45 / 59
本編
僅かなすれ違い
しおりを挟む「姉上、お上手です!」
「ありがとう。アルが教えてくれたお陰よ。もう少し大きな花冠も作りたいわ」
「いいですね!」
アルベールが王太子宮へやって来てから早数週間。
すっかり仲良くなった姉弟であるマリアンヌとアルベールは、王太子宮の庭園で花を摘みながら花冠を作っていた。
平和そのものな光景を、少し離れた位置にあるガゼボの中から見守るフェリクスは、人知れず小さな溜め息をついていた。
マリアンヌがあんなに嬉しそうに笑っているのは、弟のアルベールのお陰だ。彼が、実はずっとマリアンヌを姉として慕っていた事や、その身を案じていた事を知り、やはり二人を会わせて良かったとフェリクスは思った。
これでマリアンヌも、家族からの愛情というものを知る事が出来たのだから。
故に、今の現状にも満足している。
王太子妃としての執務を終えた後、仲睦まじく庭園で花冠を作る姉弟。その微笑ましく幸せな光景に、不満などある筈がないのだ。
しかし。
(マリアンヌに笑顔が増えた事は本当に嬉しい。彼には感謝しかない。だが……)
最近のマリアンヌは、アルベールばかりを構っていた。
フェリクスは王太子であるが故に、当然忙しい毎日を送っている訳で、実はそれほど長い時間マリアンヌと共にいられる訳ではない。
しかも、来月には交流のある他国の王族達を招いた舞踏会が控えており、最近は特に多忙を極めていた。
だからこそ、フェリクスはマリアンヌと過ごせる一時を何よりも大切にしていたのだが。
マリアンヌとアルベールが仲良くなった日から、マリアンヌは空いた時間の殆どをアルベールと過ごしていた。
アルベールが王太子宮に滞在する期間はそれなりに長く取っているが、いずれはヴィラント侯爵領へ戻らなければならないので、今の状態がずっと続く訳ではない。
アルベールは本当に良い子だし、今は我慢すべき時だと、頭では理解出来ている。
けれど。
(……まさか夜の時間まで奪われてしまうとは……)
これまでの時間を取り戻すかのように、マリアンヌとアルベールは朝食、昼食、夕食を共に食べ、その後も執務を終えた後、それなりの時間までサロンでお茶をしながら過ごすようになってしまったのだ。
そうして、疲れたマリアンヌはフェリクスが部屋へ戻る頃にはぐっすりと眠ってしまっている。
あれだけ毎晩のように愛し合っていたというのに、フェリクスの禁欲生活は既に“アルベールが来た日からイコール”。つまりは数週間に及んでいた。見上げた忍耐力である。
(寝ているマリアンヌを無理に起こしては可哀相だしな……)
禁欲どころか、マリアンヌとゆっくり話す時間さえ難しく、やっと執務室から少し抜け出せたと思ったら、マリアンヌは自分と話すどころか、ずっとアルベールにかかりっきり。
溜め息のひとつくらい許して欲しい。
本当はもっともっとマリアンヌと共に過ごしたい。それこそ朝から夜眠りにつくまで片時も離れたくない。
アルベールがヴィラント侯爵領へ戻った後に長期の休暇でも取れないかと、フェリクスが思案していると、不意に目の前が暗くなった。
頭にふわりと何かを置かれ、目の前には可愛らしい笑みを浮かべたマリアンヌ。
「フェリクス様、少し不格好になってしまいましたが、私が作った花冠です。ほら、三人でお揃いなんですよ」
「……っ」
完全に気を抜いてしまっていたせいか、相手がマリアンヌだからか、これほどまでに近付かれても全く気付かなかった。
フェリクスの目元が朱に染まる。
「何か、考え事ですか?」
マリアンヌが、フェリクスの眉間を指でつんとつついた。
その瞬間に募り過ぎた想いが溢れそうになり、思わずマリアンヌの手を掴んでしまう。
「フェリクス様……?」
「マリアンヌ」
掠めるように触れた唇。
マリアンヌは驚いて、一気に顔色を真っ赤にさせた。次いでハッと気付き、振り返ってアルベールの方を見てみると、アルベールは此方に背を向けながら花束を作っていた。
見られていなかった事にホッと安堵しつつ、フェリクスへ向き直ると、大きな手が、マリアンヌの頬を優しく撫でる。
「そろそろ仕事に戻るよ。花冠、ありがとう。とても上手に出来ている」
フェリクスのいつも通りの笑顔。
その笑顔を見て、何故だかマリアンヌの胸が僅かにざわめいた。
「はい。……お勤め、頑張って下さい」
「ああ。今夜も遅くなるから、私を待たずに先に休んでおくれ」
「……はい」
そう言って、フェリクスはガゼボ内にある椅子から立ち上がり、花冠を頭から外して手に抱え、控えていた護衛騎士達と共にその場を後にした。
そんなフェリクスの後ろ姿を見送っていると、マリアンヌは無性に寂しく感じてしまった。
(……フェリクス様は可能な限り一緒にいて下さるのに、こんな気持ちを抱くだなんて随分と欲深になってしまったものね)
今夜はフェリクス様が帰ってくるまで、絶対に起きていよう。
そう決心しながら、マリアンヌは笑顔で自分を呼ぶアルベールの元へ戻っていった。
* * *
10
お気に入りに追加
3,962
あなたにおすすめの小説
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして
みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。
きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。
私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。
だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。
なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて?
全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです!
※「小説家になろう」様にも掲載しています。
【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと
暁
恋愛
陽も沈み始めた森の中。
獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。
それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。
何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。
※
・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。
・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。
王太子殿下の執着が怖いので、とりあえず寝ます。【完結】
霙アルカ。
恋愛
王太子殿下がところ構わず愛を囁いてくるので困ってます。
辞めてと言っても辞めてくれないので、とりあえず寝ます。
王太子アスランは愛しいルディリアナに執着し、彼女を部屋に閉じ込めるが、アスランには他の女がいて、ルディリアナの心は壊れていく。
8月4日
完結しました。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
【完結】堕ちた令嬢
マー子
恋愛
・R18・無理矢理?・監禁×孕ませ
・ハピエン
※レイプや陵辱などの表現があります!苦手な方は御遠慮下さい。
〜ストーリー〜
裕福ではないが、父と母と私の三人平凡で幸せな日々を過ごしていた。
素敵な婚約者もいて、学園を卒業したらすぐに結婚するはずだった。
それなのに、どうしてこんな事になってしまったんだろう⋯?
◇人物の表現が『彼』『彼女』『ヤツ』などで、殆ど名前が出てきません。なるべく表現する人は統一してますが、途中分からなくても多分コイツだろう?と温かい目で見守って下さい。
◇後半やっと彼の目的が分かります。
◇切ないけれど、ハッピーエンドを目指しました。
◇全8話+その後で完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる