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G.U.E.S.T-Survival Simulator

羊は抗う

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 ふと、うまそうな匂いがした。
 覚醒した、目の前には大きなテーブルが広がっている。
 中央では大皿から溢れる焼かれた肉の姿。手元にはナイフとフォーク。周りには火のついた蝋燭が飾られていた。

「……料理?」

 ここは知らない場所だ、少なくともシェルターは寒いし、もっとかび臭い。

「やあ、起きたか。先に食べちゃうところだったよ」

 すぐ横から穏やかな声がした。蝋燭を目で辿りながら振り向くと、

「おいおい、そんな怖い顔をしてはいけないよ。せっかくの食事だろ?」

 ……くそったれ、見覚えのあるやつだ。
 ひどい猫背で、そのくせ半裸で、手榴弾を差した帯を巻き付けている。
 きっかけがあれば今にも爆死しそうなそいつはよく知っていた。

 シェルターの食堂で『儀式』をしてる時にいたアイツだ。
 生きたまま人を食らったとんでもない最低野郎である。

「……食事だって?」

 そいつの顔はふくよかで、ぎょろっとした目をしている。
 にたりとした笑顔からはどう頭をひねっても攻撃性しか感じ取れない。
 それに全体的に汚れてる。血と汗の臭いだ。

「そう、そうだ、食事だ。おまえのために用意したんだ」

 丸刈りの変態が用意してくれたという食事を見た。
 そこには見事に焼かれた肉がある。ただしドッグマンの上半身だ、それも頭部付きの。

「おいしそうだろ? 腕によりをかけて作ったんだ」
「……これが? 下処理の仕方間違えてるぞ、変態野郎」

 変態野郎は
 
「そういう態度をとってくれるなんて初めてだ、新鮮味があるなぁおまえ」
「初めてか、よっぽど本音で接してくれるやつがいなかったんだろうな」
「皮肉はいい、最高の調味料スパイスだ。だが今はマナーを守る時間だぞ?」

 人の形をした化け物と話してようやく気付く。周りに半裸の男たちが座っている。

 丁重に席についてはいるが目つきがやばい、完全に捕食者のそれだ。
 しかも今の俺は椅子に括り付けられているときた。両手は自由だ、でも腹と足はロープで椅子と融合させられている。

「どうした坊や? 食べないのか?」
「ハンズリー様が作ってくれた料理なんだからな、こいつはうまいぞ」

 座った男たちは肉をくちゃくちゃしながらにやけている。
 内装を見る限り、どうやらここはレストランか何かだったみたいだ。
 もっともお洒落な店内はドッグマンの毛皮と、破壊されたスケルトンの骨と、出所不明の血で悪趣味に飾られているが。

「それで、俺はどうして縛られてるんだ?」

 こっちを向いているドッグマンの頭とにらめっこした。
 この状況じゃ逃げられない。おとなしく死ぬしかないみたいだ。

「いやあ、話せば長くなる。まあ手短にいおう、仲間にならないか?」

 ……とんでもない返事がきてしまった。
 人を何度も殺して、しかも縛り付けておいて仲間になれ? ふざけんな。

「仲間になれだって? こんなに縛っておいていうセリフか?」
「そうか、うんそうだ、じゃあこうしよう」

 クソくらえ、とでも言おうとしたら半裸の男が近づいてきた。

「おまえを仲間にはしない、縛っておくのもやめよう、無礼だったな」

 それから腹と両足のあたりでぶつりと縄が切り落とされる、あっけのない自由だ。
 だが、このハンズリーとかいうやつは、間違いなく俺を殺そうとしている。
 確信した、こいつからは殺意に似た何かが向けられているのだ。

「そうか……じゃあ帰っていいか?」
「まあ待て、少し話したいことがあるんだ」
「あいにく宗教勧誘には興味ない。ガキの頃からカルトにいい思い出がなくてね」
「おまえは不死を信じるか? いくら殺しても死なない力のことだ」

 宗教の素晴らしさよりクソ面倒な話題を出された。
 このまま暴れて殺された方がいいのかもしれない。

「信じたくないけどありえる話だ」
「そうかそれは良かった。かくいう俺も半信半疑だった」
「へえ、信じ切ってないのか。じゃあやめたらどうだ?」
「やめようと思っていたところだ。しかしそうもいかない」

 けん制するように話してると隣の知らない男から皿が差し出された。
 ドッグマンの手だ、こんがり焼けてるが目もくれずに話をつづけた。

「じゃあなんだ、回りくどいのはやめてストレートに来いよ」
「ハノートス様は奇跡の力を授かった、人を癒す力を手に入れた。なぜだと思う?」

 来たか。やっぱりこういう話題に切り替わるか。これだからカルトは。

「断食して暗くて狭い部屋に籠って瞑想でもしたんじゃないか?」
「そんな古臭いやりかたではない。聖なる力を宿した肉を食べ、目覚めたのだ」
「人間のことか?」

 俺は『聖なる力』の源について尋ねた。
 なんとも馬鹿らしい妄想だ、そう思っていたけれども。

「そうだ、だがただの人間ではない。思うにあれは賢者だ」

 狂った猫背男が背筋をまっすぐ伸ばした。
 まずい、笑っている。

「……賢者だって?」
「あるとき、はるか南のほうで小さな森が現れた、地下から湧き出る水と緑と共にな。そこには衰弱した老人がいた。宝石が埋め込まれた杖を握ったまま、そこで死の淵に立たされていたのだ」
「夢のある話だな。それで? ちゃんと弔ってやったんだろうな」
「もちろんだ。名もなき哀れな老人を、ハノートス様は敬意を表して食らった。生きたままその心臓をな。するとあのお方は急にこう言い出したのだ。何かに目覚めた、と」
「新しい性癖にでも目覚めたのか」

