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本編
近衛騎士ルードと従者ユーリ
しおりを挟むあまりに近すぎる距離。
自分自身が何をされそうになっているのか、マリアンヌにはまるで理解出来ていなかった。
「!」
だが、完全にシュナイゼルの影がマリアンヌに覆い被さりかけた次の瞬間。シュナイゼルは何かに気付き、突然身体をピタリと停止させた後、瞬時にマリアンヌから離れ、後方へと飛び退いた。
そして、マリアンヌの隣にはいつの間にか、フェリクス様直属の近衛騎士で、マリアンヌの護衛を任されていた二人の内の一人、ルードが居た。ルードは険しい顔をしつつマリアンヌの腰を抱いて引き寄せ、右手は剣の柄を握り締めている。
帝国の皇帝に、刃を向けている。
その事実に気が付いて、マリアンヌは顔色をサァッと青褪めさせた。
何故、ルードは剣を抜いたのか。
マリアンヌが、下手をしたら国家間の問題になってしまうと考えていると――――
「へぇ?マルティス王国の犬が、よくユーリを追ってこれたな。そのよく利く鼻を褒めてやりたいところだが、このタイミングで現れるだなんて、些か無粋ではないか?」
シュナイゼルが少しの苛立ちを滲ませながら、冷めた紅い瞳でルードを見据える。
「……この方は我が主の大事な女性。この方に手を出す事は看過できない」
「俺は手じゃなくて口を出そうとしていただけだ」
「同じことだ。看過できない」
すると、それまで二人の会話を数歩離れた位置から聞いていたシュナイゼルの従者であるユーリが、やれやれといった感じで小さく溜め息を吐いた。
「……シュナイゼル様。流石にそれは屁理屈かと」
「おい、ユーリ。お前、どっちの味方だ」
「勿論、私は未来永劫シュナイゼル様の味方です」
キッパリそう言い切ると、ユーリはこちらへとやって来て、シュナイゼルを背に庇うように前へ立ち、ルードと対峙した。
「シュナイゼル様がその姫君をご所望なのです。申し訳ありませんが、この場は引き下がっていただきたい。そうすれば、命だけは助けてあげても良いですよ?」
ユーリの提案に、ルードは眉間のシワを深くしながら口角を上げた。
「ほざけ。我が身可愛さにこの方を見捨てたとあれば、俺が主に殺されちまう」
「それは困りましたね。いっそ寝返って私の部下にでもなりますか?ここまで私を追ってこれた貴方ならば、それなりに使えそうですし」
「断る。しかも、待遇が今よりも悪い」
「ふふ。従者の部下では不満ですか?」
「まぁ、そもそも俺は主を変えるつもりはない」
「成程。貴方とは気が合いそうですね。私も主を変えるつもりは一切ない。せめて、あまり苦しまないように殺して差し上げます」
ユーリの黒い瞳が、まるで三日月のように細められた。
ルードとマリアンヌは、ユーリから発せられた殺気にゾクリと肌を粟立たせながら、ジリッと後退する。
「……マリアンヌ様。俺から離れて下さい」
ルードが小声でそう指示すると、マリアンヌは困惑したまま僅かに悩んだが、すぐにコクリと頷いて、ルードの後ろに回り、更に距離を取った。戦いの場面において、自分に出来る事は何もない。傍に居ては足手まといになってしまうと判断したからだ。
「良い子だ。……普通の貴族令嬢であれば、パニックになっていただろう」
内心困惑したままであっても、マリアンヌの判断は冷静で正しいものだ。乱心して騒ぎ出す事もなければ、逃げ出す事もなく、やっと窮地に現れた騎士へ命令する事も、縋る事もない。
(聡明で美しいマリアンヌ様。何としても、彼女を守りきらなければ。……もうじき、アレックスに頼んでおいた応援が来る。それまでは、何とか持ち堪えないと)
魔法師と戦った経験は少ない。
しかし、幸か不幸かゼロではない。
ルードは剣を構え、地面を蹴り、ユーリに向かって走り出した。
笑みを浮かべたままのユーリは、口元に笑みを浮かべたまま、一歩も動かずにルードを待ち構えている。そうして、ルードが刃を振り下ろそうとした刹那。
ユーリの姿がその場から忽然と消えてしまった。
「?!」
離れた位置で見守っているマリアンヌが驚いて目を見開いていると、ルードもマリアンヌには理解出来ない行動を取った。誰もいない筈の自分の後ろに向かって、身体を反転させて剣を横薙ぎに一閃したのだ。
ギィン!!と、刃と刃のぶつかり合う音が響き渡る。
シュナイゼルが、「へぇ」と感心したように声を漏らした。
マリアンヌには全く分からなかったが、音がしたと同時にルードの背後―――刃を横薙ぎに振るった場所にユーリが居たのだ。
ユーリが、初めて本心を露にしたような歪んだ笑みを浮かべる。
「……よく私の位置が解りましたね?」
「魔法師ってのは背後が好きな生き物だからな」
ルードがニヤリと笑った。
ユーリとは対照的な、少年のような表情で。
そうして二人の激しい剣戟が、森の中に木霊した。
* * *
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