【R18】傷付いた侯爵令嬢は王太子に溺愛される

はる乃

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本編

約束

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「では、今日は訓練で軽く負傷した兵士の手当てをやってみましょうか」

あの日、フェリクス様に何でも学ぶと言って、戦争へついて行くと決心した私は、あれからずっと王宮医のロバート先生から怪我の手当てのやり方等を習っていた。
戦場では、回復魔法が使える魔法師は限られているので、軽傷者は回復魔法ではなく、通常の手当てを受ける事になる。私が習っているのは、その通常の手当てのやり方だ。
傷口の洗浄、消毒、止血法や包帯の巻き方等を教えてもらい、次はいよいよ実際にやってみましょうという段階なのだが…………

「マリアンヌ様?」

フェリクス様は何故か最初から大丈夫だった。王太子宮に来てからは、フェリクス様の他にも、目の前にいる優しそうな年配の王宮医であるロバート先生や、執事長、私の傷を治してくれた魔法師、フェリクス様の近衛騎士の方達と、それなりに男性と会う機会はあったし、必要であれば会話だってした。

それなのに。

若い見習い兵士の男性を前にして、私は動けなくなってしまっていた。

(どうして……?手当てするには、相手に触れないと…………)

頭ではそう理解出来ているのに、身体が石にでもなってしまったかのように動かない。冷や汗が伝い、心臓は激しく脈打っている。身体が、ガタガタと震えてしまう。

彼はヤデル伯爵ではないし、ヤデル伯爵はもう処刑されたと聞いた。
少なくとも、この王太子宮で私に何か酷いことをする人間はいない筈だ。
分かってる。
分かってるのに。


――――いざ、見知らぬ男性に触れようとすると、突然恐怖心が湧いて出た。


「すみ、ません。少しだけ、お時間を…………」

震えながら声を絞り出した事で、ミシェルとロバート先生が私の異変に気付いた。すぐに手当ての練習は中止され、私は自室で休むようにと言われ、部屋に帰されてしまった。

「……なんてことなの。これでは……」

私は倒れ込むようにベッドに身を投げて、両手で顔を覆った。
まだ震えが止まらない。まさか、自分が男性に触れられなくなっているだなんて、気付いていなかった。
身体を回復魔法で治してくれた魔法師の方も、手を翳すだけで直接触れてくる事は無かったし。

こんな事では、せっかく習って戦場へ行っても、ただの足手まといになってしまう。

(なんとかしなくちゃ……)

私がベッドで身を丸くしていると、暫くしてからバタバタと部屋の外から足音が聞こえてきた。
そうして扉が開かれて、中へ入ってきたのはフェリクス様だった。

「マリアンヌ!!」
「……っ……フェリクス、様……?」

フェリクスの後ろには、息を切らせたミシェルの姿。私の事を心配して、先程の件をフェリクス様に伝えに行ってくれたようだ。
私は自分が情けなくなってしまって、必死に堪えていた涙が堰を切ったように溢れ出してしまった。

「マリアンヌ……!すまない、私の考えが足りなかった」
「ち、ちが…………私……っ」
「もう大丈夫だ、マリアンヌ。怖い思いをさせたね」
「違うんです……!うっ……フェリクス様は何も、何も悪くな……っ……」

私が必死に首を左右に振ると、フェリクス様に強く強く抱き締められて、ぐちゃぐちゃになっていた私の思考が停止した。

暫く力強く抱き締められていると、苦しくてどうしようも無かった気持ちが、少しずつ落ち着いてくる。
未だ涙は止まらないけれど、フェリクス様の温もりに包まれて、指先まで冷えきっていた身体が体温を取り戻していく。

「少し、落ち着いたかい?」
「……はい。……ごめんなさい、フェリクス様。私、自分が情けなくなってしまって……」
「マリアンヌは情けなくなんかない。必死に学んで、覚えも早いと聞いているよ」
「でも……」

