魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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ドッグ&ミート

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 東から南へ進んで、だいぶ景色が変わり始めた。
 今日、俺は何度後ろを振り返ったんだろう。
 振り向けばそこにが奴らがいるんじゃないかと、足も神経もがちがちに強張っている。

 幸いまだ見てないが、こうして進み続けていても神経は全部後ろに向かってしまう。
 腰に取り付けた大切な話し相手ともしばらく話してない。あんな事の後だから。
 今の俺は人じゃない。歩く、水を飲む、振り返る、ただこれを繰り返すだけの機械だ。

『ねえ、なんか飛んでるよ……?』

 休むことも忘れて足を動かしていると、やっとあの短剣の声がした。

 言う通りに空を見上げると、頭上に何かが飛んでいた。
 独特の飛行音からしてドローンだろう。メインローターのないタイプのやつだ。
 それもサイズは大人ほど、武器みたいなのを積んで空中を漂っている。

「……ああ、そうみたいだけど……こっちに来てないか?」
『ほ、ほんとだ……っていうか、武器積んでるよ……!?』

 武器に手がいくが、それは『顔』に当たる部分のセンサーをちかちかさせ。

『国民の皆様、おはようございます。西暦2050年七月四日土曜日から施行される法律により、感染済みの方は規定上の理由から射殺します。どうかご了承ください』

 俺たちの目の前でホバリング、機体下部の大きな銃を向けてきた。
 まるで品定めするように銃口とセンサーがこっちを見回すと。

『――スキャン完了。こんにちは市民、感染しておられないようですね。私の8㎜ガウスライフルが火を噴かなくてざんね……なによりです。それではよい一日をお過ごしください。熱中症に気をつけて』

 流暢に喋るドローンは満足したように荒野の空へと旅立っていった。
 国のルールで射殺するとかどうなってんだこの世界。

「射殺するとかふざけてんのか。なんだあいつ」
『……しかも残念って言いかけてなかった? あのドローンさん』
「AIにどんな教育させたらああなるんだ? ……そういえばお前も人工知能だよな」
『うん、正確には元だけど……』
「……てことはあいつはお前の先輩か。あんな風になるなよ」
『あんな怖い先輩しらないよー……』

 しかしまあ人に銃を向けるAI付きのドローンか。
 他にもいるんだろうか、無人で動く戦車とか……いや考えすぎだな。

「なあ、そういえば前に人工知能じゃなくなったっていってたよな。みんな肉体を得たとかなんとか……」
『うん。設定されてた種族の肉体に、みんなの意識が定着しちゃったっていうか……』
「……てことはだ、ほんとに一つ目の女の子とか、小型サイズの妖精とかになったりしたやつもいるのか?」
『確かにキュクロプスとか、妖精さんになった子もいたけど……それがどうしたの?』
「いや、ちょっと気になってた。いきなりそんな姿になって大変じゃなかったか?」

 良かったなタカアキ、一つ目少女が現実になってるぞ。
 もしあいつも転移してるっていうなら、きっとかわいい一つ目少女にセクハラでもして牢屋にぶち込まれているに違いない。

『うーん。わたしたち、結構早く順応してたよ? もともとゲームのほうでも似たような感覚だったから……』
「そんなに苦労してないみたいだな、さすが元人工知能っていったところか」
『逆にプレイヤーさんたちは2か月ぐらい経っても大変そうだったよ。まだ生活にも慣れない人はたくさんいたし……』
「マジか……。人類弱すぎだろ」
『仕方ないよ、いきなり住んでた環境がすごく変わっちゃったんだもん』

 向こうも向こうで大変そうだ。まあそれでもこっちよりは全然マシだろうが。

「剣と魔法の世界での生活か。こっちより楽そうだ」
『確かにそうかもしれないけど……でも、けっこう大変なんだよ?』
「大変? こっちより?」
『さ、さすがにこの世界ほどじゃないけど……わたしたちもプレイヤーさんも冒険者っていう体でいるから、ほんとに大変だよ? ごはんとか、住むところとか、いろいろお金が必要になるの。だからみんなギルドでお仕事受けたり、現地の人に雇ってもらったりして……』
「……耳が痛くなる話だ」

 あっちはいかにもなRPGらしいが一筋縄ではいかないらしい。少なくとも社会経験に乏しい俺だとこっちより苦労しそうだ。

『そういえばだけど。いちサンはこうなる前、何してたの?』

 …………油断してたらとんでもない質問が来てしまった。
 おかげでとてもいやなものを思い出した、就活のアレとか。

「聞きたいか? きっとがっかりするぞ」

 色々考えた結果すべて話すことにした。

『も、もしかして聞いちゃいけなかった、かな……?』
「せっかくだし教えてやるよ。就職活動が全然うまくいかなくて崖っぷちだった」
『……ご、ご愁傷様です……』
「うまくいかなさすぎて、冷凍保存されるところだった」
『れ、冷凍保存……? どういうことなの……?』
「求人広告にあった人体冷凍保存実験のお仕事だよ。親友が引き止めてくれなかったらいまごろほんとにカッチカチだったと思う」
『ほんとにどういうことなの!?』

