32 / 581
0P3N W0R1D
この広い世界で孤立した教会
しおりを挟むいざボルターを発ってしばらく。
まず正直に言おう、すまない、ウェイストランドを舐めてた。
街を出ていけばだひたすらに続く道路、それを挟む不毛な荒野が続くのみ。
最初はもちろん「やってやる」とばかりに意気込んでたとも。
だがこの広い世界はあまりに果てしなく、そして乾ききっていた。
左右には枯れた荒れ地、そのはるか遠くに立つ途方もなく大きな山々。
ところどころに車の残骸が置いてあるだけの終わりなき道路。
そんなところで真っ黒なジャンプスーツを着て彷徨う馬鹿。
何が言いたいかというといくら進んでもゴールが見えてこない。
乾いた空気と熱で体力だけが消耗していって、何度休憩を挟もうが足が進まない。
今、無謀にも勢いだけで飛び出したバカは後悔している。
最初は楽しかったさ、でも二時間ほど歩いただけでそうじゃなくなった。
バックパックに詰めた飲み物もあっという間に消費してしまった。
「……なあ、ミセリコルデ」
そんなアホみたいな展開になってしまった中、腰の短剣に尋ねた。
『どうしたの?』
「正直にいおう。もう戻りたい」
もう格好つけないから許してくれ。
誰かにそう乞うように、ミセリコルデへ今思ったことをぶちまけた、
『ええー……』
さすがのおっとりとした声もドン引きしてる。
「乾いててクソ暑いんだよ! なんなんだこの世界、ふざけてんのか!?」
『で、でもここまできちゃったら進むしかないんじゃ……』
「お前は熱くないだろうけどこっちは全身黒づくめの作業着だぞ!? 黒色が日光を吸収することぐらい分かるよな!?」
『……とりあえず落ち着こう? あんまり騒ぐと余計に体力消耗しちゃうよ……』
「…………それもそうだ」
でも他人の忠告はちゃんと受け入れろってタカアキは言ってた。
その通りにしよう、もう黙ろう、口を開けただけで喉が渇く。
とはいえ気晴らしが必要だ。
道路の端を辿りながら『感覚』を使って周囲を観察する。
西の方には大規模な太陽光発電所があるそうだがよく見えない。
東と北は言うまでもないだろう。
見たら帰りたくなる長い道のりか、無限に続く荒野しかない。
「……最初は俺たち、はしゃいでたよな」
『……うん。すごい景色だーって言ってたよね』
最初は「外国の景色だー」とか純朴に感動してたのは言うまでもない。
実際、進んだ先に待ってたのは賽の河原ばりに不毛な旅路だったわけだが。
仕方ないだろ、とは思う。
確かに俺は死ねないし、そのうえでカルト信者たちを全員始末した。
すっかりこの世界に慣れてしまったとはいえ、その根本的な部分はもとの世界でだらだらと過ごしていた一般人だ。
つまりどう頑張ってもまだ過酷な世界の住人じゃないってことだ。
「人生でこんなに歩いたのは初めてかもしれない」
『大丈夫? 少し休んだ方がいいんじゃないかな……?』
「……いやだめだ、このままだらだら進んでたら水分不足で死ぬ」
その元一般人はいま、水分補給のあてもなく干からびかけている。
とりあえず今するべきことは何か進展があるまで進んで、ついでにこのジャンプスーツの色を黒に決定した馬鹿を恨むことだ。
「それに、あいつらからできるだけ距離を離さないと」
あいつらは北西の『ヴェガス』という場所を通って南下してくるらしい。だから少なくとも南へ向かえばあいつらとの距離は稼げるはずだ。
『ねえ、いちサン。あの……アルテリーっていう人たち……何なのかな?』
歩く調子を緩めていると物言う短剣が尋ねてきた。
俺だって知りたいが、とりあえず穏やかじゃないのは確かだ。
「第一印象最悪の人肉大好きクソ野郎どもだよ。俺の大嫌いなカルト宗教ってやつだ」
『じ、人肉……? それって人肉嗜食ってこと……!?』
「どうも主食は人間らしい。……って、あいつらに捕まってたのに知らなかったのか?」
『あの人たち「羊」が食べたいってずっと言ってたけど、そういうことだったんだ……』
「そういうことだ。ま、ドッグマンで我慢するしなかったみたいだけどな」
思わず胸のあたりを撫でた。傷跡は布地の向こうでざらざらしている。
『……ね、ねえ、質問しても、いいかな?』
「どうした?」
『えっと……気を悪くしたらごめんね? すごく気になってて……』
「気になる? 何がだ?」
『その首の傷のことなんだけど――』
歯切れの悪い質問が来た、ちょうど首のあたりにある深い傷のことだ。
思えばひどい有様だ。何度も死んだが斬られたり撃たれたり嚙まれたりしたからな。
「最悪の思い出だ。訳も分からずこの世界にぶち込まれてからずっとこうだ。訳も分からず引っ張られて、訳も分からず撃たれて、訳も分からず救われた。いい思い出はあんまりない」
『……そうなんだ。ご、ごめんね? すごく痛そうで、気になっちゃって……』
「いいんだ、心配してくれてありがとう。そう言えば、お前がいた世界はどんなとこなんだ?」
『わたしがいた世界――『MGO』のこと?』
「そう、剣と魔法の世界のこと。どんなところなのか知りたい」
『こっちの世界は……わたしたちがまだ人工知能だった時にプレイしてた世界がそのまんま現実になったような場所かな。食べ物には困らなくて、魔法でけっこう快適な暮らしができて……魔女っていう人たちが管理してる街が幾つもあって……』
「……魔女? ずいぶんファンタジーだな」
二人で話をしているとあっちの世界がイージモードに思えてきた。
一体どんな有様か分からないが、ここの暮らしがカスに思えるほど豊かそうだ。
『あの出来事があったとき、わたしはいつものみんなとすぐ合流して、その街にクランハウスを建てて暮らしてたんだ。そこで毎日みんなのご飯を作ってて……』
