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本編

ヴァルリア王と黒き使者

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「一体いつまで手間取っている!!早くマルティス王国の奴等を叩き潰せ!!」

ヴァルリア王国本陣にある天幕の中では、若き君主、現ヴィクトリア王が臣下達に罵倒を浴びせていた。
殆どの臣下達が顔色を青褪めさせる中、重鎧に身を包んだ恐らくは将軍と思われる厳格そうな壮年の男が、その場に片膝をついて「恐れながら申し上げます」と口を開く。

「陛下。帝国から仕入れた武器の使用を、今すぐ禁止させていただきたい。これ以上は身を滅ぼしかねませぬ」
「何を申すか、ダルカン将軍。あれの威力は凄まじく、殺傷力も素晴らしい!今使わずして、いつ使うと言うのだ?」
「あの武器は諸刃の剣にございます……!魔力の代わりに使用者の生命力を吸って攻撃する武器など!!既にどれだけの兵士が命を落としているか、分かっておられるのですか?!」
「何を言う。戦争であれば、必ず死者は出る。敵兵の手によって屠られるも、武器を使って命を落とすも、ヴァルリア王国の為に死したのであれば、どちらであっても同じ事。むしろ、敵兵に屠られるよりマシではないのか?」

若きヴァルリア王の言葉に、ダルカン将軍はギリッと歯を噛み締め、拳を強く強く握り締めた。怒りでその身を戦慄かせながら、必死に抑えて声を絞り出す。

「確かに、戦場で敵と戦えば死ぬかもしれない。自ら志願した兵士達ならば、その覚悟はしてきたでしょう。だが―――……」

数年間、訓練を受けさせたとはいえ、志願兵よりも徴集兵の方が圧倒的に多い。それに、例え志願兵であっても、敵と戦って死ぬのと、あの武器を使用した事で死ぬのとでは、まるで意味が違う。
使えば死ぬと分かっている武器を使わせるなんて、部下に死刑宣告するようなものだ。

本来であれば死ななかった命。
せっかく先王が和平を結び、土地は貧しくとも、慎ましくも平和な時を過ごしていたのに。
むしろ、先王が崩御されるまでは近隣国の協力もあり、土壌の改良や、厳しい土地で育つ作物も学んできたというのに。

将軍は死すら恐れぬ覚悟で、忠臣として、ヴァルリア王へ忠言した。

「このようなやり方では、いずれ民に見放されますぞ。国は、民なくして成り立たない。どうかそれを、お忘れなきよう」
「……下がれ。この臆病者が。そのような物言い、余にも帝国にも不敬であるぞ。少しは帝国の使者殿を見習うがいい。全く情けない」

若きヴァルリア王の背後には、長く艶やかな黒髪に、黒い瞳の、背の高い美丈夫が立っていた。黒のローブを身に纏い、その下には黒い軍服のような衣装を着用している。
男の口元が、緩やかに弧を描いた。

「我が帝国産の武器はあまりに優秀ですので、そのように恐れてしまうのも無理もない事でしょう。ですが、どうかご安心下さい。限界を見極める事さえ出来れば・・・・、死ぬ事はないのです。現段階では、それがまだ難しいのでしょう。お亡くなりになられたお仲間達の為にも、早くそれが見極められると良いですね。……ダルカン将軍閣下」
「……っ……この狐が……!」
「聞いたか、ダルカン将軍。どうやら兵士達が死んだ理由は武器のせいではなく、ただの訓練不足のようだ。己の限界さえ分からぬとは、実に嘆かわしい。だが、余も鬼ではない。己の無能さ故に死んだ者も、きちんと戦死扱いしてやる。余は、この国の民を愛しているからな」
「その若さでそれ程までに懐深い陛下には心の底から感服致します。我が王も・・・・、陛下を素晴らしい人格者であると申しておりました故」

帝国の使者が口元に弧を描いたまま、恭しく頭を垂れると、その様子に器を良くしたヴァルリア王は、使者に向かってニヤリと笑みを浮かべた。

「我がヴァルリア王国が勝利した暁には、帝国の皇帝殿を我が王国へ招き、共に勝利の美酒に酔いしれたいものだな」
「では、そのようにお伝え致しましょう。……おや?何やら外が騒がしくなって参りましたね。残念ながら、勝利の美酒は難しいかもしれません」
「何……?」

そうして、まもなく本陣の天幕へ伝令兵が戦況報告の為に駆け込んできた。
本来であれば許しもなく中へ入る事は許されないが、緊急性の高い報告であった為に、今回は不問とされた。

ヴァルリア王が、その臣下達が、言葉を失い、天幕の中を静寂が支配する。

報告内容は、戦場での命綱である後方に控えていた筈の兵糧等を積んだ補給部隊が全滅させられてしまったという信じられない内容で。
変わらずに笑みを浮かべたままなのは、帝国の使者のみだった。


* * *
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