 ミセリコルデはものすごくリアクションに困ってる。
 そりゃそうだ、就活うまくいかないからなりふり構わず冷凍保存実験に志願しようとする人間なんてそういない。

「で、ノルテレイヤ社っていうところに応募したんだよ一応。どうせ連敗記録更新だったに違いないけど」
『ノルテレイヤ……社? それって、ゲーム用AIの開発をしてたところだよね?』
「知ってるのか?」
『うん、開発中のAIをMGOの管理AIとして導入するってことになってたんだけど……』
「……マジかよ。MGOとつながりがあったのかあそこ」

 そしてまさか、こんなところでつながってしまうとは。
 やろうとしていたゲームとつながりがあったなんてすごい偶然だ。
 そんな偶然があるなら俺の就職だってうまくいっても良かったはずだが。

「そう言えばあの会社の採用情報が面白かったんだ、なんか捜索願いみたいで……」

 そうやって話をしながら道路を進んでいた時。
 ぱん、と乾いた音――銃声が遠くから聞こえてきた。

「……今のは」

 思わず背中にあった散弾銃に手が伸びる。

『いまの、銃声だよね?』
「ああ、たぶん9㎜のやつだ」

 銃声は南側――進んでいる道の先から聞こえてきた。誰のものなのかは不明だ。

「あいつらが先回り、ってことはなさそうだな」

 この地形だ、もしあいつらだったら姿は見えるし音もすぐ届く。となると別か?
 遠くを見れば道路の横に開けた土地に、小屋がぽつんと立ってる。たぶんあれだ。

『どうするの?』

 散弾銃の銃身を折った。アルゴ神父のことが蘇って、胸が痛んだ。
 穴が三つ、散弾用の銃身が二本と……その下の一本はライフル用だ。
 左側面のトリガの上にはセーフティレバー、銃身を折るための金具近くにはスライドボタンがついている。

「どのみち地形的に避けられない。見に行く」

 散弾だけ装填した。

「あのさ、ミセリコルデ」
『あっ……な、なにかな?』
「……あんなに怒鳴って悪かった、許してくれ」
『……いいよ。わたし、気にしてないから』

 の散弾銃を抱えて早足気味に近づいていった。
 見えてきた、廃材を寄せ集めて作ったようなボロ小屋だ。
 周りは金網に覆われていて、その内側に無人の小型バスが放置されている。

「キャンッ!」

 もっと近づくと何か聞こえた、人間の声じゃない。

「逃げんなクソ犬! おとなしく……くたばりやがれっ!」

 今度は人の声が聞こえた。足音もする、数人分だ。
 続けて「ぎゃんっ!」という苦しそうな声がした。

「おい、そいつ早く殺せ! なに手こずってんだ!?」

 金網の扉は開きっぱなしだ。姿勢を低くしたまま近づくと、小屋の前で小汚い男たちが何かを囲んでいた。

「こいつ……戦闘用に育てられた犬だよなぁ?」
「ああ、殺さないで捕まえりゃ高く売れるぞ! 殺すなんて勿体ねえ!」
「でも仲間を殺ったんだぞ!? このクソ犬が、よくもやりやがったな!」

 よく見ると――バスの近くで同じような身なりの人間が死んでいる。

「売るにしても傷だらけじゃねぇか、殺して食っちまおうぜ」
「それもそうだな腹減ったし。おいお前ら、この犬おさえてろ!」
「もったいねぇ……まあ仕方ねぇか。解体するぞ、今日は犬のケバブだ!」

 囲まれていたのは犬だ。
 ドッグマンみたいな真っ黒な犬が、苦しそうにぐったりしている。

『……ひどい……あのわんこ、このままじゃ死んじゃうよ……!』

 こうしてる間にも、倒れた犬が抑え込まれて腹を掻っ捌かれようとしている。
 ミセリコルデのいう通り見ていて気持ちのいいものじゃない。
 どうする――いや、無視してこのまま通り過ぎても後ろからやられる可能性がある。

「……やるぞ」

 あれはアルテリーの連中じゃない、たぶん盗賊レイダーとかいうやつだ。
 カルト信者より少しはマシな程度の世紀末なお方だろう。

「おい、お前ら!」

 ということでバスの陰から思いっきり堂々と姿を現してみた。
 いきなり散弾をぶっ放してやってもいいが、まずは意志の疎通が可能な知りたい。
 すると真っ黒な犬を囲んでいたやつらは、

「やべっ! こいつの飼い主か!?」
「いいモンもってやがるぞ! ぶっ殺せ!」
「ヒャッハァー! カモがのこのこやって来やがったぜェ!」

 ……まるで待ってましたとばかりに銃を向けてきましたとさ。
 よく分かった、今後こういうやつがいたら容赦なくぶち込んでやる。

「まあそうだよなぁ……!」

 急いでバスの陰に引っ込む。いくつもの銃声が鉛球が地面やバスをばちばち叩く。
 腰の短剣が『ひっ』と小さく声を引きつらせる。大丈夫、相手はへたくそだ。

「あんな死に損ないの犬ほっとけ! アイツを先にぶっ殺せェ!」
「あのカモ逃がすんじゃねえぞ! おい! 動くなよ殺してやるから!」
「犬の肉だけじゃなく人間も食えるなんてなァ!」

 バスの側面から敵が近づいてくる、左から二人、右から一人。
 こっちにまっすぐやってくる――それならこうだ。

「くそっ! こいつらも人食いかよ!」

 俺はバスの左側に水平三連を向けて――銃身だけをのぞかせた。
 一歩、二歩、三歩……今だ。二つのトリガーを一気に引いた。

*zZbaaaaaaaaaaaaam!*

 予想以上の衝撃が両腕に来た。
 腕が持っていかれると思うぐらいのとんでもない反動だ。
 いやマジでもってかれた、手から散弾銃がすっ飛んでしまった。

「ごっ……ほっ……」
「い、いでぇ……! やりやが……!」

 苦しそうなうめき声が聞こえる、一応やったってことだろう。
 くそ、慣れないことなんてするべきじゃないな。

『いちサン! 後ろ!』
「し、死ねェェェェーーーーーッ!」

 そうしてる間にもう一人が大ぶりのナイフを持って突っ込んで来た。
 油断した――! リボルバーを、いや距離が近づぎる、こうなりゃ肉弾戦……

「ウォンッ!」

 突き出されるナイフに反射的に蹴りをぶち込もうとした、その瞬間だった。
 とつぜん黒い塊が地を這って、そいつの足に向かっていくのが見えた。
 それは口を大きく開くと白い牙をのぞかせて。

「がっ……!? は、放せ! 離しやがれこのクソ犬がァァ!」

 こっちに突っ込んでくる男の足に食らいついて、引っ張った。
 そんなに力強いんだろうか、ナイフ男はバランスを崩して顔面から転ぶ。

「ガウッ! ヴウゥゥゥゥゥッ!」

 犬だ、あの真っ黒な犬が噛みついて抑え込んでいる。

「……お、お前……!」

 見とれてる場合じゃない。
 盗賊の片腕、ナイフを握っている手を踏み潰した。
 「いでえっ!」と聞こえた、構うものか、リボルバーを抜く。

「でっってめええええええッ! こいつの飼い主かよォォォ!?」
「いや初対面だ。動物いじめは良くないぞ」

 撃鉄を起こして――怯えた表情に向けてトリガを引いた。
 ぱんっと軽い銃声、9mm弾に頭を綺麗にぶち抜かれてくたばった。

「ワンッ!」

 盗賊にトドメをさすと、黒い犬は足を離してこっちに吠えてきた。
 ほんとうに真っ黒な犬だ、まるでドッグマンみたいに。
 あの化け物にかみちぎられるのを思い出して一歩引いてしまったが。

「……大丈夫か?」

 距離を置きながら尋ねてみた。
 傷だらけの黒い犬はお行儀よく座って、ひんひん鼻を鳴らして見上げている。

『良かった、この子無事だったんだね……」
「……そうだな、元気そうで何より」

 犬のくせにじとっとした顔だ、口元は人の血でぐちゃぐちゃだが。

『……いちサン、嫌そうな顔してるよ? 犬、苦手?』
「ドッグマンの悪行を知ったらこの気持ちが分かると思うぞ」

 だめだ、小さなドッグマンにしか見えない。
 尻尾を振ってこっちを見ているが首を狙われてるような気がして落ち着かない。
 実際、踊り食いされたりかみちぎられたところが蘇って変な汗がだらだらだ。

「ウォンッ」

 距離を置いて様子を見てると犬がやってくる。
 ミセリコルデに気づいたんだろうか、興味津々な様子で鞘に鼻を近づけてきた。

『わっ……この子、わたしに気づいたのかな?』
「ワンッ」
「お、おい、こっちくんな! やめろ!」
『大丈夫だよいちサン。このわんこ、ぜったい悪い子じゃないよ」
「ドッグマンみたいでいやなんだよ! おい! 近づくな馬鹿!」

 黒い犬は長い舌を出したまま、俺たちの周りをぐるぐる回り始めた。
 一体どういう意図なのかは分からないが気持ちのいいものじゃない。
 何度かせわしなく回ると、犬はよろめきながらボロ小屋のある方へ向かって。

「ワンッ! ワンッ!」

 こっちにこい、とばかりに嬉しそうに吠えてきた。
 ……あれについていかないとダメなんだろうか。 

『あの子、ついてきてほしいのかも?』
「……ああ分かったよ、いきゃいいんだろ?」

 期待感いっぱいの視線が送られてきて、結局ついていくことにした。

「く、くそがぁぁぁぁ……! こ、殺してやる……! 待ちやがれ……!」

 途中でまだ生きてた一人が銃口を向けてきたが、

「ああ、また今度な」

 リボルバーを構えた、撃った。
 あとに残ったのは死体だけだ、これでしばらくは安全だ。

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