魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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この広い世界で孤立した教会

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 いざボルターを発ってしばらく。
 まず正直に言おう、すまない、ウェイストランド荒れ果てた地を舐めてた。

 街を出ていけばだひたすらに続く道路、それを挟む不毛な荒野が続くのみ。
 最初はもちろん「やってやる」とばかりに意気込んでたとも。
 だがこの広い世界はあまりに果てしなく、そして乾ききっていた。

 左右には枯れた荒れ地、そのはるか遠くに立つ途方もなく大きな山々。
 ところどころに車の残骸が置いてあるだけの終わりなき道路。
 そんなところで真っ黒なジャンプスーツを着て彷徨う馬鹿。
 
 何が言いたいかというといくら進んでもゴールが見えてこない。
 乾いた空気と熱で体力だけが消耗していって、何度休憩を挟もうが足が進まない。

 今、無謀にも勢いだけで飛び出したバカは後悔している。
 最初は楽しかったさ、でも二時間ほど歩いただけでそうじゃなくなった。
 バックパックに詰めた飲み物もあっという間に消費してしまった。

「……なあ、ミセリコルデ」

 そんなアホみたいな展開になってしまった中、腰の短剣に尋ねた。

『どうしたの?』
「正直にいおう。もう戻りたい」

 もう格好つけないから許してくれ。
 誰かにそう乞うように、ミセリコルデへ今思ったことをぶちまけた、

『ええー……』

 さすがのおっとりとした声もドン引きしてる。

「乾いててクソ暑いんだよ! なんなんだこの世界、ふざけてんのか!?」
『で、でもここまできちゃったら進むしかないんじゃ……』
「お前は熱くないだろうけどこっちは全身黒づくめの作業着だぞ!? 黒色が日光を吸収することぐらい分かるよな!?」
『……とりあえず落ち着こう? あんまり騒ぐと余計に体力消耗しちゃうよ……』 
「…………それもそうだ」

 でも他人の忠告はちゃんと受け入れろってタカアキは言ってた。
 その通りにしよう、もう黙ろう、口を開けただけで喉が渇く。

 とはいえ気晴らしが必要だ。
 道路の端を辿りながら『感覚』を使って周囲を観察する。
 西の方には大規模な太陽光発電所があるそうだがよく見えない。

 東と北は言うまでもないだろう。
 見たら帰りたくなる長い道のりか、無限に続く荒野しかない。

「……最初は俺たち、はしゃいでたよな」
『……うん。すごい景色だーって言ってたよね』

 最初は「外国の景色だー」とか純朴に感動してたのは言うまでもない。
 実際、進んだ先に待ってたのは賽の河原ばりに不毛な旅路だったわけだが。

 仕方ないだろ、とは思う。
 確かに俺は死ねないし、そのうえでカルト信者たちを全員始末した。
 すっかりこの世界に慣れてしまったとはいえ、その根本的な部分はもとの世界でだらだらと過ごしていた一般人だ。
 つまりどう頑張ってもまだ過酷な世界の住人じゃないってことだ。

「人生でこんなに歩いたのは初めてかもしれない」
『大丈夫? 少し休んだ方がいいんじゃないかな……?』
「……いやだめだ、このままだらだら進んでたら水分不足で死ぬ」

 その元一般人はいま、水分補給のあてもなく干からびかけている。
 とりあえず今するべきことは何か進展があるまで進んで、ついでにこのジャンプスーツの色を黒に決定した馬鹿を恨むことだ。

「それに、あいつらからできるだけ距離を離さないと」

 あいつら・・・・は北西の『ヴェガス』という場所を通って南下してくるらしい。だから少なくとも南へ向かえばあいつらとの距離は稼げるはずだ。

『ねえ、いちサン。あの……アルテリーっていう人たち……何なのかな?』

 歩く調子を緩めていると物言う短剣が尋ねてきた。
 俺だって知りたいが、とりあえず穏やかじゃないのは確かだ。

「第一印象最悪の人肉大好きクソ野郎どもだよ。俺の大嫌いなカルト宗教ってやつだ」
『じ、人肉……? それって人肉嗜食カニバリズムってこと……!?』
「どうも主食は人間らしい。……って、あいつらに捕まってたのに知らなかったのか?」
『あの人たち「羊」が食べたいってずっと言ってたけど、そういうことだったんだ……』
「そういうことだ。ま、ドッグマンで我慢するしなかったみたいだけどな」

 思わず胸のあたりを撫でた。傷跡は布地の向こうでざらざらしている。

『……ね、ねえ、質問しても、いいかな?』
「どうした?」
『えっと……気を悪くしたらごめんね? すごく気になってて……』
「気になる? 何がだ?」
『その首の傷のことなんだけど――』

