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本編
見落としてしまったもの。
しおりを挟む今夜こそは眠らずに待っていよう。
そう固く決心していたのに。
『姉上、今日もお疲れ様です。よく眠れるように、蜂蜜入りの温かいミルクを持ってきたのですが……』
『まぁ!アルが持ってきてくれたの?』
『はい!あの、良かったら一緒に……』
顔を真っ赤に染めて、照れながらホットミルクを持ってきてくれた可愛い弟のアルベールを無下に扱う事など出来る筈もなかった。
何より、アルベールの優しい気遣いが嬉しくて、マリアンヌは笑顔で室内へと迎い入れ、共に蜂蜜入りのホットミルクを味わった。
そうして、アルベールが部屋から笑顔で去っていく頃には、マリアンヌも睡魔に勝てず、そのまま椅子に座ったまま眠ってしまっていた。
……………………
…………
暫くして、仕事を終わらせて戻ってきたフェリクスが部屋の扉を開けると、すぐに椅子で眠ってしまっているマリアンヌに気付き、慌てて傍へと急いで歩み寄る。
「どうしてこんな所で……。一先ず、ベッドに運ぼう」
起こさないよう、慎重にゆっくりとマリアンヌを抱き上げて、お姫様抱っこの状態でベッドへと向かう。
すると、眠っているマリアンヌが小さくフェリクスの名を呼んだ。
「フェリクス、さま……」
「……マリアンヌ?」
フェリクスは自分の腕の中にいるマリアンヌに視線を落としてみるが、やはりまだ眠っている。という事は、寝言で名前を呼んでくれたと言うことだ。
眠っていても、マリアンヌは自分の事を考えてくれている。
その事実がフェリクスの胸の内をどうしようもなく熱くさせた。
優しくマリアンヌをベッドに降ろすと、ちゅっと額にキスを落とす。
ほんの数週間。
そう、たった数週間だ。
一緒になれる前の事を思えば、別にどうと言うこともない。
(……今は、いつでも手の届く距離に居るのだから)
やっと互いの想いが通じ合い、正式に夫婦となった二人の現状は新婚ほやほやな訳で。
だからこそ、今はちょっとした事でも過敏になり、通じ合った幸せを知ってしまったからこそ、より一層寂しく感じてしまったのかもしれない。
まぁ、数週間という期間はそこまで長くもないが、決して短くもない。
寂しさを感じてしまったのも、ある意味仕方がないとも言えるのだが。
フェリクスはシャワーを浴びた後に夜着に着替えて、ベッドでマリアンヌを抱き締めながら眠りについた。
(……この温もりを感じられるなら、今はそれだけで……)
しかし、この時のフェリクスはひとつ見落としていた。寂しさを感じているのは、自分だけだと思ってしまっていたのだ。
翌朝。
マリアンヌが目を覚ました時、隣にフェリクスの姿は無かった。仕事の為、既に執務室へと向かってしまったからだ。
「……フェリクス様……」
……………………
…………
そうして、あっという間に時が流れて月が変わり、舞踏会の日がやって来た。
舞踏会に参加する事自体が王族としての公務。
午後から始まる舞踏会に備えて、午前中のマリアンヌは沢山の専属侍女達に囲まれて全身を隅々まで美しく磨かれていた。王太子妃であるマリアンヌに相応しい装いをするべく、ドレスも宝石も全てフェリクスがマリアンヌの為に選んだ一級品。
元々侯爵令嬢であったマリアンヌは、特に緊張した様子もなく、それらを身に付けても物怖じしたりしない。化粧を施され、数時間に渡る身支度を終えた後も、マリアンヌは背筋をピシッと伸ばし、疲れなど微塵も感じさせない柔らかな笑みを侍女達に向けて礼を言った。
「ありがとう。ミシェル達のお陰でとっても綺麗になれたわ」
「そんな!マリアンヌ様!」
「勿体無いお言葉です!」
「マリアンヌ様は元々お綺麗ですから、私共はほんの少しお手伝いさせていただいただけなのです!」
ミシェルを筆頭に、ここにいる侍女達は自ら王太子妃の侍女になりたいと望んだ者達だ。一部例外もいるが、その殆どはマリアンヌを慕っており、誠心誠意尽くしてくれる者ばかりが集まっていた。
コンコンと扉をノックする音。
「マリアンヌ様。フェリクス様がお待ちです」
「今行くわ」
マリアンヌはゆっくりと椅子から立ち上がり、真っ白なドレスがふわりと揺れた。
* * *
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