【R18】傷付いた侯爵令嬢は王太子に溺愛される

はる乃

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本編

姉と弟②

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――――バシンッ!!


頬に走る鋭い痛み。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。

『アルベールとは会わないでと、何度言ったら分かるの?あの子を懐柔して、何を企んでいるの?』

懐柔?
企む?

お母様の言葉が、何ひとつ理解出来なかった。
そんな事をして何になるの?
それに、私とアルベールはただ話をしていただけなのに。

上手く思考が働かず、『私は何も……』と口にしたら、今度は反対側の頬に痛みが走った。

思わず身体がよろめいて床に倒れ込むと、髪の毛をぐっと引っ張られて、無理矢理顔を上げられた。

『痛っ……』
『いいこと?もし、またアルベールと会って、あの子に何かしようものなら、ただじゃおかないから』
『お母、さま……私は……』
『王太子の婚約者になんかなってなければ追い出してやったのに。あんなに苦労して産んでやったのに。貴女なんて……』


もう、あの人達には期待しない。
そう決めたのは私。

だけど。



『貴女なんて、産まなければ良かった』



叩かれた頬や、引っ張られた髪の毛よりも

その言葉が私の心を抉った。



あまりに痛くて、口の中に酸っぱいものが込み上げてくる。

お母様の手が髪から離れて、私はそのまま床へ崩れ落ちた。
そうして、気持ち悪さを堪えきれなくなった私が涙を滲ませながら吐瀉物を吐き出す様を、お母様はさもみっともないと言わんばかりの、侮蔑を含んだ眼差しで見下ろしていた。


どうして私の胸はこんなに痛むのかしら。
自分から見切りをつけた筈なのに。

頭では理解していても、感情がついていかない。
割り切れない。

私だって。
私だって、自分を愛してくれる温かな人達の元に生まれたかった。

私だって。





――――アルベールになりたかった。





……………………
…………


あの日から、アルベールは私に会いに来なくなった。
お母様に何か言われたのかもしれないし、使用人の誰かが私とはもう会わないようにと話したのかもしれない。
それか、単純に私への興味が冷めたのか。

幸いにも、アルベールの無事は分かっている。直接面と向かって会う事は出来ないけれど、アルベールが剣術のお稽古をしている姿を何度か遠目に見かけたから。
お母様も、私がアルベールと会わなければ何も言いに来ないし、何もしてくる事はない。
私はまた独りに戻ったのだ。

どうして私だけが、と。
そう思う事はあるけれど。

(叩かれたのが、幼いアルベールじゃなくて良かった。アルベールは何も悪くないのだから。)

……一番恐ろしいのは、自分自身。

誰がおかしいのか、何が間違っているのか。
何が正しくて、何が悪いのか。
私には分からないけれど。

間違っても、幼いあの子を憎まないように。
今はただただ静かに、息を殺してひっそりと生きよう。
幸いにして、衣食住には恵まれているのだから。

この家の中では、別に独りで構わない。
この家を出る、その日まで。



* * *



「ごめ……なさい、あねうえ。……ひっく……ごめんなさい……っ」

目の前にいるアルベールが、大きな瞳から涙を溢れさせて泣きじゃくっている。
聞き取り難かったけれど、私が泣いている理由を訊ねれば、声を震わせながらあの日の事を話してくれた。

助けたかったのに、助けられなかったのだと。

私はこの日初めて、アルベールがこれ程までに私や両親の事で思い悩んでいたのだと知った。

(まさか、お母様に叩かれた所を見られていたなんて……)

この小さな身体に、どれ程の辛い思いを背負ってきたのだろうか。
私が学院へ入学する前だから、その頃のアルベールはまだ8つにも満たない幼い子供だったのに。


私が泣きじゃくるアルベールを抱き締めると、アルベールも私を抱き締め返してくれて、ひしっとしがみついてきた。

あの家で、ずっとずっと自分は独りなのだと、思っていたのに。


(……“独り”ではなかったのね)


傍に居る事は出来なかったけれど、ずっとアルベールが私を思ってくれていた。
その事実が、あの頃の私を救い出してくれる。

傷は簡単には消せないし、消えないけれど。


「ありがとう、アルベール」
「……っく……僕、僕は……」
「大丈夫。ちゃんと聞いているから、ゆっくり話して」
「……っ」


貴方が私の弟で良かった。


「僕は、姉上が居てくれて嬉しい。……ごめんなさい。姉上が、僕の姉上でいてくれて…………僕ばっかり、嬉しい」


あの日の私が、泣いてる。
今の私はもう、“独り”じゃない。

こんな風に私を想って泣いてくれる優しい弟に恵まれて
私は幸せ者だと、心底そう思った。



* * *
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