の状況を見た。
 最初に無傷のまま放置されたピックアップトラックがある。
 ドアは開きっぱなし、屋根のない荷台には矢じりのようなものが……。

「もらったぁぁぁぁぁぁッ! 苦しみやがれェェッ!」

 ――ずたぼろになったシープハンターが現れた!
 まずい。俺が来るのを待っていたかのようにクロスボウが向けられる。

「しまっ……」

 またこれか、どんだけツイてないんだくそったれ。
 武器はない、隠れる場所もない、そもそも遅い、だめだ撃たれる――

 かしゅんと矢が放たれる音が聞こえた。
 必死によけようとした、矢が迫ってくるのを感じる。これでだめなら最悪『リスポン』すればいいなんて考えすらあった。
 そんな時、不意に視界に黒い塊が飛び込んで来た。

「――ギャンッ!?」

 それは俺の目の前を横切ると、覚えのある声を出しながら落ちた。
 狙いがそれた矢がジャンプスーツの布を掠めた感触がした。
 横に向かって転がっていくそれが苦しそうにキャンキャン吠えるのを聞いて、ようやく分かってしまう。

「……は? お、おまえ――」

 犬だ、間違いない、あの黒い犬が。
 かばったっていうのか? んな馬鹿な、一体、どうなってる。

「じゃ、邪魔しやがってクソ犬がッ!」

 犬に駆け寄ろうとすると男が次の矢をつがえた。
 散弾銃を掴もうとした、だめだ手が震えてすべる、くそくそくそくそ!
 相手のクロスボウがこっちに向けられた。
 散弾銃を構えた。重い、持ち上がらないダメだ向こうの方が早く――

「――貴様で最後だ、小汚い狂人め」

 パニックになっていると、向こうの暗闇から誰かが姿を現す。
 外套に身を包んだ褐色肌な男だ。
 矢を放とうとした最後の一人の口を押えて、上を向かせるようにしたまま。

「ぐふぉっ……!? ぐひゅぅ……」

 手にした銃剣で首をざっくりと切り裂いた。
 ダメ押しとばかりに思いきり、ぼきっと何かをへし折った。
 首に一線を入れられたそいつは、苦し紛れに天に向けて矢を放ちながら死んだ。

 ……終わった。この町に危害を加える人間はくたばった。

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