 歯切れの悪い質問が来た、ちょうど首のあたりにある深い傷のことだ。
 思えばひどい有様だ。何度も死んだが斬られたり撃たれたり嚙まれたりしたからな。

「最悪の思い出だ。訳も分からずこの世界にぶち込まれてからずっとこうだ。訳も分からず引っ張られて、訳も分からず撃たれて、訳も分からず救われた。いい思い出はあんまりない」
『……そうなんだ。ご、ごめんね? すごく痛そうで、気になっちゃって……』
「いいんだ、心配してくれてありがとう。そう言えば、お前がいた世界はどんなとこなんだ?」
『わたしがいた世界――『MGO』のこと?』
「そう、剣と魔法の世界のこと。どんなところなのか知りたい」
『こっちの世界は……わたしたちがまだ人工知能だった時にプレイしてた世界ワールドがそのまんま現実になったような場所かな。食べ物には困らなくて、魔法でけっこう快適な暮らしができて……魔女っていう人たちが管理してる街が幾つもあって……』
「……魔女? ずいぶんファンタジーだな」

 二人で話をしているとあっちの世界がイージモードに思えてきた。
 一体どんな有様か分からないが、ここの暮らしがカスに思えるほど豊かそうだ。

『あの出来事があったとき、わたしはいつものみんなとすぐ合流して、その街にクランハウスを建てて暮らしてたんだ。そこで毎日みんなのご飯を作ってて……』

 さらに進みながら話していると、ミセリコルデの言葉が一瞬止まった。
 つられて足が止まりそうになったものの、
 
『みんなどうしてるんだろう。セアリさんたち、お腹すかせてないかな?』

 水にゆっくりと沈んでいくような声で、物言う短剣が言葉をこぼした。

 ……そうか、こいつには大事な仲間がいたのか。
 俺にはもう帰る場所があるのかどうかすら分からないが、こいつには帰りを待ってくれるやつがいるんだろう。

「なあ、あっちは確か……フランメリア、だったか?」

 同時に嫌な考えもしていた。
 あのスケルトンといいこいつといい、向こうの世界の要素がなぜあるのか。
 単純に言えば、世界が混ざってしまったんじゃないかと思ってる。
 そしてその原因を作ってしまったのは俺にあるんじゃないか、と――

『うん、そうだよ。正確にはフランメリア王国っていうんだけど』
「王国か。まあどうだっていい、聞いてくれ」

 俺は足を止めないままPDAを取り出した。

「どうやら俺はそこにいかないといけないらしい。まあ、どうやって行くかは分からないけど……」
『……いちサンが?』
「実はこいつにメールが来てたんだ。送り主不明で件名も不明、だけど本文はフランメリアに向かえ、だとさ」
『メールもあるんだ……? でも、変な文章だね……?』

 画面を見せた。相変わらず怪文書しか届いていない。

「いや、まて……お前の友達にこいつで連絡できるんじゃないか?」

 ところが機能性を見てるうち、ふと思いついてしまう。
 これでミセリコルデの仲間とやりとりができるはず、という考えだが。

『……えっと。こっちのメール機能って、フレンド登録しないと送れないの。だから無理だと思うんだけど……』

 なるほど、こいつが言うにはPDAから送ったところで届くかどうか怪しいか。
 でも試す価値はあるはずだ。宛先にはキャラクター名の記入スペースがある。

「……一応試してみないか?」
『……あ、あの、できるならお願いしてもいい……?』
「任せろ、名前は?」
『えっと……エル…ヴィーネさん、セアリルさん、フランチェスカさんだよ』

 名前はエルヴィーネ、セアリル、フランチェスカ、よしやってみるか。
 件名は「HI」で本文も「HI」で、まずエルヴィーネと書いて送信――ところが。

*NULL*

 画面にそう表示されてしまった。
 ならセアリル、だめ。フランチェスカ、こいつもだめ。どうやってもNULLだ。

『……どう、かな?』

 苦戦してるとすごく心配そうに声をかけられてしまった。
 嘘をつくわけにもいかないし、正直に答えるか。

「だめだ、エラーっぽいのが出て送れない」

 少し気まずいが、包み隠さず伝えた。

『……うん、じゃあ仕方ないよね。ありがとう、いちサン』

 結果、ミセリコルデはものすごくがっかりした声でお礼を言ってきた。
 くそっ、こういう時ぐらい気の利いたことしろよ、俺のステータス。

「……ごめん、なんかがっかりさせたようで」
『……ううん、いいよ。手間かけさせちゃって、ごめんね』

 やっぱりどう聞いてもひどく落胆した様子なのは否めない。
 今日は丸一日気まずい雰囲気で歩き続けないと――ん?

「……おい、あれって」

 その時やっと気づいた、南の方になにか白い建築物が見える。
 ここからだとよく分からないが、道路の横にぽつんと建ってるような。

『どうしたの?』
「向こうになんか見えないか?」

 足が痛むのも忘れて早足気味に進んだ、すると細部がはっきりしてきた。
 建物には屋根があって、白い壁に大きな窓、屋上には小さな鐘塔がある。
 そしてそのてっぺんには――白い十字架が掲げられていた。

「ミセリコルデ、あれ見えるか?」

 一体どうしてこんなところにあるんだろうか。
 進んだ先に交差点があって、東側へ続く道路の脇に開けた土地があった。

『……あれって、教会だよね?』

 そこに教会がぽつんと立っている。
 少しぼろぼろだが形はちゃんと残ってる――少し気になった。

「……行ってみるか」

 きっと何かがあるんじゃないか、そう思って教会へ足を運んでみることにした。
 いつでもホルスターのリボルバーを抜けるようにしたまま、だが。
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