 俺は口で強がりながら吐き気をこらえた。

「するとハノートス様は突然、呪文のようなものを唱えだした。すると俺たちの傷は癒え、疲れが消えた、あれはまさに奇跡の業だ」
「俺なんかちぎれた腕もつなげてもらったんだ! 痛かったけどよぉ!」
「それだけじゃねえぜ、奇跡の力で矢玉を防ぐことだってできんだぜ!」

 オーケー良く分かった、奇跡が実在するとしてもイカれてる。
 絶望的だがここから早く逃げないと、こいつらはだ。

「そりゃすごいなぁ、お前のボスは魔法が使えるのか」
「魔法ではない、奇跡の業だ。あのお方が癒しの呪文を口にすればあらゆる傷が治ってしまう、すごいだろう?」
「ああすごいな、残念だけどあんたのボスの頭の中はメルヘンチックだ。あの年で、しかもハゲでデブで脂ぎってるのにオカルトにはまるなんて気の毒だな」

 時間を、稼がないと。
 周囲から殺意が強まっていく。
 こいつらはなから俺たちを殺すつもりだったんだ。

「……そうだな、俺もあんな無能から離れたい」
「無能? あんたはあの豚を崇拝してるんじゃなかったのか?」
「本当のところをいうと、あんな愚鈍のもとで働くのはもどかしい。考えてみろ、あの力があればこのウェイストランドなど容易く支配できるだろう?」
「ブラック企業から離れて独立か。そりゃいいな、頑張れよ」
「あの豚め。あれほどの力があるというのに、奴らに首を垂れるなど愚かしい。今度は我々が奴らを利用する番なのだ。そのためには俺も、力を得なければならない。そうだろう?」

 くそ、こいつ、冗談が通じない本物の馬鹿だ。
 猫背だった男がとうとう立ち上がる。周りの奴らも同じようにだ。

「……何が言いたい」
「何人かの部下がこう言っていた、何度殺しても死なない人間がいると。そいつは黒いジャンプスーツをきた茶髪の東洋人だそうだ」

 逃げようとしたが半裸の男に囲まれた。
 両腕が、両足が、きつく引っ張られる。おい、まさか、冗談だよな?

「……お、おい。何しようっていうんだ?」

 身動きが取れない。ダメだもう逃げられない。

「不死の人間の心臓を食らえば力が手に入ると思わないか?」

 イカれた丸刈り男がギザギザとした錆びだらけのナイフを近づけてくる。
 誰かの手がジャンプスーツのジッパーを引っ張っていく。
 氷のような冷たい何かが胸のあたりに触れてああちくしょう本気かよクソ。

「……なあ、最後に一つ質問していいか」
「なんだ?」
「その爆発物だらけの悪趣味なファッションはなんだ?」
「これは神に愛されている証拠だ。十年間もこの格好だが今まで一度も爆発したことはない――この日のために生かされていたからだ!」

 一気に皮膚から痛みがやってきた。
 錆びた刃がざくざくと俺の皮を肉を、一気に上から下に――

「おっ……があああああああああああああああぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 裂かれた。
 内臓が、空気にさらされて、血があふれていたい痛い痛い痛い痛い。
 あのクソ男は笑ってる血まみれになりながらなんて顔してやがるくそくそくそ!

「さあ! お前の心臓ちからをよこせ!」

 手が近づく、突っ込まれた、なんてとこにクソが中に入ってくるな。
 俺はあらん限りの声で叫んで抵抗しながら痛みから逃げようとした。

「おっ……俺もっ! 俺も力が欲しい!」
「俺にも聖なる力をくれ!」
「がっ我慢できねえ! 肉をくれぇぇぇッ!」

 むき出しの腕に、首に、顔に、小汚い男たちが群がってくる。
 噛みつかれた、生臭い歯で挟まれた身体中がぐじぐじ引きちぎられる。
 いやだ、やめろ、生きたまま食われるなんて嫌だ――!

『…………――――!!」

 このまま、死ねるもんか。
 生きたまま食われる激痛の中、最悪の行為に夢中なクソ野郎の胸元を見た。
 心臓を守るように帯で固定されている。安全ピンはそのままだ。
 意識がどこかに引っ張られる。男たちの下品な笑いが聞こえる。

「ああ、感じるぞ……すさまじい。生命力を感じる脈動だ」
「くっくくくクソ野郎ぉぉぉぉぉ……ッ! お、お、ご……あぁぁぁ……!」

 最後の力を絞り出して相手に噛みついた。
 噛みついてきたクソ野郎どもに全身の肉がぶつりと食い取られる。
 だが捕らえた、胸元の手榴弾、FRAGと書かれた卵型の安全ピンだ。

「この心臓は頂くぞ。哀れな子羊め――」

 俺は血反吐と涙でめちゃくちゃになりながらも引き抜いた。
 自分の心臓が掴まれて、引っ張られるのと同じタイミングだった。

「――今日が命日だ、クソ野郎……!」

 かちっと音がした。手榴弾の安全装置が外れて、じじっと点火が始まる。

「――なんだお前、やるじゃないの」

 とれたての心臓を手にしたそいつと目が合う。なぜか感心した顔だった。
 次の瞬間には馬鹿みたいな数の手榴弾があたりを吹き飛ばしていた。

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