触れられないのなら、全部無駄になってしまう。

「……私は、マリアンヌに無理して欲しくない」
「嫌、です……!お願いです、フェリクス様……!」
「マリアンヌ……」
「戦争が始まるまでには、何とかします!ですから、どうか……!」

私が懸命にそう訴えると、フェリクス様は空色の瞳を揺らしながら、私の額に優しくキスを落とした。
少し辛そうで、切ない声音が私の耳に届く。

「マリアンヌが望むなら、私にそれを止める事は出来ない。……けれど、これだけは約束しておくれ。一人で抱え込まないと。」

約束。
私は大きく目を見開いて、フェリクス様を見上げた。
すると、フェリクス様が私の目尻を親指でそっと拭ってくれる。

「約束して、マリアンヌ。……一人で、泣いたりしないと。どうか忘れないでくれ。君には、私がいる」
「フェリクス様……」

ぎゅうっと互いに抱き締め合って、愛しさが募っていく。
私は確かに今――――

間違いなく、『幸せ』だ。


「……ミシェルから聞いたが、見ず知らずの男と顔を合わせると緊張状態になってしまう、という感じかな?」
「いえ。……触れる事が無理なのだと思います。顔を合わせたり、話をするくらいなら大丈夫です」
「そうか。それなら、まずはロバート先生あたりと握手の練習でもしてみるかい?」

確かに、いきなり若い男性で練習するよりも、年配のおじいちゃんである優しいロバート先生から試していった方が無理なく進められるかもしれない。
けれど、ひとつだけ心配がある。

「ありがとうございます、フェリクス様。でも、ただでさえ座学で時間を取ってもらっていますし、これ以上お時間をいただいては、ロバート先生の負担になってしまわないでしょうか?」

ロバート先生には、王宮医としての仕事がある。
これ以上負担を増やしてしまっていいのだろうか?

私がそう告げると、フェリクス様は瞳を細めて口元を柔らかく綻ばせた。

「マリアンヌは心配性だね。座学の時に、ほんの少し握手する時間を取ってもらうだけなのだから問題ないよ」

そう言われて、私ははたと気付いた。
随分と重く考えすぎてしまっていた事に気付いて、顔に熱が集中する。

「確かに、握手するだけですものね。申し訳ありません、私ったら……」
「いいよ。私はそんなマリアンヌだから好きになったんだ」
「……っ!フェリクス様……!」
「本当だよ。……でも、そうか。マリアンヌ、私に触れるのは大丈夫なのかい?前にも訊いたと思うが、無理してないかい?」
「はい。フェリクス様は大丈夫です。フェリクス様だけは・・・、最初から大丈夫でした」

フェリクス様が、ピクリと反応した。

「…………私だけ・・・は?」
「はい。フェリクス様だけは・・・・・・・・・……」

きっとフェリクス様は、私の中でずっとずっと特別だったんだ。
私がそう思っていると、私を抱き締めてくれているフェリクス様の体温が上がった気がした。

「そうか。……私だけは……」
「フェリクス様?」
「マリアンヌ。……君は無自覚に私を煽るのが上手いね」
「煽る……?」

一体なんの事だろうか?

私がフェリクス様の言葉を理解出来ないでいると、部屋の扉がノックされて、近衛騎士であるルードさんの声が聞こえてきた。

「フェリクス様。申し訳ありませんが、執務室にお戻りを。」
「…………」

どうやらフェリクス様は、ミシェルから話を聞いて、仕事の途中だったにも関わらず、急いで駆け付けて来てくれたらしい。

「フェリクス様、私はもう大丈夫です。どうか、お仕事にお戻り下さいませ」
「…………」
「フェリクス様?」

私が不思議に思っていると、フェリクス様がスッと抱き締めていた腕を緩めて私から離れた。

その瞳は、とても切なそうに揺れていて、私の胸が大きく跳ねる。

そして戸惑う私に、フェリクス様が低く甘やかな声音で囁いた。


「……今夜はなるべく早く戻るよ」


* * *
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