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本編
公開処刑
しおりを挟む隣国ヴァルリア王国は、フェリクスの祖父が未だ国王として現役だった頃に、フェリクス達王族が治めるマルティス王国の肥沃な大地を欲して度々戦争を仕掛けて来ていた。
しかし、物資の乏しいヴァルリア王国はマルティス王国には勝てず、敗戦を繰り返し、国王が代替わりした際に和平を結び、漸く無駄な戦争が終結したと安堵したのだが。
数年前。
フェリクスやマリアンヌがまだ学生だった頃に、和平を結んだヴァルリア王は病に冒され崩御してしまったのだ。そうして代替わりした今代の若きヴァルリア王は、どうやら好戦的な人物らしい。先々代がなし得なかった栄光を手にしてみせると、精力的に動いているようだ。
幸いにして、他の近隣国は中立だ。戦争において援軍や援助は望めないが、今のところ、敵になる事も無い。ヴァルリア王国が他国と組んで、マルティス王国が挟み撃ちに遭う可能性は限り無く低いのだ。
だが、今回のヴァルリア王国は先々代の頃とは違い、入念に戦の準備を整えているらしい。ヴァルリア王国へ潜入させている間諜からの報告によれば、海の向こうにある帝国から頻繁に武器を購入しており、更には戦争が長引いても良いように、数年かけて兵糧となる穀物を民から徴収していたそうだ。
武器も兵糧も、訓練して育てた兵士も揃い、いよいよ彼の王は先王が結んだ和平を反故し、マルティス王国へ宣戦布告しようとしている。
…………
……………………
「たっ助けてくれっ!!私は伯爵だぞ?!買った女をどうしようと、私の勝手だろう?!それに、孤児を売る事の何が悪い?!わ、私は奴等に居場所を与えてやったんだ!!」
フェリクスとマリアンヌが互いを求め、民を守ると誓った日から数日後。
その日、ヤデル伯爵領では公開処刑が行われていた。次々と人身売買に手を染めた悪人達が首を切り落とされていく中、とても貴族とは思えぬボロボロの服を身に纏った太った中年男が、役人に処刑台へと引き摺られながら叫び声を上げていた。
捕まった時はでっぷりと肥えていたが、牢屋で拷問を受け続けた事で一回り小さくなったように見える。
処刑を見るために集まっていた領民達は、一から読み上げられていくヤデル伯爵の罪の数々に激昂し、怒号を浴びせつつヤデル伯爵へ石を投げ付けた。
「ひいっ!!き、貴様ら!!平民のくせに、石など投げつけおって!!私を誰だと思っている?!」
「うるせぇぇぇ!!」
「何が孤児に居場所を与えてやっただ!!」
「うちの子を返してよ!!」
「死ね!この悪魔がっ!!」
その光景を、背後に近衛騎士であるジェルドやルードを控えさせたこの国の王太子であるフェリクスが、処刑が間違いなく行われているか監視する為の見物席から見下ろしていた。
「……未だあれだけの口が利けるとはな。あの女の時にも注意した筈だが」
「申し訳ありません、殿下」
「今度生温い拷問をしたなら、それなりの覚悟をしておけと部下に伝えろ」
「御意」
王族が直々に処刑の様子を見に来た事で、領民達はヤデル伯爵の罪があまりに重いのだと知る。
それもその筈。読み上げられた罪状の中で知らされた人身売買の卸し先はあまりに酷いものだった。ヤデル伯爵は国内では足がつくからと、拉致した者達を隣国のヴァルリア王国へ売っていたのだ。戦争になったら、売られた者達は捨て駒として戦場に立っているかもしれない。命を脅され、生きる為に故郷の者達に剣を向けて。
それだけでも十分極刑ものだが、フェリクスが見に来た理由は勿論、愛するマリアンヌを虐げ続けたヤデル伯爵の最期を見届ける為だ。
本当なら、フェリクス自らヤデル伯爵を処刑してやりたいところだが、フェリクスは自我を保てる自信が無かった。王族にして王太子である自分が、領民の前で罪人を惨殺する訳にはいかない。
フェリクスは震える拳を握り締めながら、その時を待った。
「ギャアアアアアアッ!!!」
まず最初に四肢を切断し、次いで局部を切り落とす。処刑台にヤデル伯爵の断末魔が響き渡り、領民達の怒号が止んだ。
静寂の中、口を噤んだ領民達の中から、今度は啜り泣く声が聞こえてくる。憎むべき者が裁かれた。その事に対する喜びと安堵。そして、例え裁かれたとしても、戻ってこない者が居る。やり場の無い嘆きと悲しみ。
そうして、最後にヤデル伯爵の首が落とされ、領民達から歓声が上がった。
通常では公開処刑の場合、死体は数日間、晒し者にされる。
しかし、今回は早々に撤去する為、役人達がヤデル伯爵の死体を麻袋へと詰め込んだ。
見物席に座るフェリクスへ、背後に控えているルードが声をかける。
「宜しいのですか?」
「……何がだ?」
「死体を早々に片付けてしまって」
ルードの問いに、フェリクスは眉間に皺を寄せて、吐き捨てるように言い放った。
「……不愉快だからな。見ているだけで目が腐る。あんなものをいつまでも晒していたら、この地が穢れてしまう。…………お前もそう思うだろう?」
フェリクスから発せられる冷たい声と、迸る殺気。
ルードは「申し訳ありません」と即座にフェリクスへ謝罪した。
「愚かな質問を致しました」
「いい。気にしていないよ。あの女や、ヤデルを追い詰める事が出来たのは私直属の近衛騎士が居たからだ。感謝している」
「そんな、殿下!」
「勿体無いお言葉。有難う存じます、フェリクス様」
ジェルドとルードに感謝の言葉を述べながら、フェリクスは椅子から立ち上がった。運ばれていく麻袋に詰め込まれたヤデル伯爵だったものを氷のような瞳で見下ろして、手袋を嵌めている拳を握り締め、ギリッと血が滲む程に唇を噛み締める。
「…………冥府の王の裁きが、現世よりも辛く苦しいものである事を祈ろう」
そう言って、フェリクスはその美しく整った顔に、見た者を凍らせるような冷笑を浮かべた。
もし生温い裁きが下るなら、私が死した後に直接裁きに出向いてやろう。
その結果、奴が死にたいと願ったとしても、もう死ぬ事は出来ない。奴は既に死んでいるのだから。
「……フェリクス様」
「なんだい?」
「そのような顔で戻られては、マリアンヌ様が怯えてしまいます」
ルードの言葉にハッと我に返ったフェリクスは、ふぅとひとつ深呼吸した。
「戻ろう。マリアンヌが待っている」
「そうですね。マリアンヌ様とイチャイチャなさる前に、例の仕事も片付けて下さい」
「…………」
「ルード、殿下に失礼だぞ!それに殿下は来るべきヴァルリア王国軍との戦の為に騎士団長殿達とマルティス王国軍の部隊編成をしなければならないのだから!」
「だ、そうですよ。フェリクス様」
「~~~分かっている!!お前達、私が一日中マリアンヌとイチャイチャしていると思っていないか?!」
「違うんですか?」
「冗談も休み休み言え!!深夜にしか部屋に戻れず、ただでさえ会える時間が減っているのに!!」
「すいません、そうでしたね。マリアンヌ様は昼間、一生懸命お勉強していらっしゃいますし」
「私だって寝る間を惜しんで一生懸命やっているっ!!」
この場には不釣り合いな普段通りの会話。
フェリクスの心を凍てつかせたままにしないように、フェリクスと常に共に在る近衛騎士達の分かりにくい優しさだ。
それを知っているから、憎き男を裁いた後であっても、フェリクスはマリアンヌの元へ帰った時、いつも通りに笑っていられた。
* * *
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