かわいいあやかしと残念強いお兄さん

ウィル・テネブリス

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こんにちは、赤いお狐様

狐様と一緒に歩く道のり

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 あれからシズクと二人で一緒に歩いた、というより連れ回された。
 この『あやかしの街』ともいうべき隠れ里はそういう連中のための観光地でもあるみたいだ。
 たくさんのバケモンがきて、それだけの宿泊施設がある。
 ゆえに娯楽もあれば商売も盛んだ。ここがどういう経済状況なのかは24歳ニートには知ったこっちゃないが、日本円換算感覚でぼったくりなんてない。
 ここは生き生きとしてる街なのだ。人間どもの現代社会のあさましさについて一家言生まれそうなほど豊かだった。

「……ここって暖かいんだな」

 右も左も家々に挟まれた路地を進みつつぼんやり思う。
 人通りも少なくなってきたあたりだ。時折の誰かの姿には、狐や猫の耳が妖怪の証とばかりに浮かんでいた。
 そんな彼らは寒々とした秋風だというのに身なりが軽い。ジーンズにTシャツで気軽なやつもいるし、シズクのごとく着物や浴衣姿だったりする。
 かくいう俺も『山舐めてた系』の格好だが、ここの空気は快適な肌触りなのだ。

「そうだよ~? 夏は涼しいし、冬はあったかくて過ごしやすいところなんだ」

 思わず口に出た疑問に、隣を歩くシズクが食いついてくる。
 目が合うともぐもぐと美味しそうにチョコバナナをいただいていた。良く食うなこいつ。
 記憶が正しければここに来るまでの二十分ほどの間、チュロスにみたらし団子にりんご飴を頬張ってた気がする。筋トレ的に見るとカロリーアウトだ。

「へー。快適に過ごせるように工夫してるみたいだな」
「工夫っていうか、ちょっと不思議な力を使ってるって聞いたよ?」
「ふわふわじゃねーか。あとシズク、ちょっと言わせてくれ」
「なあに?」
「食いすぎだ、太るぞ」

 だいぶふわふわな理由の上での快適さはともかく、小さな通りを過ぎるまでの間指摘しておいた。
 すると「んぐっ」と苦しそうに食が停まる。次第にじとっとした顔になって。

「…………みさごくん? こういうときにそういうのは、ちょっとデリカシーないと思うよ……?」
「シナモンチュロス二本で大体300カロリーほど、みたらし団子二串で同じく300、りんご飴一本でやっぱり300ぐらい、チョコバナナは200だな。ああそうだケチャップ多めのでっかいフランクフルトも含めるとあわせて130……」
「なんでカロリー分かるのさ、キミ!? っていうか言葉にしないでよ!? 台無しだよいろいろと!?」
「つまり人間一人分の必要カロリーの半分をたった一度の食事で摂取してるからアウトだ、糖質と脂肪分からして……」

 無職の身だが、俺にはどうしても妥協できない点がある。
 健康だ。筋トレは欠かせないし食事にも気を使ってる、どうしても我慢できなければ運動で減らす。
 だからこそなんだ……! シズクは食いすぎだ、そんな食いっぷりを毎日してたら着物越しのデカケツがエグくなるぞ!?

「……よ、妖怪だから大丈夫だもん……」

 割と本気で心配したものの、むすっとぷいっと顔をそらされてしまう。
 しかし後ろめたいのかチョコバナナが停滞してる。耳もしょんぼりだ。
 だけどそれが理由になってたまるか。俺は不明瞭なのが恐ろしいんだ、ちゃんと運動してくれシズク!

