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G.U.E.S.T-Survival Simulator
南へ逃げろ、余所者よ
しおりを挟む成形された革を太めの針で縫い金具を打ち込んで――細長い鞘が完成した。
「ほらできたぞ。ちょっと不格好だけど許してくれ」
例の短剣を差し込んでみるとすんなり入った。
ちょっとだけ刀身がはみ出てるが我慢してもらおう。
『……ううん、すごくうれしいよ。ありがとう』
まあそれでも本人は喜んでいることだし問題なさそうだ。
「そりゃよかった、文句言われないか心配だったんだ」
俺はジャンプスーツの上からベルトを装着した。
ポケットや銃弾保持用のスペースを設けた実戦向けだ。
「こんなところで悪いけど我慢してくれ」
『大丈夫。むしろ安心できるから』
「そりゃよかった」
さらにミセリコルデ入りの鞘を接続。反対側に空っぽの水筒を固定。
ベルト側面に12ゲージの散弾を差し込めるだけ差し込む。
そして太股に拳銃用のホルスターを巻き付けて。
「さあ、準備ができたぞ」
最後にカーキ色の大きなバックパックを背負った。
中にはできるだけ軽くてかさばらないものがたっぷり詰まってる。
持って行かない物資に関してはここに置き去りにすることにした。万が一また死んだときのためでもあるが。
でも決めた、今日から死なないようにうまくやってやる。
一時とはいえ俺のヒーローになってくれた人が言ってたんだ。
『うまくやれよ』と。だからその通りにしないと。
『ごめんね、わたしのためにわざわざ作らせちゃって……』
外へ出ようとすると腰のあたりからそんな声がした。
「大丈夫、物は大事にするタイプなんだ。どれくらい大事にするかっていうと壊れたり弾切れで使えなくなった武器は敵にぶん投げて使うぐらい」
本人に見えてるかどうか分からないが、俺はゆるく笑った。
『うん。って……わたしのこと投げちゃだめだよ?』
「冗談だ、話し相手になってくれるやつを投げるほど薄情じゃないから安心してくれ。……きっと」
『いまきっとっていわなかった……?』
「本気にするなよ。投げないから心配するな。……たぶん」
『たぶんっていったよね……!?』
もう一人でこの世界で生き抜き続けるしかない、と最初は思っていた。
でも今は違う、そばには人間じゃないけど話し相手がいる。
もう、漠然とした生き方はしないつもりだ。
一歩進んで少し視点を変えただけで、進むべき道はたくさん見えてきた。
「……そうだ、忘れてた」
その前にシェルターの古い壁に近づく。
39回分の傷がある――追加でもう一個、石でがりっと傷をつけた。撃墜マークだ、何がとは言わないがこれで四十人目。
『いちサン、なにしてるの?』
「ん? 記録してる」
そして少し離れたところには十七日目の傷がつけられてある。
今日で十八日目、俺は石でもう一回だけ傷を残した。
さようなら、クソ寒いシェルター。
「俺たちがゲームの中に飛ばされてから経った日数だよ。こんなクソ寒いところで十八日も過ごしてたなんて自分でも驚きだ」
そう誰かに言って、分厚い扉を開けようとした。
『……十八日目?』
そこへミセリコルデの疑問強めの声がやってくる。
おっとりとした声に見合わないそれに、思わず立ち止まってしまう。
「ああ、十八日目だ。もう二か月も経った気がしたのにな」
『……あの、ちょっといいかな?』
不意に『感覚』が働いて嫌な予感がした。
なんだろうこの違和感は、まるで何かがまた食い違ってるような。
「どうしたんだ?」
『いちサンがゲームの世界にやってきたのは十八日前、ってことかな?』
「そうだぞ。お前も同じタイミングで転移したんだろ?」
『……みんながあの世界に来たのは、二か月前だよ?』
……今こいつなんていった?
ちょっと待てどういうことだ、二か月だって?
