魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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 どれくらい走り続けたんだ?
 燃えさかる教会が視界から消えて、誰かにつけられていないか振り返って、それを何度か繰り返したころだった。

「はあ……っ、はぁ……!」
『いちサン……少し、休もう?』
「…………だめ、だ」

 気づけば丘と荒れ地に挟まれた道路まで来ていた。
 ひたすら道を沿って、アルテリーから逃げて、見知らぬ場所で突っ立っている。

「……はやく、ニルソンに、いかないと」

 アスファルトの上へと転ぶように座った。
 もう一度後ろを振り返る。
 広大な荒れた大地の光景が続いているが、誰もついてきちゃいない。
 正直安心した、ここで死んでしまったらまたあの街でしなくちゃならない――

「……ミセリコルデ」

 今更になって震えが戻ってきた。
 震える手で腰のあたりを探って、まだ話し相手がいることを確認した。

『いちサン、どうしたの……?』
「……お、俺、また……恩人を死なせちまった……」

 これで二度目だ、誰かが命をかけて助けててくれたのは。
 一度目はシェルターのあの出来事のときだ。
 短い付き合いだったのは間違いない、でもあの人は俺を助けてくれた。
 最後に見た姿は生きたままズタズタにされるものだった。

「逃げたんだよな俺、見殺しにしたんだよな?」

 二度目はこれだ。
 荒野をさまよう俺を助けてくれた恩人は、炎で焼かれながら死んだ。
 そして俺はそんな状況で何もできずに逃げてきた。
 だから生きている。また、誰かが死んで俺が生き延びた。

「あの人を囮にして、アイツらに差し出して、生き延びた……そうだよな……?」 
『……ねえ、落ち着いてよ。そんなこと――』
「そんなことはない? あんな風に死んだっていうのに、ロクな考えが浮かばないんだ。あんなの見たっていうのに『仕方がなかった』とか思ってるんだ」

 他に選択肢はなかった、俺には何もできない、どうせ手遅れだった。
 世界中からかき集めたような言い訳が頭の中に山ほど集められている。
 『』というクソみたい考えだってあるぐらいだ。

「なあ、あのとき逃げないで戦うべきだったよな? それがだめなら無理にでも連れ出して逃げるべきだったんじゃないか? そうだよな!? なのに俺はただ漠然と見殺しにした、そうだろ!? 死ぬのが怖くてあの人に押し付けて逃げてきたんだ――」
『ねえ、お願い。ちゃんとわたしの話を聞いてよ』
「信じられるか!? こんなに必死に生き延びてきたのに俺はまだ『これはゲームなんだ』とか思ってるんだぞ!? ああそうだそれならアルテリーのやつらを心置きなくぶっ殺せるよな!? だったら見殺しにするのも楽だよなぁ!? くそくそくそ一体どうなってんだこの世界はゲームなのかリアルなのかもうわかんねぇよちくしょう!」

 ため込んでた何かが解放された。
 もう自分でも何を考えてるのか、何を言ってるのかも分からない。
 俺の中には自己嫌悪とこの世界に対する理不尽な怒りしかない。
 そんなことをしたってどうしようもないことぐらい分かってる、でももう何もかもどうでもいい、こんな降りてやる、俺を元の世界に帰せクソ神様――

『いちサン!』

 ミセリコルデの声がして、意識が連れ戻された。
 おどおどとしていない、はっきりとした声だ。一体どこから声がしたのかと思うぐらい力強かった。

「あ、あ……み、ミセリコルデ?」 
『落ち着いて。まずお水飲もう?』
 
 言われた通りに水筒を手にして一口あおった。

「……飲んだ」

 ひどくねばついた喉が洗い流されるような感じがした。

『うん。じゃあ、聞いてくれる?』
「……言ってくれ」
『……落ち着いて、大丈夫。アルゴおじいちゃんが死んだのが受け入れられなくて、つらいんだよね?』

 ……その通りだ。
 そういわれて、やっと気づくことができた。
 単純なことだった、あの人の死を認めたくなかったんだと。
 
「…………そうだ」
『うん、わたしもとっても辛い。あんなことされて、許せないよ。でも……ちゃんと受け入れてあげないと、可哀そうだよ』

 滅茶苦茶な考えをしていたことが嫌になって、道路の上に仰向けになった。
 空は曇っていたけれども、少し晴れてきているみたいだ。
 そうだ、俺は頼みを引き受けたんだ、命と引き換えの願いを。

『ごめんね。わたし、見てるだけで何もできないくせに、こんなこと言っちゃって』

 物言う短剣の声は泣いている。
 馬鹿か俺は。ここまできて、こいつ一人だけ泣かせてどうするんだ。

「……いいんだ」

 もう一口だけ水を飲んだ、ぬるい。
 目をぬぐった、よし起きよう。

「……ごめん」

 一体誰に謝ったんだろう。それだけ言って起き上がって、また歩き出した。

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