「あとで余分に運動した方がいいぞマジで、一度の食事で糖分と脂肪分を急激に摂取すると大変なんだぞ? ちなみに俺はさっきからずっと計算しながら食ってるからカロリーは700以下に抑えて」
「……みさごくん、ちょっと口開けてくれるかな?」
「んあ」

 どうにか健康リスクを訴えようとしたが、じと顔のシズクに静かに言われた。
 その通りにしてやった途端、ずぼっと口の中に何かが突っ込まれる。
 甘ったるい二つの香りとその通りの味だ。食べかけのチョコバナナの風味がいっぱいに広がったし、反射的に噛んでしまう。

「せっかく二人で楽しんでるのにさ、そんな無粋なこといっちゃだめだからね? 分かったかな?」

 そしてにっこりと注意された。多分だけどうっすらキレかけてる。
 耳もちょっと後ろにピンとしてるので全力で頷く。「よろしい」と変わらぬ笑顔のまま許してくれた。

「……それにボク、いくら食べても太らないんだ。だから心配はいらないよ? ほんとだからね?」

 それからシズクはすらっとした身体でまた歩き始める。チョコバナナの処遇は俺の口に一任されたようだ。
 確かに細いところは細い美男子だけども、俺にはどうしても着物の上に浮かぶデカケツが目に入るわけで。

「でもさ、お前ってケツがでか」
「……ふふっ、みさごくん?」
「――すいませんでした、気を付けます」

 ごごご、とヤバい雰囲気で笑んだのでこれ以上はやめることにした。
 でもやっぱり気になるんだ、こいつの下半身。いや性的な意味じゃなく健康的な意味で……。

「……くすっ♡」

 この街の色をぎゅっと押し込めたような小さな通りをまた歩けば、しばらくしてシズクが小さく笑う。
 妙に色っぽさも感じる調子だった。どうしたんだとほんのり隣に首を傾げた。

「……どした?」
「ううん、キミってやっぱり面白いなって思っちゃった」
「俺がか?」
「だってさ、初対面の相手にいきなりカロリーとか健康とか気にかけちゃうかなあ?」
「いや……だって心配にならないか?」
「それ、本気で言ってる?」
「でなきゃカロリー計算なんてしないだろ?」
「……ふふふっ♡ じゃあなに? ボクのこと心配してくれたのー?」
「まあそうなる。人間と妖怪の体質の違いなんて分からないけど」

 一体どうしてか、シズクは本当に楽しそうだ。
 俺をやや追い越す身長の上ではほっこりとした笑顔があった。
 やがてチョコバナナを食いきらないうちにぎゅっと手を繋がれて。

「……そういう風に本心で接してくれると、やっぱり嬉しいなあ」

 そうぽつりと、どこかに向けて口にした。
 感情のこもり方が良く分かった。なんだか寂しそうで、掴みようのない何かがある。
 その事情について踏み込むべきだろうか? きゅっと手を握り返してやった。

「今まで何かあったみたいな言い方だな、それ」
「あっ……ご、ごめんね? 変なこと言っちゃったけど気にしないで?」

 やっぱり何かあるみたいだ。複雑そうな顔をされた。
 だがもう手は握ってるんだ。こいつに逃げ場なんてない。

「本心には本心だ、言ってみろよ」
「えっと、変な話だよ……? 不愉快にさせちゃうかもしれないし」
「そういう気分じゃなかったらいいぞ。まあでも、俺だって変な話はいっぱいあるからな」
「……いいの?」
「どうせ現世に帰るんだ、話せばちょっと良くなるかもしれないぞ」

 俺は何をしてるんだろうな。初対面で、しかも人間じゃないやつから「何があった」って聞こうとしてる。
 遭難状態からこんな場所までこぎつけたお礼、とでもいえばいいのか?
 いや違う。決して変な意味じゃないけど、この赤月シズクってやつにすっかり興味があるからだ。
 あわよくば何か力になれないだろうか。その程度の話さ。

「……あのね? 人間くんにはちょっと理解できない文化かもしれないけど」
「ああ」
「妖怪ってね、種族が違ったり、同性だったり、そういう隔てもなく誰かを好きになる生き物なんだ」
「人間より自由にやってるみたいだな」
「そうなの?」
「まあな。それで?」
「……うん。そんな感じだからなのかな? けっこう、いろいろな人に言い寄られるんだ。男の人とか女の人とか、そう言うのは関係なくだよ?」