「どういうこった。俺より先に転移してたってことか?」
『えっと、あんなことが起きてからもう二か月も経ってるんだけど……もしかしたらあっちとこっちじゃ時間の流れが違うとか、そういうのだったり……?』
ミセリコルデも続く言葉にかなり困ってる。
「……今はとりあえず先へ進まないか? 後でゆっくり考えよう」
とんでもないことを聞かされてしまったが、今は先を急ごう。
この件は先送りにしてもう勢いで突き進むことにした。
『うっ……うん、そうだね……』
こんなタイミングでクソ面倒くさいことを考えるのは絶対にごめんだ。
俺は喋る短剣を無理やり巻き込む形で、勢いに乗って外へ出た。
ウェイストランドは青く晴れていた。
アルテリーたちのいなくなったボルター・タウンは静まり返っていた。
世紀末世界に慣れてきた今、前と違って堂々とこの場所を歩けるだろう。
「準備はいいか?」
空を見上げて、荒廃した住宅街を見わたして、腰の物言う短剣を見た。
『……大丈夫だよ、行こう』
腰から下げた新しい相棒の覚悟も確認した。記念すべき第一歩だ、進もう。
「じゃあな、ボルター・タウン」
俺たちはボルター・タウンのハイウェイをなぞって歩いていった。
南へ向かってひたすら進んでいくだけだ。
道中なにがあるかなんてわからない。
手元にあるのは9㎜口径の銃、まだ心もとないスキル、空の水筒ぐらいだ。
でも今度は一人じゃない。ミセリコルデという物言う短剣がいる。
そしてちょっとだけこの世界に順応した112という人間もいる。
もう漠然と死ぬつもりはない。
誰かが言ってくれた通りに、うまくやっていこうと思う。
『ねえ、いちサン。あれって……』
街の出口に差し掛かったところで、不意にミセリコルデが言った。
その「あれ」は俺の『感覚』ですぐわかった。
ガードレールに赤くて白いオブジェが飾ってある。
「……なんだありゃ」
近づいてみると血の匂いがした。その造形もすぐに分かった、骨と肉だ。
『……ひ、ひどいよ……なにこれ……』
どこかで見た骨がバラされ、獣臭い肉をくっつけられてリメイクされている。
解体したドッグマンを広げて雑多な肉と骨を継ぎ足されたオリジナルの怪物だ。
スケルトンのパーツはこのおぞましい怪物の頭部に生まれ変わっている。
あのあとどうなったか心配だったけど、こんなところにいたのか。
「これがあいつらのいってた肉の神とかいうやつだろうな」
『……しかもこの頭……スケルトンナイトだよ』
「……スケルトンナイト?」
『うん、MGOの世界にいる敵なんだけど……なんでこっちの世界にもいるんだろう?』
その言葉にあの骨の化け物が思い浮かぶ。やっぱりこっちのものじゃなかったのか。
そしてふと、荒野に浮かぶ木やら塔やらに意識が向かう
今、俺はあることに気づいてしまった。向こうの世界のものがこっちにある?
『……どうしたの、いちサン?』
「なあ、あれが見えるか?」
この世界には場違いに見える「あれ」を指差した。喋る短剣に見えるように。
『……え? 待って、あれって――』
「何か知らないか?」
『あの木って私たちのいる世界にあったエルフの樹……!? それにあの塔、前にクランのみんなで登ったダンジョンなんだけど……!』
ああなんてこった。あれの正体がようやくわかってしまった。
「そうか、お前のいた世界のものってことか」
『おかしいよ……どうしてわたしのいた世界のものが、こっちにあるの……?』
なるほど、つまり、本来存在しないものがこっちに存在してるわけだ。
この世紀末世界は何かおかしくなっている。いやまあ、元からおかしな世界だが。
カルトどもの言っていた奇跡の業。次々と増えるこの世に相応しくないもの。そして喋る短剣。まるで二つの世界が混じり合っているようだ。
「俺にも分からない。でも前から妙なんだ、あんな風に場違いなものができてたり――」
荒野の上の場違いなものに目を向けていると、どこからかエンジン音がした。
ずっと遠くだが、あまり穏やかではない低音が乾いた空気に乗ってやってくる。
「……いや、話してる場合じゃなかったな。行くぞ」
おそらくアルテリーの増援とやらがようやくたどり着いたんだろう。
疑問も話の続きも投げ捨てて、俺たちは南へ向かった。
◇
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