魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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備える者たちの小さな町

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「――そういえばこいつ、なんて名前の犬なんだろうな?」
『ジャーマンシェパードだと思うよ』
「ジャーマンシェパード? あれって確か茶色と黒じゃなかったか?」
『真っ黒なのもいるんだよ、ほかにも白い種類もいるらしいけど……』
「そうなのか?」
「ワンッ」
『ふふっ、そうだっていってるよ?』

 犬と一緒に南へ進み続けると周囲の光景が変わってきた。
 このあたりは草木が生えていて、自然が戻ってきたように見える。

「やっとついた、のか……?」

 ひびだらけの道路の先には緩やかな丘と山に囲まれた小さな町がある。
 ボルターより明らかに貧相だし、人気がない。というか完全にゴーストタウンだ。
 見渡す限り廃屋だらけでとてもじゃないががいるようには見えない。
 しかも入り口には大きな看板が立っていて。

【プレッパータウンへようこそ】

 と矢でぶち抜かれた頭蓋骨を飾りまくったうえで歓迎されている。
 文字は攻撃的な赤色だ。これが血で書かれていないことを全力で願おう。

『……まさかここじゃないよね? 思ってたのと全然違うよ……』
「……ああ、新参者おことわりって感じだな」

 もう一つ追加、ニルソンとやらがここじゃないことも祈ろう。
 アルゴ神父が言ってた隣人とやらが幽霊ではないことも。

「でもここしかないだろ? 行くしかない」
『うん……町っていったらここしかないもんね』
「先に言っとく。幽霊とかマジで無理だ、正直行きたくない。よし行くぞ」
『……ほんとに出てきそうだよ……』

 覚悟を決めて進もうとしたら向こうからなにか飛んできた。
 かがんでキャッチ……できずに流されていった。

「ワンッ!」

 と思ったら犬がなにかを追いかけて咥えて戻ってきた。

「ありがとう、ナイスキャッチ」
『かしこいわんこだね。なに拾ったのかな?』

 俺は尻尾をぱたぱたさせている犬を撫でた。
 そのなにかを見てみるとくしゃくしゃに丸められた新聞の記事だったようで。

【この前代未聞の不況は警察にも大きな影響を与えている。爆発的に増加する犯罪にもはや対処することは難しく、警察官が死傷する事件が多発し離職者も増え続ける中、この問題に対処すべく国内各地にある民間軍事会社PMCに警察活動を代行させることがついに決定された。また郊外では退役軍人らを中心とする自警団が農家を襲撃した暴徒と銃撃戦を……】

 ――と書かれていた、戦前の世界は大変だったらしい。

「新聞だ。…これ、どっから飛んできたんだ」
『町の中から飛んできたような気がするよ?』

 拾った新聞紙を放り投げた。
 肝心の町の様子はとにかく静かだ。明かりが一つもついてないし、人がいる気配すら感じ取れない。

「なあ、お前幽霊を追い払う力とか持ってないか?」
『……いちサン、幽霊苦手なの?』
「……逆に聞くけど幽霊好きなやつとかいるのか?」
『こっちの世界だと幽霊のヒロインもいるんだよ。ふわふわしててちょっと透けてて……みんなかわいくて優しいよ?』
「そっちがうらやましいよ」

 覚悟して夕暮れの道を進んだ。
 ここはボルターと違って形が残ってる住宅は幾つもあれど、荒野のど真ん中にぽつんと忘れ去られたようなところだ。

「ほんとに誰かいるのか? まさか誰もいないんじゃ……」

 町に入ってすぐのところで大きな一軒家が見えた。
 他の建物と比べて明らかにデカいし存在感を感じる。
 とりあえずそこに向かってようと思ったが。

「ワンッ!」

 いきなり犬が進行先に飛び出す。幽霊を身構えてたせいで体がびくっとなった。
 それから落ち着きのない様子でこっちに振り向き。

「ゥワンッ! ワウッ!」

 俺が目星を付けた家を背にわんわん吠え出した。
 何かを訴えてるようだ、例えば何か危険が迫ってるとか――

「……なんかいやな予感がしないか?」
『えっ……急にどうしたの?』

 冷静に、考えた。確かにここは廃墟と言えば廃墟だが、よく見ると残された家屋は何年何十年と経たはずなのに良く形を保ってる。
 目の前の一軒家だって妙だ、中が見えないように内側から手が加えられていた。
 それに、南から吹くゆるやかな風に混じって酸っぱさの混じった独特の香りを感じる。
 この匂いはよく知ってる、何度も嗅いできた火薬の匂いだ。

「静かすぎるんだ」

 間違いない、ここには人の痕跡がいっぱいある。なのに不自然なぐらい静かだ。
 直後、背筋に嫌な感触が触れた。人を殺そうとする攻撃的な意志すらも感じる。

『えっと、どういうことかな……?』
「……やばいってことだ」
「……ワゥンッ!」

 犬も何か勘づいてるみたいだ。
 大きな家、その後ろの丘、近くのいくつかの民家を気にしてるような。
 同じ場所に注意を向けてみると『感覚』はそこに気配を感じ取った。間違いない、この町にはいやがる。