 ……ところが聞き出せたお話は割かしぶっ飛んでた。
 人間様より恋愛事情はさぞ自由にやってるみたいだが、だからこそあんな初めての出会いが生まれてしまったわけか。

「あの連中が山でヒャッハー!してたのもそれが原因か」
「ヒャッハー……?」
「いや気にするな。じゃあなんだ、お前っていろいろな人にモテてるのか?」
「……こうして本心でいっぱい話せる人にようやく巡り合えたんだよ?」
「なるほどな、いいご縁があんまりなかったみたいだ」

 どうも大変な人生だったらしい。
 シズクはまだ手を放してくれない。目的地のどこかにつくまではずっとこうだろうな。

「ほら、ボクってさ……こんな見た目だし、背も高いし、他の妖狐と違ってすごく目立つんだ。だからいつも人気を避けてこっそりしてるんだけど」
「いつもは違うのか?」
「うん、あんなに堂々と歩くのは久しぶりだよ。だって君がいるからね?」
「そうだったのか。俺のおかげでいい感じに変な奴除けになったわけか」
「……きっと彼氏くんと思われてるかもしれないね、だからなのかな?」
「24歳無職のか」
「……ちゃんと就職しないとだめだよ?」

 ……なんだか同性カップルみたいになってないか。
 まあいいか、どうせもうすぐ帰れるし。
 というか、横目で見る姿がやばい。男なのにやっぱり色っぽい。
 近くで見ると唇はきれいな桜色だし、顔はやっぱり女性的な柔らかさがあるし、でも肩幅やらは男で背筋もびしっとしてる。

「……って、ごめんね? お、男が彼氏とかなんか嫌だよね人間くんからすれば……!」

 耳に痛い言葉を聞きつつもまだ歩けば、今度はいきなりあたふたしてきた。
 ところが今の俺は――なぜだか割とまんざらじゃなかったり。
 なんといえばいいんだろう。シズクと話してると、カッコいいお兄さんというよりきれいなお姉さんと話してるような、そんな雰囲気になる。
 何かが狂わされてる。分かっちゃいるものの、ずぶずぶ引き込まれるような……。

「こういう時はとりあえずは「郷に従え」っていえばいいのか?」

 しっかりしろ俺、映画で培った調子でジョークをお見舞いした。
 しかしすぐに自分の冷静さを疑った。それ口にしたら「OK」みたいじゃねーかボケ。

「えっ……あっ、あの、それは――」
「冗談だ」

 勘違いされないように取り繕ったがシズクはちょっと赤い。何やってんだ俺ェ!
 まずい、変な意識が生まれてきた。そもそも俺はどちゃくそエロい漫画家の親のアシスタントしてんだぞ、同性愛とか無縁だったはずだ。

「……そ、そっかー……? じゃ、じゃあ僕も冗談言っちゃおっかなー……?」
「ん」
「君とならなんだかうまくやっていけそうだなー……なんちゃって?」
「……」

 横を見ると、美人のお姉さんさながらのほのかな笑顔で一生懸命冗談を返そうとしてた。
 やっぱりおかしい、魔性のお兄さんだこの人は。
 母さん、どうか合流(しなくてもいいけど)するまでの間、俺の性癖が原型を保ってることを願ってくれ。

「――あっ! ほらっ! みさごくん! あそこ!」

 どう返せばいいのやらと思ってると、シズクは狐耳と尻尾ごとあせあせしながら急にどこかをさす。
 羞恥心混じりの表情と指は向こう側、通りを抜けた先にある大きな建物を突く。
 和風の街並みに混じるようにどんと構えられた大きな屋敷だ。西洋風の見てくれが、あからさまに他とは違う何かをいやに醸し出してる。

「あそこにいけば長老様に会えるよ! いこっ!?」
「あーおい引っ張るな落ち着けやめろ力強いなお前!?」

 頬を髪色みたく赤らめたシズクは、何か隠すようにぐいぐい引っ張ってきた。
 あそこが今の俺のゴールなんだろうか?
 温泉街の面構えを損なうようなレンガの建物は――周りを覆う生け垣のせいで、誰も立ち寄ってはならない魔女の館さながらの景観にさえ見えるのだが。


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