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本編

僅かなすれ違い

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「姉上、お上手です!」
「ありがとう。アルが教えてくれたお陰よ。もう少し大きな花冠も作りたいわ」
「いいですね!」

アルベールが王太子宮へやって来てから早数週間。
すっかり仲良くなった姉弟であるマリアンヌとアルベールは、王太子宮の庭園で花を摘みながら花冠を作っていた。
平和そのものな光景を、少し離れた位置にあるガゼボの中から見守るフェリクスは、人知れず小さな溜め息をついていた。

マリアンヌがあんなに嬉しそうに笑っているのは、弟のアルベールのお陰だ。彼が、実はずっとマリアンヌを姉として慕っていた事や、その身を案じていた事を知り、やはり二人を会わせて良かったとフェリクスは思った。
これでマリアンヌも、家族からの愛情というものを知る事が出来たのだから。
故に、今の現状にも満足している。
王太子妃としての執務を終えた後、仲睦まじく庭園で花冠を作る姉弟。その微笑ましく幸せな光景に、不満などある筈がないのだ。

しかし。

(マリアンヌに笑顔が増えた事は本当に嬉しい。彼には感謝しかない。だが……)

最近のマリアンヌは、アルベールばかりを構っていた。
フェリクスは王太子であるが故に、当然忙しい毎日を送っている訳で、実はそれほど長い時間マリアンヌと共にいられる訳ではない。
しかも、来月には交流のある他国の王族達を招いた舞踏会が控えており、最近は特に多忙を極めていた。
だからこそ、フェリクスはマリアンヌと過ごせる一時を何よりも大切にしていたのだが。

マリアンヌとアルベールが仲良くなった日から、マリアンヌは空いた時間の殆どをアルベールと過ごしていた。
アルベールが王太子宮に滞在する期間はそれなりに長く取っているが、いずれはヴィラント侯爵領へ戻らなければならないので、今の状態がずっと続く訳ではない。
アルベールは本当に良い子だし、今は我慢すべき時だと、頭では理解出来ている。
けれど。

(……まさか夜の時間まで奪われてしまうとは……)

これまでの時間を取り戻すかのように、マリアンヌとアルベールは朝食、昼食、夕食を共に食べ、その後も執務を終えた後、それなりの時間までサロンでお茶をしながら過ごすようになってしまったのだ。
そうして、疲れたマリアンヌはフェリクスが部屋へ戻る頃にはぐっすりと眠ってしまっている。
あれだけ毎晩のように愛し合っていたというのに、フェリクスの禁欲生活は既に“アルベールが来た日からイコール”。つまりは数週間に及んでいた。見上げた忍耐力である。

(寝ているマリアンヌを無理に起こしては可哀相だしな……)

禁欲どころか、マリアンヌとゆっくり話す時間さえ難しく、やっと執務室から少し抜け出せたと思ったら、マリアンヌは自分と話すどころか、ずっとアルベールにかかりっきり。

溜め息のひとつくらい許して欲しい。
本当はもっともっとマリアンヌと共に過ごしたい。それこそ朝から夜眠りにつくまで片時も離れたくない。

アルベールがヴィラント侯爵領へ戻った後に長期の休暇でも取れないかと、フェリクスが思案していると、不意に目の前が暗くなった。

頭にふわりと何かを置かれ、目の前には可愛らしい笑みを浮かべたマリアンヌ。

「フェリクス様、少し不格好になってしまいましたが、私が作った花冠です。ほら、三人でお揃いなんですよ」
「……っ」

完全に気を抜いてしまっていたせいか、相手がマリアンヌだからか、これほどまでに近付かれても全く気付かなかった。

フェリクスの目元が朱に染まる。

「何か、考え事ですか?」

マリアンヌが、フェリクスの眉間を指でつんとつついた。
その瞬間に募り過ぎた想いが溢れそうになり、思わずマリアンヌの手を掴んでしまう。

「フェリクス様……?」
「マリアンヌ」

掠めるように触れた唇。

マリアンヌは驚いて、一気に顔色を真っ赤にさせた。次いでハッと気付き、振り返ってアルベールの方を見てみると、アルベールは此方に背を向けながら花束を作っていた。
見られていなかった事にホッと安堵しつつ、フェリクスへ向き直ると、大きな手が、マリアンヌの頬を優しく撫でる。

「そろそろ仕事に戻るよ。花冠、ありがとう。とても上手に出来ている」

フェリクスのいつも通りの笑顔。
その笑顔を見て、何故だかマリアンヌの胸が僅かにざわめいた。

「はい。……お勤め、頑張って下さい」
「ああ。今夜も遅くなるから、私を待たずに先に休んでおくれ」
「……はい」

そう言って、フェリクスはガゼボ内にある椅子から立ち上がり、花冠を頭から外して手に抱え、控えていた護衛騎士達と共にその場を後にした。
そんなフェリクスの後ろ姿を見送っていると、マリアンヌは無性に寂しく感じてしまった。

(……フェリクス様は可能な限り一緒にいて下さるのに、こんな気持ちを抱くだなんて随分と欲深になってしまったものね)

今夜はフェリクス様が帰ってくるまで、絶対に起きていよう。
そう決心しながら、マリアンヌは笑顔で自分を呼ぶアルベールの元へ戻っていった。


* * *
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