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本編
賊の正体
しおりを挟む『シュゼット。この女さえいれば、俺は全てを手に入れられる』
国境付近の森の中。
小さな荷馬車の荷台で両手首を縛られたまま寝転がらされていたマリアンヌは、外で話す男の言葉に困惑していた。
(シュゼットって……まさか、私をあのシュゼットと間違えて攫ったの?)
耳を疑い身体を強張らせていると、突然視界が明るくなった。男が中の様子を見る為に、荷馬車にかけられていた布を掴んで捲ったからだ。
マリアンヌは寝たフリを続けていたが、男は口角を上げてフッと妖艶な笑みを浮かべながら瞳を細める。
「起きていたようだな。お姫様」
「…………」
「なんだ?まだ寝たフリを続け……………ん?……おい、ユーリ」
男がユーリという名を呼んだ。
すぐに「はい」と答える声を聞いて、その声の主が自分を攫った者と同じ声だと気付き、マリアンヌの肌がゾクリと粟立つ。
「フェリクス王太子が寵愛しているのは、本当にこのお姫様か?」
「はい。護衛に近衛騎士も付けられておりましたし、間違いございません」
「……聞いていた容姿と違うな。シュゼットは確か金髪だろう?だが、この者の髪色は……」
「変装しているのでは?何と言っても、あのフェリクス王太子を狂わせる程の美貌をお持ちなのですから」
「それに、可愛らしい妖精のような美少女と聞いていたが、このお姫様はどう見ても、妖精と言うよりは女神だろう」
「…………もう魅了されたのですか?」
「違う」
二人のやり取りを聞きながら、マリアンヌはぎゅっと瞳を固く閉じる。
どうやら本当にこの人達は自分をシュゼットだと勘違いして攫ったようだ。
今の話から察するに、この男の目的はシュゼットの魅了の魔法だろう。箝口令が敷かれていた筈なのに、一体どこから洩れてしまったのだろうか?
(とにかく、今は出来るだけ時間を稼がなくちゃ。きっと護衛の騎士様達が気付いて助けてくれる筈。フェリクス様は……)
しかし、急に身体がふわりと浮いて思考が中断した。何とか悲鳴は呑み込んだものの、驚いたマリアンヌは思わずパチリと目を開けてしまった。
目の前には、まるで全てを呑み込んでしまうかのような、艶やかな漆黒。
「ああ、やっぱりな」
瞳の色は、血のように赤い色鮮やかな真紅。
フェリクスの容姿も月に例えられるが、目の前の男もまた、月を連想させる容姿をしていた。フェリクスが青く冷たい月ならば、この男は妖しく危険な紅い月。整いすぎた美し過ぎる顔立ちも、フェリクスに全く引けを取らない程だ。
「シュゼットの瞳は琥珀色だと聞いた。しかし、この女神のようなお姫様の瞳の色はその反対だ。ユーリ、珍しくミスったな」
「……っ?!……申し訳ありません。対象を間違える等と、従者にあるまじき愚行。どのような罰でもお受け致します」
ユーリと呼ばれる男も、目の前の男と同じ、艶やかな黒髪だ。容姿や服装からして、恐らく他国の人間。黒髪はお国柄なのだろうか?
苦々しい顔をして頭を垂れるユーリに、男は笑みを崩さないまま再び口を開いた。
「いい。特別に不問にしてやる。良い女を連れてきてくれたからな。預言者から聞いていたシュゼットより、この女――――このお姫様の方が、俺の好みだ」
男から放たれる色香と、獰猛な獣のような情欲を感じて、マリアンヌは身を震わせた。
頭の中で警鐘が鳴り響き、みるみる顔色が青褪めていく。
そして――――
「お褒めいただき恐悦至極にございます。我が帝国の偉大なる皇帝、シュナイゼル様」
目の前の男の正体を知り、マリアンヌは信じられないという思いで瞳を目一杯見開き、息を詰まらせた。
まさか、そんな。目の前のこの男が?
(ただの賊ではなく、帝国の皇帝……?)
* * *
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