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本編
フェリクスの逆鱗
しおりを挟む(――――ここは何処?)
薄っすらと瞳を開けるけれど、暗くてよく分からない。
ガタゴトと身体に振動が伝わってきて、何処かへ移動しているのだと気付いたマリアンヌは、サァッと顔色を青褪めさせた。
(そうだわ。私、誰かに変な匂いを嗅がされて……!)
恐らく何かの薬品だったのだろう。
身体を起こそうとしても、両手首が後ろで縛られているようで、なかなか上手く起き上がれない。
ここが何処なのか。
今は昼なのか、夜なのか。
小さな荷馬車で、外が見えないようにすっぽりと布が被せられている。否。この場合、マリアンヌに外を見られないようにではなく、中にいるマリアンヌを外部の者に見られないように被せてあると言った方が正解だろう。
マリアンヌが何とか身体を捩っていると、まもなく荷馬車が停止した。
(まさか、目的地に着いてしまったの?)
咄嗟に目を瞑って寝たフリをすると、やがて外から声が聞こえてきた。
知らない男の声に、マリアンヌの心臓が痛いくらいにドクドクと脈を打つ。
「戦場に連れてきていたとは、手間が省けたな。わざわざマルティス王国内に潜入せずに済んだのだから」
男の言葉を聞いて、マリアンヌの頭の中が真っ白になる。
手間が省けた?
マルティス王国内に潜入せずに済んだって……
(彼等は、最初から私を攫うつもりだったの?)
一体どういう事なのだろう?
彼等は誰?
そうして、そのまま男が呼んだ名前に驚いて、思わず息を呑んだ。
「シュゼット。この女さえいれば、俺は全てを手に入れられる」
……………………
…………
――――ガシャン。
「……何だって?」
手にしていたコップが手から滑り落ち、地面に転がって、渇いた大地にワインの赤い染みが広がっていく。
マルティス王国軍本陣にて。
未だ一部の者達は戦後処理に追われているが、他の者達はささやかながら祝杯を上げていた。当然全ての兵士には行き渡らない為、戦果を挙げた者達を中心に精々ワイン一杯位だが。それでも戦に勝利した彼等が一時の喜びを分かち合いたいと思うのは当然の事で、許されても良い行為だろうと思う。
しかし、そんな喜びの中、フェリクスは手にしていた簡素なコップを落としてしまった。
マリアンヌに付けていた護衛の一人であるフェリクス直属の近衛騎士から、マリアンヌが攫われたと聞かされたからだ。
「今、なんと言った?」
「……申し訳ありません、フェリクス殿下。マリアンヌ様が何者かに拉致され――――」
最後まで言い切る前に、フェリクスが近衛騎士の胸倉に掴みかかった。
「お前っ……!!」
「……申し訳ありませんっ!!」
周囲から「殿下?!」「どうなさったのですか?!」と声が掛けられるも、フェリクスは身体を震わせて怒りを露にする。
「何の為にお前達を付けていたと思っているんだ?!」
「い、今現在、ルードが印を残しながら賊を追跡しております!!」
「……っ?!」
「処罰は救出後に、如何様にでも!!護衛対象をみすみす拉致されるなど……!申し訳ありませんっ!!」
近衛騎士の一人であるアレックスの言葉と謝罪に、フェリクスの頭が急激に冷めていく。
近衛騎士達は優秀だ。
特に自分がこの目で見て、直接剣を交わし、選び抜いた王太子直属の近衛騎士達の実力は群を抜いている。
そんな彼等が出し抜かれたのならば、敵は相当な手練れだという事だ。
しかも、ただ拉致されただけではなく、ルードが追っていると言う。
フェリクスは冷えた自身の頭に片手を当てつつ、アレックスの胸倉から手を離した。
「……すまない、アレックス。つい、カッとなってしまった」
「謝らないで下さい。むしろ、責められて当然です。フェリクス様の大事な方を攫われたしまったのは、間違いなく我々の落ち度です……!」
「いや、ルードが追っているのなら必ず彼女の居場所を突き止められるだろう。……ジェルド!!」
「ハッ!!」
フェリクスが呼ぶと、直ぐ様控えていたジェルドがその声に応えた。
その場に片膝をついて跪き、頭を垂れる。
「一時的に指揮官をバルバストル公爵へ移す。ジェルドはその補佐をしてくれ。必要があれば他の近衛騎士達も使っていい」
「御意!」
「なっ……?!まさか、フェリクス殿下自ら赴くつもりですか?!」
「勿論だ。案内しろ、アレックス」
「なりません!!敵軍の将軍との一騎討ちで、フェリクス殿下はお怪我を……」
言い掛けて、アレックスの身体がビクリと強張り、先程よりも血の気が引いて顔色が真っ青になる。
振り返ったフェリクスの瞳が、あまりにも冷たく鋭利な刃のようで。
「二度言わせるな。今すぐ案内しろ、アレックス」
その場に居た者達は、まるで凍りついたかのように一歩も動けなくなってしまった。
ヴァルリア王国軍との戦争は終わったのに、まるですぐそこに“死”が迫っているような感覚に襲われる。
フェリクスは民を愛し、国を愛し、ヴァルリア王国との戦争で自らの命を賭して勝利へと導いた、この場の誰もが認めた英雄だ。
けれど、その英雄の逆鱗に触れてしまえば、誰であっても助からない。
間違いなく“死”が訪れる。
「……承知、致しました。フェリクス殿下」
誰もがそう直感し、確信したのだった。
* * *
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