「まずいな、完全に囲まれてやがる」

 少しでも向けられる何かを遮ろうと、大きな家にもう少しだけ近づく。
 だが近づけば近づくほど、その視線は強くなっていくようだ。
 まるで「それ以上踏み込んだら分かるよな」といわんばかりに。

 もし誰かがいるとすれば、よそ者を警戒して隠れたまま様子を見てると思う。
 つまりそういうことだ、俺はいま狙われている。それもたくさん。

『囲まれてる……!? て……敵、なの?』
「あと一歩でも進んだらな、それならこうだ。わんこ、お前は大人しくしてろよ」
「ワゥン」

 少し考えてみれば簡単な話だ。逆にいえばここまで来たのに何もされてないからだ。
 もっといえばこの町に近づいた瞬間からいつでも殺せたんだろう。
 なら――こうするしかない。

「おい、撃つな! 俺は人食いカルトの回し者じゃないぞ!」

 両手を上げてもっと踏み込んだ。
 話ができる相手と分かってもらう。怪しいだろうけどこれでいい。
 
 ……が、返事は当然なし。
 それどころかこっちに向けられる敵意が一層冷たくなった気がする。
 でも場所は段々と分かってきた、家の窓や屋根の上、岩陰や丘の上にいる。

「……誰かいないのか!? アルゴ神父に頼まれてきたんだ!」

 次はあの人の名前を出してさらに近づく。
 ほんの僅か、突き刺さるような視線が緩んだのを感じ取った。
 ところがそれを上書きするような、今まで以上にヤバい気配がした。

 間近に迫った大きな家から、今まで感じたことのない強すぎる殺意が。
 わざとらしく音を立てて弾を装填するような――

「……ッ!?」

 まずい、殺される。最初に浮かんだのがその言葉で、反射的に銃を抜くが。

「動くんじゃないよ! ××××野郎!」
 
 目の前の家のドアが勢いよく蹴り飛ばされた。
 それと同時に遠くから銃声。手にした銃にびしっと割れるような衝撃が走って、手が後ろに持っていかれる。

「なっ……!?」

 手から銃がすっ飛ぶ、指は無事だ。身を低くして背中の散弾銃を掴もうとするが――

「――動くな」

 急に顎のあたりを押さえられて、後ろに引っ張られた。
 ごつごつとした手だ、いやまだだ、指を掴んでほどこうとした。

「ち……ちがう、俺はお前らの敵じゃ……」
「黙れ。少しでも妙な真似をしたらその首を跳ねる。姉者、頼む」

 が、近くの岩陰から誰かが飛び出してくる。
 軍隊色の緑をした外套に身を包んだ――褐色肌の女性だ。そいつは手にしたライフルを逆さに構えていて。

「……うご、かないで」

 ……俺のみぞおちに向かって叩きつけてきた。

「がっ……!?」

 内臓が潰されるような激痛。
 叩きというよりねじり込むといったほうが正しい、クソ、また銃で殴られた。

『いちサン……!』
「ワンッ……ワゥンッ!」

 肺から空気が抜ける、後ろから首の後ろを叩かれて地面に転んだ。物言う短剣の声がずいぶん遠く聞こえる。
 犬はなぜか俺たちを見比べて吠えるだけで、ちっとも助けようともしない。

「なんだい、今の声は?」
「……ヴァージニア様、こいつの短剣から声がしませんでしたか?」
「……たしかに、しゃべった」
「……おい、この黒い犬は……。待ちな、二人ともこいつを起こせ」

 今度は左右から両腕を掴まれる。
 右にごつごつとした感触、左にずっしりとした柔らかさ。
 苦しんでるところに無理に引き上げられて「ぉぉぅ」とか変な声が漏れた。

「おい、余所者ストレンジャー。返事は慎重にすることだね、さもないと」
「……さ、さもないと?」
「あんたの寿命はここまでだ。いいね?」

 その状態で顔を持ち上げてようやく分かった。
 目の前には小銃の銃口と、それにふさわしいヤバイやつがいた。
 白髪の老人だ。顔はどうみたってただの『おばあちゃん』だが、目は何より鋭い。
 これは完全に数え切れないほどの人間を殺してきたような冷たさだ。

「ボス! そいつは敵か!?」
「こいつの目……普通の人間じゃないだろ、賊じゃねーか?」
「何しに来やがった! この盗賊レイダー!」
「まさか人食いどもの仲間か!?」

 物陰から、屋根の後ろから、民家の窓から、次々と男女の姿が現れる。
 年齢はばらばらだが誰もが銃を手にしているが分かる。

「……いいか、余所者。返答次第でれはこの喉を掻っ切る、苦しいぞ」
「……へんな真似、しちゃだめだよ」

 両腕を掴んでいた二人がその危ないばあさんの左右に立つ。
 褐色肌の筋肉量多めな男子と、同じ肌色で異様に胸が大きい女の子だ。
 男は片手斧を、女は小銃を手にこっちを見ている。
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