さらに進みながら話していると、ミセリコルデの言葉が一瞬止まった。
つられて足が止まりそうになったものの、
『みんなどうしてるんだろう。セアリさんたち、お腹すかせてないかな?』
水にゆっくりと沈んでいくような声で、物言う短剣が言葉をこぼした。
……そうか、こいつには大事な仲間がいたのか。
俺にはもう帰る場所があるのかどうかすら分からないが、こいつには帰りを待ってくれるやつがいるんだろう。
「なあ、あっちは確か……フランメリア、だったか?」
同時に嫌な考えもしていた。
あのスケルトンといいこいつといい、向こうの世界の要素がなぜあるのか。
単純に言えば、世界が混ざってしまったんじゃないかと思ってる。
そしてその原因を作ってしまったのは俺にあるんじゃないか、と――
『うん、そうだよ。正確にはフランメリア王国っていうんだけど』
「王国か。まあどうだっていい、聞いてくれ」
俺は足を止めないままPDAを取り出した。
「どうやら俺はそこにいかないといけないらしい。まあ、どうやって行くかは分からないけど……」
『……いちサンが?』
「実はこいつにメールが来てたんだ。送り主不明で件名も不明、だけど本文はフランメリアに向かえ、だとさ」
『メールもあるんだ……? でも、変な文章だね……?』
画面を見せた。相変わらず怪文書しか届いていない。
「いや、まて……お前の友達にこいつで連絡できるんじゃないか?」
ところが機能性を見てるうち、ふと思いついてしまう。
これでミセリコルデの仲間とやりとりができるはず、という考えだが。
『……えっと。こっちのメール機能って、フレンド登録しないと送れないの。だから無理だと思うんだけど……』
なるほど、こいつが言うにはPDAから送ったところで届くかどうか怪しいか。
でも試す価値はあるはずだ。宛先にはキャラクター名の記入スペースがある。
「……一応試してみないか?」
『……あ、あの、できるならお願いしてもいい……?』
「任せろ、名前は?」
『えっと……エル…ヴィーネさん、セアリルさん、フランチェスカさんだよ』
名前はエルヴィーネ、セアリル、フランチェスカ、よしやってみるか。
件名は「HI」で本文も「HI」で、まずエルヴィーネと書いて送信――ところが。
*NULL*
画面にそう表示されてしまった。
ならセアリル、だめ。フランチェスカ、こいつもだめ。どうやってもNULLだ。
『……どう、かな?』
苦戦してるとすごく心配そうに声をかけられてしまった。
嘘をつくわけにもいかないし、正直に答えるか。
「だめだ、エラーっぽいのが出て送れない」
少し気まずいが、包み隠さず伝えた。
『……うん、じゃあ仕方ないよね。ありがとう、いちサン』
結果、ミセリコルデはものすごくがっかりした声でお礼を言ってきた。
くそっ、こういう時ぐらい気の利いたことしろよ、俺のステータス。
「……ごめん、なんかがっかりさせたようで」
『……ううん、いいよ。手間かけさせちゃって、ごめんね』
やっぱりどう聞いてもひどく落胆した様子なのは否めない。
今日は丸一日気まずい雰囲気で歩き続けないと――ん?
「……おい、あれって」
その時やっと気づいた、南の方になにか白い建築物が見える。
ここからだとよく分からないが、道路の横にぽつんと建ってるような。
『どうしたの?』
「向こうになんか見えないか?」
足が痛むのも忘れて早足気味に進んだ、すると細部がはっきりしてきた。
建物には屋根があって、白い壁に大きな窓、屋上には小さな鐘塔がある。
そしてそのてっぺんには――白い十字架が掲げられていた。
「ミセリコルデ、あれ見えるか?」
一体どうしてこんなところにあるんだろうか。
進んだ先に交差点があって、東側へ続く道路の脇に開けた土地があった。
『……あれって、教会だよね?』
そこに教会がぽつんと立っている。
少しぼろぼろだが形はちゃんと残ってる――少し気になった。
「……行ってみるか」
きっと何かがあるんじゃないか、そう思って教会へ足を運んでみることにした。
いつでもホルスターのリボルバーを抜けるようにしたまま、だが。
31
お気に入りに追加
152
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

こども病院の日常
moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。
18歳以下の子供が通う病院、
診療科はたくさんあります。
内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc…
ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。
恋愛要素などは一切ありません。
密着病院24時!的な感じです。
人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。
※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。
歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
うちの冷蔵庫がダンジョンになった
空志戸レミ
ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞
ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。
そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる