上 下
21 / 59
本編

フェリクスの贖罪

しおりを挟む

マルティス王国とヴァルリア王国の国境にある草原にて。
今や草原は戦争による両国軍の影響で、大部分が焼け野原と化していた。

戦争の最前線。
陣頭指揮を執りつつ、フェリクスは先陣を切って戦っていた。普段、執務に追われながらも欠かさず鍛練を積み重ねてきたフェリクスは、近衛騎士に引けを取らぬ実力者だ。
もしかしたら乙女ゲームのヒーロー補正もあるのかもしれないが、ヒロインさえ退場してしまっている今、この世界は既に乙女ゲームから遠くかけ離れてしまっている。
目の前の世界は紛れもない現実で、どこまでも残酷な現実なのだ。

「例の武器が来る!!盾を構えろ!!魔法師は結界を張れっ!!」

フェリクスのよく通る声が響き渡った。
数少ない魔法師達が結界を張り、騎士や兵士達がその中で盾を構える。
帝国産の武器は、現代風に言えばマシンガンに近い。武器自体に魔法陣が刻まれていて、使用者の魔力を使い、弾丸を高速連射してくる。
しかし、マルティス王国に限らず、他国でも魔法師の存在は稀少な筈で、魔力保持者自体が激減している今の世に、こんな武器を使用出来るのはおかしい。フェリクスはいくつか無力化出来た帝国産の武器を本陣へ持ち帰らせ、前線とは別に待機させていた魔法師達に武器に記されている魔法陣の解析をさせていた。

(くそっ……!どうにも、嫌な予感がする)

帝国産の武器に魔力を供給しているらしい敵兵達は、どう見ても魔法師ではない。顔色は酷く青褪めていて、まるで重篤な病の病人のようだ。
あの武器は恐らく、使ってはならない諸刃の剣。

騎士や兵士達が結界の中に身を潜めるけれど、魔法師達の結界は万能ではない。フェリクスが足に力を込め、一歩前に踏み出した瞬間、電光石火の如く戦場を駆け抜けた。
フェリクスに魔力は無い。けれど、彼の優れた身体能力がそれを可能にさせる。弾丸の軌道を読んで躱し、躱し切れなかった弾丸は手にしている剣を回転させて弾く。とても人間技とは思えぬ光景に、敵の兵士も味方の兵士、騎士達も唖然としていた。

「はああああっ!!」

敵の武器を破壊させる事は出来ないが、無力化させる方法だけは分かっている。刻まれている魔法陣に剣を振り下ろし、傷をつけてしまえばいい。そうすれば、魔法陣は効力を失い、触れても発動しなくなる。

「ひいぃっ!!」

あれ程に凶悪な帝国産の武器と渡り合えているフェリクスは、敵からしたらヒーローではなく化け物だろう。敵兵が無力化された武器を前に腰を抜かし、ズリズリと後退する。殺されると思っているからだ。しかし、フェリクスはそんな敵兵を放置して、直ぐにその場を離れた。敵兵が思わずポカンとしていると、まもなく弾丸の雨がその場に降り注ぐ。少し離れた位置に配置されていたヴァルリア兵が、フェリクスを殺す為に、同じ帝国産の武器を使用して攻撃してきたからだ。

直ぐにまた攻撃されると分かっていたから、フェリクスはその場を離れたのだ。腰を抜かしていたヴァルリア兵は何が起こったのか理解出来ぬまま蜂の巣にされてしまった。
フェリクスは今撃ってきた武器も無力化した後に、急ぎ後退して味方の魔法師が張っている結界の中へ戻る。

「殿下っ!!」
「ご無事ですか?!」

フェリクス直属の近衛騎士達が駆け寄って安否を気遣う。フェリクスは玉のような汗を滲ませたながら地面に片膝をつき、はぁはぁと息遣い荒く、必死に呼吸を整える。

「やはり一度に、二つが……けほっ……限界だな……」

いくら身体能力が高くとも、体力には限界がある。
フェリクスは速く速く脈打つ鼓動に顔を歪ませ、ぐっと片手で胸を押さえた。

「殿下自らアレに飛び込むのはお止め下さい!!」
「そうです、殿下!これは我等の仕事です!!」
「抜かせ。一番足の早いジェルドが負傷してしまっているじゃないか。例えアレを無力化出来たとしても、その身と引き換えでは到底釣り合わん。お前達にどれ程の価値があると思っている」
「……っ!」
「殿下!!価値があるのは、我等よりも尊い御身である殿下の方であります!!何故それを分かって下さらないのか?!」
「はは。……尊い御身、ね」

あの女を消し、ヤデルを処刑し、更に潔癖な奴等を追い詰め、今は敵兵の命を当然のように散らす自身に胸の内で嘲笑する。

奴等は裁かれて当然だ。
マリアンヌをあれだけ傷つけたのだから。
けれど――――

(私だって、例外ではない)

不可抗力だった。
どうしようもなかった。
マリアンヌは、私を許してくれた。私の辛さを分かってくれていた。

だが、到底割り切れる筈がない。

あっさりと魅了の魔法にかかってしまった事実。
己の無力さが恥ずかしくて情けない。
あんなに恋い焦がれ、愛していたマリアンヌを自ら傷つけてしまった。
その過去は消せない。
その事実は消えない。

マリアンヌが許してくれても、私は未だ私自身を許せない。
彼女を一人にしないと、傍に居ると誓った。傍に居て欲しいと、居なくならないで欲しいと願い、懇願した。
だから
私は死なない。死ねない。

私の贖罪は“死”ではない。

彼女を傷つけた罪を背負いながら、彼女を何者からも守りきる。
敵兵から、権力から、世界から。
そして民を、国を守る。

その為に、この身を使う。

彼女を愛してる。
この国の民を愛してる。

愛してる故に、この命を使う。

一番愛してる人を傷つけておいて。
そのせいで、彼女が更に深い傷を負ったのに。
それでも私は、彼女を手離せない。
欲深く、彼女との未来を望んでしまう、どうしようもない私は、王族だ何だと言う前に、ただの浅ましく愚かな男。

生きながらに、その業を背負い続ける。
それが私の―――……


「フェリクス殿下!本陣にいる魔法師長から魔法陣の解析を終えたとの報告が入りました!!」

私は口元に笑みを浮かべ、足に力を入れて立ち上がる。

「解析結果を聞こう。私が戻るまでは遅滞戦闘に務めろ!!無駄な死者を出さずに時間を稼げ!!」
「「「ハッ!!」」」

防戦一方はもう終わりだ。
反撃といこう。
そうしてそのまま、彼等には自分達の国へお帰り願おうか。

フェリクスの瞳が細められた。
いつかのように、まるで凍えるような冷たい色を宿して。


* * *
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして

みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。 きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。 私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。 だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。 なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて? 全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです! ※「小説家になろう」様にも掲載しています。

【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと

恋愛
陽も沈み始めた森の中。 獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。 それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。 何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。 ※ ・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。 ・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。

王太子殿下の執着が怖いので、とりあえず寝ます。【完結】

霙アルカ。
恋愛
王太子殿下がところ構わず愛を囁いてくるので困ってます。 辞めてと言っても辞めてくれないので、とりあえず寝ます。 王太子アスランは愛しいルディリアナに執着し、彼女を部屋に閉じ込めるが、アスランには他の女がいて、ルディリアナの心は壊れていく。 8月4日 完結しました。

次女ですけど、何か?

夕立悠理
恋愛
美人な姉と、可愛い妹。――そして、美人でも可愛くもない私。  道脇 楓(どうわきかえで)は、四歳の時に前世の記憶を思い出した。何とかそれに折り合いをつけた五歳のころ、もっと重要なことを思い出す。この世界は、前世で好きだった少女漫画の世界だった。ヒロインは、長女の姉と三女の妹。次女の楓は悪役だった。  冗談じゃない。嫉妬にさいなまれた挙句に自殺なんてまっぴらごめんだ。  楓は、姉や妹たちに対して無関心になるよう決意する。  恋も愛も勝手に楽しんでください。私は、出世してバリバリ稼ぐエリートウーマンを目指します。  ――そんな彼女が、前を向くまでの話。 ※感想を頂けると、とても嬉しいです ※話数のみ→楓目線 話数&人物名→その人物の目線になります ※小説家になろう様、ツギクル様にも投稿しています

王女の朝の身支度

sleepingangel02
恋愛
政略結婚で愛のない夫婦。夫の国王は,何人もの側室がいて,王女はないがしろ。それどころか,王女担当まで用意する始末。さて,その行方は?

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...